――――何も無い。
上も下も右も左も前も後も匂いも色も感触も光も音も、五感全てが虚無に包まれた世界。
意識だけが思想を行う一護にはあった。
……死んだのか?
ゆっくりと思考を反芻し理解する。
よく人は死ぬと三途の川や閻魔の前に立つというがどうやら迷信らしい。
目を開いているのか閉じているのかさえ分からない無の現状なのだ。
あの世も無ければ何も無い。
眠いな。
温い湯につかった時のように意識が薄れている。
静かに音も無く底の無い泥沼に堕ちる様に――――
『――――こっちだ』
声が聞こえた。
自分の遥か上。そこから誰かの声が聞こえる。
『悲しいことだ。一体幾度声を嗄らせば私の声はお前に届く』
『勝ちたいか、それとも生き残りたいか、どっちだ?』
『何だは無えだろ、相棒』
『私を、切り伏せてみろ』
……だれだ?
枯れていて、けれどどこか懐かしい声がする。
――――知ってる。
そうだ俺はこの声を知っている。知っていたはずだ。
どこだ、一体何処でこの声を――――
『俺が王になる』
『私が護りたかったものはお前自身だ』
『この技を使えばお前は力の全てを失う さらばだ――――』
待ってくれ。
まだ俺はアンタを……
『一護』
■ ■
「――――ここは……」
一護は目の前に広がる光景を理解するまで、若干の時間を使った。
自分は寝ていた。背中を反発する軟らかさからして、いつも寝ている座敷布団ではなくベッドの上なのだろう。だが、何故自分がそこに寝ているのか解らず、周りに首を向ける。
白い天井に左右をカーテンで遮られている。
「……病院か?」
僅かばかりの情報だがテレビなどで見知った光景に類似していた。
頭周りを探ってみるとナースコールらしきものが出てきたので間違いない。
しかし、分からない。どうして自分がこんな所にいるのか、そう悩んだ瞬間、
「――――!?」
脳裏に昨夜の光景が浮かび上がった。
(そうだ、確か襲われていた女の子を助けようとして掴みかかったら双馬がやられて、俺は通り魔の男に倒されて(・・・・・・・・・・)――――双馬!)
一緒に帰宅していたはずの子供を思い出しベッドを抜け出したと同時。
「一護!?」
張ってあったカーテンが開き、菖蒲が立っていた。
寝ていなかったのか目の下にはクマができている。
「菖蒲さん、どうし――――」
て、と言い終わる前に一護の右頬を張り手が襲う。
静かな病院内を乾いた音はよく響いた。
数秒。頬を通過し痛みが脳に伝わる前に、顔が何か柔らかい物に包まれていた。
一護はなぜ自分が叩かれたか理解するよりも先に、
「このバカ!」
頭を抱きかかえられた。
「うぇ!? ……あの、菖蒲さん!?」
女性特有の香が一護の鼻腔と羞恥心を膨れ上げる。
菖蒲が遮ったので正確には見えなかったが、彼女の後ろには誰かが立っていたはずだ。
他人にだからこそこんな姿は見せられないと、菖蒲の腕から抜けようとする。
「――本当に心配ばっかかけて……」
事切れるような小声を聞いた一護は菖蒲の腕から手を離し、身を委ねた。
「……わりい菖蒲さん」
何時以来だったか、自分を抱えている人が泣いているのを見たのは。
それほどまでに心配をかけてしまったということを一護は改めて思い知った。
――――そういえば今は何時だ?
窓から見える景色が茜色に染まりかけているのをみると半日以上は寝ていた計算になる。
打ち所が悪かったのか、こんなに気を失っていたのは初めてだ。
「失礼」
と、堰を切るように声が聞こえた。
他人がいたことを思い出し一護は慌てて菖蒲から距離を取った。
声のした方を見ると警察官が立っていた。
藍色の背広に警帽は間違いなく、日頃見ていたものと同じだ。
男は言う。
「昨日の通り魔のことにつて聞かせて貰えるかい」
■ ■
工場跡地。何度目か分からない悲鳴が工場内部を反響する。
「ああああああああああああぁ! 何で!? 何でなのよ! あのクソクソクソクソ野郎が! ただの人間の分際でこの私の邪魔をしやがりやがってよお! あの神器は私が最初に目を付けたのに横から掻っ攫いやがった!」
中で怒鳴り散らしていたのは、昨夜一護たちを襲った女だった。
埃を被り本来の機能が失われている機器やドラム缶に鬱憤を巻き散らかす姿からは女本来の正体を剥き出しにしている。
「しかもあのガキャ人の腕を切りやがってよぉ……痛い痛い痛い痛い」
欠けた腕を振り回し女は暴れる。
女は納得がいかなかった。
何故自分がこんなことになってしまったのか。
何故ここにあの神器が未だに無いのか。
先にアレを見つけたのは自分だった、世界中を巡り神器の気配を探し続けた。気の遠くなる程の人間を見て聞いて感じて殺してようやく見つけたんだ。
なのになのになのになのにナノニ!!
先に盗られたヤラれた盗まれた!
訳が分からない。
あの男は本当にただのカス人間だったはずだ。
なのにどうして私の邪魔をする。
これではあの方の役に立てない。あの女よりも先に神器を手に入れ、あの方に謙譲しなければ。
「なのに、どうしようどうしようどうしよう!!!」
これからどうすればいいのか何も思いつかない。
神器は恐らくあの男か子供が持っている。
あの傷では男は確実に死んだ。死ななくて人ではない。
だとすると厄介だ。
もしも神器だ男の物となっていたら、神器も消えてしまう。
いや、それはないと女は考えを改める。
あの悪魔の気配。
あの時、自分の気配を追う様に近づいていた三つの悪魔の気配。
その内の二つは自分の経験が正しければ、上級悪魔のモノのはずだ。
もしもその二つの内のどちらかがあの男を転生させればあるいは……
しかしそうすると今度は上級悪魔も敵に、いやそれ以前にあの子供に神器が戻って、しかも助からずに転生させずに死んでいるかもしれない。
――――いや待てよ……あ、そっかそうだ……
「……ああそうか簡単なことだった――殺そう」
暴れていた女はいきなり動きを停止させ俯いた。
死んでいようが死んでいまいが関係ない。
結局本来の目的だった子供は生きているんだ。
あの男が死んでいたら、子供から神器を抜いた後、骸を屠ればいい。
逆に死んでいなくとも男と上級悪魔を同時に始末できる機会ではないか。
ダランと力の抜けた両肩が無造作に上下し、長い黒髪に隠れた顔から笑い声が出る。
「フフフフフフフフフ……殺す殺す殺す。四肢を捥いで、生皮剥いで、耳鼻削いで、眼球抉って、ありとあらゆる手で殺し尽して全部殺してやるよぉぉ」
女は背から黒翼を羽ばたかせ、甲冑に包んだ右腕《・・》を広げて赤く燃える空へと舞い上がった。
■ ■
「――――なるほど。加害者は全身黒ずくめの服で背丈は170cmの男。被害にあった女の子の証言と一致するね」
一護は警官に昨日の出来事を詳細に聞かれていた。
自分が倒れた後、死んだと思った男は慌てて逃げ出したらしい。
らしいとは襲われていた女の子が証言したものらしく、気を失った一護と双馬を病院に連絡したのもその女の子だという。
確かに襲われていた女の子がいたことを一護は思い出していた。「他に何か見ていないか?」
「何か……」
何か、と言われ一護は思い出す。自分と取っ組み合いをした相手は右手に包丁を――
「包丁がどうかしたのかい?」
包丁と呟いた一護に警官は尋ねる。
(……包丁、いや違う。あいつが持っていたのはもっと長くて――)
「あの、すみません。一護も病み上がりですしこれ以上は……」
自分の記憶の齟齬に黙ったままの一護を菖蒲は気を悪くしたと思い、警官にこれ以上の事情聴取を止めるように言う。
「……分かりました、何か思い出したことがあれば連絡ください」
警官がそういい病室から出る。
「――菖蒲さん、双馬は……」
「双馬は大丈夫。まだ寝てるけど怪我も無いし、明日には目が覚めるって」
「そうか……」
よかったと安堵する一護。
と、そこに一人の女の子が病室に入ってくる。
自分の頭一つ背丈の小さい女の子。
恐らく彼女が警官の言っていた自分が助け、助けられた子なのだろう。
あの時、顔を見る暇もなかったのでよくは覚えていなかった。
「昨日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
女の子はそう言い、お辞儀をする。
「あ、ああ。そっちは何か怪我はしてないいか?」
いきなり入ってきてお辞儀をされるとは思っていなかった一護は慌てて返事をした。
それに女の子は姿勢を正し、返す。
「ええ。あなたが割って入ってくれたので何を逃れました」
「そうか、よかった……」
そう言う一護を女の子は興味深そうに見る。
「やっぱり面白い人ですね」
「は?」
「あ、いえ別にお気になさらず」
「そういえば支取さん、家族の方は心配してませんでした?」
「支取さん?」
聞き覚えの無い名前を菖蒲は言う。
が、この場には自分を入れて三名しかいないのでおのずと誰のことか理解する。
前にいる女の子、支取は一護に軽く微笑む。
「ええ遅れましたが、私の名前は支取蒼那。改めて昨夜のお礼を申し上げます」
どうも寒桜です。前回の投稿から一ヶ月以上過ぎてしまいました。スミマセン。
今回ようやく原作キャラを一人出すことが出来ました。
ハイそうです。皆が考えている通り、この作品のメインキャラはリアスではなくソーナ
です。
時系列としてはハイスクールD×Dの原作が始まる約三年前、一護が中学三年として進んでいきます。兵藤いつ出るのやら。
次回はさらにもう一人か二人、ハイスクールキャラを出したいですね。
それではまた、早い機会に。