「はぁ……ギリギリ間に合ったわね。マルティナさんたちに遠慮しないで、ソルティコでもう一泊すればよかったかしら」
そう言って、ベロニカは呼吸を荒げたまま、その場に座りこんだ。
沈みかけた夕陽が西の空をぼんやりと赤く染めるころ、三人はイシの村にたどりついた。
山間にある小さな村はすでに静まり返っており、小さな土地に仲よくならぶ数軒の家々の窓から漏れだすともしびだけが、人の気配を主張していた。
「おつかれさん。いつも感心するんだが、お前その小さい体で、よくオレたちと同じ速さで歩けるよな」
「えへへ。もう、こうなる前がどうだったか、おぼえてないんだけど、この体ってあんまり疲れないのよね。それに、あんな虫だらけのジャングルでキャンプするの、イヤだったし」
「以前の旅でいちど経験しましたけれど、思い出したくないですわ……」
夕闇のなか、カミュは呼吸をととのえると、さて、と切り出した。
「この村には宿屋がないんだよな。こんな時間で気が引けるが、相棒のところを訪ねるとするか」
「ええ。たしか、階段をのぼったさきの、村でいちばん高い場所にある家だったわ」
三人は足元に気をつけながら石橋をわたり、階段をのぼって、石造りの家のドアをドンドンと叩くと、中から、どなたと返事がきこえた。
ドアから顔を出した恰幅のいい女性は、手に持ったランプでカミュの顔を照らした。
「こんばんは。おや、見ない顔だね、旅のお方かい?宿をお探しなら、悪いけどこの村にはないんだよ。村長さんのところか、教会を当たっておくれ」
「こんばんは、遅くにすみません。オレたち、相ぼ――いえ、ハンスの友達です」
「まあ。これは失礼、そうだね、言われてみれば、そっちのお嬢ちゃんたちは見おぼえがあるよ。いつかハンスを旅に連れ出しにきたことがあったね?待っとくれ、いま呼んでくるから」
ばたんとドアが閉じ、家の中からハンス、ハンスと呼ぶ声と足音がきこえ、再びドアが開くと、中から現れたさらっとした長髪の少年は、三人をたしかめると、言葉を交わす間もなくカミュと抱き合った。
「カミュ、久しぶりだね。ベロニカとセーニャも。よく来てくれたね、さあ入ってよ」
ハンスはカミュたち三人の座るテーブルに湯気のたつスープの皿を並べ終えると、うれしそうな笑顔で席についた。
「遠慮せずに食べて。みんな変わらないね。今日は、ボクに会いに来てくれたの?」
「ああ。ちょっとワケあって旅をしてるんだが、近くまで来たから、ついでにと思ってな」
「また、旅をしているんだ。だけど、意外な組み合わせだね」」
そういってハンスがカミュたちの顔を順番にのぞくと、ベロニカはにっこり笑って片手でカミュをしめした。
「あの旅ではさ、大人の人たちがいっぱいいたから、わかんなかったんだけど。カミュがね、思いのほか頼りになるのよ」
「へっ、思いのほか、か。オレって信用なかったんだな」
「そんなことはありませんわ、カミュさま。私たちのこと、いつも気にかけてくださっておりましたもの」
カミュがやめてくれ、と言いながら照れくさそうに顔をそむけると、ハンスは大きな声でわらった。
「ははは。カミュとベロニカがいっしょじゃ、なんとなくケンカばっかりしてるんじゃないかと思ったよ。でも、よかった。うまくやれているみたいだ」
四人が食事をしながら歓談していると、ベルラがハンスの肩をたたいてほほえんだ。
「ハンスや、あたしは村長さんの家に泊めてもらうことにするよ、水差しちゃ悪いからね。それで足りなかったら、棚にあるものを好きにお食べ」
「ごめんね、母さん」
「いいんだ。あなたたち、ゆっくりしてお行きなさいね」
「ありがとう、おばさま。急におしかけてしまって、ごめんなさい」
ベルラがおやすみ、と言って家を出ていくと、ハンスはトマトで鶏ときのこを煮込んだスープを口にしながら、カミュたちにたずねた。
「それで、旅の理由ってなんなんだい?聞いてもいい?」
「おう、話すとちょっと長くなるんだが」
カミュが旅のいきさつを一通り説明すると、ハンスは感心した顔をした。
「へええ。人助けの旅、ということになるのかな?やさしいね、みんな」
「オレは指輪のことなんてどうでもいいんだが、まあ、きっかけを作っちまったからな」
「そういうところがキミらしいよ、カミュ。ロウ様とマルティナさんにも会ったんだね。お忍びで骨休めかあ」
ベロニカは切り分けたチーズをパンにのせ、一口かじった。
「マルティナさん、ちょっとまいってる感じだったわ。そうよね、十六年も旅を続けてきて、いきなりお城暮らしだもの、とまどうわよね。そういえばアンタさ、ベルラおばさまは母さんって呼ぶのに、ロウ様はロウ様なのね。おじいちゃんじゃないの?」
「母さんは母さんだよ。だって、子供のころからずっと、母さんだったんだもの。ロウ様は……」
ハンスはあごに手をあてて考え込み、うーん、とうなった。
「ボクが赤ん坊のころからロウ様といっしょに旅をしていたマルティナさんが、それでもロウ様って呼んでいたじゃない?だから、ボクもロウ様って呼ぶのがいいのかなって」
「ふーん。オレは両親の顔も見たことがないから、そういう話はよくわからんな。そうだ、ロウ様からお前に渡してくれって、頼まれたものがあるんだよ。灯りをくれるか?」
ハンスは立ち上がり、ドアのそばに提げられたランプを手にとり、テーブルの油をはった小皿から灯りをうつし、カミュに手渡した。
カミュは荷袋からロウよりあずかった包みをとりだし、皆にみえるようランプといっしょにテーブルのまんなかに置いた。
「これだ。お前といっしょに開けてくれって言ってたぜ」
「へえ、なにかな。手紙がはいってるね」
ハンスが包みから手紙を取り出してランプのそばに置くと、ベロニカが読みあげた。
「えーと。『若人たちの末永き友情を願って ロウとマルティナ姫より、親愛なる友人たちへ』だって。中身はなんだった?」
「これは、勇者のつるぎでしょうか?」
ほどいた包みの上では、親指よりすこし大きな、勇者のつるぎを模した水晶細工がランプのあかりで輝いていた。
「へえ、勇者のつるぎのペンダントか。旅の思いでを忘れないようにってことか?」
「きれいだね。あれ、鎖が四本ついているよ。鍔と、柄のところに三本ある。ちょっといいかな」
ハンスはそういってペンダントを取りあげ、両手でいじると、剣の鍔の部分がはずれて、刀身がみっつに分かれた。
「そうか。これはみんなの分だね、ほら」
そういってハンスは、よっつに分かれたペンダントをテーブルにならべた。
「まあ、これはお姉さまの杖を模したものですね」
「ほんとだわ。こっちがセーニャのスティック、これがカミュの短剣?」
「で、ハンスの鍔の部分と合わせると、つるぎになるわけか。ロウ様、気が利いてんな」
四人はそれぞれ鎖をもって自分のぶんを手で提げると、腕を突きあわせてよっつのペンダントを触れあわせた。
「セーニャは、ベロニカといっしょのベッドでだいじょうぶかい?」
「はい。おばさまのベッドをお借りしてしまって、申し訳ないですわ」
テーブルのランプにぼんやりと照らされたうす暗い部屋の、かたすみに置かれたベッドの上で、ベロニカがすうすうと寝息をたてていた。
「気にしないで。カミュはボクの部屋を使ってね、そこのハシゴを上がった先だよ。暗いから気をつけて」
「わりぃな。お前はどうするんだ?村長さんとこにいくのか?」
「ボクはとなりの馬小屋で眠るよ。けっこう快適なんだ」
「おいおい。それならいいよ、オレが馬小屋で寝るから」
カミュがあわててそう言うと、ハンスはほほえんだ。
「相棒に遠慮するのかい、カミュ?水くさいこと言わないでよ」
「はっ、お前意外とズルいな。わかったよ、相棒」
ハンスはカミュの真似をするように後ろをむいて片手をあげてあいさつをし、おやすみ、と言い残して家を出ていった。
「なんだか、うらやましいですね」
ふたりの様子を見ていたセーニャは、どことなく寂しげに言った。
「ん?何がだ?」
「おたがいに信頼されていることがわかりますわ」
「うーん。オレ、アイツの考えてること、よくわからないことのほうが多いぞ。それに、お前にとってのベロニカは同じようなものだろ?双子って不思議なもんだなって、オレはいつも思ってるぜ」
カミュがそう答えると、セーニャはすこしうつむいた。
「そうでしょうか。私、いつもお姉さまの足をひっぱってばかりいる気がして。もしも私がいなかったら、お姉さまはもっと自由にふるまえるのではないかと思うんです」
カミュはおいおい、と言いながら言葉をはさもうとしたが、セーニャはかまわず続けた。
「カミュさまとマヤさまだって、そうですわ。カミュさまがただ面倒を見ているわけではないことを感じました。ロウさまとマルティナさまだって、お互いに尊敬と信頼がありました。それに比べて、私は、お姉さまがいないとなにもできないんです。私、お姉さまにとって、ただの重荷になっている気がして」
「やめろって。ベロニカだって、嫌々セーニャのそばにいるわけじゃないだろ。なんだってそんなことを考えるんだ?お前、ここんとこちょっと変だぞ」
カミュが強い調子でそう言うと、セーニャはだまってイスに座り、テーブルにひじをついて両手で顔をおおった。
カミュはテーブルにつき、困ったようすでセーニャを見つめていたが、やがて言葉を切り出した。
「なにかきっかけがあって、そんなことを考え出したのか?」
カミュの質問に、セーニャは返事をしなかった。
「オレとベロニカには話せないことなのか?」
セーニャが顔をおおったままうなずくのを見て、カミュはすこし考えこみ、ふところから指輪を取り出して、つまんで見せた。
「指輪はそういう話を聞いてくれるのか?」
「……はい」
「話すって、今オレたちがしてるように言葉を交わすのか?」
「いえ……言葉はいらないんです。ですが、共感というのでしょうか……わかっていただけたような気持ちになるんです」
カミュはちいさくため息をついた。
「わかった、こいつはセーニャに渡しておく。ベロニカにバレないように使えよ、心配してたぞ。だがな」
カミュはベロニカの前にそっと指輪を置き、言葉をつづけた。
「マヤの呪いの話をみんなに切り出せなかったオレが言うのもなんだが、他人を頼るのも勇気だと思うぜ。今はそいつでも構わないが、オレたちだっているんだってこと、忘れるなよ」
セーニャが黙ってうなずくと、カミュは立ち上がり、セーニャの肩を軽くたたいて二階へとつづくはしごを登っていった。
「もう行っちゃうんだね、さびしいな」
まだすこしうす暗い翌朝、四人は昨晩とおなじスープがならんだ食卓を囲んでいた。
「ああ。お前をまた馬小屋で眠らせるわけにもいかないしな。ちゃんと眠れたのか?」
「え、馬小屋ってなによ?」
ベロニカが不思議そうな顔でたずねると、ハンスはにっこりとほほえんで見せた。
「なんでもないよ、ベロニカ。これから、デルカダール城に行くんだっけ?」
「ええ。そういえば、カミュがアンタとはデルカダール城の地下牢で出会ったっていってたんだけど、どういうこと?」
ベロニカの言葉を聞いて、カミュとハンスは顔を見合わせて笑った。
「あはは。まあ、聞かないで。だいじょうぶ、人を殺したりしたわけじゃないから」
「その言い訳はどうかと思うぜ。まあ、こいつがぶちこまれた理由は、完全に無実の罪だったからな、安心しろ」
ベロニカは、ふーん、と言って両手で頬杖をついた。
「アンタさ、いろいろひどい目にあってるのに、なんていうか、いつも明るいわよね。ふわっとした性格のわりに、へこたれないっていうか。あんな旅をしてきたのに、今みると、そこらへんにいる子供みたい。表に出さないだけなの?ふしぎね」
ハンスはつかのま考えこんだあと、胸元のペンダントをさわってみせた。
「みんなのおかげだと思うよ。バカだと思われるかもしれないけれど、ボクにとってのあの旅は、みんなにただついて行っていただけだったんだ。誰かが困っているから助けよう、すべきことがあるからがんばろう、みんながそう言うから、がんばれたというだけでね。ボクひとりじゃ、すぐにくじけていたと思う」
「そうは言っても、それができるヤツはなかなかいないぜ?」
「そうなのかな?でも、不思議な旅だったよね。あの地下牢でカミュと出会わなかったら、ホムラの里でベロニカとセーニャに出会わなかったら、ボクはいまこうしてここにいなかったんだろうから。そのあとだってそう。どの出会いが欠けても、たぶん、違う今があったんじゃないかな」
ベロニカは三つ編みをくるくるといじりながら、くすっと笑った。
「アンタもそうやって、カミュと同じように、詩みたいなことを言うのね。男の子って、みんなそうなの?」
「はは。でも、本当にそう思うよ。オレがお前と出会ったのだって、マヤの呪いと預言者、いや、ウラノスがいたからだしな。運命ってやつなのかな、不思議なもんだ」
「はい。私たちが双子として生まれてこなければ、きっと違う今があったのでしょうし。不思議です」
カミュたちがそう話すと、ハンスは照れたように頭をかいた。
「変な話をしちゃった。ゴメンね」
「いや。それじゃ、そろそろ出発の準備をするよ」
「うん。食べものはあるかい?棚から好きに持っていっていいからね。それと、ベロニカ、ちょっといいかな。ふたりで話したいことがあるんだ」
「え?あたし?ふたりで?」
ベロニカはきょとんとした顔でハンスを見つめた。
ベロニカとハンスは家を出て階段をくだり、家から見えない場所までいって、川辺に腰かけた。
「ここでいいか。ベロニカ、君に聞いておきたいことがあってね。ふたりに聞かれるとまずいんだ」
ベロニカはハンスのとなりに座り、困った顔でハンスをみつめた。
「なに?そんなにあらたまって、なんなの?なんのはなし?」
「うん。セーニャのことなんだ」
「セーニャの?」
ハンスはうん、と答え、言葉を選びながら慎重につづけた。
「例えばだよ、例えばのはなし。例えばボクが、君といっしょに暮らしたいんだ、って言ったら、どうする?」
ベロニカはええ~と大声をあげ、ハンスはあわててベロニカの口をふさいだ。
「例えばだよ、例えばのはなし。落ち着いて聞いて」
ベロニカは必死の抵抗をみせ、ハンスの手をふりほどいた。
「なっ!なによ!なにを言い出すのかとおもったら!あ~、びっくりした」
「ごめんごめん、例えが悪かったね。落ちついたら、つづきを話そう」
ベロニカはうしろをむいて息をととのえ、ふたたびハンスの横に腰をおろした。
「いったい、なんのはなしなの?」
ベロニカが眉を吊り上げてハンスを見つめると、ハンスはふたたび考え込んだ。
「……そうだね。これも例えばの話だよ、セーニャがさ、カミュといっしょに旅に出たいって言い出したら、君はどうする?」
ベロニカはハンスに驚いた表情をみせたが、すぐにうつむいて小川に目をやった。
「それも、たとえばのはなし?」
「うん、例えばのはなし」
ベロニカはうつむいたまま長いあいだ考え込み、ぽつりと、わかんない、と言った。
「わかんないわ。そんなこと。考えたこともなかった」
「そっか。ちょっと、心配だったんだ」
「心配?なにが?」
「ベロニカとセーニャ、ふたりはずっといっしょにいるけどさ。もしかして、無理してる部分があるんじゃないかって。これも例えばの話だよ。おたがいに無理して、おたがいに遠慮して、あの子がいるからしょうがない、お姉さまがいるからしかたない、おたがいにそんなことを思いながら毎日を過ごしてさ。いつかふたりがおばあちゃんになったとき、後悔しないかな?」
うつむいたまま黙っているベロニカのほうを見ながら、ハンスは続けた。
「セーニャは、強い子だよ。きっと、君が思っているより、ずっと。いまはまだ、君にとっては目を離せない、手をとってあげないとひとりでは歩けない存在かもしれないけれど、いつかかならず、ひとりで歩きだせるよ。だから……ベロニカ、君も、君自身のことを考えてもいいんじゃないかな」
ベロニカは、なによ、とつぶやき、ハンスの目をしっかりと見つめた。
「ずいぶん、わかったようなことを言うじゃない。見損なわないで。あたしだって、わかってるわ。セーニャは……みんなとくらべたら、グズでノロマかもしれないけど……ちゃんと、前をむいて歩いているわ。ゆっくりだけど、すこしづつだけど、歩いてる。だから、いつかひとりで歩きだすこともわかってるわ。だけど……たぶん。あたしも……そんな日が来ることを、怖がっているんだわ。セーニャがあたしを置いて、いつか遠いところにいっちゃったら、あたしひとりで、どうしようって」
ベロニカがふるえる声でそう言い終えると、ふたりのあいだには長い沈黙がながれ、やがてハンスが口を開いた。
「そっか。ごめんね、余計な心配だったみたいだ。やっぱり、他人の心のことなんて、わからないね」
うん、とベロニカがうつむいたままつぶやくと、ハンスは目を閉じ、空をあおぎながら言った。
「ボクね、最近考えることがあるんだよ。他人の心のことは、わかんないけど。実はボクたちは、こうして生まれる前に、いろんな辛さを何度も何度も経験していてさ。悲しかったことも、苦しかったことも、心のどこかで覚えていて、だから他人の辛さにも、自分自身が経験したことのように共感するのかもしれない、って」
ベロニカはぐすっと鼻を鳴らし、袖でごしごしと顔をふいて、ハンスのほうを向いた。
「言ってることは、よくわかんないけど。アンタ、詩人にでもなったらいいわよ」
ふたりがハンスの家に戻ると、カミュとセーニャはベロニカをみて、ぎょっとした顔をした。
「お姉さま、どうされましたの?泣いていらっしゃったの?」
「なにも聞かないで、セーニャ」
ベロニカはそう言って、心配してかがみこんだセーニャに抱きついた。
「おい、なんだよ?お前、ベロニカと何を話してたんだ?」
「ごめん、ボクが悪いんだ」
ハンスはそれだけ言うと黙りこみ、長い静けさが四人を包みこんだ。
「セーニャ、ありがと。もう、だいじょうぶ」
「よかったですわ、お姉さま。元気を出してくださいね」
旅の準備をすすめながら、ベロニカとセーニャのようすを見守っていたカミュは、いぶかしげにハンスに目を向けたが、ハンスは口を閉じたまま立ちつくしていた。
「相棒、お前の考えてること、やっぱり全然わかんねえな」
「ボクだって、他人のことが全然わかってなかったから、こうして失敗したんだよ。カミュ」
ハンスの言葉をきいて、ベロニカは目をつりあげてハンスを見つめた。
「許してあげるわ、ハンス。アンタの言ったこと、ちゃんと考えておくから。いつか、あたしの出した答え、聞いてよね」
「うん。ふたりがどんな答えをだすのか、ボクはずっと楽しみに待っているからね」
そう言ってほほえみを交わすふたりを、カミュとセーニャは不思議そうな顔でながめていた。
「うーん?なんだかよくわからんが……まあ、仲直りできたなら良かったよ」
「ええ。ふたりって、どなたのことなのでしょう?」
ベロニカはベッドのほうへ走りだすと自分の荷袋を取りあげ、肩にかついだ。
「ごめんね。待たせちゃったみたい。もう、準備はできてるわよね?」
「ああ。それじゃあ、出発しよう」
ハンスはセーニャとベロニカと抱擁を交わし、カミュに向かって右手を高く上げると、カミュはぱちんと大きな音でハンスの手を叩き、抱き合った。
「じゃあ、また会おうな、相棒。いつか、お前と旅に出られる日を楽しみに待ってるぜ」
「うん、ボクもだよ。待ってるぜ、相棒」
カミュのくちぶりを真似して見せたハンスに、ベロニカとセーニャはくすくすと笑った。
「アンタたち、ほんと仲良いわよね。兄弟みたい。それじゃハンス、また会いましょうね」
「ハンスさま、ごきげんよう。またお会いしましょう」
別れの言葉をつげて歩き出す三人の背中が見えなくなるまで、ハンスは手をふり続けた。