まちがいさがし   作:中島何某

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Chapter4
11話


 

 何年か一緒にいて、奴のことが分かってきた。最初こそ俺はあの子供のことを、ある特定の我々では理解しえない所に立つ他者から遮断された人間だと思っていたが、彼は知れば知るほど人間らしく、加えて憐れだ。

 彼はリアリズムでシニシズムをわざわざ自分の意思で選択している。方法的懐疑に近い方法をとり得るそれに、物事を批判的に見ているばかりではないと感心したのは最近だ。昨今に溢れる浅薄な考えを用いる人間とは違うようだ。俺は特別な何者でもないが、批判するだけで実のない人間というのが得意ではない。自分がもしそうなっているのだとしても、他人は客観的に判断するよりないのでそう思うのだ。

 そして彼は自称エゴイストだ。傲慢で行動には必ず利益を求める。自らとまったく関係のないところで善行を詰んだとして、それは信じてもいない天国へ近づくためだと言う。間違ってもキリシタンではないと笑う。

 レイシストでもある。彼は魔法使いとマグルが同等の肉体器官と才能を持つことは認めているが、生育環境と排他的文化によって可能と不可能の差異が浮き彫りになっていると述べる。どちらかと言うと、差別と言うより区別。discriminationよりclassification。馬鹿にすることはない、ただ「違う」と事実を並べる。

 オプチミズムに憧れるペシミストだと豪語する。ショーペンハウエルにはかねがね同意すべきところも多いが、頷くにはいまいちだと唸る。ニーチェは天才だと言うがやはり同意は出来ないと言う。

 こんなところだろうか、ロータスという少年の人間性は。こんなに醜く酷いのに、彼は未だ少年だ。

 彼は長く時間を共にすればするほど、イメージが外見から離れていく。彼のことを思い出そうとすれば存在もしない青年がぼんやりと浮かぶ。笑わないし、怒りもしない青年。無表情に近い諦観を此方に向ける青年。瞳だけははっきりとしていて、想像の青年と目が合うと居もしないのに時折ぞっとする。蜃気楼のように現れ、存在はしないのに見えるのだ。

 しかし目の前の少年は、時々おかしそうに声をあげて笑う。その時俺はほっと安堵を覚えるのだ。悲しいかな、俺はそのとき罪悪感に見舞われる。謙虚な嘔吐感と尊大な倦怠感。これもあの、少年のせいだ。

 だが、誤解のないように言っておく。俺はあの少年のことが嫌いではない。彼と討論していると学問を志す青少年のようになってしまう青臭い気恥ずかしさは置いておく。好きという実直な感想も持ちはしないが、間違っても目の敵にしているわけではない。もしそうだったとしたら、俺は奴をこの家に何年も住まわせない。奴は呼吸さえも物静かにこの家に住みつき、本のページを捲る音だけを部屋に轟かす。静かなのに、存在が浮き彫りになるのだ。嫌いだったら、同じ空間にいることすら無理だ。

 食事はマナー通り、寝る時間は深夜帯、起きる時間は老人のよう、喋る言葉はクイーンズイングリッシュ。変な人間だ。矛盾の土台の上に存在を置くような、露骨でいて尚靄がかかっている。

 

 そして奴は、嘘つきだ。

 

 当初アーサーから聞いたような理由でこの場にいるのではないことぐらい、数か月で分かった。あの少年は、マグルなんかより魔法を欲している。マグルの社会的活動を当たり前に消費し、魔法について研究しがいがあると息巻く学者のように紐解いていく。それでも「魔法を使えない人間と魔法使いの橋渡しを~」なんて嘯く。

 笑顔で。整った顔立ちで。毒を吐くように。これこそ謙虚な嘔吐感を甚大にする。

 だから俺は、教えてやった。笑顔で、親切に。憐れみかけるように。

 

「なあロータス、マグルの世界にある魔法使いが使う酒場について、知っているか?」

 

「……なんですか? それ」

 

 ソファに腰掛け、読んでいた本から顔をあげた奴は首を傾げた。俺は薄く笑った。

 

「マグルの世界にあるからこそ、魔法を探知出来ないようにしてある空間がばれないっていう、そういう空間だよ。魔法が満ち溢れる空間で、一切魔法がないのはおかしいが、マグルの世界だったら話は違う。元々臭いの類が曖昧になる呪われた土地でもある。政府に隠れて魔法で連絡を取りたい奴やら、禁断の魔法やらが使われている格安スペースだ。合言葉と金があったら誰でも使うことが出来る」

 

「はあ」

 

 だからなんだとでも言いたげに奴は頷いた。俺はそれでも薄く笑う。魔法界側の政府と繋がっている俺だが、マグル界が侵されている現状を口外しないケースもある。公然の秘密、というわけだ。まるで死喰い人の罪のよう。

 まあ、誰でも使えると言っても前科があると入れない魔法もかかっている点から言えば死喰い人より狡猾、かつ小物だ。

 

「オールドトムを頼んで、店主に「コイツはまだ女の尻を追ってるのか?」そう言えば秘密の部屋への入り口だ」

 

 俺がそう言うと、奴は胡乱げな顔つきで溜息をついた。

 

「よくそんな恥ずかしい台詞が言えるな」

 

「数回だけの我慢だ。あとは店主が顔を覚えてくれる。ロータス、行ってみたくないか?」

 

 にこり、笑うと奴は肩を竦めた。

 

「十歳に満たない俺が酒場に行けるわけがない。俺はバタービールもまだ外で飲めないんだ」

 

 イギリスでは家庭内だと5歳で飲酒が認められている。しかし16歳でやっと親同伴でパブでビールを飲むことが出来、完璧に飲酒が認められるのは18歳になってからだ。

 やれやれと言ったふうな奴に俺は「そうでもないさ」と言った。奴は再び本に視線を戻し「なにが?」と言った。奴は『長いお別れ』を読んでいて、魔法使いにとっては随分皮肉的な本だと俺は思った。マイオラノスは言う、人間の瞳の色は変えられないと。

 マグルだったら、な。

 

「俺が店主に紹介してやろう。何より、他のガキより自我の目覚めが早いお前だ、魔法省に秘密で魔法を使ってみたいだろう?」

 

「役人の台詞じゃないな」

 

 喉でくくっと笑う奴に俺は肩を竦めてポケットの煙草に手を伸ばした。そのままソファの奴の隣に座り足を組む、すると奴は嫌な顔をした。

 その本は俺が所有する本なので、ヤニ臭くなると批難はしないのだろうが。

 

「第一、俺は杖を持っていない」

 

「それくらい買ってやるさ」

 

 6から10ガリオン程度、安いもんだ。杖はそう高価なものではない。確かに学生からしたら結構な値段だろうが、社会人からしたら少し大きな買い物程度だ。電化製品を選ぶ方がよっぽど高い。

 

「お言葉には甘えさせて貰います、が……ルパート、無駄遣いは、」

 

「無駄遣いじゃないさ。未来の才能の芽に水をやってると思えばな」

 

 奴は肩を竦めて「出世払いでお願いします」と言った。俺は「勿論だ」と言い返しくつくつと笑った。ロータスは本を読み終えたのかさっさと本棚に仕舞い、今度は『詠唱魔法全集』を取り出していた。辞書より分厚いそれを読みながら口で詠唱魔法の言葉を転がす奴に、俺はもう全て中身を覚えているくせにと気味の悪い、小学生の年齢ながら飛び級を繰り返している少年を見て、煙草をくわえた。

 奴はもうすぐキーステージ4を終了しようとしている。

 

 

 





リアリズム:現実主義・シニシズム:冷笑主義・エゴイスト:利己主義・レイシスト:人種差別主義者・オプチミズム:楽天主義・ペシミスト:厭世主義

オールド・トムは甘いジンで、トムはトム・キャットのトムのこと。トム・キャットは雄猫の愛称で、女の尻を追いかけまわす男・女たらしの意味を持つ。

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