朝早くから執務室の扉を欠伸を噛み殺して開く。
「……おはよう、大淀さん」
「おはようございます、提督。もう今日の書類が来てますよ」
「朝早いのにいつも通りで何よりだよ……」
朝にめっぽう弱い提督は、既にぐったりとしながら書類の確認を始める。
その途中、1枚の書類に目を留める。
「お、新規艦娘の申請、通ったみたいだ」
「また新しく編成を考えなくてはいけませんね」
「こっちは……
提督は各項目に目を通していく。
「なるほど……本当に新人か。暫くは五月雨と一緒に演習と訓練だな」
「訓練なら私が見てもいいですが」
「そっか、大淀さんも見れるのか。じゃあお願いするよ」
「了解しました」
「んで、ちょっと気になる所があるんだけど、いいかな」
提督が大淀に書類を見せながら言う。
「これ、着任年月日、今日になってるんだけど」
「そうですね。お昼頃の到着になりそうですね」
大淀が冷静に返す。
「急過ぎない?」
「各地の戦力増強は急務ですからね。大体申請翌日には到着しています」
「知らなかった……」
大本営の速すぎる対応に驚きつつ、他の書類にも目を通す提督。
そして、各書類に印鑑を押し終わった所で執務室の扉が開いた。
「おっはようございまーす!」
「おはよう明石。早速で悪いんだけど、昨日の艤装を使えるように準備しておいてもらってもいいかな」
「あ、それなら昨日のうちにやってありますよ」
「優秀かよ……じゃあ、いつも通り開発をお願いするよ」
「分かりましたー。じゃあ、速攻で開発してきますね!」
そう言って明石は執務室を出ていった。
その明石と入れ替わるように、五月雨が執務室へと入ってきた。
「おはようございます、提督、大淀さん」
「おはようございます、五月雨ちゃん」
「おはよう、五月雨」
提督が挨拶を返すと、五月雨は微妙に目を逸らしながら秘書艦用の椅子へ座る。
「……」
「……」
そのまま何も話さない五月雨。
(……昨日ので嫌われてるんじゃないか、これ)
(昨日のせいで顔が見れない……!)
頑なに目を合わせない五月雨に提督が声をかける。
「えっと、五月雨。お願いしたいことがあるんだけど……」
「は、はいっ!なんですか!」
提督の声に過剰に反応する五月雨。
「……今日、新しい艦娘が昼頃到着する予定だから、出迎えを頼めるかな。まず執務室に連れてきてもらって、その後は鎮守府内の案内をしてもらいたい」
「分かりました」
「うん、よろしく頼む」
なるべく五月雨を刺激しないようにと書類の処理に戻る提督。
ふと五月雨の方から視線を感じ、顔をあげる。
「っ!」
ガツンと、鈍い音が響く。
勢いよく顔を下に向けた五月雨の額が、机に直撃した音だった。
「さ、五月雨!?大丈夫か!?」
「うぅ……大丈夫ですぅ……」
涙目になりながら答える五月雨。
そんな五月雨の元に駆け寄り、提督が言う。
「真っ赤になってるじゃないか!医務室で冷やしてきた方がいい。仕事はこっちでやっておくから、暫く休むんだ」
「はいぃ………」
「大淀さん、頭の怪我だし、何かあるといけないから付き添ってあげてくれる?」
「分かりました。戻るまでに書類を纏めておいてください」
大淀と五月雨が執務室を出ていくのを見送り、提督は残りの書類の確認を始める。
「これはサインと……印鑑。こっちは確認だけ……」
普段より速度をあげて仕事を終わらせていく。
そのおかげで、5分もしないうちに全ての確認を終えた。
「しかし……五月雨にはやっぱり嫌われてるなぁ……昨日のあれは流石にマズかったなぁ」
そんな反省をしつつ、暇潰しがてら工廠に向かう。
工廠の近くに行くと、エンジン音らしきものが聞こえてきた。
「おーい、明石。今大丈夫かな」
「あっ、提督。どうかしたんですか?」
工廠の奥にある艤装置き場から出てきた明石が、珍獣でも見たかのような顔をする。
「いや、仕事が終わっちゃってね。視察という名目でフラフラしてるとこ」
「そうなんですね……それにしてもこっちに顔を出してくれるなんて珍しいじゃないですか」
「まぁね、普段はここに来ると血が騒いじゃうから……」
提督がそう言うと、明石の目付きが鋭くなる。
「まさか提督……」
「……」
近づいてきた明石が提督の手を取る。
「機械いじりとか好きです?」
「めっちゃ好き。提督より技術班に入りたかった」
「じゃあ、艤装とかのメンテナンスも……」
「一通りは教わったよ」
「本当ですか!?じゃあちょっと手伝って下さい!」
明石は提督の手を握ったまま、工廠の奥に引っ張っていく。
そこには昨日出来たばかりの艤装が置いてある。
「いやぁ、最終調整をしてたら動力部のパーツが外れちゃいまして……これ1人だと直すの大変なんですよ」
「あぁ……じゃあ僕はこれを抑えてればいいかな」
「そうです!お願いしますね!」
そう言って明石は外れていたパーツを付け直していく。
最後のパーツをつけ終わり、明石が汗を拭った。
「助かりましたよ……提督がいて本当によかったです」
「そう言ってもらえると嬉しいな……っと、もうこんな時間か」
「お昼頃に新人艦娘が着任でしたっけ」
「うん、執務室に戻るよ」
「また暇なときに手伝って下さいね」
「あぁ、是非手伝わせてもらうよ」
そう言って提督は工廠を出た。
少し時間が戻って鎮守府の廊下。
額を抑えた五月雨と大淀が歩いていた。
やがて医務室に到着すると、大淀は救急箱を取り出し、手当を始める。
「少し腫れてますね……一応湿布を貼っておきます」
「ありがとうございます……」
湿布を貼り、上から固定用の包帯を軽く巻く。
「これで大丈夫のはずです。他に痛む場所はありますか?」
「いえ、大丈夫です……」
手当が終わっても項垂れたままの五月雨に大淀が声をかける。
「……昨日、あの後提督と何かありましたか?」
「っ!?」
びくり、と肩を揺らす五月雨。
「なんで……そう思うんですか……?」
「様子を見ていれば誰でもわかりますよ。提督は五月雨ちゃんと距離を置いているように見えますし、五月雨ちゃんは……距離を置く、というより距離感を測りかねているように見えます」
「大淀さんはすごいです……その通りです」
五月雨は昨日の出来事を大淀に話し始めた。
「それで、その感情がわからずモヤモヤしていると」
「はい……今まで感じたことが無い気持ちで……」
「なるほど……」
大淀は少し考えてから言う。
「この後新人艦娘を迎えた後は予定はありませんよね?」
「はい……そうですけど」
「書庫に行って、入口から見て一番右側の棚の3段目の本がおすすめなんです。是非読んで、感想を教えて欲しいです」
「は、はぁ……わかりました……」
困惑しながら答える五月雨。
その瞳が壁の時計を捉える。
「わ!もうこんな時間!私、もう行きます!ありがとうございました!」
慌てた様子で医務室を飛び出していく五月雨。
それを微笑みながら見送る大淀。
そして大淀もまた、部屋を出ていくのだった。