まちがいさがし   作:中島何某

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Chapter1
1話


 

 

 俺は今の状況にもの凄く辟易していた。

 なにこれ。

 なにこれ。

 大事なことなので二回言うくらいわけわからん。

 

 日頃は冷静沈着とか厨二病とか言われたい放題の頭が、許容量を超えてパニック状態になる。だって、こんな前例がないことに落ち着いていられる方が、変だ。

 

 

 俺は今抱きかかえられている。落とさないようにかしっかりと。俺の意識は25歳の大学院生のつもりだ。故に、可笑しい。逆に、どこが間違っていないか当てる方が簡単そうだ。

 嬉しそうな雰囲気を惜しげもなく醸し出した、ゆるっゆるの顔の男が俺を腕に抱いている。近くでは赤毛の女性が笑っている。Arthur、Arthurと俺を抱いてゆらゆら動いている男に言いながら。

 英語はイギリスに留学経験があるから日常会話は理解できる。難点は、ホームステイ先の家族がクイーンズイングリッシュを使っていたから、初めてネイティブにふれて耳で覚えてしまい、自分も自然とクイーンズイングリッシュを使うようになってしまったことだろう。イギリス人は英語の発音が異なり、大まかに上流階級、中流階級、労働者階級で異なるソレは聞けばすぐにどの階級か判別つくものだ。つまり日本人の俺が使うとどう考えても気取っているように見えて鼻につく。

 

 

 

 ……そうではなくて。今の状況についてだ。ゆっくりと、思いだしてみよう。何故こうなったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺、佐伯暢は普通の大学生だった。多少他人と違うことといえば大学卒業が自分の生まれた国の学校ではないところであろう。通っている大学と提携しているイギリスの大学に二年のとき留学し、色々な面倒な手続きを踏んで編入、その後もそのイギリスの大学に通い、卒業した。圧倒的に惹かれたのだ。今を逃せばこの教授にいつ教わるのだと思った。だから、親に頼みこみ、苦労して書類を書きあげて大学を移ったのだ。

 ホームステイは一年だけだったが大学の近くで一人暮らしをする都合上、ホームステイ先の家族とは頻繁に交流があった。

 たかが数年海外に居ただけで、と思われるかもしれないが、学べたことは多かったと思う。一人っ子だったのもあり、親の強い希望があって大学卒業後は日本に戻ってきて自分が一年間いた元の学校の院に入り、大学院生として今を過ごしていた。

 日本でも院に入ったのは、まだまだ足りなかった。そう痛感しただけの話だ。(そうして若い時にありがちな過信から、たった数年ぽっちの経験をこれからの人生に流用しながら研究職に就き更に成長出来ると思っていた)

 

 友人も彼女も人並みに居た。けれど重大な秘密を交換するイベントも、燃え上がるような恋愛をした記憶もない。リンゴを盗んだと嘘の武勇伝を語ったところを付け込まれて脅されたのを助けられたことも、有力者の娘と恋をし苦難を味わいながら荒れ狂う海に飛び込んで認められたこともないというわけだ。

 流され、世間に乗せられ、そんな自分に呆れながら生きてきた。だけどそんな毎日が楽しかった。

 

 交際相手は、よほど醜悪でも端正でもない顔と性格が幸いしてか気付けばだれかが隣に居てくれた。

 趣味は読書。別段特別な話ではないけれど、小学校入学前からそれを趣味としている分には、周りの大人達にとって少々奇怪だったろうか。純文学から児童学書、SFにライトノベルだって読んだ。

 でも、本当にたったそれだけだ。俺に似た奴なんてきっと、日本中どこにでもいた。

 

 

 いつものように友人たちで、みんなが次の日午前を空けている日に飲みにいった。次の日彼女とデートだという輩が居て、今日は二軒目までにしておこうとみんなで決めていた。俺は今日連れてくればよかったのに、と自分の彼女の肩を引きよせて笑ったのを覚えている。そのときカラの枝豆が飛んできたことさえ記憶している。顔に当たって気持ち悪かった。

 ――そうだ。一件目を出て、もう一軒行こう、と会計を済ませてみんなで居酒屋を出たとき、失恋してふらふらになるまで飲んだ友人が千鳥足で車道側に歩み寄っていったんだ。

 何してんだよアイツ、という笑い声の中、俺の目を4tトラックのライトが焼いた。トラックは、まっすぐ友人の方へ、引き込まれていくように――

 

 誰も、気付いて、ない?

 

 

 

「――ッ!!」

 

 

 

 

 手を伸ばした。

 無我夢中で、昨日一緒に笑った人間の腕を掴んだ。

 今日胸元を涙で汚された相手を引き起こした。

 さっき、店先で目尻に皺をつくってふにゃふにゃ笑った奴を、自分の後ろへ弾き飛ばした。

 

 

 

 

 うわっ、という酷く緩慢な声。

 

 

 声にならない叫び声をあげる友人の顔。

 

 

 一瞬前まで閉じられていた目を見開いて、クラクション音を鳴らすガラス越しのおっさん。多分、もう撥ねられて、体が宙に浮いているんだろうと思った。そうじゃなきゃ4tトラックの運転席なんか見えやしない。

 

 

 

 

「とおる、くん――ッ」

 

 

 

 

 絶望の表情で、俺と目を合わせた彼女。そういえば、誕生日に指輪をあげる約束だったのに渡せなかった。ごめん。俺は小さく謝った。バイトで溜めた資金で、買ったには買ったのになあ。

 勿体ない。あー、損した。だったらその金でさっき、もっと美味いもの食わせてやりゃよかった。

 嬉しそうな顔が見たかった。なんでもおいしそうに食べてほころぶ顔が見たかった。大好きだと言ってくれるあの声が聞きたかった。

 環境に付随する交友関係、交際関係は物語で散見される硬い絆と比べれば滑稽だろう。でも今一番好きなのは彼女だった。

 ああ、そうだったさ。ああ、ああ――

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、つまり俺は。

 

 

 

 

 

 死んだんだ。

 

 

 

 

 

 

 それにしたって、生まれ変わりとかそういうのはなしにしてくれよ。せめて記憶を消しておいて欲しかったと、見えもしない神様を怨んだ俺はきっと悪くない。

 別に俺、特別善人じゃなかったけど悪人でもなかったと思う。酷い仕打ちだ。ああ、小さな体が頭を軋める。かなしい。

 

 

 

 





5、6年前に書いたものなのでちょっと色々修正してあげたい。
昔の方が今より少しは読みやすい気もしたが別にそんなことはなかった。

20話くらいしかないんですが、原作読み直せたら続きを書きたいなあと思っています。ただ今年小説漫画ゲーム類を引っ越しの折に全部実家側に送ったのですぐには難しいかと。駅やら空港間で片道2万て海外か実家は。
無編集版はpixivにも上げています。

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