彼方、極北の海で   作:ラディ

2 / 8
今回は短めです。



取り敢えずの別れ

「よし、到着だ」

 目的の島の砂浜に上陸し、改めて後部ハッチを開放。

 北海道のさらに北の海域――北方海域、と呼称される――に位置するだけあり、流れ込んできた空気は春先とはいえ二種軍装ではやや肌寒い。

 帰る際にすぐ発進できるよう島を背にして停めたため、ハッチが完全に開くとその全容が視界を一気に埋め尽くした。

 足元には、南国と見まごうほどの美しい砂浜。

 右手には、大型船の停泊を想定していたであろう大きな波止場と倉庫。

 整えられた木々の隙間から覗く、コンクリートと鉄の建造物――恐らくはあれが鎮守府か。

 予想外の景色に心躍り、船から一歩踏み出すと、死角からやってきた五つの陰が男を素早く取り囲んだ。

 船の護衛を担当していた艦娘たちだ。

「――私たちの指揮官に、敬礼!」

 ツインテールの少女の掛け声で、全員が男に向けて海軍式の敬礼を送る。

 自分たちの指揮官がようやく自分の基地を持つことになったのだ、これを祝福しない部下などいるはずもない。

 ましてやこの男は麾下の艦娘たちと確かな絆を築いている。

 なれば、この突然の行動にも納得できよう。――たとえこの門出が、一時の離別を孕んだものであったとしても。

 男が護衛の労をねぎらう意味も込めて返礼する。

 次の瞬間、白いマフラーに黒いセーラー服の少女が我慢できないとばかりに背後から飛びついた。

「ひっく…ぐすん………てーとくさん、行かないでぇ………!」

 金色の髪を振り乱し、真紅の両目に大粒の涙を溜めて。

「夕立、提督が困ってるから………」

「ほら、別に今生の別れってわけでもないんだから、ね?」

「そうそう。………早く離れないと、二人のお仕置きが飛んでくるよ~?」

 夕立と呼ばれた少女と同じ制服で黒髪の子と、緑と橙、色違いの道着を纏い矢筒を背負った姉妹が宥めにかかる。

「ヴェルちゃんのお仕置きは怖いっぽいぃ………」

 最後の脅しが効いたのか、夕立は名残惜しそうに男の背中を離れた。

「何を言ってるんだか………お前たちだって同じだろうに。隠せてないぞ、時雨、蒼龍、飛龍」

「五十鈴も、我慢しなくていいんだよ?」

 三人の目元は泣きはらしたように真っ赤で、薄く涙の滲んだ跡が見てとれた。

 五十鈴――号令をかけた少女――は泣き跡こそなかったが、下唇を噛み締め、今にも泣きだしそうな表情でじっと男の顔を見つめていた。

「五十鈴は泣かないわ。………泣かないん…だから…っ!」

 精一杯振り絞った声は、どうしようもなく震えていた。

 その頭を一撫ですると、男は彼女たちと距離をとり、改めて向かい合う。

 両隣には、いつの間にかヴェールヌイとガングートが控えていた。

「――私、白金奏汰(しろかね そうた)海軍大佐は、本日付けで大湊警備府副司令官を解任、新たに北方基地司令長官の任に就き、引き続き駆逐艦ヴェールヌイ、戦艦ガングート両名を麾下とする艦隊の指揮に入ります!」

「大湊警備府における他の艦隊員――軽巡洋艦五十鈴、駆逐艦時雨、駆逐艦夕立、航空母艦蒼龍、航空母艦飛龍、以上五名については、私、同警備府司令長官である冴渡迅(さわたり じん)海軍大将の()()()()()とし、しかるべき時に貴官へとその指揮権を返還することとする!………これでいいな?」

 互いに口上を述べ、敬礼を交換した二人の提督は、手を下ろすと同時ににやりと笑った。

「この俺の名にかけて、こいつらを沈ませるようなことには絶対にさせないと誓おう。だからお前も、あまり待たせてやるなよ?」

「分かってますって。

 五十鈴、時雨、夕立、蒼龍、飛龍。………必ず、迎えに行くから」

 そう言うと、奏汰は心からの笑みを浮かべた。

 ここまでされてなお醜態を晒すことは、彼女たちの誇り――白金奏汰(ていとく)艦娘(ふね)であるという矜持が許さなかった。

 再び敬礼し、涙を拭い、両手を握り、帯を締め、鉢巻を巻き直す。

 積み荷を降ろし艤装への燃料補給を済ませると、迅が船に乗り込んだのを合図に、船団は大湊へ向けて出港した。

 一人の提督と二人の艦娘は、その姿が彼方に消えるまで、水平線を見つめていた。

「さあ、これから忙しくなるよ。使われなくなって随分経つらしいから、ひとまずは設備の点検と整備からかな」

「その前に荷物を運ぶとしよう。提督のものは執務室でいいとしても、私たちはどうすればいいんだ?」

「鎮守府二階がもともと宿舎代わりだったみたいだから、そこでどうだい?」

「異存はない。じゃあ、荷物を置いたら私とガングートで資源倉庫と工廠を見てくるから、司令官は整理が終わり次第来てほしい」

「分かったよ、ありがとう」

 彼らとて別れが悲しくないはずはない。

 しかしそれ以上に、やらなければならないことが山積している。

 泣いている暇はないし、いつまでも名残惜しんではいられない。それに――

「――僕たちが頑張れば、それだけ早く再会できるんだから」

 『今生の別れではない』と言ったのは蒼龍だったか。 

 離れ離れにはなったが、それはあくまで大本営からの辞令に『新任地には二名の同行を許可する』という文言があったからであり、もともと奏汰は全員を連れてくる予定だったのだ。

 彼自身この辞令には納得がいかない部分も多い。

 迅の見立てでは、二十六の若さで提督となり、さらに着任からわずか一年で七名の艦娘すべてを限界練度(レベル99)に育て上げた実績が、一世代前の人間が多い軍上層部から反感を買ったのだろうということだった。

 この異動は、奏汰が保有する戦力を削いだ上で日本本土から遠ざけ、反逆を防ぐための措置であろうとも。

 ………迅も奏汰も、その程度で屈するような男ではなかったが。

 大本営には伝えていない、彼らだけが知っている事実が二つある。

 ()()()()()がどういうものであるのか、そしてヴェールヌイとガングートについて。

(これが切り札になる。そのためにここまで()()を隠し通してきたんだ)

「おーい、どうした提督、早く行くぞ!」

 気づけば二人はもう鎮守府の入り口に立っていた。

 荷物で塞がっていない方の手を挙げて呼びかけに応えると、胸元の輝きを一度、強く強く握りしめて、奏汰は歩き出した。

 

 




こっちがメインになりそう………オリジナルは難しいですね(今更)
日常とシリアスが7:3か8:2くらいを目標にしています。
次回から北方基地が本格的に稼働、三人の秘密も明らかになります。………割とバレバレな気もしますが。

同志諸兄につきましてはご感想等いただけると作者が喜びます。
モチベが上がって更新が速くなる………かも。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。