ソードアート・オンライン《遥なる戦い》   作:シアン

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第二話投稿です。
文字数多くしたいので更新ペースが遅いのはご了承して下さいな……


第一層 イルファング•ザ•コボルドロード

 キリトとはじまりの街を出たその日、僕は決心をした。デスゲームと化したSAO、ゲームオーバーが本当の死を意味するこのゲームの中で、僕はなにがなんでも生き残ろうと。そして同時に、ゲームクリアの為に戦おうと。

 次の日から、僕はキリトと共にひたすらフィールドに立ち続けた。キリトに教えて貰いながら、モンスターを倒し経験値を集める。充分に安全マージンをとって戦い、それでいながらキリトのベータ時代の知識を元に、最大効率でレベル上げに励んだ。その甲斐あってか、僅か二日間でレベルは5になった。

 そして、さらに拠点を次の村に移し狩りを続け、レベル上の安全マージンと呼ばれる階層+10、つまりレベル11になったとき、僕はキリトにソロで行動したいと伝えた。これ以上、キリトのお世話になるわけにはいかない。キリトは、ソロの方が効率がいいだろうから。

 キリトも最初は悩んでいたようだったが僕の目を見て、わかったと言ってくれた。

 そうして、キリトと僕が別々に行動しそれぞれの道を歩き始めた日から一ヶ月。まだ、第一階層はクリアされていない。

 

 

 

**********************

 

 

「はーい! それじゃ、そろそろ始めさせてもらいます!」

 

 第一層迷宮区最寄りの街、トールバーナ。その噴水広場に集ったプレイヤー達は声の主を見た。よく通る声は噴水広場の比較的遠い場所に居たプレイヤー達にも聞こえたようだった。

「オレはディアベル。職業は、気持ち的に《ナイト》やってます!」

 僕はその言葉を聞き流しながら、どっと沸くプレイヤー達を観察した。

 総勢四十五人。

 キリトの話では、六人のパーティーを八つ束ね、計四十八人のレイドパーティーを作るのがセオリーだと聞いた。更に、レイドパーティーを二つ組むことで交代制にすることで死者をゼロに押さえられるのだとも聞いた。つまり、この人数では一つのフルレイドパーティーつも作れないということだ。そんなことに若干の不安を覚えているうちに、ディアベルが再び声を発した。

 「さて、もうみんなは気づいてると思うけど……今日、オレ達のパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した」

 噴水広場が今度はどよめきが広がった。今まで僕自身十八階に上がった辺りまでしかマッピングしていなかったし、そんな噂も聞いたことがなかったので、驚いた。

「オレ達はいよいよボスに挑むことになる。そして、必ず勝ってみんなに示さなきゃならない。このデスゲームはいつかクリアできるってことを。それが、今この場所に居るトッププレイヤーのオレ達の義務なんだ。そうだろ、みんな!」 

 その非の打ち所のない演説に、喝采が上がる。その場に居る人の大半が手を叩いていた(僕もその内の一人だが)。バラバラだった最前線に潜るプレイヤー達をまとめ上げるそのリーダーシップというか、カリスマ性は凄いものだ。

「ちょお待ってんか」

 それまで空気を壊すように、低い声が流れた。

 拍手喝采はぴたりと止み、みな声の主に注目した。

「そん前に一つ、言わせて貰いたいことがある」

 そう言うと声の主は立ち上がって、噴水の前に出た。

「わいは『キバオウ』ってもんや」

 鋭い眼光の『キバオウ』と名乗った男は広場のプレイヤーを品定めでもするかのように見渡した。

「こん中に、今まで死んでいった二千人にワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」

「──奴らっていうのは、元ベータテスターの人達のこと、かな?」

「決まっとるやろ。ベータ上がりどもは、ゲームが始まったその日にはじまりの街から消えよった。九千何百人のビギナー見捨てて、ジブンらはウマい狩り場やらクエストやら独占して、ぽんぽん強うなった。そんで、その後もずーっと知らんぷりや」

 みんな、何も言わずにキバオウの言うことに耳を傾けている。あるいは、何も言い出せないだけかもしれないが。

「こん中にもちょっとはおるはずやで、ベータ上がりっちゅうことを隠してる奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや!」

 誰も、言葉を発さない。一言でも言葉を発せば、キバオウの言う奴らの仲間になってしまうと、怯えているのかもしれない。

 だが、あまりにも身勝手だ。

 一週間ほど前に、キリトはアルゴという情報屋(通称『鼠』)にとある調査を依頼した。僕はお互いソロになってからも情報交換等も兼ねて、キリトとよく食事をしていた。その時も、キリトと夕食を取っていたので、そのことを知っているのだが……その調査とは、ベータテスターの死亡者数。ベータテスターの時とは何もかもが違う状況の中、アルゴさんはわずか三日の内にキリトに調査結果を渡した。

 およそ三百人。それがベータテスターの死亡者数だった。ベータテスターの総数が千人。死亡率にして、四十パーセント。対して、新規プレイヤーの死亡率は十八パーセント。

 確かに、新規プレイヤーの大半ははじまりの街から動かず、外からの救援を待っているため、死亡率が下がるのは道理だ。けれど、そうだとしても元βテスターの死亡率は高すぎる。なまじ、一度経験し知識を得ているから、知らず知らずの内に油断してしまっているのだろう。

 アルゴさんが調べた三百という数字は確かなものではないかも知れない。けれど、何も根拠のない数字では無いはずだ。そう言うことも知らないで、詭弁を言う男に無性に腹が立った。

「発言、いいか」

 その声にみなの視線が上がる。人垣の中から現れたのはでかい男だった。おそらく百九十はある身長に、筋骨隆々とした腕。チョコレート色の肌がその存在を更に大きく見せている。身長の低い僕からしたら、巨人のように見えるほどだ。

 巨漢は、そのままキバオウと向かい合った。キバオウはそれなりに小柄だが、対比の問題か更に小さく見える。

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことらつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ、その責任を取って謝罪•賠償しろ、ということだな?」

「そ……そうや」

 エギルと名のったプレイヤーの威圧感に、若干ビビっていたキバオウだが、再びその眼光を鋭くして叫んだ。

「あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ二千人や! しかもただの二千人ちゃうで、ほとんど全部が他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ! アホテスターの連中が、ちゃんと情報やらアイテムやら金やら分け合うとったら、今頃ここにはこの十倍の人数が……ちゃう、今頃は二層やら三層まで突破できとったに違いないんや!!」

 その言葉に、僕の怒りは頂点に達した。

「いい加減にしてよ」

 そう、言葉が出た。人垣から足を踏み出してキバオウを睨みつける。

「さっきから聞いていれば都合のいいことを。あなたは死んだ二千人が全員ビギナーだったと思ってるの?」

「……なんやと?」

 こちらを睨みつけるキバオウの視線が更に鋭くなる。

「三百人。死んだ二千人のうち三百人があなたの言う『アホテスターの連中』だよ。ベータテスターの死亡率は四十パーセント。この数字の意味があなたに分かる? 誰も余裕があった訳じゃない、アイテムやお金だって命がけでみんな集めてるんだ」

「何を根拠にそんな数字がでるんや。誰がベータ上がりかなんてわからんやろが! それともなんや、ベータ上がりやから、分かるっちゅうわけか?」

「僕はベータ上がりじゃない。仮にそうだったとしても、今は関係ないでしょ。これは知り合いに調べてもらった、ほぼ確実な数字だよ」

 こちらを睨め付けるキバオウの視線を睨み返す。少しの間の後、キバオウが再び口を開いた。

「……なら情報はどうなんや。情報なら開示なりなんなりできたはずやろが!」

「それにはオレが答えよう」

 僕の介入から沈黙を貫いていたエギルが腰のポーチから一冊の本アイテムを取り出す。

「このガイドブック、あんただって貰っただろう。ホルンやメダイの道具屋で無料配布してるんだからな」

「────貰たで。それが何や」

「このガイドは、オレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。あんたもそうだったろ。情報が早すぎる、とは思わなかったのかい」

「せやから、早かったら何やっちゅうんや!」

「こいつに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、ベータテスターたち以外には有り得ないってことだ」

 プレイヤーたちが、一斉にざわめいた。ざわざわと小声で話しているようだ。そんな外周の人々を見渡して言葉を続ける。

「いいか、情報はあった。なのに、たくさんのプレイヤーが死んだ。その理由は、彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている。このSAOを、他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った」

 そこで一旦区切って、キバオウに向き直る。

「だが今は、その責任を追及してる場合じゃないだろ。オレたち自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右されると、オレは思っているんだがな」

 キバオウは巨漢を憎々しげに睨みつけるだけで、何も言わない。至極真っ当なことを言われて、反論の余地がないようだ。

 やがて、ふんと盛大に鼻をならしてキバオウは元いた場所へと戻った。その途中にこちらを睨みつけていたが。それを合図に僕もエギルという巨漢も元いた場所へ戻った。

 その後、ディアベルの弁舌によって元の空気を取り戻した会議は、実質的な議論はなかったものの、みんなの士気を上げることには繋がったようで、最後は参加者の雄叫びによって幕を閉じた。

 

 

 

**********************

 

 

 

 ディアベルによって団結した最前線のプレイヤーたちは、二十階を瞬く間に踏破し、翌日にはディアベルのパーティがボス部屋を発見した。彼らはその場でボス部屋の扉を開き、ボスの姿を確認してきたと言うのだから驚いたが、それはとてもありがたい事でもあった。

 と言うのも、同じ広場の隅に店を広げていたNPC露天商に例のガイドブックが委託販売されていたのだ。(定額ゼロ コルなのでもはや配布)とても薄かったのでどちらかと言えばパンフレットだったが。

 会議の途中で判明したものだから、会議は中断されその中身を全員が読んだ。最後には【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】との注意書きが真っ赤な字で書かれていた。だいぶ攻め込んだことを書いたものだ。これではアルゴさん自身の立ち位置が崩れかねない。

 だがその結果、多くのことが分かった。まず、ディアベルたちが見てきたボスの特徴とパンフレットに書いてある特徴とが合致した。これにより、ボスの攻撃パターン、ステータスもパンフレットと同じである可能性が高くなった。

 また、取り巻きが湧くこともディアベルたちが確認してきた情報と合致した。

 そんなわけで、会議はとんとん拍子で進んだ、のだが……「それじゃ、まずは仲間や近くにいる人とパーティーを組んでみてくれ!」という言葉に、僕は硬直せざるをえなかった。

 もともと対人が苦手な上に、既に周りはパーティーを作り始めている。今さら、邪魔をするわけにはいかないし、そんな事が僕にできるはずもない。昨日は怒りで大胆な行動にも出れたが、今は無理だ。そもそも、普段の僕ならあんな事はできないというか、してない。結果、

 ────アブられた……

 見事なまでに一人で孤立している。これは拙い。さすがに一人ではボス攻略からもアブられかねない。誰かに言うこともできず、周りをきょろきょろと見回すことしかできない───

 と、そこで救いの手が差し伸べられる。

「……ネル」

 横を見ると、いつの間に接近したのかキリトの姿があった。

「アブれた……んだな……」

 やめて。そんな同情の目で僕を見ないで……

「うっ……そ、そういうキリトはどうなのさ」

「俺もアブれた……と言いたいがそこのフェンサーさんと一応組めた」

「………」

 本格的にアブれてるのは僕だけだった。泣いてもいいかな……

「と、とにかく、ネルも俺たちと組もうぜ。一人じゃ攻略に参加させて貰えないだろうしな」

「いいの? そのフェンサーさんは……」

 チラリと件の人物を見る。フードケープを目深に被っているが、相手はこちらを見ていたようで、目が合った。しばみ色の綺麗な瞳だ。僕はどうしたらいいのかわからず、硬直していたが、相手がこくんと頷いたので視線をキリトに戻した。

「ちゃんと許可は取ってあるさ。ともかく、よろしくな」

 キリトから送られてきたパーティー参加申請を承諾すると、視界の左端に小さなHPバーが出現した。片方は『Kirito』、見慣れた名前だ。そしてもう一つは『Asuna』。それが謎のフェンサーの名前だった。

 

 その後の流れは至って滑らかだった。と言うのも、ディアベルが最小限の入れ替えだけで、シンプルかつ堅実なレイドパーティーにしたからだ。僕たちのパーティーは、雑魚の湧き潰しを担当するパーティーのサポート、つまり取りこぼしの担当で、尻拭いともとれる仕事をすることとなった。まあ、もともと三人だけのパーティーなので文句は言えない。

 隣で剣呑な雰囲気がしたがキリトが宥めていたので僕の気にすることではないだろう。

 その後、キリトは例のフェンサーにいろいろ説明をするとのことで、別行動となった。

 明日はいよいよボス攻略であるので、今日のところは帰って早く寝ようと思い、宿屋に、足を向けた。

 けれど、そのまま休むことはできなかった。僕は見てしまったのだ。無論、心霊とかそう言ったたぐいではない。まあ、それよりもたちが悪いものなんだけど。

 宿屋へ向かおうとしたまではいい。その途中に、ディアベルとキバオウを見かけたまでも、まあいいだろう。けれど、問題はその行動だった。二人は何やら路地裏へ入っていく。何か不穏な気配を感じた僕はそのあとをつけた。盗み聞きはよくないとは思ったが、なんでもない話であればそのまま立ち去ればいい。

 そして、そこで聞いたのはキリトの話だった。内容は、いろいろと複雑だったが、簡単に言えば、ディアベルがキバオウにキリトのベータテスター時代の話をして、その上『鼠』を通してキリトの剣を買うように頼む、と言ったものだ。

 キリトがベータテスターだったことは、普通なら知らない。では、なぜ知っているのか。考えられる選択肢は、『情報屋から、ベータテスターの情報を買った』、『ディアベルがベータテスターだった』の二つ。

 前者はほぼ有り得ない。現在、アインクラッドにいる情報屋はアルゴさんのみだ。アルゴさんは決してベータ時代のプレイヤーの情報は売らない。まだ、話に上がってない情報屋が居るかも知れないが、可能性は低い。

 後者はどうだろう。ディアベルがベータテスターであった可能性は大いにある。可能性からすればこちらの方が高い。

 買い取る理由はキリトのLAを邪魔するためと聞こえた。ベータ時代に、キリトはLAを決めるのが得意だったと言うことも聞いた。汚いベータテスターの人間にLAを取らせないため、と言うのが建前だろうが、ディアベルがベータテスターである可能性が濃厚となった今は自分がLAを決めるためとしか考えられない。

 一体、どうなってるんだろ……

 僕の苦悩を他所に、夜は更けていく……。

 

 

**********************

 

 

 

 ボス攻略当日。一睡もできなかった。考えるのをやめて寝ようとしたのだが、結局できなかった。今もまだディアベルのことが頭の中でぐるぐるとミキサーのようにかき回されている。できあがるのは不安と疑いという、回したくもないミキサーだけど。

 いつもの噴水広場でキリトたちを待ちつつ、ため息をつく。

「ネル」

 後ろから声をかけられて、ミキサーが強制停止させられる。

「おはよう、二人とも」

 振り向きつつ挨拶を返す。

「ため息なんかついて、どうしたんだ?」

「……ううん、なんでもないよ」

 キリトに昨日のことを伝えるべきか迷ったものの、今は何も言わないことにした。いたずらにキリトのコンディションを崩すべきではない。

「そうか? あ、そうだ。今日のことなんだけど───」

「おい」

 そこで闖入者が登場した。横から話に割って入ったのは、キバオウだ。

「ええか。今日はずっと後ろに引っ込んどれよ。ジブンらはわいのパーティーのサポ役なんやからな」

「…………」

 唖然として言葉が出ない、と言った様子でキリトは黙り込んでいる。相変わらず尊大な態度だ。

「大人しく、わいらが狩り漏らした雑魚コボルドの相手だけしとれや」

 それだけ言うと、キバオウは背中を向けて去っていく。一体、どういうことか。

「……何、あれ」

 不機嫌そうにそう漏らしたのは、僕らのパーティーの紅一点、アスナさんである。もっとも、そんなこと言ったら、何されるかわからないので言わない。

「さ、さあ……。ソロプレイヤーは調子乗んなってことかな……」

 キリトが発したその言葉を僕は頭の中で言葉を付け足す。

 ──あるいはベータテスターは調子乗るな、かな。

 ディアベルたちの話は昨日聞いたので、おそらくキリトのところには、昨晩の内にアルゴさんが行ったのだろう。キリトが取引先がキバオウだと知っているかはわからないが、少なくとも、キリトは自分が元ベータテスターだと知られているとは思っていないだろう。

 (ボス戦、どうなるかなぁ…)

 何やら不穏な雲行きのボス戦が、始まろうとしている。

 

 

 

**********************

 

 

 

「みんな……もう、オレから言うことはたった一つだ! ……勝とうぜ!!」

 うおおおおおおおおお!!

 プレイヤーたちの雄叫びとともに、ボス部屋の扉は開かれようとしていた。ここに来るまでに何度か戦闘があったものの、トッププレイヤーたちの相手ではなく、余裕をもって対処された。

「──行くぞ!」

 先頭に立つディアベルが扉を開いた。先ほどと同じ雄叫びを上げ、総勢四十五名の攻略パーティーはボス部屋へと雪崩れ込んだ。

 

 『イルファング•ザ•コボルドロード』、この階層の獣人族の王でありこの階層のボスだ。その体、外見は配布されたパンフレットの通りだ。寸分違わず、特長が一致している。

 パーティーとボスがぶつかり合った。振り上げられた骨斧を、タンクの役割を担うAパーティーが盾で受け止める。その音は、まるで戦いの始まりを告げる銅鑼のようであった。横穴から雑魚コボルドが湧き出し、ボスと戦闘を繰り広げるパーティーに襲いかかろうとする。それをキバオウ率いるEパーティーが食い止める。その網すら越えたコボルドを倒すのが僕たちの仕事だ。

 案の定、撃ち漏らした雑魚コボルドこと『ルインコボルド•センチネル』が現れた。僕とキリトは目配せだけして、目標に襲いかかった。

 

 

 

**********************

 

 

 

 ボスの攻略は至って順調に進行していた。パーティーのHP残量も安定しているし、POTローテーションにも余裕がある。ボスのHPはもうそろそろ三本目が消えようとしていた。

 先ほど、キリトとキバオウが何か話していたが、内容は教えてくれなかった。

「はぁ!」

 これで通算五体目の衛兵を屠った。衛兵、『ルインコボルド•センチネル』の湧き出す数が情報よりも多かったが、あわてるような変化ではない。衛兵の攻撃をキリトが弾き、アスナさんがとどめを刺す。僕はその間にE隊が仕留め損なった衛兵のタゲをとって、他のプレイヤーに向かわせないようにする。そう言ったことを繰り返して、HPを一メモリも減らすことなく戦えた。

「グルァァァァァアア!!」

 少し離れたところから、ボスの雄叫びが聞こえる。とうとう、ボスのHPゲージが残り一本になったようだ。

 雄叫びが予想外に近く聞こえたので、やや驚いた。どうやら、衛兵のタゲをとるためにやや深追いし過ぎたようだ。丁度、手の空いていた僕は雄叫びを上げ、腰から新たな武器を引き抜くボスをみる。

 その時だ。何かが頭をよぎる。その正体が理解できぬまま、僕はボスを観察する。

 時間にして約四秒。それを理解したのは、ボスが動き始めてからだった。

「っ───!?」

 それを理解した瞬間、体が硬直し、それが終わると同時に走りだした。

 頭をよぎったのは、違和感。何かが違うという、確信にも似たものだった。曲刀のモーションは、迷宮区で曲刀を持った雑魚コボルドが出現するため、いくらでも練習できる。無論、僕とてその例外ではなく、何度も戦い練習をした。ソロプレイヤーだから、安全のためそのコボルドの見た目も、持つ武器もくまなく観察した。だからこそ、気付けたのかも知れない。

 『イルファング•ザ•コボルドロード』が引き抜いた武器、あれは曲刀ではない。長さに対する細さが、なにより刀身が発する輝きが違う。あれは粗雑な鋳鉄で作られた曲刀ではない、もっと別の鍛えられた鋼鉄から作られた……言うなれば『カタナ』だ。

 ボスが垂直に飛び上がり、空中で力を貯めるように身をひねり、次の瞬間強い衝撃が走った。宙を舞い、眼前に続けて六つの影が倒れ込んだ。全員がHPゲージを五割を切り、イエローに染め上げている。

 だが、それに構っている余裕はない。ボスが、再びその武器に赤いエフェクトライトを纏わせて怒濤の勢いで近づいてくる。標的は、一番近くに居たディアベルだ。

「間に、合え……!!」

 

 ──衝撃。

 

 なんとかディアベルの前に立つことには成功したものの、武器でそれを弾く、なしいは防ぐまでには至らなかった。

 下から切り上げられたカタナになすすべもなくディアベルと共に打ち上げられる。

 まだなにかくる。反射的に武器を体の前にかざし、防御の姿勢をとった。

 三度、続けて衝撃が襲う。最初の二撃はなんとか剣が防いでくれたが、三撃目は体にもろに食らってしまった。

 地面に勢いよく叩きつけられ、少し地面を滑って、ようやく止まった。

 目を開ける。HPゲージが危険域を示す赤色に染まり、その赤く染まった部分も僅か数ドットだった。

「──ひぅ─」 

 のどの奥から息が漏れる。ステータス、レベル、装備。そんなもので包み、覆い隠してきた『弱さ』が表にさらされる。デスゲームの開始と共に、全員の首に等しくかけられた死神の鎌が、首筋に食い込んだ。

 死の恐怖。

 得体の知れない寒気が体を支配する。手足は凍ったように動かない。歯がカチカチと音を立てる。立ち上がれない。

「う、ぐっ……」

 背後からうめき声が聞こえた。その声が僅かに体を動かし、首を回して声の主を見た。青い髪がちらりと見える。ディアベルだ。HPゲージは僕と同じく、僅かに数ドットだけ残されていた。

 その姿に僅かに思考に余裕が生まれ、もう一度正面を見た。

 そこはまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 統率役のディアベルが居なくなったことで、隊列は維持されず、ボスに一方的に攻撃されている。まだ、死亡者は居ないようだが、このままではいずれ……

 そう考えた途端、思考がクリアになった。自分は何のために、前線へ走ったのか。誰も死なせたくなかったからではないのか。このままでは、誰か死ぬ。それはだめだ。なんとしても……なんとしても助けなければ……!

 思考と共に、動くようになった手足で体を支える。一度は崩れ落るも、二度目はなんとか立ち上がる。手足はまだ震えている。大地を踏みしめる足はふらふらと頼りない。けど、立ち上がれた。まだ、戦える。

「なっ……キミは、まだ……!?」

 今の僕はどんな顔をしているだろう。まるで亡霊のようなのかもしれない。でも、それでも……!

 走り出す。半ば、転ぶようにはじき飛ばされた剣を拾って、さらに走る。

 ボスが飛び上がる。先ほど、ディアベルたちを吹き飛ばしたソードスキルだ。

 誰も反応できていない。このままでは確実に誰かが死ぬ。

「う…ぉぉぁぁぁぁああ!!」

 軌道は覚えている。間近で見たのだから。集中しろ。この一時だけ、誰よりも、なによりも正確な一撃を……!

 発動したのは『ソニックリープ』。上空へ軌道を向けられる、数少ないソードスキルだ。

 ガギィンッ!!

 すさまじい音をたてて剣が交錯する。そして……空中で体勢を崩されたコボルドの王は背中から地面に落ち、『転倒』状態になる。なんとか防いだ。けど、このままではコボルド王が立ち上がった途端、蹂躙が再会される。状況はなにも好転していない。

「──全員、体勢を立て直せ!」

 刹那、よく通る声が後方から響いた。全員がそちらへ振り向き、目を見開く。鎧を破壊され、それでもなお剣と盾を構えて指揮をとるディアベルの姿に。

「ボスが転んでるうちに回復だ。それが終わったらA、B隊は前線へ。C隊とHPが少ない者は下がれ。F、G隊は前線を援護、E隊は追加で湧くコボルドを対処だ」

 そこで、一旦息を吸って、

「まだ、終わってないぞっ!」

 そう告げる。三度のプレイヤーたちの雄叫び。一度は崩壊した戦線が、みるみるうちに修復されていく。

「キリトさん……お願いです。あなたの力を貸して下さい」

「ああ……!」

 そこで、コボルド王が起き上がる。転ばされたのが相当頭にきたのか、先ほどよりも猛っている。

「ボスは囲むな。囲むとさっきの攻撃が来るぞ! 他の攻撃は直線的だけど、発動が速くて射程が長い。モーションを見てからじゃ間に合わない。タンクは盾を構えて全力で防げ!」

 先ほどとは違う声。しかし、こちらもよく通る声で指示を飛ばす。全員が驚いた顔をしたが、その声に含まれる強い意志が驚きをも力へと変える。

「ディアベル、後の指示は任せる」

「キリトさんは……前線へ……?」

「ああ。彼らからしたら、あれは情報のない完全初見のボスだ。回復したとは言ってもまだ全快じゃないからな。たぶん、このままだとボスのHPがなくなるよりも彼らのHPが減る方が早い。だから、モーションを知ってる俺が攻撃を弾いて隙をつくるよ」

「わかりました、キリトさん。彼らを……頼みます」

 キリトはああ、とうなずく。そして、通りすがりに座り込む僕の頭をぽんぽんと叩く。

「ありがとな、ネル。後は俺たちに任せて、回復しろよ」

「キリト……」

 ニヤリと不敵な笑いを浮かべると、アスナさんと共に前線へ走っていった。

 

 そこから、団結したプレイヤーたちはボスのHPをみるみるうちに減らした。キリトが前線に加わり、攻撃を弾くことで他のプレイヤーが攻撃に専念できたのだ。そして、ついに……

「お……おおおおおおッ!!」

 キリトの片手用直剣二連撃『バーチカル•アーク』がコボルド王を袈裟に切り抜いた。宙に浮いたコボルド王の体が不自然な格好で固まり──直後、無数のポリゴン片となり、その極軀が爆散した。

 しばし、全員が呆然として硬直した。そして、広い部屋に割るような歓声が響き渡った。

 

「皆、聞いてくれ」

 

 その歓声を一つの声が貫いた。歓声はやみ、声の主であるディアベルにみなの視線が集中する。

「オレは……オレはみんなに隠してた事がある」

 みなが訝しげな表情をする。ボスを倒し、第一層をクリアしたこの場で、何を打ち明けるのか。

「オレは……『元ベータテスター』なんだ。オレはそのことを、ずっと黙っていた………ほんとうにすまない……」

 全員に衝撃がはしる。誰も、何も言えない。ここまで自分たちを導いてきたリーダーが、元ベータテスターだったなどと誰が予想していたか。

「オレはどんな罰でも受ける……それだけのことをしたし、その覚悟もある」

 重苦しい沈黙が場を包み込んでいる。あの時、会議の時と同じタイプの沈黙だ。

「わいは元ベータテスターを許せるへん」

 もはや、聞き慣れた声、その関西弁。見るまでもなくわかる。声の主はキバオウだ。

「許せへん……許せへんけど……元テスターが、ディアベルはんが居らへんかったら、ボスを倒せへんかったのも事実や。ディアベルはんが居らへんかったら、ここに居るプレイヤーも纏まらへんかった………元テスターは許せへんけど、わいがここでこれ以上何か言うのも大人げないってもんや」

 再び全員に衝撃が走った。会議で大暴れするほど元ベータテスターを憎み、恨んでいた、あのキバオウなのだ。いったいどのような心境の変化なのか。

「キバオウさん……」

 ディアベルが顔を上げる。先ほどまでの重苦しい沈黙がなかったかのように、みんな晴れやかな顔をしていた。

「みんな……ありがとう……」

 ボスとの大きな戦いを経験したからこその何かが、そこには存在した。なんにせよ、第一層のボスは死亡者ゼロで切り抜けられたのだ。後は、第二層をアクティベートして、この世界に閉じ込められた人々に示すだけだ。この城は攻略できる、現実に帰る希望があるのだと。

「それじゃあ、第二層をアクティベートしにいこう。けど、その前に……」

 視線をこちらに向ける。それにつられて、全員の視線が殺到する。僕に。

「……?」

 突然注目されて、呆然とする僕。その僕にディアベルさんが凄い勢いで頭を下げた。

「ネルさん、ありがとう御座いました……!」

「……ふぇ?」

「ネルさんが居なかったら、オレは今頃死んでました……オレの命を救ってくれて、ほんとうにありがとう御座いました!」

「え、えっと……僕は誰も死なせたくなかったっていう、自己満足のために動いたと言うか……」

 こう言うとき、どう反応したらいいのかわからず混乱する。その結果自分でもよくわからないことを口走る。

 周囲のみながどよめく。

 これが間違いだった。大人しく感謝の言葉を受け取っておけばよかったものを。口走った言葉がその場の全員に伝わるのにそう時間はかからなかった。しかも、最終的に「私は誰も死なせたくなかった」とかいう、美化された内容になって、一人称が私に変わっていた。

 

 この時の話がもとで後々、『戦女神』とか言う通り名がついたのはまた別の話。




次回もよろしくです!
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