飴に群がる蟻の軍勢のようにグールたちが一護に被さる。
熱気と歯が中心にいる一護の全身を蝕む。
皮膚を貫き肉を食い破ろうと体に噛み付いているグールの顎の力が次第に強くなる。
激痛が体を支配し、痛覚の麻痺が始まった。
想定以上の痛みに脳が短絡し、電源が落ちるように一護は意識を手放した。
■ ■
蒼那は一護がグールに襲われているのをただ黙って見ていた。
足を噛まれ、腕を噛まれ、腹を噛まれ、全身を噛まれ動けない一護。
もはやグールの波に呑まれた彼の姿は何も見えない。
「……苦しませるのではなかったのですか?」
そう蒼那は堕天使に言った。
対する堕天使は、
「ああそれ? もう飽きちゃったからいいわ。だからさっさと殺すことにしたの」
面倒臭そうに淡々とそう堕天使は答えた。
「堕天使とは皆、貴方の様に自分というものを平気で捻じ曲げることが出来るのですか?」
「なんとでも言いなさい。結局トドメは私がするんだからいいのよ」
考慮に値しないと言う様に言う。だが堕天使の目は台詞とは裏腹にグールの山を見続けていた。
■ ■
「――――ここは……」
四肢の痛みと自分を押し潰していた重圧が突然消え、一護は立ち上がった。
自分以外に誰もいない。
あれほどしつこく自分に襲い掛かってきたグールの姿が見ず消えていた。
目の前に広がる光景は無機質な白い廊下ではなく、一面に広がる快晴の大空だった。
漂う雲は一つも無く、ただ何処までも青い空が何処までも続いている。
歪み無く単色の青で塗り張られたような不気味な空を一護は地平線の彼方まで見渡す。
ふと一護は空とは逆の下に頭を下げる。
空に反射し地も青く染まっていたが、自分が立っている所は水の上だった。
空と同様に広がる水は最早海と言っても差し違えがない。
しゃがみ、水に手で触れるがコンクリートのように硬質なモノで阻まれている。
そしてよく目を凝らせば海の中に何かが埋まっていた。
小さく今にも消えてしまいそうな程に小さいがアレは恐らく建造物だ。
形までは捉えられないが無数の建物が埋もれている。
「どうなってんだ一体」
いつの間にか消えているグールの群れに見たことも無い場所。
あの女の力かとも思ったが姿を一向に見せない所を見るとどうやら違うようだ。
『それはそうだ。ここは君の中であって君の基だ。堕天使にはどうすることもできない』
「だれだ!?」
突然後ろから声をかけられ一護は振り向く。
そこには一匹の牛がいた。
毛は斑でなく白銀とも見える白一色。胴体は引き締まり闘牛のように無駄な腹肉がない。
牛は一護に数歩近づき間合いを縮める。
『空と海か、面白い程に単純な世界だ。まるで何も無いことが逆に清々しく思うよ。……いや、これは何も無いでなく何があるか分からないと言った方が正しいのかもしれない』
「牛……」
『ん? どうした仮主、我の姿が不服か?』
「流暢に話しかける牛なんているか!」
『おい仮主よ。一度我を使ったのにまだ気づかないか?
思い出してみろ。あの夜、主と君を助ける為に我が顕現したことを。
そして我を使ったときのことを』
「あの夜って、お前まさか――――」
一護が答えを出す前、目の前の牛が黄金に輝きだした。
『我は万象の英知を持つ者、森羅の現象を見定め、天地を知る身なり。
仮主よ、貴方は我が主を救う為に我を使った。
今一度我の力を――――』
■ ■
初めその異変を察知したのは堕天使だった。
グールの肉球の隙間から、か細い光の線が何本か出ていた。
閃光は太さと数を増し、次第に肉玉の半分以上が光輝く。
光は病院の廊下を照らし全てのグールを照らし出す。
瞬間。
爆音と共に肉玉が吹き飛び、肉片と化したグールだったモノが飛び散る。
壁に床にとへばり付くソレと一緒に周りにいたグールも跳ばされた。
肉玉があった場所に立ち込める煙幕。
肉片と衝撃で跳ばされたグールたちが距離を取って身構える。
その身に宿るなけなしの知性と本能が、不穏な気配をあの煙の中から感じ取った。
ガリッと不気味な金属同士が擦れる音が響く。
音が鳴った瞬間、グールたちを襲う不穏な気配が殺気へと変化した。
明確な殺意は煙幕の中から次第に溢れ増長する。
きらめく銀光。
煙の中を一瞬一筋の光が通過する。
その光は鋭くそしてグールたちが警戒するには十分な脅威を放っていた。
風の流れない筈の廊下を煙を中心として一度、廊下に流れた。
風に攣られ煙も当たりに四散され、中身が次第に出てくる。
ゆっくりとオレンジ色の髪、そして顔が煙から出た瞬間、一体のグールが煙に飛び掛る。
数秒遅れ、襲い掛かったグールに続くように多くのモノが続いて駆け出す。
先陣を切ったグールが一護の脳天に振り上げた拳を叩き下ろす。
頭蓋を割り脳が飛び散る筈だった拳は次の瞬間、二つに裂かれた。
いつの間にか拳と対峙するように立てられた大剣。
グールの拳は刃を中心に左右に肘にいたるまで裂けていた。
煙幕が完全に晴れ一護の持っている剣の全貌が見えた。
巨大な剣。一切の装飾が成されていない剣は、斬るという剣本来の性質を完全表現していた。
武器の迫力に気圧されグールが拳を引こうと体を後ろに反らすが、一護はその腕を追うように剣を進め、グールを叩き切った。
反撃、そして撃退されたグールを見たその他のグールが足を止めた所に一護は走る。
前を阻むグールを手当たりに斬り捨て、グールの網を抜け出す。
行き成りの展開に呆然としていたグールたちは小さくなる一護の姿を慌てて追いかけた。
■ ■
「クソッ!」
大剣を肩に担ぎ走る一護は後ろから迫るグールの足音を聞き悪態を吐いた。
『どうした仮主。出口が見つからないから焦っているのか?』
「うおっ!?」
突然一護の耳元から声が聞こえた。
正確には一護の担いでいた剣、そこから声が出ていた。
「お前あんときの――ってか武器が喋れんのかよ!」
『この姿もあの時の姿も全て我自身だ。形状に問題は無い』
「あの雨の時もそうだったけど、つまりお前は神器って奴であってんのか?」
『それで可だ。我は神器でありそれ以外の何者でもない』
「……さっきから言ってる仮主ってのは俺の事だよな。つまり、お前はあの悪魔が言っていた通り――――」
『そう。我の主は君が双馬と呼ぶ人物だ。今は君が所有者だが』
「……そうか」
『そうだ。あの悪魔が話していたように主の危険が去っていない今、我が主の元へ帰るのは得策ではない』
「だからって俺の所に来る必要はあったのか? ってか待て待て! お前あの病院の中で話していた事知っているならなんであの時出てこなかったんだよオイ!?」
『一度に複数の質問をするのは嫌われて良くない仮主。君は一度我を使ったとき、見事とは言い切れないが堕天使を撃退したんだ使える可能性としてはそれで十分だ。そしてなによりも君は身を挺して主を守ってくれたそんな君だからこそ我は君を選んだ』
「……」
『そしてあの時は我が目覚めていても仮主が我を使おうとはしなかった、だから話したくても話す事のできる状態ではなかったんだ』
「この剣が出たから話すことが出来るようになったってことか」
『そうでもあるがそうではない。あの雨の晩も我は剣として具現してはいたがそれは我自身の力であり君の力ではなかった、故に話せなかった。今の姿は君の根源から一番慣れ久しい武器として我が探り当てた力の本懐だ。それを通して今我は君に話しかけることができている』
「ちょっと待て。俺はこんなデケェ包丁を振り回した覚えはねえ!」
『そんな筈は無い。それは君が使うに適した形として我は選んだ筈――――っと前から死人が来ているぞ』
神器が言ったとおり、一護の進行を塞ぐように三体のグールが迫って来た。一護は速度を下げず逆に加速しグールが攻撃態勢を整える前に一閃、二体を斬り一体を無視して通り抜ける。
『ほう、敵に背を向けることに躊躇をしないか、コレまでの君の行動と戦いから全て切り捨てるとばかり考えていたが?』
「うるせえ。今はんなことに構っている場合じゃねえ。それによく見てみろ、全員斬ってあるだろ」
一護は剣が後方を見易いようにか肩ではなく背に担ぐ。
一護の後方では倒れているグールが二体、そして片足を引き摺りゆっくりと歩くグールがいた。よく見れば引き摺る足の膝から下が綺麗に無かった。
『いつの間に……』
神器の自分でも見逃す程の速度。
神器の言葉を聞き確認が済んだと分かった一護は肩に背負い直し、廊下を走り続ける。
廊下には扉も窓も存在しなくただ無機質な道だけが続く。
『ふむ――――仮主、走って聞いていてもいいが、無駄な体力をこのまま消費したくないなら一度立ち止まった方がいい』
「……なんだって?」
一護は神器に言われたとおり足を止めた。
以前グールの足音は聞こえるが小さくまだ距離があった。
『仮主も分かってはいるだろうが、この病院はあの堕天使が神器によって作り上げた異空間だ』
一護は堕天使の女が耳に付けていたピアスを思い出した。
女が何か言い、あのピアスが光った次の瞬間、自分はこの病院内にいた。
「――ああ」
『つまりここはあの堕天使の世界ということだ。自分の思うがままに世界を変化させ操ることができる。道にしても物にしてもルールにしてもだ。二階から三階へとでた時のことを考察するに、常識では不可能な方法でしか上へ下へと行くことは不可能なのだろう。しかし今廊下には何も無い部屋への扉も外への窓さえも』
改めて周りを見渡すが確かに何も無い。
あるのは前か後ろへと続く廊下だけ。
『ここであの堕天使の考えが浮かんでくる。堕天使は我が目当てで主たちを襲ってきた、そして失敗した。そのことを大層根に持っているのだろう。君一人だけを隔離しゲームのように弄んでいた。が、どうにも飽き易い性格なのか考えが変化したのか、あのグールたちの変化。仮主を確実に狩りにきていた。恐らくこれ以上、上へと行く道はないのだろう。疲れさせ疲弊させグールたちに食われるまでこの無限の回廊を走り続けるしかない』
「おい待てよ、じゃあ――――」
『後ろだ仮主!!』
本来ならまだ距離のあったはずのグールの群れが一護の目の前にまで迫っていた。
「しまっ――――」
■ ■
堕天使はグールたちに応戦する一護の姿に焦りを感じていた。
予感はあった。しかし、決定打に欠けていたのだ。
映像に映る男が神器を使うという可能性。
相手は見るからに一般人だったのにも関わらず神器を扱い、今では自分のものとして使用している。
たかが転生したての悪魔にこんなことができるのか。
無意識の内に握った掌に汗が滲むのを感じる。
らしくないと分かってはいるがこの男は得体の知れない脅威を持っている。
だから、走らせ疲弊させるよりも早く確実に倒す為にグールの狂気を上げた。
自分の判断は間違っていなかったと確信する。
誤算はその判断を自分が驕り遅らせたことだった。
蒼那は一護が追いつかれたグールたちに応戦する映像を静かに見ていた。
荒々しくも確実に一体一体を切り伏せる姿には余裕がないように見える。
無理も無いだろう。昨日まで普通の人間だった者が何故、今平気で刃物を振り回すことができるか。
グールの容姿はともかく姿形は人間に変わりない。あれでは人を斬っているという気持ちにもなるだろう。
肉体的よりも精神的に追い詰められている。
先ほどから何も言わず自分と同じように映像を見る堕天使。
その顔には一切の余裕がなく張り詰めている。
黒崎一護を脅威として認識したと蒼那はみた。
ならば自分のするべき事は決まっていた。
蒼那は自分と椅子を縛る鎖に手を当て魔力を込める。
手中に収まりきらず漏れた魔力がゆっくりと手の中から出てくる。
(仮にも上級悪魔として爵位を持つ身。この程度の鎖など――――)
手と鎖の間に魔方陣が展開し、発動させようとした瞬間、
「なっ――!?」
出現した魔方陣が消滅、込めていた魔力が四散し不発に終わってしまった。
何故、と思った。魔力は確実に込めた。魔方陣も完全に発動した。術の失敗など子供のとき以来滅多に起こったことはない。
ジャリと、自分を縛る鎖に目が行く。
もしもこの鎖も神器だとしたら。
目の前の堕天使は複数の、自分が確認できただけで三つの神器を扱っている。
空間転移に二つ、死人操作に一つ。どれも十中八九奪ったのだろう。
鎖も神器という可能性は決して低くは無い。
魔力を遮断する何かがこの鎖にはあった。
「無駄よ、その鎖も神器なの。今のアンタじゃ壊せないわ」
堕天使は淡々と言葉を並べる。
「……甘く見すぎていたというべきなんでしょうね。新参でも名門シトリー家の駒、こんなことになるとは本当に誤算だったわ」
「ここで堕天使に賞賛の言葉を頂けるとは、思ってもいませんでした」
「そうかしら? 妥当な評価だと思うわ。正直あの男は甚振り殺す予定だったけど、アレじゃあ私も少しは手こずるだろうし、あなたはあなたでこのまま連れて帰ってしまおうとも考えていたけどこれも変更。危険な目は先に潰すことにするわ」
堕天使は手甲を装着した右腕を上げ、魔力を練り上げる。
魔力は光の槍に形を変え、手に収まる。
堕天使が槍を蒼那へ向け、放とうとした瞬間――――
背後から爆発音が響く。
轟音に驚き後ろを振り向くと、衝撃波と土煙が堕天使に襲い掛かった。
(――――ッ!?)
侵入者かと堕天使は警戒するが、爆音が鳴るまでここに新たに誰かが加わったという気配は感じ取れなっかた。
堕天使が槍を持ち身構えると声が聞こえた。
「――――よう」
その声は今の今まで映像越しに自分が聞いていた男の声。
そして、ズンっと何かが落下した衝撃音がその奥から聞こえた。
ある距離まで進むと一護は立ち止まり、大剣を堕天使に突き向けた。
「待たせたな。あの時のケリ、つけに来たぜ」
前回の更新から日が経ち過ぎてしまいましたが、覚えていますでしょうか。
今回ようやく一護が武器(仮斬月)を手にしました。
ここまで書いてきて遅いですがオリジナル要素が多すぎて、別のオリジナル作品になってきている危惧が心配になってきます。
BLEACHとハイスクールD×Dの、主に一護の雰囲気を損なうことなく書いていきたいと思っています。