1話 守るのではない守ってしまうのがナイト
2XXX年、人類に転換期が訪れた。
後に『能力者』と呼ばれる者の出現である。
『能力者』とは、文字通り『能力』と呼称される超常の力を操る者の総称である。
ある者は手から火を発し、ある者は手を触れずに物を動かす事が出来た。
またある者には鳥の如き羽根が生え自在に空を飛び回り、またある者は額に角が生え、人間とは思えぬ膂力を発した。
人類は新時代の幕開けに胸を躍らせた――のも束の間の事だった。
『能力』が発現する者は人類の総数に対し一割にも満たなかったのだ。
故に『能力者』は選民意識が肥大し『非能力者』を見下し、『非能力者』も嫉妬心から『能力者』を憎む者が多かった。
このままでは『能力者』とそうでない者との対立で世界が二分されてしまう。その様な危惧が各国の為政者に芽生えるのは、ごく自然な成り行きと言えよう。
しかし積極的な動きを見せる国は無かった。何故か?
それは、如何なる理由か、能力が発現するものは等しく皆、女性であったからだ。
これがまた対立の根を深くし、為政者の頭を悩ませるのだ。
彼らが打ち出す案は消極的で、それすらも双方からは不満の声があがるのだ。贔屓だ差別だと、悪いのはあちらなのにと。
二者の悪感情はますます深まっていった。
個として優れる『能力者』であろうとも、一人では生きてゆくこともままならぬ。詰まる所、人間社会を形成する『非能力者』に、常日頃イジメと差別に晒される事となり、耐えられないと自ら命を経ったのも百や二百ではない。
そうした事から過激な思想に囚われる『能力者』も少なくはなかった。
そんな危うい均衡が十数年、最早世界は大戦前夜の様相を成していた。
そんな時だ。世界でも指折りの『八雲財閥』、その創始者たる八雲紫が声明を発したのは。
――今まで伏せていましたが、実はこの私も、……能力者なのです。
この声明に『能力者』たちのボルテージは暴走寸前までに上昇した。今こそ我々が世界を支配するべきだ、と。
しかし、続く八雲紫の言葉で、事態は一気に沈静化するのだった。
――故に私は声を高く主張したいのです。今こそ隣人たちと手を取り合うべきなのだと。
歓喜の声をあげる者がいた。賞賛する者がいた。
嘆く者もあれば、裏切り者と罵る者もいた。
反応は一様ではないものの、彼女の行動は世界に大きな波紋を起こしたのは確かだ。
そして彼女は行動に移る。
莫大な資金をバックに政府と交渉を開始した。難航するかと思われていた交渉は、思いの外すんなりと進んだ。
これは両者の利害――『能力』の如何に限らず民草を守るという――が一致していたのが大きいのだろう。
彼、彼女らが出した結論とは――臭いものには蓋、である。
つまりは『能力者』と『非能力者』の生活圏を完璧に分けてしまおうという試みだ。
根本的な解決には至らぬ案に肩を落とした者もいるだろうか? しかし、この方策で二者間の問題は驚くほどに激減した。
そうして国からの莫大な補助金と『八雲財閥』の投資により作られたのが、第一指定特区『幻想郷』である。
「紫様は幻想郷を作り人と『能力者』の架け橋、その第一人者となられたのだ。君の姉上は、本当に凄い方なんだぞ?」
そう、幻想郷の生い立ち藍は鼻高々に説明した。
そういえば、とブロントは思い出す。
彼女は昔から、何処か姉に心酔していた部分があったなと。
車窓から見える景色は、代わり映えの無い山中からビルが立ち並ぶ街並みへと変わっていた。
ゲートを顔パスで通る辺り、権力というものの強大さをブロントはひしと感じていた。
(五年か……)
久方ぶりに会う家族の顔を思い返していた。
(姉ちゃんらは元気だおrうか?)
「この街の建設も、紫様のお力添えがあってこそ! これもそれも全ては人々の為と、滅私奉公する姿は正に――」
ふと物思いから現実に戻るも、藍の紫賛美はまだ続いていたようだ。
ブロントは姉を褒められ誇りに思うと同時にこそばゆい気持ちを抱く。
そんな気持ちを悟られぬよう今一度街並みに目をやる。
整然と区画整理の行き届いた計画的な街並みは、成る程、きっちりとした姉の性分を垣間見た気が――。
「っ! 藍、止あmれ!」
キイィと甲高い音を立て、アスファルトにタイヤの跡を残した。
本日二度目の急ブレーキである。
「な、一体どうしたんだブロン――って、こら! 待ちなさい!」
藍は状況を把握するべくブロントへ声を掛けようと振り向くと、そこには既に車外に飛び出した彼の背中が目に入った。
彼女の制止も意味を持たず、ブロントはその巨体からは想像も出来ぬ速度であっという間に小さくなってしまった。
「ああっもう! 世話を焼かせる!」
後方の車が藍の苛立ちを煽るかのようにクラクションを鳴らしてくる。
藍は内心舌打ちし、乱暴にハンドルを切り近くのコンビニに停車させた。ブロントの後を追おうと飛び出すも
、すっかり彼を見失ってしまっていた。
遂、吐き出したくなる汚い言葉を飲み込み藍は周囲に視線を這わせる。
(どっちへ行った……!?)
彼はその巨体からは考えられぬ程の健脚で、あっという間に姿を消してしまった。
未だ側にいるのなら、その頭一つ抜きん出た巨体故に直ぐ見つける事も出来るだろうに。不幸にも藍が見た範囲にブロントを見つける事は出来なかった。
徐々に冷静さを取り戻してきた藍の頭脳が回転を始める。
そも何故、彼は車を止めたのだ?
真逆長時間の移送に飽きた訳ではあるまい。藍は彼と付き合いの長い人間の一人だった。無論のこと、彼の性格はよく知っている。
自我の強い癖に、自己犠牲の塊の様な彼が飛び出す様な原因とは――つまり。
(何かを見た訳だな?)
藍は頭も足も止めず、来た道を遡っていた。
そうして限りなく正解に近い答えへと辿り着く。
残る問題は、その何かだが、ブロントの性格を鑑みれば自ずと答えは導けた。
藍は息せき切りながらも更に速度を上げた。
「とんずらぁ!」
意味不明な奇声を発し凄まじい速度で走る大男。
事案である。
周囲の人間は皆一様に彼を避け奇異の視線を向けている。
ブロントはそんな自分の現況を一切鑑みず、足も千切れよとばかりに駆け抜ける。
そうして急制動を掛け、通りから直角に曲がった。
そこは先程通った時に見かけたビル間。街の死角とも云うべき路地裏であった。
そして視線の先、目的の人物らを見つけ彼は大声を放った。
「おいィィィ――!? おまいら、ちょっと待つべき! 死にたくないならsおうすべき!」
その時、霧雨魔理沙は走っていた。
制服に身を包み、口にパンを咥えるその姿は何というテンプレートなのだ。
こういう時のお約束と言えば――。
「やばいやばいやばい! このままじゃ、遅刻……! 遅刻するんだぜ……!」
案の定である。
彼女はこれで真面目なのだ。
学園に入って以来、ちゃんと無遅刻無欠席を続けているし、その記録が破れそうになっている今でさえ、校則で禁じられている飛行での登校という手段にも訴える事を良しとしていなかった。
そんな彼女が、どうして時間ギリギリで急ぐ羽目になっているかと?
「ああぁぁぁ! 何でこう、タイミングよく電池が切れるかなぁ!?」
目覚まし時計が鳴らなかったからに他ならない。
何と単純で平凡な理由なのだろう。実に『普通』と、よく揶揄される魔理沙らしいベタな理由だ。
「ちぃっ、と! このままじゃマズいな……!」
現状、魔理沙は奇異の視線に晒されるのを覚悟に、出せる全力で走っていた。
しかし全力というのはすべからく長続きしないもので。既に魔理沙は大きく肩で息をして、額にも大粒の汗を滲ませていた。
その全速力を出し続けても、アウトというのが残酷な現実であった。
――背に腹は代えられないか。
そうして魔理沙は道を曲がる。普段の登校ルートからは大きく逸れる道へ。
その目論見は近道であり、どうして平素からこの道を使わないのかというと、端的に言えば治安が悪いからだ。
この、八雲紫とて全能ではない。彼女の目とて幻想郷全てに届く訳ではなかった。
魔理沙が入った区画もそういった、所謂ゴロツキ共の溜まり場となっているような場所であった。
彼女は生来の真面目さをかなぐり捨て、そのような危険な道を選んだのだ。
全ては皆勤賞の為に!
危険と言われる所以を魔理沙は確かに見た。道端でウンコ座りしてる男連中や、タバコを吸っている女学生を。
(この道は通るのよそう……)
そんな人生の落伍者の見本市を余所目に、魔理沙は走る。
既に心臓は痛い程脈打っているが決して足は緩めない。皮肉にも時折向けられるねばついた視線が、速度を維持するのに一役買っていた。
そして、彼女の苦労が報われる時がやってこようとした。
「はぁ……、はぁ……! あと、すこし……!」
彼女の視線は遂にいつもの道との合流地点を捉えた。
何かされるんじゃないか、声を掛けられるんじゃないか。そんな風に肝を冷やしながら走った甲斐があったというものだ。
――一瞬の油断が命取り。
そんな名言が魔理沙の脳裏を過ぎった。
あっ! っと思った時にはもう遅い。彼女の身体はとうに限界を迎え、気力だけで持っていた状態だった。
その気力が、安堵から緩み、少女の足をもつれさせた。
咄嗟に腕を前に突き出し、どうにか危険な体勢で転げる事の回避に成功した。
「いててて……。……失敗したんだぜ」
その代償に、彼女の掌はベロンと皮が捲れてしまっていた。見ているだけでも痛そうだ……。
魔理沙は涙目になりながらフーフーと傷跡に息を吹きかけ、処置を施そうとポシェットに手を伸ばした。
彼女はすっかり失念していたのだ。まだ自分が、どんな場所にいるのかを。
「ようネーチャン。大丈夫かぁ?」
魔理沙の身体が大きく跳ねた。
「あっ……! あっ、あ、ぁの、大丈夫なんだぜ……」
見上げれば魔理沙は複数の男に囲まれていた。
男――そう、男である。
それが意味するのは、彼らは『非能力者』であるという事だ。
却って魔理沙は曲がりなりにも『能力者』である。しかし、同時に女の子でもあるのだ。
複数の男に囲まれるなんて非日常を前にして、平静さを保てるはずが無かった。
そも魔理沙の『能力』は、『箒で空を飛ぶ程度の能力』でしかない。逃亡には使えるかもしれないが、肝心の箒が無いのであれば、彼女は非力な少女でしかなかった。
しかも彼らは、僕達不良で~す、と一目で分かる格好をしており、なおさら魔理沙の身体は萎縮してしまう。
「震えてんじゃん。くぁわいいねぇ~」
「おいオマエマジ何ビビらせてんの? マジハンパねぇし」
何がおかしいのだろうか、男たちは顔を見合わせギャハハと下品な笑い声をあげた。
その内一人が魔理沙と目線を合わせ、腕を伸ばしてきた。
「お~しおし。痛かったねぇ。オジチャンが撫で撫でしてやるからな~」
下卑た笑みを浮かべる男。ゆっくりと近づいてくる腕を、魔理沙は反射的に振り払ってしまった。
「嫌っ!」
パチンと、乾いた音が響く。
瞬間、男は笑みを消し、凶悪な本性を剥き出しにした。
「ってぇなぁ……! このクソアマ! 人が親切にしてやってるってのによぉ!?」
「ハハッ! 嫌われてやがんの! ダッセぇ」
「ウっせぇクソが!」
男らの言動、行動。その一つ一つが魔理沙を威圧する。
彼女は目に涙を浮かべ、ひたすらに見を縮こまらせるだけだった。
逃げる? 歯向かう? そんな考えは思いつきもしなかった。
恐怖に怯え必死に嗚咽を噛み殺し、耐えていればきっと状況は良くなる。とでも思っているような様子であった。
そんな事は奇跡でも起こらない限り無いだろう。
「おい。どうでもいいが、さっさと場所を移そうぜ。ここじゃ人目につく」
男達の輪から少し離れて、リーダー格と思われる男が言葉を発した。
「あ、あぁ。それもそうだな」
人目につかぬ場所で、一体何をしようというのか。迫る魔の手を前に、魔理沙はぎゅうっと目蓋を閉じた。
「おいィィィ――!? おまいら、ちょっと待つべき! 死にたくないならsおうすべき!」
――その時、奇跡が起きた。
「あぁん? なんだテメ、ェ……?」
不良達は一様に奇声の主に振り返る。
彼らにとって正義漢ぶった人間が、最も嫌う人種だからだ。
故にその顔は皆、明確な敵意と不快感に歪んでいた。それがみるみる驚愕へ変わる。
デカイ――と、彼らは思った。
大柄な不良達より更に頭一つ、相手の男は大きかった。
大きいという事はそれだけ威圧感を生む。丁度魔理沙が不良達に感じたように。
「男誤認でヒュム♀を囲むとか、これ関節的にもイジメと同義でしょ? 痛い目みたくないなら解放すべきそうすべき」
「な、なんだテメェは! ブチ殺されてぇのか!?」
「おいおい(呆)。弱いワンコほどよく吠えるという名ゼリフを知らないのかよ。俺は強さをアッピルなどしない。本当に強い奴はは強さを口で説明したりはしないからな口で説明するくらいなら俺は牙をむくだろうな俺パンチングマシンで100とか普通に出すし」
更に男は捲し立てる。速射砲の如く繰り出された口撃に、不良らは呆気にとられた。
それは魔理沙も同様であった。彼女は恐怖も忘れ、颯爽と現れた怪人物に目を向ける。
美しいプラチナブロンドの髪。それと対照的に浅黒い褐色の肌。どこかの国の王子様と言われれば信じてしまうぐらいに顔立ちも整っているのに、耳に残る強烈な口調が彼の優れた容姿を霞ませていた。
不良の内一人が、早くも正気を取り戻す。
「ふざけやがって!」
「おいィ?」
茶化されたとでも思ったのか。彼は顔を真っ赤にし拳を振り被った。
ブロントはそれを棒立ちのまま眺めていた。
男の拳がブロントの顔面に突き刺さる。
ゴッ――!
鈍い音が響く。その光景を目にし、他の不良たちも冷静さを取り戻した。
何せ助けに来た筈の男が、手も足も出ないまま見事に殴られているのだ。これが笑わずにいられるか?
笑えないのは魔理沙だ。助けがきたと思ったら、コレである。不良達の嘲りの輪の中心で、彼女の心は絶望に覆われた。
――この場にいる全ての人間の予想は裏切られるのだが。
「い――痛えぇぇ~~~~っ!」
情けない声を張り上げたは、何と殴った不良の方だった。
見れば不良の手はおかしな方向へと曲がっている。
「人の話を聞かないとか、お前絶対忍者だろ……」
対してブロントはケロリとしている。殴られたダメージなど、微塵もなさそうだ。
不良達は――魔理沙もだが――、何が起きたのか解らなかったようだ。
ただ仲間が傷つけられた事を理解すると、俄に殺気立ち始めた。
「ヤロウ……!」
残る不良達は銘々獲物を取り出す。鈍色に光るナイフにメリケンサック。チェーンなんかを取り出す者もいるのだから、不良の見本市である。
尚もブロントは悠然と佇む。
構える気配すら無い。
「話し合う気はぬぇのか?」
不良たちは応じず、ブロントを取り囲んだ。
そうして機を伺うように、じりじりと距離を測っている。
「やれやれだぜ(ソルボイス)普段は確かに心優しく言葉使いも良いナイトでもお前らのあまりの馬耳豆腐ぶりに完全な怒りとなった。仏の顔を三度までという名セリフを知らないのかよ」
「うるせぇ! やっちまえ!」
その言葉を合図に、不良達は一斉にブロントへ躍り掛った。
起こるだろう惨劇を想像し、魔理沙は目を閉じてしまう。
ガシッ! ボカッ! バキィッ――!
そんな彼女の耳に肉と肉がぶつかる、激しい打撃音が届き思わず魔理沙は身を竦めた。
しかし、どうしたことだろうか? 程なくして騒ぎは治まる。
「この程度の実力でナイトをどうにかできると思う浅はかさは愚かしい」
男の凛とした声が聞こえ、まさかと魔理沙は目を開けた。
ブロントに殴り掛かった四人の不良どもは纏めて昏倒し、一つ重なりの山として積み上げられていた。
信じられないと、魔理沙はブロントを見上げる。未だ残るリーダーを厳しく睨めつけている横顔を見、魔理沙の胸は激しく震えた
「手下で俺の実力をはかろうとする、ヨミヨミですよ? おまえの考えは」
「チィ……!」
「こいよベネット! 銃なんか捨てて掛かって――む?」
さぁ来いとばかりにブロントは挑発をするも、彼の意に反して男はさっさと身を翻してしまった。
「手下を置いて自分一人で逃げるとか、アイツ絶対忍者だろ……。汚いなさすが忍者きたない」
その姿が完全に見えなくなるとブロントはようやく警戒を解き、よく解らないセリフを吐いた。
「それで、お前は大丈夫なんですかねぇ?」
何チラチラアッピルしてきた>アルパカ。
魔理沙は一瞬、それが自分に向けられている言葉だと解らなかった。
「あ……! だ、大丈夫なんだぜ、です……!」
平素の口調が口を吐いて出、それがとても恥ずかしくて魔理沙は慌てて言い直した。
それこそ、おかしな口調になってしまう。
口調に関して言えば彼の方がもっと変なのだが、そんな事はもう気になりもしなかった。
ほむり、と。ブロントは少女を見詰め眉を潜めた。
彼の視線を追い、魔理沙はあっと声を上げた。
手のひらの、擦り傷。
「おいィ? 嘘は関心しないんだが」
嘘つきは忍者の始まり――とおかしな言葉を呟き男は膝を折った。
すぐ目の前に近づいた彼の顔に、魔理沙は身体が熱くなるのを覚えた。
「見してみろ」
魔理沙の胸中に渦巻く激情などまるで素知らぬ風に、ブロントは少女の手を取った。
「あ――」
「ケガしてるでにぃか。ちょっと待ってろ。……これで良し」
その骨ばった、自分のものとは全く異なる感触に魔理沙の顔は熟した林檎のようになった。
彼は自分の仕事に満足げに頷いた。
デフォルメされたクマさん柄の、ピンクの絆創膏。
厳しい彼からは想像も出来ない程のファンシーな代物である。
「あ、あの! ありがとぅ……!」
「それほどでもない。いいことをしたら自分に戻ってくる系の全員善果という言葉があるらしいぞ? だから、感謝には及ばないぞ」
そう、真顔で云う彼は、王子というよりも御伽噺に出てくる騎士を連想させた。
「あの、名前――」
魔理沙は最後まで言葉を発せられなかった。
ブロントが、意味ありげに遠くを見詰めていたからだ。
魔理沙には聞こえなかったようだが、ブロントには確かに聞こえた。
「そう言えば移送クエの途中だった感。「はやくきて~;はやくきて~;」と泣き叫んでる藍のために俺はとんずらを使って普通ならまだ付かない時間できょうきょ戻ると「もうついたのか!」「はやい!」「きた!盾きた!」「メイン盾きた!」「これで勝つる!」と大歓迎状態だった。というわけでとんずらぁ!」
「あっ! 待ってくれよ!」
魔理沙の制止は、もう聞こえないだろう。
彼は云うや否や、来た時同様に恐るべき速度で去っていってしまった。
その背中はもう見えない。
「なんだったんだぜ……?」
あっという間の出来事であった。
不良が絡んできてからのされるまで、三分も経っていないだろう。
まるで現実感のない出来事であったが、手のひらのクマさん絆創膏が幻想では無いのだと主張していた。
「頼むから、な!? ブロントさん、じっとしててくれ! お願いだから!」
「お、おいィ? 何も泣くことはないでしょう!?」
藍と合流するまでは時間は掛からなかった。
彼女は正確にブロントの居場所を割り出していたのだ。さすがである。
さて。そんな冷静で頭も切れる藍だが、ブロントとの出会い頭、彼の肩を掴み物凄い勢いで顔を寄せてきた。
普段のクールさをかなぐり捨て、目から滝の涙を流しブロントにしがみついていた
「お前にもしもの事があったら私のクビが飛ぶんだ!」
「おいおい(呆)ちょっと大げさうsぎるでしょう? 幾らねーちゃんだって、そこまではしないんだが?」
「いいや! あの人ならしかねん! 特に、お前の事となったら!」
藍は全身全霊、非操作を漂わせて訴えてくる。
ブロントは件の姉を思い浮かべ、「……確かにな」というか鬼なった。
「お願いだから! お願いだから、家に着くまでは大人しくしてくれ! な、なっ!?」
「ha……、hai……!」
年上の女性が泣いて懇願してくる姿に、さすがのブロントも良心が痛んだそうな。
「チィ! 初っ端から失敗たぁツキがねぇ!」
そう、悪態を吐いたのは誰あろうか?
先程逃亡した、不良のリーダーだ。
彼のボヤきは矢鱈と木霊したものの、その声を聞く者はいないだろう。
それもその筈。彼がいるのは薄暗い、下水道なのだから。
鼻の曲がるような悪臭が立ち込める場所に、一体何の用があっているのだろうか?
ビリビリと、顔面から皮膚が剥離してゆく様は何とも気味が悪い。
その上、血の一滴も垂れぬとはどういうことだ? その答えはすぐに判明する。
「あのクソガキが邪魔に入らなきゃ、今頃上手くいってたのによぉ」
男の、剥がれた皮膚の下からは別の顔が現れた。
「クッ……! まぁいい。時間はまだたっぷりとあるんだからよ。クククッ!」
男の顔には如何なる原理か、目元に黒い線が入っていた。
丁度テレビ何かで人の顔を隠す、アレだ。
男は醜悪に口元を歪め、喉を鳴らしながら、暗い暗い下水道に姿を消していった。