カミュと双子のものがたり   作:だる   

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第7話

「正直いって、気が重たいけれど……サマディーの砂漠に、たしかめに行くしかなさそうね」

 カミュたちはデルカダールの城下町の宿で一晩休んだあと、カミュの部屋で朝食をとりながら、旅の行く先について話しあっていた。

「ああ。たしかめたところで、どうなるものかとも思うが。まあ、オレたちにできるのはそこまでだ、できるところまではやってやろうぜ。セーニャはどう思う?」

 カミュが心配そうにセーニャにたずねると、セーニャはすこし疲れた表情でこたえた。

「はい。無念が晴れることはないかもしれませんが……たしかめてみれば、なにか、違った思いが浮かぶかもしれませんね」

「そうだな。しかし、だいぶまいってるように見えるぜ、セーニャ。昨晩はちゃんと眠れたのか?」

 ベロニカは、かるくため息をついて、首を横にふった。

「この子、あんまり眠れなかったみたい。旅をつづけるにしても、もう少し、この町で休んでからのほうが、いいかもしれないわね」

「お姉さま、私は大丈夫ですわ。もし、私のせいで旅が遅れるなら、セーニャにはそちらのほうが辛いことです」

 セーニャの主張を聞いて、カミュとベロニカが顔を見合わせると、誰かがドアをたたく音が聞こえた。

「おはよう。グレイグだ、もう起きているか?」

 カミュが返事をしてドアをあけると、グレイグはカミュの頭ごしに部屋の様子をたしかめた。

「三人おそろいか、話が速いな。すまん、入ってもいいか」

 カミュが中へ招きいれ、椅子を用意すると、グレイグはきゅうくつそうに腰かけた。

「セーニャ、まだ顔色が優れないようだな。俺は人の心がわからん男だが、あまりわかりすぎてしまうのも、辛いことなのだな」

 セーニャは姿勢をただし、グレイグにほほえんでみせた。

「いいえ、私は元気ですわ。ところで、お話とはなんでしょう?」

「ああ、カミュ、君に手紙を届けにきたのだ。読みづらい文字だが、マヤという者からのようだ」

 カミュはグレイグから手紙をうけとると、すぐに封を開けて、ざっと目を通した。

「エッケハルトさんからだ、もう見つかったらしい」

 カミュはそう言うと、皆に見えるように手紙をそっとテーブルに置いた。

「どれどれ。『我らの行った作業の成果は、想像をはるかに超えていたようだ。その証拠として、こうして君の要望に数日で応えることが出来た。貴重な実験の機会を提供されたこと、深く感謝する――』あはは、なんだか自慢みたいなことが、ず~っと書いてあるわ」

「ああ、でも助かったな。結果は最後のほうに書いてあるぜ。『広範にわたったハスダールと違い、ニザーナとは小さな国であったようで、位置の特定は容易だった。かつての大河の跡に作られたバクラバ石群を北にたどれば、河口の跡、すなわちニザーナの痕跡が見つかるだろう』だそうだ。オレたちの調べた結果と、ほぼ同じだな」

 グレイグは一通り手紙に目を通すと、そうか、とつぶやいた。

「目指す場所はわかったようだな。ここから向かうのであれば、俺がウマと船を手配しよう。デルカダール神殿のそばから海に出て、内海を渡ってダーハラ湿原へ。うまくすれば、今日のうちにサマディー王国にたどり着けるだろう」

 グレイグの話を聞いて、カミュとベロニカが心配そうにセーニャを見つめると、セーニャはふたりに目くばせをして、口をひらいた。

「グレイグさま、ご厚意に甘えさせていただいても、よろしいでしょうか」

「わかった。なに、自分で足を動かさなくてもよい旅だ、心配には及ばないだろう。では、半刻ほどで用意させるので、城門を出たところで待っていてくれ」

 カミュたちがありがとうございます、と口をそろえると、グレイグは顔の前で手をふり、立ちあがった。

「かけがえのない友人たちのことだ、礼には及ばんよ。では、残念だが、俺は見送りには出られないのだ。ここでひとまずお別れだな」

 グレイグはカミュたち三人と順番に握手を交わし、すこし照れたように笑った。

「書庫のことはどうか内密に頼む。これ以上、話が広まるとまずいのでな。それと、いつかまた城を訪れて、旅の顛末を俺に聞かせると約束してくれ」

「はい、どっちもわかってます、グレイグさん。また会いましょう」

「あはは。マルティナさんなら、きっと耳に入っても、笑って見逃してくれる気がします。グレイグさん、またお会いしましょうね」

 別れの言葉を語り終えたカミュたちに向かって、グレイグは深々と頭を下げた。

 

 

「もう着いちゃったのね、ウソみたい。あたしたち、きょうの朝は、まだデルカダールにいたのよね」

「世界って、広いのか狭いのか、よくわからんな。しかし、オレ、馬車なんてはじめて乗ったんだが、こいつは良いもんだ」

 夕陽が砂漠を美しく照らすころ、カミュたちは簡素な馬車に揺られて、サマディー王国へとたどりついた。

 三人は足元に気をつけながら馬車から降り、御者にお礼を告げると、門をくぐって王国の中へと足をふみ入れた。

 馬の競技場を中心として、美しく長方形に整備された町並みは、夕焼けの色に染まって、より幻想的に見えた。

「黒い太陽のことがあって、さびしい街になっちゃったこともあったけれど、すっかり元通りね。あたし、ここのにぎやかさ、好きだわ」

「ああ。しかし、今となってはアレをなんと呼べばいいのか。勇者の星、黒い太陽、邪神、いろんな呼び名がついたもんだ」

「うん。みんな、勇者の星なんて呼んで、良いものだと思ってたこともあったのに、真実って、わからないものだわ」

「ま、今となってはもう過ぎた話だな。さて、明日にそなえて、宿をとるとするか」

 カミュたちは宿や酒場が立ちならぶ街の一角で、適当に一軒をえらびだし、ドアを開いた。

 まだ時間が早いせいか、食事のために置かれたいくつかのテーブルに人影はなく、カウンターでは宿の主らしき男がたいくつそうに帳簿をめくっていたが、カミュたちが入ってきたことをたしかめると、人のよさそうな笑顔をみせた。

「こんばんは。三人なんですけど、ベッドは空いてます?」

「ああ、何人だって泊まれるよ。旅の方だね、どっから来たんだい?」

「オレたち、クレイモランから来たんです。ちょっと用事があって」」

「そいつははるばるようこそ、歓迎するよ。それに、君たちは運がいい。シルビアって旅芸人を知っているかな?彼が、つい最近ここのサーカスにもどって来たんだよ。まだ陽もあるし、見に行ってきちゃどうだい」

 カミュたちは、えっ、と大声を出し、顔を見合わせた。

「サーカスって、まだやってますか?」

 ベロニカが興奮したようすでたずねると、宿の主はにっこりと笑い、追い払うように手をふった。

「もちろんさ。お嬢ちゃん、サーカスが好きなのかい?さあ、まだ間に合うよ、行っておいで」

 カミュたちはお礼もそこそこに宿から飛びだし、夕暮れの町を駆けだした。

 

「三人分、お願いします。シルビアさんって、まだ出てきますよね?」

 カミュが息を切らせながらサーカスの入り口の女にたずねると、女はにこにこしながら、おおげさにはやしたてた。

「もちろんでございます。我が劇団の花形、シルビアはいつだって大トリ。運が良い方も悪い方も、早く来た方も遅れてきた方も、シルビアの芸を見て笑顔でテントを出られる寸法ですわ。ささ、もう公演も終わりかけ、お安くしておくから、いそいでいそいで」

 カミュたちがあざやかな色のテントに足をふみ入れると、舞台はからっぽだったが、客のようすからすると、次の演目が間もなくはじまるようだった。

 三人は中ほどの空いている席にすわり、息をついた。

「はあ。間に合ったか?しかし、まさかシルビアさん、ここに戻ってきてるとはな」

「うん。あたしもなんとなく、世界じゅうを自由に旅してる気がしてたのよね」

「はい。シルビアさまにはあの旅のあいだ、ずっと芸を見せていただいていましたけれど、こうした舞台で拝見するのは、ふしぎとドキドキしますね」

 やがて舞台にぴっちりと髪をかためた小太りの座長が歩みでて、テントにひびく大きな声で口上をのべると、次にシルビアと劇団員たちがぞろぞろと現れ、さまざまなしぐさをしながら、観客たちに視線をふりまいた。

「あ、いま、目が合ったわ。シルビアさん、こっちをみてウインクしてたでしょ?」

「え、そうか?オレは気づかなかったな」

 ひととおりのあいさつが終わると、楽器を持った団員たちが体でリズムをとりながら楽しげな音楽を鳴らしはじめ、舞台の中央で、シルビアが左右の団員たちとともにジャグリングをはじめた。

 団員たちは音楽にあわせて踊り、飛びはね、ひとりで、大勢でさまざまな芸を見せ、やがてシルビアが終演の口上を述べると、客席からは大きな拍手がおこり、団員たちは退場していった。

「あいかわらずスゲーよな、シルビアさん。でも、以前に見たときと感じが違うか?」

「はい。以前はシルビアさんおひとりでしたが、今回はにぎやかでしたね」

「言われてみれば、そうだったわね。でも、あたしは、こっちのが楽しくて、好きだわ」

 思い思いの感想をのべながらたのしげに退場していく観客たちに混じって、カミュたちがテントを出ようとすると、ベロニカは入り口で女に引きとめられた。

「あ、いたいた。赤ずきんちゃん、ちょっとまって。あなたって、シルビアの知りあいなの?」

 ベロニカがいぶかしげな顔をしてうなずくと、女はカミュとセーニャをじろじろとながめた。

「青い髪と、のっぽの女の子、うん、間違いないわ。シルビアにね、あなたたちを楽屋に連れてきて、って言われたのよ」

 

 テントの中にある団員たちの楽屋は、さまざまな小道具や大道具と、舞台の出来について話す団員たちでにぎやかだった。

 楽屋の一角のテーブルで休んでいたシルビアは、カミュたちを見つけると、すぐに立ち上がって駆けより、三人に抱きついた。

「みんな、久しぶりじゃない。さっきの舞台、見てくれたのね。ちゃんと、こっちからも見えてたのよ」

「ええ、あいかわらずスゴかったです、シルビアさん」

 カミュがそう言うと、シルビアはちょっと、と言いながら指をふった。

「カミュちゃん、話し方が違うでしょ。シルビアでいいの、アタシたち友達でしょ。はい、もう一度ほめて?」

 カミュは苦笑いし、すこし言いづらそうにくりかえした。

「あいかわらずスゲーな、シルビア」

「うふふ。よくできました。ベロニカちゃんとセーニャちゃんも、元気そうね」

「ええ、シルビアさ……いえ、シルビアも変わらないわね。あたし、なんとなく世界中を旅してまわっているんだろうって、思ってたわ」

 ベロニカがそう言うと、シルビアは涼しいまなざしを細めてほほえんだ。

「ええ。ちょっと、思うところがあってね。今日の舞台、前に見たのと違ってたでしょ?」

「はい、なんだかにぎやかで。シルビアさまの芸はあいかわらず素晴らしいのですけど、以前に拝見したときより、楽しい気分になれましたわ」

 シルビアがとつぜん、そう!と大声をだし、カミュたちはビクッと身をこわばらせた。

「あ、ゴメンね。でも、そこなのよ。ひとりで演るのももちろんサイコーなんだけど、今日見てくれた舞台みたいにね、みんなでじゃないと出来ないこともあるのよね。それに、劇団のみんなに教わること、教えたいこと、どっちも色々あるわ」

「言ってること、なんとなくわかる気がしま……するぜ、シルビア。じゃあ、これからはずっとここで?」

 カミュがたずねると、シルビアは両手を頭のうしろで組み、うーんと考えこんだ。

「わかんないわ。でもね、きっといつか、ひとりじゃないと出来ないこともある、って考えて、また旅に出ている気もするわ。わかんないわね、先のことなんて。そういえば、アンタたち三人はどうしてここに来たの?アタシに会いに来てくれたの?」

「それがね、話すとちょっと長くなるのよ、シルビアさ……シルビア」

 カミュたちがひととおりのいきさつをシルビアに話すと、シルビアはふーん、と言いながら、首をかしげた。

「楽しくないわね」

「まあ、楽しい旅じゃないな。たまたま、あの旅のみんなとまた会えて、話せたのは良かったが」

「うん。あしたで旅は終わるのかもしれないけれど……めでたしめでたしで終わることは、ないような気がするわ」

 カミュとベロニカがそう言ってセーニャに目をやると、セーニャはうつむき、だまりこんだ。

 シルビアはカミュたちのようすを見て、なにかを思いついたように、わかったわ、と言った。

「旅は楽しくなくっちゃ。あとから思い出したとき、いい旅だったなって思えなきゃダメよ。アタシがいま、アンタたちに楽しい思いで、ひとつ作ってあげるわ」

 きょとんとするカミュたちに、シルビアはウインクをしてみせた。

「ベロニカちゃん、セーニャちゃん、アナタたち、楽器ができるわよね」

「え……できるって、言っていいのかしら。あたし、横笛しかできないし、曲もすこししか」

「私も竪琴と、笛をすこしだけですし、曲もあまり知りませんわ」

「いいの。で、カミュちゃんはダンスがとびきり上手」

「オレだってあまり自信はないぜ。でも、踊るのは好きだな」

 シルビアは満面の笑みをうかべて、待ってて、と言いながら立ちあがり、団員たちとなにやら話はじめた。

 

 シルビアは大小さまざまなドラムをイスのまわりにならべると、ベロニカに横笛を、セーニャに竪琴をわたし、カミュに鈴のついた小さなドラムを手わたした。

「慣れてるものとはちょっと違うかもしれないけれど、基本は同じはずよ。どうかしら?」

 ベロニカとセーニャは手わたされた楽器で調子の外れた音を鳴らしたが、すこし練習すると、きれいな音色がひびきはじめた。

「うん、これなら吹けるわ。だいたいおんなじね」

「この竪琴も、里に置いてきたものと同じように弾けますわ」

「よーし。じゃあ、カミュちゃん。いまからアタシがリズムを作るから、自由に踊ってみて」

「自由にって言われてもな。まあ、やってみるよ」

 シルビアがトン、トン、とゆっくりドラムをたたくと、カミュは大きな身振りでステップを刻みはじめた。

「カミュちゃん、やっぱりあなたセンスあるわ。それじゃあね、次は、踊りながらその楽器を叩いて。いい?アタシがトン、ってやったら、タンって叩くの。トン、タン、トン、タンよ。体のどこで叩いてもいいわ」

 シルビアに言われ、カミュは踊りながら、ある時はももに打ちつけ、ある時は背中に手を回してリズムを刻んだ。

「ばっちりね!じゃあベロニカちゃん、セーニャちゃん、演奏をお願いね。曲は、あの塔で演ったのがいいわ。すこしづつリズムを変えていくから、合わせてちょうだいね」

 いち、に、さん、はい、とシルビアがとった音頭に合わせ、ふたりは演奏をはじめた。

 はじめはドラムの刻むリズムにとまどっていたふたりだったが、すこしづつ四人のリズムは調和していった。

「いいわね!さあ、テンポを上げていくわよ。ほら、ベロニカちゃん、セーニャちゃん、もっと体を揺らして、リズムをとるのよ。そうそう。足でもリズムを刻んでね」

 四人の演奏が楽屋に響きだすと、すこしづつ団員たちが集まってきた。

 あるものは手を叩き、あるものは歌いだし、やがてカミュのとなりでリズムを合わせて踊るもの、フィドルや手風琴を持ちだし、曲を奏でるものもあらわれた。

 場にいるもの全員が一体になったような熱演が続き、いつしか演奏はフィナーレを迎えた。

「はい、拍手ゥ!」

 シルビアがそう叫ぶと楽屋には皆の笑顔と拍手の音があふれ、カミュはその場にへたりこみ、はあはあと息を切らした。

「アンタたち、最高ね!」

 シルビアはカミュたちとパチンと大きな音を出して手をあわせ、ベロニカとセーニャもぱん、とタッチを交わした。

 

「えへへ、あんなのって、はじめてだったわ。楽しかったぁ……」

「どう?忘れられない夜になったでしょう?」

 すっかり落ち着きをとりもどした楽屋で、四人は笑い合っていた。

「私たちの竪琴や笛で、あんなに楽しいことができるなんて。考えたこともなかったですわ」

「オレも音楽に合わせて踊ったのなんて、はじめてだったよ。良いもんだな」

「うふふ。アンタたち三人で、いまのをどこの町で演っても、立派にお金がとれるわよ。旅芸人として食べていけるわね」

 シルビアがそう言ってウインクをすると、カミュたちは大きな声でわらった。

「いや、それは話が飛びすぎだぜ、シルビアさ……シルビア。でも、こういうのも面白いな」

「ええ。カミュちゃんならジャグリングだってナイフ投げだって、すぐに覚えられそうよ。いつか、習いに来なさいな。ベロニカちゃんとセーニャちゃんも、息がぴったりだったわよ。さすが双子ね」

「ありがとうございます、シルビアさ……シルビア。旅芸人なんだから、あたりまえのことなのかもしれないけれど、シルビアってなんでもできるのね」

「ええ、尊敬いたしますわ」

 シルビアは頬に手をあて、うふふっと笑った。

「ち・が・う・の。何でもできるように、見せているのよ。アナタたち、こう思わない?こうして自分に出来ないことをやっている人間を見て、自分でもがんばったら、あんなことができるのかもしれない、って」

「ああ、思います……いや、思う」

「そういうことよ。アタシたちは、夢を見せているの。あんなことが出来たら楽しいだろうなぁ、っていう夢。夢をみたとき、人は笑顔になるのよ」

 カミュたちが感心したようにシルビアを見つめると、シルビアはわざとらしく照れてみせた。

「いっしょに旅をしていたときから、思っていたけど、やっぱりすごい人だわ。シルビアさん。あの……ずっと聞きたかったことが、あるんですけど」

「その話し方じゃなかったら、答えてあげるわよ。なぁに?」

 ベロニカは、言葉をえらびながら言いづらそうにたずねた。

「ずっとわかんなかったんだけど、シルビアって、どうして女の人の真似をしているの?あたし、尊敬するシルビアさんと、たのしいお友達のシルビア、どっちが本当のシルビアさんなのか、わかんなくって」

 カミュとセーニャがぎょっとした顔でベロニカを見たが、シルビアはいつもの調子で答えた。

「ちょっと考えてみて。もしアタシが、グレイグみたいにいっつも真面目な顔をして、あんなふうにカタい話ばっかりしていたら、アナタたち、こんなふうにアタシと仲良くなれたかしら?」

「ああ……そうですね、なれなかったと思うわ」

「ね?だから、それでいいじゃない。ベロニカちゃんからはふたつの顔が見えているのかもしれないけど、どっちもアタシであることに、違いないわ」

「うん。変なこと聞いちゃって、ごめんなさい」

 そう言って頭を下げるベロニカに、シルビアはすこし悲しげな表情を見せた。

「いいのよ。気にしないでちょうだい。で、アナタたち、明日にはもう行っちゃうの?寂しいわね」

「そのつもりで……そのつもりだ。ありがとな、シルビア。楽しかったぜ」

「アタシもよ。アナタたち三人、いつだって歓迎するから、また遊びに来なさいよね」

「ありがとうございます、シルビアさま。なんだか元気が出ましたわ。また、お会いしましょうね」

「うふふ。アタシは旅芸人なのよ。人を元気にするためにいるの」

 カミュたちはシルビアと抱擁を交わすと、たがいに手をふり合って、楽屋を後にした。

 

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