「アンタ、これ盗んできたんじゃないでしょうね?」
ベロニカが三つ編みを指でくるくるといじりながらいたずらっぽくそう言うと、カミュは苦笑した。
「違うって。言わなかったか?オレは盗みはやらねえの、真っ当に手に入れた品だよ」
「それならいいけど」
山奥という地形のけわしさもあり、ときおり巡礼者がおとずれるだけであまり外部のものが寄り付かないラムダの里の一軒きりの宿屋では、今日もゆっくりと時間が流れていた。
旅人にちょっとした食事をだすために、いくつかのテーブルが置かれた宿のかたすみで、ベロニカが指輪を窓にかざすと、くすんだ細工にかざられた指輪は、さしこむ光をあわいオリーブ色に変えてみせた。
「ヒスイだな。かざりはちょっとくすんじまってるが、モノは悪くない」
「ええ、きれいだわ。でも、どうしてあたしに?」
「本当はマヤのヤツにやろうと思ってたんだが、まあ、なんだ」
カミュはすこし言いよどむと、照れくさそうに笑ってみせた。
「この手のアクセサリーにはイヤな思いでがあるからな、きっと受けとらないだろ」
「イヤな思いで……」
ベロニカはひとしきり考えこみ、やがて大声で笑った。
「あはは。そうね、首飾りのおかげで、ひどい目にあったんだもの。マヤちゃん、元気でやってる?」
「ああ、すっかりな。呪いのことなんて、忘れちまってるように見えるよ」
「よかったわね、本当に。アンタたち、いまなにしてるの?」
「デクの……いや、仲間に商売をやってるヤツがいるんだが、そいつの手伝いをな。ここに来たのもその用事だよ」
「へえ、上手くやってるのね」
「まあな。お前たちはどうしてるんだ?」
「まあ、あいかわらずね」
ベロニカはあいかわらず、とためいき混じりに吐きだしながら、テーブルへと目を落とした。
つかのま沈黙がながれ、カミュが思いをめぐらせるようにすっかり冷えきった焼き物のカップを口に運ぶと、ベロニカはそれにしても、と口を開いた。
「アンタ、レディに指輪をおくる意味、わかってるの?」
「レディってお前」
カミュはあわててせきこみ、むせながら言葉をつづけた。
「そんなセリフどこで覚えたんだよ?そんなシルビアさんみたいな……ああ、シルビアさんか。いろいろ吹き込まれたな?」
「へへ。いつか、またお話したいわね。シルビアさんとも、ほかのみんなとも」
「ああ。ま、みんな収まるところに収まってんだ、そのうち顔を合わせることもあるだろ」
「そういう意味では、アンタが一番心配なのよね。あ、そうだ、アンタに渡そうと思ってたものがあるのよ」
「お、なんだ?」
「ま、あとでね。楽しみにしといて」
二人がかつての仲間たちとの思いで話に興じていると、入り口のほうから、お姉さま、と誰かを探すような声がひびいた。
声の主である、白地に紫をあしらった、ラムダの里のゆったりとした衣装を身にまとった長身の少女は、姿をみせるとすぐに二人に気がついた。
「お姉さま?まあ、お姉さま、ここにいらしたのですね。あら、カミュさまも」
カミュが久しぶりだな、と言いながら手を振ると、セーニャは笑顔を見せながらゆっくりと二人のいるテーブルへと歩みよった。
「カミュさま、お久しぶりですわ。お姉さま、カミュさまがいらしているなら、教えてくださればよかったのに」
「呼びにいかなくても、どうせすぐにあたしを探しに来るだろうと思ったのよ」
ベロニカがいじわるっぽくそう答えても、セーニャは気にとめていないようだった。
「おっしゃるとおりでしたわね。カミュさまは、お姉さまにご用事があってこちらへ?」
「いや、べつの用事で来たんだが、ついでだからあいさつをと思ってな」
「あいさつついでにおみやげをくれたのよ。ほら」
ベロニカがイスから飛びおり、指輪をセーニャに手わたすと、セーニャはベロニカがしたのと同じように指輪を窓にかざした。
「きれいですわ。心なしか、お姉さまの身につけていらっしゃる腕輪と似ていますわね」
「ああ、セーニャのぶんもあるんだ、ちょっと待ってな」
そう言ってカミュが床においた荷袋をほどきはじめると、セーニャはベロニカにはめてみても良いかとたずねた。
「いいわよ、でも、指輪ってどの指にはめたらいいのか、わからないわね」
「私もわかりませんわ。右手でよろしいのかしら」
「わかんない。ひとさし指でいいのかしら?はめてあげる」
小さなベロニカに合わせるためにセーニャがひざまずき、差しだした右手にベロニカが指輪をはめると、セーニャは突然その場にくずれ落ちた。
「え!?なに、ちょっとどうしたの!」
ベロニカが叫ぶと、異変に気がついたカミュは荷物を放り出して駆けより、セーニャを背中から抱えおこした。
「なんだよ、いったいどうして倒れたんだ?おい、セーニャ、大丈夫か?」
「ちょっと!どうしたの、どうしたのセーニャ、冗談はやめてよ!」
二人が必死で呼びかけると、やがてセーニャはゆっくりと目を開き、力なくあたりを見わたした。
「良かった、起きたか。おい、いったいどうしちまったんだよ?」
「……力が……必要だ……」
セーニャの口から重々しく言葉が発せられると、ベロニカは目を丸くした。
「え?何言ってんのよセーニャ?」
「……お前たちは……この者の……仲間だな……」
「ちょっと、これって」
ベロニカがそう叫びながらカミュと視線を交わすと、カミュは苦々しい顔をした。
「呪い、か?」
「……案ずるな……我らに害意はない……」
アンタ、と何か呼びかけようとするベロニカをさえぎり、セーニャは言葉をつづけた。「……今より……その証を示そう……害意はない……我らに……力を貸してくれ……」
セーニャがゆっくりと顔の前に右手をかざして指輪をはずすと、セーニャの体は糸が切れたように力を失い、指輪は床に投げ出された。
「いったいなんだってんだ?」
「呪い、なんだろうけど……ちょっとセーニャ?」
ベロニカがカミュに抱かれたままのセーニャの腕をつかみ、大きくゆり動かすと、セーニャはふたたびゆっくりと目を開けた。
「ああ、お姉さま……びっくりしましたわ」
「びっくりしたのはこっちよ、大丈夫なの?」
「ええ、とつぜん体が動かなくなって……怖かったけれど、もう平気ですわ」
良かったあ、とおおきなため息をつきながらベロニカが肩を落とすと、いまにも泣き出しそうな顔をしながら、カミュが震える声でつぶやいた。
「すまねえ、まさかこんなことになるとは」
セーニャは自力で半身を起こして向きなおり、私は大丈夫ですわ、とうなだれたままのカミュの肩をたたいた。
「とりあえずは、良かったけどさ」
ベロニカはぺたんと床にへたりこんだまま、視線を指輪へと送った。
「どうするのよ、これ?どう見たって呪いの品だわ」
長い沈黙のあと、カミュは大きなため息をついて指輪を拾い、ゆっくりと自分の指にはめてみせた。
「見てのとおり、オレがはめてもなにも問題なかったんだ。コイツはオレが処分するよ……悪かったな」
カミュがのろのろと指輪をポケットにしまい込もうとする腕を、セーニャがひきとめた。
「お待ちください、カミュさま。指輪さまの声、私にも聞こえましたわ」
「やめときなよ、セーニャ」
ベロニカが疲れた顔で口をはさんだ。
「害意はないとかなんとか言ってたけどさ、怪しいもんだわ。だってそうでしょう、他人の体をのっとるような呪いなんて」
「でも、お姉さま」
「油断させておいて、さいごはひどい目にあうに決まってるわ。あたしたちが三人でいるから引き下がったのかもしれないし」
強い口調でまくしたてるベロニカをさえぎり、セーニャは言った。
「悲しかったんです」
「悲しかった?」
「ええ、あの方の、悲しみが伝わってきたんです。うまく言葉にできませんけれど……私も、同じ気持ちを知っているような」
カミュが手のひらにのせた指輪を三人はだまって見つめていたが、やがてセーニャが顔を上げた。
「なんとか」
セーニャはそれだけ言ってしばらく口ごもったあと、か細く、しかし決意を感じさせる口調で二人に告げた。
「助けてさしあげたいですわ」
「これでよし、と。いいかセーニャ、ヤバい時はふたりで一気に引っ張るんだぞ」
「ええ、わかりましたわ」
カミュが手にしたヒスイの指輪には、二本のヒモがが結び付けられており、片方はセーニャがしっかりと握っている。
石造りの家の二階のそう広くはない部屋には、ふたつのベッドとふたつのクローゼットが並んでいて、その合間で本棚がきゅうくつそうに本の束をかかえていた。
生活のにおいを感じさせないほど整頓された部屋の中では、片側のベッドのそばの板きれでつくられたベロニカのための粗末な踏み台が、なんとも居心地わるそうにしていた。
ベッドに腰かけてふたりの様子をみていたベロニカは、大きなため息をついた。
「まったく……あんたたち、どれだけお人よしなのよ?」
「お互いさまだろ、ベロニカ」
カミュは笑った。
「なんだかんだいっても、こうして協力してるんだから。部屋まで貸してくれてさ」
「しょうがないじゃない、なにが起こるかわかんないんだから。まったく、どうしてあたしがこんなこと」
「お姉さま、ありがとうございます」
ベロニカは、はいはい、とイヤそうに返事をした。
「アンタがわがまま言うの、めずらしいことだから、付きあってあげるわ。いい、セーニャ。これからあたしが指輪をはめてみて、なにか悪いことが起こったらキッパリあきらめること。わかってるわね?」
三人で話しあった結果、結局ふたりはセーニャに押し切られるかたちで、ベロニカが指輪をたしかめてから結論を出すことになったのだった。
「ところでよ、いまさらなんだが」
「なによ?」
「その指輪、オレがはめても何も起こらなかったのを見ただろ?お前がはめても、セーニャと同じことが起こるとは限らないんじゃないのか」
「バカね」
ベロニカは憮然としながらも、自信をもって答えた。
「あたしたち、双子なのよ。セーニャにできることは、あたしにだってできるわ」
そうですわ、とセーニャも同意すると、カミュは神妙な面持ちで頭をさげた。
「そういうものか。うたがってすまなかった。じゃ、頼むぜ」
「うまく乗せられた気がするけど……ま、乗せられてあげるわ。ほら、貸しなさい」
ベロニカはベッドに腰かけたまま、カミュからヒモをつけられて不格好になった指輪をうけとり、おそるおそる右手のひとさし指にはめると、深くため息をつくようにうなだれ、やがてゆっくりと顔を起こした。
ベロニカはふだんの様子からは想像もつかないような、いっさい感情が読みとれない表情でカミュとセーニャをたしかめると、重々しく口を開いた。
「……先ほどの者たち……だな……力を……貸してくれるのか……」
ベロニカの言葉を聞くと、カミュとセーニャは目を合わせてうなずいた。
「まずは、確かめさせてもらおう。さっき自分から指輪をはずしてみせたが、他人の体を手にいれるのが目的じゃないのなら、お前はいったいなにがしたいんだ?」
「それに、あなたはいったいどなたなのですか?」
ベロニカは表情を作らず、とぎれとぎれの言葉で答えた。
「……我らに……残された力は……もはや……こうして……他者の体を……借りること……だけだ……」
ふたりは黙ってベロニカの言葉に耳をかたむけた。
「……汝らに……力を……貸して欲しい……無念だ……ニザーナ……我らが……父なる……故国……」
「ニザーナ?聞いたことがないな。セーニャ、知ってるか?」
「いいえ、わかりませんわ」
「……かの怨敵……ハスダール……奪われ……殺された……無念……我らは……無念を忘れぬ……ために……指輪……に……意思を……込めた……」
「ハスダール……そっちも聞いたことがないな」
カミュは首をかしげた。
「あのな、オレたち、世界中を旅したんだぜ。信じられないだろうが、空まで飛んでな。でも、どっちもはじめて聞いた名前だよ」
「……無念だ……無念を晴らしたい……」
「復讐ってことか?」
「……わからぬ……だが……無念だ……ニザーナ……ハスダール……力を……貸してくれ……」
「そう言われてもさ、力を貸すって、オレたちは何をしたらいいんだよ?」
「……無念……我らは……ただ……無念……だ……」
カミュとセーニャは困った顔で目を見合わせた。
「うーん、思ったよりやっかいな頼みごとだな……とにかく、そのニザーナとハスダールって国を探してやりゃあいいのか?」
「そうですわね……お姉さまなら、なにかご存知でしょうか」
「ああ、そうだな。なあ指輪さんよ、その体のあるじと話をしたいんだ、返してくれるか?」
カミュの言葉をきいて、ベロニカはゆっくりとうなずいた。
「……承知……した……感謝する……ぞ……若者……たちよ……」
「まだ返事はしてねえんだが。まあ、そう悪いヤツでもなさそうだしな、ちょっと時間をもらうよ」
「ええ、またお会いしましょう、指輪さま」
ベロニカはしずかに右手から指輪を抜きとると、はめたときと同じように力を失い、がっくりとうなだれた。
ベッドから床にくずれ落ちないように、ふたりがあわてて支えようとすると、ベロニカはうなだれたままぐすんと鼻を鳴らしはじめた。
「お姉さま?」
「おい、大丈夫か?」
ベロニカは嗚咽をもらしながらしきりにこぶしで目をこすり、やがて顔を上げると、おおきな両目からは涙がこぼれていた。
心配そうに顔をのぞき込むふたりを前に、ベロニカはふるえる声を必死でしぼりだした。
「……どうしてか、わからないんだけど……あたし、知ってるわ」
ベロニカは肩を抱こうとするセーニャを拒み、嗚咽をこらえながら続けた。
「……知ってる、この気持ちを。悲しみ、憎しみ、怒り、くやしさ……いろんなものが混ざって、だけどそのどれでもない。たいせつなものがあって、未来があって……だけど、どうにもならなかった……無念……そう、無念だわ」
そこまで話すとベロニカは顔を伏せ、ふたたびすすり泣きはじめた。
カミュとセーニャは、困り果てたようすでただベロニカを見守っていた。
「お姉さま、お母さまにお茶を入れていただきましたわ。ミルクとハチミツもたっぷりと。はい、カミュさまも」
トレイを持って部屋に戻ってきたセーニャは、ふたりに素朴な焼き物のカップを手わたすと、音をたてないようにそっと窓をあけ、カミュと向かい合ってベッドに座るベロニカのとなりに腰をおろした。
「ありがと、セーニャ。もう落ちついたわ」
「よかったですわ、お姉さま。指輪さまのお話、お姉さまも聞いていらしたの?」
「うん。ニザーナとハスダール、だったわね。残念だけれど、あたしも心当たりがないわ」
カミュはカップを口にはこび、音をたててすすると、渋い表情でため息をついた。
「どうもこのミントってやつは苦手だな。しかし、いまのところまったく手がかりなしってことか。探してやろうにも、心当たりさえないんだよな」
「私たち、世界中を旅してきましたけれど、まだどこかに立ちよっていない場所があるということでしょうか?」
いや、と言いながらカミュはふところから指輪をとりだし、つまんでみせた。
「オレのみたところ、こいつは相当に古いもんだよ。十年や二十年前に作られたもんじゃない。バンデルフォンやユグノアの城跡を覚えているか?あれは不運な例だが、そうじゃなくても国というものは永遠じゃない、どれだけ立派な城があろうと、いつかあんなふうに消えてしまうんだ」
カミュがそこまで話すと、ベロニカとセーニャはうつむいてカップに目を落とした。
カミュはふたりの様子を見て、慎重に言葉をえらびながら続けた。
「そう、指輪さんには気の毒だが――どっちの国も、もう無くなっちまったものと思ったほうがいいだろうな。探すなら、どこかにあった国のあしあとを探すってことになる。そんなもの見つけたって――いや、それにしても、なんだってそいつにそこまで肩入れするんだ?」
カミュが水を向けると、ベロニカとセーニャは視線をかわし、だまってうなずいた。
「言葉にしづらいのだけれど……伝わってきたのよ、指輪の心が」
「さっき泣いてたのはそれか?」
「ええ。うまく言えないけれど、どうしてかあたしもおなじ気持ちを……いえ、なんとかしてあげたい、してあげなきゃって思ったの。セーニャもそうでしょ?」
ふたりがセーニャをうかがうと、セーニャは小さく首を縦にふった。
しばらく沈黙が流れ、やがて、カミュが口を開いた。
「クレイモランの古代図書館、覚えてるよな?あれだけの本の山だ、ほんとうにあった国なら、記録が残ってないってことはないだろ」
「そうよ、そうだわ」
ベロニカはぱちんと両手を叩いた。
「エッケハルトさん、だったかしら。図書館を管理していた、あのひとなら、なにか手がかりをみつけられるかも」
「ああ、頼ってみるとしよう。オレは明日クレイモランに戻るから、何かわかったら――」
「あたしたちも行くわ」
カミュの話をさえぎり、ベロニカがそう言うと、カミュはえっ、と声をあげた。
「なによ。手がかりはちょっとでも多いほうがいいでしょ?あんたひとりじゃ、指輪の話は聞けないんだから」
「そうですわ、カミュさま。私たちもいっしょに探したほうがよろしいですわ」
ふたりの言葉を聞いて、カミュは頭を抱え、おおげさにため息をついた。
「はいはい、わかったよ。オレが何を言ったって、お前らどうせついてくるんだろ?」
「ふふ、よくわかってるじゃない」
「ありがとうございます、カミュさま」
カミュは頭をかきながら苦笑いした。
「ま、元はと言えばオレが持ってきたもんだしな。しかしなあ、オレがニブいだけなのか?お前ら、どうしてそこまでするんだよ?」
「自分でもバカみたいだと思うわ。でも……うーん、うまく言えないのよ。ね、セーニャ?」
セーニャがだまってうなずくと、カミュはいぶかしげな顔をした。
「不思議なもんだな。じゃ、明日の夜明けに発つから、準備をしておいてくれよ。オレは宿にもどる。この指輪はオレが預かっておこう、オレにとってはただの古びた指輪だからな」
そういって立ち上がり、部屋を出ようとするカミュの後ろ姿に、ベロニカがカミュ、ありがとうと声をかけると、カミュは片手をふってドアをぱたんと閉じた。
「お、懐かしい格好だな」
空が赤くなり、かがり火の消えかけた里の広場で、山の向こうから半分だけ顔をだした朝日に、赤いずきんと緑のドレスが照らされていた。
「外の世界では、里の衣装は目立っちゃうからね」
ベロニカは、上着のスソを両手でつまみ、くるっと回ってみせた。
「これを着て皆さんと旅をしていたことが、ずいぶん昔のことのように思えますわ」
「ああ、いくらも経っていないのに、夢の中のことだったように思えるよ。身支度はできたみたいだが、ご両親にはちゃんと話したのか?」
「クレイモランまで行ってくるって、ちゃんと話してあるわ。アンタがいっしょなら大丈夫だろうって、おつかいまで頼まれたわよ」
はは、と笑いながら、カミュは毛皮のコートのえりを直し、荷袋を担いだ。
「そいつはどうも。ま、あの旅に比べりゃ、何があろうとちょっとしたおつかいみたいなもんだよな。そんじゃ、行くとしよう」
カミュがそう言うとふたりはうなずき、早朝の張りつめた寒さのなか、ゆっくりと歩きはじめた。