鎮守府、夜。
提督は戸締りの為に暗い廊下を歩いていた。
本館、工廠と周り、寮舎の戸締りをしつつ自室に戻ろうとしている所だった。
「ん……声?誰かまだ起きているのか?」
しかし、ただ話しているというよりも、独り言のように聞こえる。
「こっちの方か……」
提督が向かうと、そこは響の自室だった。
中からは、すすり泣きの様な声が聞こえる。
『……また、1人に……嫌だ……』
恐らくうなされて居るのだろう。
史実の駆逐艦響の来歴は提督自身調べていた。
その艦の記憶の侵食、というのだろうか。
症状が出るのは珍しいが、艤装適合率が高ければ高いほど確率はあがるらしい。
「響……」
症状を抑える方法は個人によって違い、しかも過去例も少ないため、治療法は確立されていない。
そこで、ふと提督は思いつき、執務室へと駆け戻った。
執務室のパソコンから、艤装適合者のリストを開く。
そして、他鎮守府の艦娘の中から目的の人物を探し出す。
「いた……よし……」
提督はその鎮守府に連絡を取った。
幸い、その提督は執務が終わっていなかったらしく、すぐに連絡が着いた。
提督は、相手方に事情を話す。
次いで、こう言った。
「彼女たちを、こちらの鎮守府に配置転換してほしい」
翌朝。
鎮守府の前に1台の護送車が停まる。
運転席にいるのは提督だった。
提督が車を降りると、大淀が近付いてきて言う。
「夜間の無断外出とは……提督としてどうなんですか?」
「理由を書いたメモを大淀さんの部屋の扉に挟んで置いたでしょ?だから無断ではないよ」
「そんな訳ないですからね……全く、これっきりにして下さいよ?」
「まぁ、善処するよ」
提督はそう言うと、護送車の扉を開ける。
「長時間お疲れ様。すまないね、急に」
「大丈夫よ、大事な妹のためだもの」
「私達から見たらお姉ちゃんだけどね」
「一緒にいられるのは嬉しいのです」
3人の艦娘が口々に答える。
「なるほど……提督、よく向こうの提督が受け入れて下さいましたね」
「あぁ……彼は士官学校時代の同期でね。事情を話したらすぐにいい返事をくれたさ」
提督はそう言うと、3人の方に向き直る。
「早速だが、君たちは相部屋になる。すぐに案内しよう」
提督に向かって頷く3人だった。
「これは……まずいな」
響は自室の洗面所で呟いた。
何だかすごく嫌な夢を見て、起きたら目が真っ赤になっていた。
「配属直後でこれじゃあ、幻滅されてしまう」
どうにか目を冷やして普段の状態に戻すと、既に起床時間が迫っていた。
寝不足の目を擦りながら制服に着替え、身支度を整える。
そして早めに食堂に行こうと部屋を出ようと思った時だった。
「すまない、響。起きてるか?」
ノックとともに提督の声がした。
「あぁ、起きてるよ。こんな朝早くにどうしたんだい、司令官」
響はそう言って扉を開ける。
「何か用ーー」
そう言いかけた所で、響の台詞は遮られた。
軽い衝撃と共に床に押し倒される。
「な、何!?」
「ひびきぃー!お姉ちゃんが来たわよ!」
「あ、暁!?なんでここに……」
響がもがきながら顔を上げると、そこにはもう二人の艦娘が居た。
「久しぶりね、響!」
「お久しぶりなのです、響ちゃん」
「雷に電も……みんな他の鎮守府にいるんじゃ……」
戸惑う響を抱きしめたまま暁が言う。
「司令官が連れてきてくれたのよ。響が寂しがってるからって」
「し、司令官……そうなのかい?」
少し離れた所にいた提督に響が尋ねる。
すると、提督は窓の外を見ながら言う。
「僕は戦力の増強、1人あたりの負担の軽減の為に動いただけだよ」
バレバレの嘘をつく提督に、響が言う。
「ありがとう、司令官」
続けて誰にも聞こえないように小さく呟く。
「五月雨が好きになるのも納得だ」
「ん?なんか言ったか?」
「こんないい司令官の所に来れて良かったと言ったんだよ」
「そ、そうか……」
照れたように頬を掻く提督。
そんな提督に暁が言う。
「ねぇ司令官。私達もこの部屋でいいのよね?」
「あぁ、そうだね。一応2段ベッドを2つ設置してあるから、配置は自分達で決めていいぞ」
「分かったわ!」
ようやく響を放した暁は荷物を部屋に運び入れる。
「あと、4人は今日は休息をとってくれ」
「待ってくれ、司令官。私は昨日も休みだったから、今日は……」
響がそう言うのを遮って、提督が言う。
「あんまり寝れてないだろ?睡眠は十分にとってもらわないと仕事のミスに繋がるからな」
「睡眠なら問題ないよ。ちゃんと寝たから……」
「クマができてるぞ。うなされてたのに、寝れてる訳あるか」
「う………」
目の下に手を当てる響に、提督が言う。
「今日は姉妹でゆっくり過ごすといい。業務はこっちでどうにかするから」
そう言って響の頭を撫でる。
「わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ、司令官」
「よし。じゃあ僕は執務室に戻るから、鎮守府の案内は響に任せるよ」
「え、私も来たばかり……」
「なんかあったら執務室に来てくれ」
提督はそう言って廊下を歩いていった。
「えぇ……そんな無茶な……」
荷物を運び込む姉妹を見ながら、昨日の五月雨の案内を思い出そうとする響だった。
「ところで提督。朝食はどうしてるんですか?」
「明石のとこで買った糧食。うまいよ、これ」
「え?食堂には行ってないんですか?」
「あー……行ったことないな」
「ってことは、間宮さんに挨拶は?」
「間宮さん?誰?」
「今すぐ食堂に行きますよ!そして間宮さんに謝って下さい!」
「え、えぇ!?ちょ、引っ張らなーーあぁぁぁぁ!」
「おや、司令官。さっきぶりだね」
「あ、あぁ響。さっきぶりだな」
「司令官は、どうしてそんな疲れきった顔をしているんだい?」
「大淀さんに怒られてね……はは……」
「そ、そうか……じゃあ、私は行くよ」
「うん、じゃあまた」
提督は力なく響を見送る。
そこに、大淀と給仕服姿の艦娘がやってくる。
「提督」
「はい」
「こちら、間宮さんです」
「はじめまして、給糧艦間宮です。提督、よろしくお願いします」
「はじめまして。長らく顔を出さず申し訳ありません」
「い、いえいえ!提督もお忙しいんですから、気にしないで下さい!」
「本当にすみません」
提督は深々と頭を下げる。
「え、えっと………じゃあ、その、時々、食べに来てくださいね?」
頭を下げたままの提督の手を取って、間宮がそう言って微笑む。
「毎日来ます……っ!」
感激した様子の提督を見て、大淀が呆れたようにため息をついた。