まちがいさがし   作:中島何某

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14話

 

 ルパートと街中を移動中、杖の話をした。もし俺がこれから行くところで杖をふるのに慣れてしまえば、別に新しい杖は要らないんじゃないかと問えば、魔力が変質するとなれば、使っていくうちに杖の魔力に自分の魔力を同調させることが出来ないから、買ってから暫くすれば振るたびに違和感が生まれてストレスだろうと返される。何も知らない今ならまだいいが、魔法を使うことに慣れてくると、数か月ごとにどんどん杖が自分から離れていくのは恐ろしいだろう、と。

 かの有名なロウェナ・レイブンクローもその体質の一人だったという。だからこそ、知っているらしい。

 そんなことをルパートの家にある文献で読んだことはなく、その旨を伝えればそれらの情報は確かな人からの口伝えで、魔法使いたちの間で語り継がれることらしい。イギリス経験論とはよく言ったものだ、確かに彼らは先人の教えを大切にしているらしい。

 だが、レシピのように舌で味わって確認するならまだしも、正確性に欠けると思わないのだろうか。

 

「ホグワーツの創始者たちは自分たちが文字として残されることを嫌ったからな。時代的に古いのもあるが、特定の伝承・発見は本にされずに血族なんかに言葉で継がれている。それにペンより杖の方が強い」

 

 エドワードの『The pen is mightier than the sword』にかけた彼は一人で小さく笑った。別にそんなに面白くない。

 

「我々には正確性に欠ける事実を残されているわけか」

 

「それでいいと思っているのさ。いざとなればゴーストが居る。加えて正確すぎるのは逆に危険だという思想の持ち主も大勢居る。だからマルクス主義を持ちこんできそうなマグルはダイキライなのさ」

 

「ふうん、プロレタリア革命を嫌いながらもヨーロッパ諸国のように労働体系を改善する気持ちが見られないならそれも仕方がない。ベルンシュタインが泣いてるな」

 

「必要がないとも言えるけどな。全魔法使いがこの状況に満足しているなら変革の必要はない。俺はそう思う。誰も困っていないのだから。……そうだロータス、お前が書けばいいんじゃないか? 魔法使いの常識を本に」

 

「もしなにかの偶然でマグルに渡ったら暗殺されまいか」

 

「どうだろう」

 

 声を小さく、周りを憚りながらする会話の距離は近かったが中々スリリングで楽しいとも言えた。大衆のただなかで大衆を否定する、それは一歩間違えれば恐ろしく踏み外さなければスリルという娯楽になるし、息巻く青少年のように偏った熱情が馬鹿馬鹿しい。スリルに高揚するのは知恵の実の弊害か。怖いけど、やってみたい。人間はバカだと思う。俺も、大統領も、ソクラテスも。無知の知とはよく言ったものだ。或いは前生に重ねた悪の報いを覚えた悪人正機か。

 

「そういえば、言ってなかったな。オールドトムの店主はトムというんだ」

 

「英国はトムだらけだな」

 

 肩を竦めればルパートはペンで直線でも引いたような薄い笑みを見せた。

 

「そうかもな。俺の祖父はどちらもトムだし」

 

「本気で言ってるか?」

 

「まさか。爺さんの名前はジョンとデイビットだ」

 

「ありきたりだ」

 

「登場人物がトムだらけだと困るだろ」

 

 口端を持ち上げて笑うとルパートは「名前なんてありきたりでいいんだ。特殊である必要はない」と言った。成程、21世紀を日本で10年ばかし過ごしたが新たな子供たちの親が討論しそうな話だ。この手の物議然り、通信の快適性による情報の速度は、民衆を異様な猜疑に陥れる。便利は人類を変化させ、それは成長とも堕落とも称される。あるべき人間の姿など誰も知らないというのに。

 まあどうせ、少なくとも佐伯暢の祖国はいつかプレートに引っ張られて無くなってしまう。人も星も、いつかは必ず燃え尽きる。消滅するのは悲しいことではないし、この地球に生まれたならばことわりに従うべきだ。

 もし恐怖を感じるなら、先人の言葉を借りてこう伝えたい「死を恐れる必要はない。なぜなら死によって感覚を失い無になるからだ」エピクロス。納得できないと言うのならば価値観の相違だ、俺と議論するより時間が解決するのを待ってみるといいだろう。その内タイムオーバーだ。

 しかしまあ、感情において片鱗は見せてもまだ起こってもいないことを問題に取り上げるのは徒労ばかりが嵩むことだ。俺は面倒な思考に区切りをつけた。(俺自身が面倒だということはあまり考えないでおこう。そもそもそれは昔からだ)

 俺たちはポートキーを使って移動をし、マグルの路地に出ながらも与太話を挟みつつ暗い路地裏をひたすらに歩いた。

 

「ロータス、ここだ」

 

 立ち止ったそこは人通りが少ない。薄暗く、乾いた風が嫌に薄気味悪かった。趣味の悪い木看板に掠れてきた字で『オールドトム』と彫られていた。扉の近くには猫の置物があり、やけに精巧で気味が悪い。

 

「今度もルパートの父親の知り合いか?」

 

「まあ、そうだな。ちなみにここのトムは漏れ鍋のトムと友人だが、どっちも否定してる」

 

 歳をとると友人はどんどん減っていくらしいな、先程のワンド・ワンダの店主も含めるようにルパートは言ってまた歩き始めた。俺もその背を追う。

 扉を開けるとふたつのベルが重苦しく音を立てた。それにしては小さな音だった。店内は薄暗い。コンセプトが明るくハッピーなパブでは無いので当たり前の話なのだが。(大衆居酒屋に友人とよく行っていた身としては少し息苦しい雰囲気だ。それもまあ、何年前の話か)

 俺は自分が、少しだけ途方に暮れていることに気付いた。

 

「トム、まだ生きてるか?」

 

「……ルパートか? 親父より傲慢な面構えになってきたじゃないか」

 

 ふん、と鼻で笑った店主の顔はいかにも、といった感じだった。小悪をこまごまと働いていそうな、黄色い歯を出してにやにや笑う年寄り。ルパートの知り合いには世間的な意味でのいい奴はいないのか、と俺は呆れた顔で彼を見た。

 

「トム、オールドトムを一杯ひっかけたい」

 

 ルパートの言葉に、先程まで再開を喜んでいたふうだった店主はじろりと睨むように、疑うようにルパートを眺めた。それから俺の姿を見ると、奇妙な生き物でも見るような顔をしてからルパートに向けたような視線をくれた。

 

「ルパート、お前がか?」

 

「いや、こいつがだ。ロータス、預かってるガキだ。出された酒は俺が飲む。おっと、定番の文句は言った方がいいか?」

 

「いや、お前なら必要ないが…………そのガキがか?」

 

「杖でも見せた方がいいか?」

 

 小さく笑ったルパートに店主は目を細め、その視線を俺にやった。「お前が使うのか?」明らかに俺に向けて言った言葉に俺もルパートのように小さく笑って頷いた。

 

「That is right.」

 

 店主は卵を飲み込んだ顔をして、渋々といったふうにカウンターに居たもう一人の男性を此方に向かわせた。その男も訝しげな顔つきをしていたので、にっこりと笑ってやればもっと訝しげな顔をした。ルパートは呆れたような顔をした。

 

「ルパート、アナタが魔法をあまり使わないのは有名?」

 

「別にそうでもない。そもそも俺自体が有名じゃないし、知っているのは知人くらいだ。魔法界にいるが魔法を使わないのは目立つんだろう、勝手に相手が覚えている」

 

 あい すぃ、と英語を平仮名にしたようにぼんやり返すと再び呆れた顔をされた。この男は呆れた顔をするのが趣味なのではないだろうかと時々思うが、言ったところできっと否定されて「お前がそうさせているんだ」と言われるのは目に見えている。俺はもう一度「I see」と零した。

 

「ここだ。あとは勝手にやってくれ」

 

 扉を前にして案内役をかってくれた男はさっさと踵を返した。俺がルパートを見るとルパートは目を合わせてから直線をひいたような笑いをした。

 

「杖の振り方から教えてやろうか? ロータス。どれだけ呪文を知っていようと、知っているだけじゃ使えない」

 

「ご指導よろしくお願いします、先生」

 

 プロフェッサー、ハリー・ポッターが校長等を呼んでいたように呼び、恭しく頭を下げると「まかせたまえ」とルパートも調子に乗った。俺たちは小さく下手くそに笑う顔をして扉に足を踏み入れた。

 そういえば、なんだか気付かないうちにルパートとは仲がよくなっているらしい。俺はその事実にようやく気付いた。これではあまりにも魯鈍だと笑われてしまうかもしれない、と薄ぼけた過去の友人たちをぼんやり思いだした。

 過去はすこし、かなしい。

 

 


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