まちがいさがし   作:中島何某

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Chapter3
9話


 

 

 我が家にガキが来た。

 仕事で知り合ったアーサー・ウィーズリーのガキを、約6年間家に置く約束をしてしまったからだ。アーサーはマグル製品不正使用取締局の人間で、俺も当局の人間だが課が異なり、不祥事が起きた際マグル側でいざこざを処理する仕事をしている。マグル製品の正確な使い方や意味を教えたりしているのでそこでアーサーと付き合いがあった。

 いつもビルという長男の自慢かロットという七男の自慢、もしくはマグルの生活用品についての質問から話が始まる男が、考え込んだ顔で相談してきたので、つい、そうつい、話を聞いてなんの得にもならない貢献をしてしまった。過去が悔やまれる、条件は殆ど無償奉公もいいところだ。

 そもそも、俺は8人いるウィーズリー兄弟の二人としか会ったことがないが、あの双子のうるせえことうるせえこと。寡黙なガキなんてのはいないことくらい分かっているが、騒がしい存在が家の中でキャッキャする光景を思い浮かべるだけで頭が痛い。まあ、あれは一人ではなく二人だったから余計五月蠅かったのだろうが。それでも同じ家で同じように教育された子供だ。

 アーサーは「静かで賢い子だ!」と言い張るが、子供の静かなんてどこまでか。賢いなんてどこまでか、たかが知れている。

 

 それが、箱を開けてみたらどうだ。俺は一瞬の悪寒を覚えたことに嫌悪した。たかだか、5歳のガキに、いい歳の大人が、だ。

 

How do you do?(はじめまして)

 

 口元は動かさず、目を細めて笑う少年に俺は口元が引き攣るのを感じた。あまりに他人行儀でフォーマルな挨拶の仕方だ。俺はこれを、女王陛下にお目にかかるときか貴族を家に招待したときしか使うつもりがなかった。これからそういう予定もない。

 少年の隣に立つアーサーを見れば、いつも通りの、むしろ少し胸をはった様子を見せた。これは、平素と同じなのだろう、この少年の。なにか違えばすぐにアーサーの顔色も変わる。(まったく顔色がわかり易い男だ)

 

How do you do?(はじめまして。) I’m pleased to meet you.(お会いできて嬉しいです。)

 

 少年の食えない態度が気に食わなかったので、俺はいたってフォーマル、或いはカビの生えた言語で他人行儀に挨拶を返した。少年はきょとんとしたが、今度は口元を動かしてにっこり笑った。嘘くさい。たかだか5歳の少年がこうも嘘くさい世の中になったのか、と俺は溜息をつきたくなった。

 

「ロットもきっと緊張しているんだ、よろしくやってくれ」

 

 アーサーがけろりとした顔で言ったので、俺はこいつの目を疑いたくなった。これが、緊張してるというなら、世の中の大抵の人間は緊張してるね! これだからうだつが上がらないんだ! 本当にいたちのように純粋な男だ!

 俺は引き攣る顔をなんとか戻して仕切り直した。待ち合わせは玄関だったので、俺は「どうぞ」と短く言い切り家の中に招待する。今では俺が手入れをしているバラのアーチを潜り、きょろきょろしているアーサーと俺の背中ばかりを追う少年の対照的な様子に眉を顰めた。アーサーを自宅に入れたのは二度目だが、まだマグル製品やマグルの住宅構造が気になるらしい。それに引き換え少年はマグルの世界に来ることも滅多にないだろうに顔色に変わりがない。

 ばちりと少年と目が合う。

 

「どうした」

 

「随分大きな家だと思いまして」

 

「大昔はここらへんを納める領主だったからな。今じゃ没落貴族だ」

 

 落ちぶれて屋敷を博物館にして何の変哲もない家に住む元貴族の方がマグルにとっては珍しくないことだろうか。まあ確かに、金喰い虫だ。文化財に指定された城ほどではないが特定の修繕の仕方も国から指導を受けている。そう考えながら返事をすると、少年はひとつ瞬きをして俺を見返した。5歳じゃまだ同情という感情を覚えていないか、とも思ったが、先程格式ばった挨拶で距離を置いた少年だ。どうだろう、とも俺は考えた。

 

「領内の不作で抵当として土地を手放す。残ったのは家だけ、それでもマシだな。ここは母方の実家だ」

 

 気にしていない様子で「あの部屋が君の部屋だ」と続けると、少年はさも気にしない様子で「ありがとう」と答えた。後ろのアーサーは気まずげに背筋をしならせた。

 

「桜の園はありますか?」

 

「すまないがロシア人の話はやめてくれ。アレルギーなんだ」

 

 肩を竦めて少年から荷物を奪い、俺は先程言った少年の部屋に向かった。荷物を持った少年はぎょっとした顔をしたが、親切だと分かるとまた「ありがとうございます」と言った。機械のように画一的に、均等なイングリッシュが紡がれる様は不可思議だ。アーサーが押収品からデッキでも持ち帰り、偏ったビデオテープで学習でもなされたのだろうか。

 

「ここだ」

 

 扉をあけてやると、彼はひょっこりと覗き込んだ。その上からアーサーも部屋を覗く。だだっ広い部屋にあるのはベットと本棚くらいだ。本棚にはなにも入っていない。5歳の少年が来ると聞いていたので本は全て書庫か俺の部屋に移動した。この少年の早熟さを見ると骨折り損だったかもしれない。

 

「……精神と時の部屋かよ」

 

「……セイシンと、なんだって?」

 

 少年がぽつりと零した言葉に聞き返す。It's likeの後の名詞が音節が多すぎて聞きとれなかった。けれど少年は首を振るだけだった。アーサーの方も理解していないようなので、少年の造語かもしれない。俺は首を傾げながらベッドの近くに少年の荷物を置いた。

 

「これから、よろしくお願いします」

 

 少年がそう言って握手を求めてきたので、自己紹介がまだだったことを思い出した。俺は久方ぶりににっこりと笑った。

 

「ルパート・ヘクター・アンバディだ。よろしく」

 

「ロータス・バッコス・ウィーズリーです、Mr.アンバディ。失礼でなければ、お歳をお聞かせ願っても?」

 

「今度の冬で29歳だ。ロータス、君は?」

 

「春に6歳になります」

 

 予想通りの返答に、俺は冗談めかして笑った。

 

「おいおい、嘘だろ?」

 

「おや、気付かれました? 実は今度の春に31歳になります」

 

 此方も冗談を言ったので、俺はひとつ「年上でしたか」と肩を竦めた。少年も肩を竦めて、アーサーだけは取り残されたようにぽつんとしていた。

 これだから彼は仲間には好かれて上司に好かれないんだ。

 

 

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