八雲さんちのブロントさん   作:触手の朔良

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2話 姉が5人とかちょとsYレならんしょこれは

 通学路を往く、魔理沙の胸中は複雑であった。

 最早遅刻は免れない。その事を考えると気が重くなるのは確かであったが、それよりも脳裏の大半を占めていたのは、矢張り先程の出来事であった。

 ――あの人は何者なのだろう?

 正体不明のヒーローの事を想うと、叱られるかも等という憂鬱は吹き飛び、彼女に僅かな興奮を与えた。

 人っ子一人いない校門を潜ると、生活指導員且つ担任でもある上白沢慧音がすっ飛んで来た。

 あぁ、やっぱり怒られるのかな。

 だが彼女の意に反し、慧音は酷く慌てた様子で魔理沙を引っ掴むと、そのままの勢いで保健室へと連れて行った。

「八意先生っ!」

「あら、上白沢先生。どうされました?」

 保健室には当然、その主たる保険医がいた。

 八意永琳その人だ。

 永琳は入ってきた慧音を、そして魔理沙を見、すぐに事情を察したようで表情を強張らせる。

「先生。彼女をそこに」

「あ、あぁ……! ほら、魔理沙……!」

 思ってもみない展開に魔理沙はついていけず、されるがまま丸イスに腰を降ろす。

 そうして保健室の鏡に映り込んだ自分の姿を目にし、納得した。

 乱れた髪、汚れたままの服。誤解を恐れずにいうなら、性的な暴行を受けた様であった。

「だ、大丈夫か魔理沙!? どこか痛いところはないか!?」

 道理で慧音が取り乱している訳だ。オロオロとする担任を前にすると、却って冷静になるのを魔理沙は感じた。

 それに比べ、永琳の落ち着きようは流石の一言に尽きよう。

 彼女は淡々と、いっそ冷たく感じるくらいに、準備を進めている。

 外傷はそれほど見えぬ筈だろうに、一体何の薬を用意しているのだろうか。注射器を持った保険医を前に、魔理沙はちょっぴり背筋が冷たくなった。

 このままでは悪漢にではなく、目の前のマッドサイエンティストに乙女の大切な物が奪われてしまう。

 危機感を覚えた魔理沙は慌てて事情を説明した。

 最初は「本当か!? 嘘じゃないだろうな!?」と今一つ魔理沙の言動を疑っていた慧音も、それが事実だと解ると落ち着きを取り戻していったようだ。

 対して永琳はその美貌を僅かに緩めた後、説明を聞くにつれ段々と表情を険しいものにしていった。それがやけに気に掛かった魔理沙だった。

「あぁ、良かった……! 朝お前の姿が見えないものだからご家族にも連絡をいれたのだが、既に発ったと仰るから、心配していたんだぞ?」

 魔理沙は普段の行いの大事さを身に沁みて感じていた。

 これが遅刻魔であればいつもの事と処理されてたろう。現代のオオカミ少年ならぬオオカミ少女にならずに済んだ訳だ。

「全く、けしからん男どもだ! か弱い少女に複数で襲おうとするなど、我が校の生徒であったら修正してやるところだ! それに引き換え、魔理沙を助けてくれた少年は見上げたものだな! 如何なる達人も複数を相手取るのは難しいというのに、なぁ八意先生? ……先生、どうかしましたか?」

「あ――。……えぇ、何でもありません。それより上白沢先生? もう一度、ご家族へ連絡を入れておいた方がよろしいのでは?」

「おぉ、そうだった。ご家族も心配されているだろうからな。先生? 後は任せてもよろしいでしょうか?」

「……えぇ、大丈夫よ上白沢先生」

「あぁ、すみません。ではな、魔理沙。今日は欠席という扱いにしておくから、無理はするんじゃないぞ」

 そういって慧音は退出していった。

 皆勤賞は遂に私の手から離れてしまったらしい。無念。

 そうして暫しの静寂の後、永琳は口を開いた。

「……とりあえず、診させてもらうけど、いいかしら?」

「あ、はい」

 そうして永琳は触診を始める。

 素肌の晒されている手足を中心に、彼女は念入りに診ているようだった。

 その永琳の視線が、一処(ひとところ)に向けられて止まる。

「これは……、随分とファンシーね」

 それはクマさんプリントの絆創膏であった。

 擦傷に対して少し小さく、張り方もまた雑で永琳は眉を潜めてしまう。

「一旦剥がすわね」

「あ! ま、待ってくれ!」

 手当の必要性を感じ永琳が指先を伸ばすと、当の魔理沙が庇う様に腕を引っ込めてしまった。

 魔理沙の頑なな意思を感じた永琳は、小さく溜め息を吐いた。

「ねぇ、霧雨さん? 貴女を助けてくれたその、男の子の名前って解るかしら?」

「あ、えーっと、……ごめん。聞けなかったんだぜ」

 何故そんな事を? と思わないでもない魔理沙だったが、兎も角、この絆創膏を剥がされまいと永琳の気を逸らすべく問に応じた。

 目的を達したのか、永琳は「そう」と短く呟き、それ以上の追求はして来なかった。

 永琳は机に向き直り、ペンを走らせている。手持ち無沙汰になった魔理沙はそれを覗こうと背伸びして、そんな視線に気付いたのだろう永琳が、打って変わって穏やかな笑みを向けてきた。

「あぁ、そうそう霧雨さん? もし、今から帰るつもりなら、その前に少しここで休んでいきなさい」

 え、と小さく驚く魔理沙。

「……貴女は気付いていないかもだけど、ほら」

 魔理沙の手を、ふわりと暖かなものが包む。

 永琳の手だった。手のひらから伝わる彼女の温もりから、魔理沙は安らぎを覚えた。

 そして気付く。己が手が、微かに震えている事に。

「今はまだ、現実に頭が追いついていないけど、身体はしっかりと恐怖を覚えているのよ。ね、だから休んでいきなさい」

「う……、分かったよ……」

 この八意永琳が、教師の中で一ニを争う程人気が高い理由を、魔理沙は身を以て知った。

 保健室の簡素なベッドに横たわる。背中に当たる感触は随分と固く、枕もまた同様である。

 こんなんで寝られるのか? そんな魔理沙の疑念は、一分も経たずに睡魔へと呑まれてしまうのだった。

 

 

「ところで、この車はどこへ向かってるんですかねぇ?」

 当初は物珍しさを感じていた街並みも、同じような景色であれば飽きるのが人の常である。

 幻想郷に来たのが初めてなブロントには見知った風景は無く、この車が何処へ向かっているのか皆目検討もつかなかった。

 そんな彼の至極真っ当な質問に、藍は呆れを隠せなかった。

「まったく、君は人の話を聞いていないんだな。まずは紫様に挨拶しにいくと言っただろう?」

「俺は不良だからよ、人の話は聞かないしドリンクバーのティーバッグは持ち帰る」

「……迷惑だからやめなさい!」

「hai!」

 そんな無駄話をしていると、周囲に変化が起こる。

 建物は段々と少なになり、景色は開けていた。その奥、矢鱈と巨大な建物が一つ、目に入った。

 なんだろうか? まるでブロントの疑問に応えるかのよう、車は丁度、八雲コーポレーションと書かれた看板を通り過ぎた。

 そうして幾ばくかの厳重なセキュリティを顔パスで通り抜け、車は地下駐車場へと呑まれていった。

 広大な地下駐車場、その奥に車を着け、二人はエレベーターへと乗り込んだ。

「ここに姉ちゃんが――」

「あぁ、こっちだ。着いてきなさい」

 そうして何度かエレベーターを経由し、迷路の様な建物の中を進んでゆく。

 最中、ブロントは常に奇異の、好奇の視線に晒されていた。

 それもそうだろう。あの、八雲藍が少年(?)を連れているのだ。気にならない筈がない。

 中にはあからさまな視線を向けてくる者もいたが、そんな輩は余さず藍が睨みを効かせてやると、縮み上がり慌てて仕事へと戻るのだった。

(まったく、誰も彼も弛んでいる……!)

 藍は内心業務の改善を誓った。

 さて。それ以上の事は特になく、或るエレベーターの前で、藍は懐からカードをリーダーへ通した。

 そのエレベーターは階を現す数字も無ければ、ボタンも必要最小限のものしか着いていなかった。

 いよいよなのだとブロントは悟り気を引き締める。

 ピコンと、軽快な電子音の後、少し遅れて扉が開く。

 何機ものエレベーターを乗り継いできたのだ。大分高いところまで来たのだろうと、漠然と理解もしていた。

 だが――そこから見る眺めは彼の想像を悠に越えていた。

 部屋の装飾は、その主の地位を現している。そういった目利きの無いブロントでも、一目で高級と解る品々で溢れていた。だが、そんなものよりも彼の目を引いて止まないものがある。

 一面のガラス張りの壁から見える、景色だ。

 眼下広がるのは整然としたビル群。その先、この世の物とは思えぬ長大な壁から鬱蒼とした原生林に覆われた山々が連なっている。

 まるで人と自然の、その境界を切り出したかの様な風景を前に、思わず彼は駆け出しガラスへ張り付き、息を飲んだ。

「おいィ!? あまいrにもすごすぎるでしょう!? これにはブロントも驚きが鬼なる!」

「ふふっ。気に入ってもらえたかしら?」

 優しい、そしてひどく懐かしい声。

 振り返りブロントは、彼にしては本当に珍しく喜色を顕にした。

「ゆか(ねえ)!」

「えぇ、ブロント。久しぶり……、本当に久しぶりね……!」

 如何なる絶景も、家族の再会には叶わないようだ。

 ブロントは紫へと駆け寄り、紫もまた、満面の笑みで弟を向かえた。

「立派になっちゃって。前に会った時は、こんなに小さくて可愛かったのに」

「おいおい(呆) それじゃぁヒュム♂なんだが? さすがにそこまで小さくなかったべ?」

「そうだったかしら?」

 紫の手は丁度腰のところで水平になっている。

 確かに、五年も前ではそれなりに小さかっただろうが。藍の知る彼は子供ながら大柄であった。

 主人の贔屓っぷりに藍は苦笑を浮かべた。そして彼女は、二人の邪魔にならぬようその立ち位置を部屋の隅へと移していた。出来る秘書は違うなー憧れちゃうなー。

「何にせよ、……おかえりなさいブロント」

「うむ。ただいまなんだが――って、おわー!? ちょ、なに休にハグしてきた>ane! 俺ももう子供じゃにぃんだから子供扱いはやめるべきそうするべき!」

「何言ってるのよ。幾つになっても、アナタは私の可愛い弟よ」

「おいィおいィ……; 姉が弟離れ出来てない不具合!; 修正されてッ!」

「姉が弟を愛でて何が悪いのですか。不仲の方が、よっぽど不具合よ」

 言って紫は更に回した腕に力を込める。

 ブロントの腹に彼女の形の良い胸が押し付けられ、むにゅりと形を変える。

 突き放すでもなく、かと言って抱き返すでもなく。おいィおいィと情けない声をあげながらブロントは藍へ助けを目で訴えた。

 その返答は、凍えてしまうほどの冷たい視線だったそうな。

 

 

 自分がいつ意識を手放したのか、魔理沙はそれすら分からなかった。

 目覚めた時、窓の外は既に茜色に染まっていた。

 矢張り気付かぬ内に、精神的に消耗していたようだ。

 魔理沙は永琳に一声礼を言い、保健室を後にした。

「――魔理沙!?」

 そうして出て直ぐ、よく聞き知った声が魔理沙を呼んだ。

「ちょっと、今日は休みって聞いたのにどうしたのよ?」

 そうしててとてとと近づいて来たのは、クラスメイトの博麗霊夢だった。

 そうか。丁度今は下校の時刻なのかと魔理沙は今更ながら思った。

 反応の悪い友人に、霊夢は眉を潜める。

「ねぇ、本当にどうしたのよ。あんた変よ?」

「あぁ、いや――」

 なんと言ったものか。魔理沙は答えあぐねていた。

 馬鹿正直に全てを話すには、憚られる内容である。

 しかしこの、妙に勘の鋭い友人にはヘタな誤魔化しは通用しないだろう。

 何より、魔理沙自身に話したいという気持ちがあった。

 武勇伝なんかと誇る話ではないが、御伽噺(おとぎばなし)のように運命的であった。

「あんまり大きな声では言えないんだけど、……誰にも言うなよ?」

 魔理沙は声を潜め、霊夢の耳元へ顔を近付けた。

 今日の教訓は、人の口には戸は立てられない、という事だろう。

 ましてや花の女子高生である。そも話したい盛りの彼女らの口にチャックをするのは、干し草の中の針を探すより至難だった。

 

 

 そわそわ、そわそわ――。

 白蓮は、そわそわしている!

 そわそわ、そわそわそわそわ――。

 白蓮は立ち上がった。しかし腰を降ろした!

「だ――っ! もうっ! 鬱陶しい!」

「……ちょっと。何よ突然、うるさいわね」

 そんな妹の姿を見ていた、いや見せつけられていた神奈子はたまらず吠えた。

 そのシャウトを聞き、たまらず永琳は不快げに眉を潜めた。

 険悪なムードに包まれる姉二人を見て、白蓮は悲しげに目を伏せる。

「ごめんなさい姉さん。どうしても落ち着かなくて」

 出来た末妹である。

 白蓮がすんなりと頭を下げるものだから、神奈子と永琳は互いにバツが悪そうに顔を見合わせた。

「いや、まぁ……。私も言い過ぎたよ」

「そう、ね。五年ぶりだもの。仕方ないわ」

 永琳の言葉には深い情が籠もっていた。

 五年――実に五年ぶりに弟が帰ってくるのだ。どうして平静さを保てようというのだ。

 諌められた神奈子はソファに腰を降ろし、テレビを点けた。しかし気もそぞろに、パチパチとチャンネルを変えている。

 永琳も視線を本に落とすものの、内容は全然頭に入っていなかった。

 中でもひどいのが白蓮だ。彼女はというともう一週間も前から落ち着きが無かった。しかし、その間も一切家事の手を抜かないのは流石と言えよう。但しその生真面目さが今日は裏目に出た。

 白蓮は手持ち無沙汰に、リビングをぐるぐると回っている。それはもう、生クリームにでもなろうかという勢いであった。

 何かやる事でもあれば気でも紛れるのだが、白蓮は今日の分の家事もすっかり済ませてしまっていた。どころか今日帰ってくるという弟の為のご馳走の準備も万端であった。

 ここで趣味の一つでもあれば違ったのだろうが、悲しい事に家事こそが白蓮にとって一番の趣味だった。

 視界の端で、チラチラと映り込む末妹の姿。先の事もあり神奈子は怒りをぐっと堪えた。

「……ゆゆ(ねぇ)は?」

 気を紛らわせる為に、この場にいない姉の名を口にする。

「幽々子ならお風呂よ」

「またぁ? 今日何回目よ、あの人」

 神奈子はうんざりとした様子でソファーへ身を沈めた。

 聞けば確かにテレビの雑音とに混じり、微かにシャワーの音が聞こえた。

 その会話に白蓮はハッとする。

「ねぇ、神奈子姉さん……。私臭くないでしょうか?」

「はぁ?」

 白蓮はどうやら自身の体臭が気になるようで、そんな事を尋ねてきた。

 くんくんと、己が服を引っ張り鼻に押し付けては、それを繰り返していた。

 そうして嗅いでくれと言わんばかりに、神奈子へと突き付けてくる。

 幾ら身内とはいえ、神奈子は口元が引き攣るのを隠せなかった。

「だ、大丈夫でしょ……? いつも通り、お香のいい香りがするわよ」

「でも……」

 白蓮は納得いかなそうだ。

「ごめんなさい姉さん! ちょっと、お風呂お借りしますね……!」

「あ、ちょっと! 今は――!」

 そう言い残し、白蓮は神奈子が言い終える前に風呂場へ足早に向かってしまった。

「大丈夫かしら?」

「……大丈夫でしょ」

 姉二人が、どこか他人事の会話を繰り広げていると、廊下から黄色い悲鳴が聞こえてきた。

「キャ――!? ね、ね姉さん!? ごめんなさい――っ!」

「あらぁ~? 白蓮ちゃんったら、一緒に入りたいのかしら~?」

 筒抜けであった。

 あちゃぁと神奈子が顔を覆っていると、まぁそうだろうなと、激しい足音が聞こえてきた。

「ちょっと神奈子姉さん! いるならいると、教えてくださいっ!」

「いやぁ、言おうとはしたんだよ? だけどそれより早く白蓮がいっちゃうからさ?」

 うっ、白蓮は背を反らした。

 神奈子の弁はもっともである。

 非の在り処が己にある事を理解し、白蓮は行き場の無いもどかしさを感じた。

「それにさぁ? 別に女同士だし、見られてもいいじゃん?」

「いいえ、よくありません! 神奈子姉さんはそんな風にガサツだから、おかしな男性に引っ掛かるのです!」

「それは今関係ないじゃないの!?」

 末妹の過ぎた言い分に、四女は一瞬で頭がhitした。

 そんな喧騒をバックミュージックに、永琳は嘆息した。既に本を読む集中力は霧散し、仕方なく妹達の言い合いに耳を傾けていた。

 しかしそれも不毛であると、垂れ流しのテレビに目を向けた時であった。

 ――ピンポーン。

 まるで仲裁するかのタイミングで呼び鈴が鳴った。

 ……仕方ない。そろそろ諌めてやろうか。そう思いながら永琳が重い腰を上げた時には既に、二人の姿はなかった。調子の良いことだ。

 妹らの行動に呆れるやら関心するやら、永琳も待ち人を出迎えるべく玄関へと向かった。

 その足取りが、らしくもなく軽やかな事は、彼女自身気付いていないようだ。

 

 

「やれやれ。紫様にも困ったものだ」

 藍はハンドルを握りながらぼやいた。

 彼女が主人たる紫に、苦言を零すのは本当に珍しい。

 何せ紫は、五時間にも及び弟を拘束したのだから。当初は相槌を打っていたブロントも次第に口数が減り、最終的には紫が一方的に喋るだけとなっていたが。

 それでも、藍もブロントも止めなかったのは彼女の行いがまるで、五年間の空白を埋めようとしているかに思えたからだ。

 それでも――。

「おいィ……。ユカ姉のトークスキルはA+といったところか。あまりにも長すぐるんだが? 俺はこのまま骨になる……」

 その話を正面から受け止めていたブロントは、後部座席でぐったりとしている。

 藍とて、ある程度長くなる事は覚悟していたが、その想定を遥かに上回っていた。

 まぁ、それだけ嬉しかったのだろう。そう思えば腹が立つどころか頬が緩んでしまうものだった。

「ブロントさん、まだバテるには早いぞ? 今度は四人の姉君に会うのだからな。そんなだらしのない格好を見せたら、失望されてしまうぞ」

「確かになというか鬼なる。ちくしょう、藍は馬鹿だ……」

 あれほど強烈な再会が、あと四度もあるかと考えるとブロントの眉が僅かな皺を作った。

 基本、彼の表情は大きく変化しない。故に無愛想に思われがちだが、些細な心情の変化も僅かに表情に現れる。その事を知っていれば、彼ほど分かり易い人間もそうはおるまい。

 勿論、藍も理解している一人だ。

 故にこそ、彼の難色に気付き、苦笑いを浮かべた訳だが。

「……それにしえtも、家にはまだ着かないんですかねぇ?」

「何を言ってるんだ。家ならもう見えてるじゃないか」

「hai?」

 ブロントは車窓の向こうを睨みつけるように見詰めた。

 先程からひたすら白漆喰の壁だけが目に映り、実に代わり映えのない景色が続いている。

 まさか――という思考がブロントの脳裏を過ぎり、見計らった具合に藍が語った。

「そうだ。この向こうの敷地は、全て紫様の所有する土地だ」

「……無駄に広すぎませんかねぇ?」

「まぁそう言うな。権力ある立場は、それなりの見栄が必要になるそうだよ」

 そのような会話を交わしつつ、厳重なセキュリティを解除しながら八雲家の敷地を進む。

 塀を過ぎてからもその道程を――道程と言わねばなるまい距離であった――幾分か進み、ようやく建物の影が見えてきた。

「着いたぞ、ブロントさん」

「ここに姉ちゃんたちが――」

 二階建てのお屋敷は、家というよりも小さな旅館のようにも見えた。

 ソレを見上げるブロントの横顔から、さしもの藍でも感情を読み取れなかった。

 それはきっと、一言で現せられる簡単なものでは無いのだろう。

 彼の気が済むまで、藍はひたすらに待った。

「――おし」

 そう小さく呟き、ブロントは呼び鈴を押す。

 ――ピンポーン。

 くぐもった、気の抜けるようなインターホンが鳴った。

 そうして間を置かず中から激しく足を踏み鳴らす音が聞こえた。

 ブロントが扉に手を掛けようとするよりも寸分早くガラリと、扉が音を立て開いた。

「ブロント!」

「……おう。久しぶいr――ってうおわー!?」

「あぁ、ブロント! 本当にブロントなのですね!?」

「ごぶフぅ――!! おいィ!? いきなり飛び付いてくるバカがいるかよ!? 俺が至高のナイトで助かったなナイトじゃなきゃ豆腐の角に頭をぶつけて天狗ポリスを呼ぶハメになっていたのは確定的に明らか」

「その滅裂な喋り! 本物のブロントですね!」

「ちょっと実の弟の判断の仕方がおかしくありませんかねぇ?」

 飛び出して来た白蓮を、ブロントは受け止めた。その勢いたるや最早体当たりの様相であったが、流石ナイトは格が違った!

「あちゃー。先を越されちゃったかー」

 その声に目を向ければ――。

「かな(ねぇ)

「うん、ロト、久しぶりだね」

 片手を掲げた姿勢の神奈子が苦笑いを浮かべていた。続いて永琳が姿を見せる。

「大きくなったわねブロント」

「りん(ねぇ)

 ブロントの姿を見、感慨深げに呟く永琳。

 何かしらのアクションを返そうと思うブロントだが、白蓮に抱きつかれた状態ではそれもままならなかった。

「ま、しょうがないか。白蓮が一番楽しみにしてたからね。ここは可愛い末妹に美味しいところを譲ってあげましょ」

 立ち位置故に神奈子は気付かなかったようだが、その言葉に永琳はほんの僅かに眉を歪めていた。

「ほれ、いつまでも泣いてるんですかねぇ……? 感動の再会は確かになというか鬼なるが女を泣かせるヤツに未来はにぃ! このままではあわれナイトは骨になってしまう」

「ぐすっ……! 誰がっ、泣いてなどいません……!」

「ほう? それじゃぁその涙は嘘なのかよ嘘吐きは忍者の始まりだが白蓮は卑怯な忍者ではないのでその涙は本物でFA! 完全に論破したので以下レスはうh必要です」

「もう、この子ったら……」

 暴論とも云えぬ論なれど、弟の気遣いを前に白蓮は身体を離した。

 そうして居並んだ姉の顔を見てブロントは「おや?」と思う。

「その、ブロント。おかえ――」

「ブロちゃあぁぁぁん!!」

 ブロントが疑問を抱くのと同時、家の奥から一際激しい足音が響いてきた。

 その、よぅく聞き覚えのある声にブロントはその()の名前を呼ぼうとする。

「ゆゆ姉もがっ!?」

「ブロちゃんブロちゃんブロちゃん! うわぁんようやく会えたわぁ!」

 その()――幽々子もまた、白蓮同様にブロントへと飛び付いてきた。

 勢いであれば白蓮が上であったが、質量で言えば幽々子に軍配が上がるだろう。

 だが、その程度で不覚を取る黄金の鉄の塊ではない。

 しかし幽々子を抱き留めた彼は、不覚にもバランスを崩してしまった。崩れ落ちる程では無かったものの、危うく二人揃って転倒してしまうところだった。

「ね、幽々子姉さん! 離れて下さい!!」

「いやよぉ。まだブロちゃん分が補給できていないもの。うぅん、久しぶりのブロちゃんの香り~」

「いいから! 離れて下さい!! そして服を来て下さい!!」

 何と幽々子は裸だった! 全裸であった! その身に一切の布類を纏わず、未だ湯の張り付いた肌を晒しながら豊満に過ぎる胸をばるんばるんと弾ませて、(ブロント)に飛び付いたのだった!

 実の姉の裸体を見せつけられたブロントは固まった。石の如く固まった。

 未だ固まったまま碌に動かぬブロントと、そんな実弟に頬擦りする姉を、白蓮は無理矢理引き剥がした。

「離~れ~て~下~さ~い~!!」

「あぁん! ブロちゃぁん……!」

 普段の怠けっぷりからは考えられない膂力を見せる幽々子。

 必死にしがみつくものの白蓮の力には叶わず、最愛の弟と引き離されてしまうのだった。

「何やってるのよ……」

 頭が痛いとばかりにこめかみを永琳。からからと笑う神奈子。

 今も憤懣やる方ない様子の白蓮と名残惜し気な幽々子。

 そんな個性豊かな姉の姿を見て、ブロントの中でようやく実感が湧いた。

「姉ちゃん。ただいま戻ったんだが?」

 その、あんまりにも弟らしい言い分に姉たちは一瞬きょとんとして満面の笑みを浮かべた。

 

「おかえりなさい、ブロント――」




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