「あら、もう起きてたのね」
「おう」
やさしい朝日につつまれたラムダの里の宿のかたすみで、カミュはベロニカに片手をあげてあいさつをした。
ベロニカはイスにクッションを積みあげると、カミュのとなりに座り、テーブルに頬杖をついた。
「ありがとね」
「ん?」
「アンタのおかげで、無事に旅を終えて、こうして帰ってこられたのよね」
「ああ、いいって。オレにとっても、いい旅だったよ」
しばらく沈黙がつづき、ベロニカがぽつりと話した。
「楽しい旅だったわね」
「ああ」
「あたし、セーニャのこと、誤解してたわ」
「誤解?」
「うん。あの子は、あたしのあとを、ゆっくりついてきてるんだと、思っていたんだけれど。そうじゃなかったみたい。セーニャは、あたしにないもの、たくさん持っているのね」
カミュは片手を顔のまえで振り、ははっと笑った。
「らしくねえこと言うなあ」
「そうかしら?」
「オレから見ればよ、お前たちふたりが持ってるものって、同じに見えるよ」
「同じ?」
「ああ。例えばこのハーブティだよ」
カミュはそう言ってハーブティにミルクとはちみつを注ぎ、スプーンでぐるぐるとかきまぜた。
「ベロニカとセーニャ、どっちもハーブの味がして、ミルクとはちみつが入ってる。違うのは、注いだお茶の濃さだったり、はちみつの量だったり……はは、すまん。例えが悪かったな」
「あはは。あいかわらず、詩みたいなこと、言うわね。でも、言ってること、なんとなくわかるわ。他人からは、そう見えるのかあ」
カミュはカップからお茶を口にふくむと、顔をしかめた。
「オレ、好き嫌いはあんまりないはずなんだが、このハーブティってやつ、やっぱり苦手だな」
「なによ!失礼ね!」
ベロニカが大声をだし、カミュはたじろいだが、ベロニカがにっこり笑っているのをみて、すぐに苦笑いを返した。
「はは。すまねえ、オレってこういうところ、本当に気が利かないよな」
「いいのよ。そういうとこ、アンタらしいって思うもの」
「そいつはどうも。きっと、みんなこうやって、無いものねだりしてんだな。他人の持ってるもんがよく見えてさ。他人を見れば、そのままでいいのにって思うんだが、どうしてか、オレはこのままでいいのかなって、不安になるんだよな」
「うん。あたしだってそう」
「この旅でみんなに会って、そういうことがよくわかったよ。指輪の無念じゃねえが、こういうの、ずっと抱えていくんだろうな」
カミュはそう言って手持ちぶさたにお茶をすすり、また渋い顔をした。
「そういや、指輪はどうなったんだ?」
「なんかね、ただの指輪にもどっちゃったみたい。セーニャは、はめるとお話ができる気がするんです、って言ってたけど」
「そうなのか。無事に召されたってことなのか?」
「わかんない、けど、そういうことにしておきましょ。セーニャのためにもね」
「ああ、それがいい。オレたちにとっても、そっちのほうがいい話だ。しかし、あの手のモノは、まだ世界中に転がってるんだろうな」
「あっ、そうだ。アンタに渡すものがあるのよ。ちょっと待っててね、取ってくるわ」
ベロニカがそういって宿から駆けだすと、ほどなくして代わりにセーニャが入ってきた。
セーニャはカミュの顔をたしかめると、軽く頭をさげ、ゆっくりとカミュのとなりに座った。
「おはようございます。カミュさま、このたびは本当にありがとうございました」
「いいって。ベロニカにも言ったが、オレにとってもいい旅だったんだ、言いっこなしにしようぜ。指輪、セーニャが持ってるんだって?」
「はい。お姉さまが、これは私のものだって」
セーニャはそう言って、ふところから大事そうに指輪をとりだした。
カミュが見守るなか、セーニャはゆっくりと指輪をはめてみせたが、なにも変化は起こらなかった。
「そうか……まあ、消えちまったってことは、悪い意味じゃないよな、きっと」
「ええ、そう思います。それに、お姉さまが」
セーニャはそう言いかけて、はっと何かに気がつき、両手で口をおおった。
「ん、ベロニカがなにか言ってたのか?」
「いえ」
セーニャは口元に立てた人さし指をあて、ウインクしてみせた。
「私たちふたりの、ヒミツです」
カミュはセーニャのしぐさをみて目を丸くしたが、すぐに大きな声で笑った。
「はは。セーニャ、なんか変わったよな。少しだが、お前のお姉さまに似てきた気がするよ」
「そうですか?」
「ああ。逆に、ベロニカは少し、セーニャに似たんじゃないか。うまく言えないが、少しだけ、素直になった気がするぜ」
「それは私にもわかりました。カミュさまも、同じことを感じていたのですね」
「おう。ベロニカのヤツ、お前のこと、褒めてたぜ。しかしふたりとも、なにがあったのかね。そういや、お前の言ってた悩み事ってやつ、どうなったんだ?」
セーニャは笑顔のままうつむき、言いづらそうに答えた。
「それは……おたずねにならないでください。でも、私はもう大丈夫ですわ」
カミュは、ふーん、と言いながら腕組みをした。
「やっぱりオレ、他人の心のこと、全然わかんねえんだな。ニブいのは知ってたが、今回の旅で痛感したよ」
「いえ、カミュさまは、そのままでよろしいのです」
「はは。ベロニカにも同じことを言われたよ。ま、オレに話せないことでも、ベロニカにはいつか話せるだろ?」
カミュがそう言うと、セーニャはしみじみとした表情でうなずいた。
ふたりが話を続けていると、ベロニカが息を切らせて宿に駆け込んできた。
「あら、セーニャ、ここにいたのね」
「はい、お姉さま。あれをお持ちになったのですね?」
ベロニカはセーニャに手を取られ、クッションを積みあげたイスに座ると、テーブルの上に、円錐形で空色に透きとおった、小指ほどの石を置いた。
「ん?これはなんだ?」
カミュがたずねると、ベロニカとセーニャはお互いの目をみて、ほほえんだ。
「これはね、ふたりで作ったのよ。ほんとは、アンタが指輪を持ってきてくれたときに、渡そうと思ってたんだけど。忘れてたわ」
「はい。きっと、カミュさまのお役に立つはずですわ」
ベロニカが片側についた鎖をつまみあげ、持ってきた杖に向けて石を垂らすと、円錐形の石は、赤い光をはなった。
「みえた?これね、魔法がかかっている品を見分けられるのよ。良い魔法か、悪い魔法かまでは、わかんないんだけどね」
「へえ、そいつは便利だ。そいつがあったら、今回の旅に出ることもなかったのかな」
三人は顔をみあわせ、うーん、とうなった。
「まあ……そういうことになるわね。でも、あたしたちが手にしなかったら、指輪さん、ずっとあのままだったのよね」
「ええ。いったいどう考えたらよいのか……めぐり合わせとは、本当に不思議なものです」
「うん。ま、そういうことだから、これ、アンタにあげるわ。あたしたちふたりからの、旅のお礼ってことでね」
ベロニカとセーニャはふたりで鎖を持ってカミュに差しだすと、カミュは手のひらで受けとった。
「ありがとな。さっそく、なにかで試してみたいな。お、そうだった」
カミュは荷袋をごそごそとあさり、深紅の宝石がついた一対の耳飾りをとりだし、テーブルに置いた。
「これもお前らにやるつもりだったんだが、どれ、確かめてみるか」
そういってカミュが耳飾りにむけて円錐をたらすと、円錐は赤いかがやきをはなった。
三人は顔を見あわせると、カミュは大きなため息をつき、ベロニカとセーニャは大きな声で笑った。
「アンタ、この手の品をさがす専門家になれるんじゃないの?」
「我ながらスゲーと思うよ。もう、お宝だとか宝石に関わるの、やめようかな」
ベロニカがなぐさめるようにカミュの肩をぽんぽんと叩くあいだ、セーニャは耳飾りをじっと見つめていた。
「それで、この耳飾りはどうされるのです?」
カミュたちはしばらくだまって考えこんでいたが、やがてセーニャが耳飾りを手にとり、にっこりとほほえむと、カミュとベロニカはあわててイスから立ちあがった。