「それじゃあ、ここには二年前まで先任の提督がいて、君は当時この工廠で建造された艦娘………そして提督不在の間は君がこの島を管理していた、ということかい?」
場所は変わって執務室。窓からは斜陽が差し込んでいる。
テーブルを挟んで対面するように配置されたソファーに、夕張と、ヴェールヌイとガングートがそれぞれ腰かけ、奏汰は執務用の椅子に座っている。
「まあ、妖精さんたちと一緒に、ですけどね。幸い島の地下には豊富な資源が眠っていたので、施設の維持をしつつそれを掘り出して備蓄、時々開発室にこもって装備やら何やらを作る気ままな毎日でした」
二年という決して短くない期間この島から出ていないということで、さぞ寂しい思いをしただろうと奏汰は思っていたのだが、案外そういうわけでもないようだった。
となると、気になるのは先任の提督の行方。しかしどこに姿をくらましたのかは分からないと言う。
「………多分冬頃だったかしら。突然本土からやって来た高速艇に乗って、私以外の十二人の艦娘と共に出て行ったきり音沙汰なしです。その後、あの人の言葉に従って私がここにいる間、訪ねてきた人は皆無です」
二年前の冬――当時はまだ民間人だった奏汰でも知っている、南方での大規模戦闘があった時期であり、恐らくは増員のために駆り出されたのだろう。
深海棲艦と呼ばれる、人類に仇なす異形の存在が突如出現してから約五年。現代兵器の一切が通用せず、同時期に確認された艦娘による攻撃でなければ傷一つ負わせることができないそれらは、海を瞬く間に支配した。
現在でもまともに対抗できるのは日本くらいなもので、ほかには米国と欧州諸国連合が辛うじて近海を奪還している程度。それも確実ではなく、今夏には横須賀と佐世保という主力の鎮守府が手を組み欧州方面への超大規模作戦が予定されている。
年々力を増す深海棲艦を相手に日本は幾度もの侵攻、あるいは迎撃を繰り返し、今のところはやや優勢といったところ。戦争初期に見られた無茶な進軍による艦娘の轟沈がほとんどなくなり、全体的に練度が向上したことが最も大きな要因だろう。
このように一進一退を続けてきた五年間の中で、もっとも熾烈な迎撃戦が繰り広げられたのが、この二年前の冬なのだ。
トラック基地が急襲され、トラック、パラオ、ラバウル、ブイン、ショートランドのほぼ全戦力を結集、本土からも増援を出すほどの一大決戦となったこの戦い以降、南方海域の深海棲艦の動きは活発化し、各泊地の増員が行われた。着任する提督も歴戦の猛者ばかりで、今では本土の五大鎮守府に匹敵する戦力を保有しているとも言われる。
………トラック急襲に際してなぜ北方に増援要請が来たのか、そして増援要請があったのだとしたら、なぜ大本営や迅がこの基地の提督の存在を把握していなかったのか、という疑問は残るが、とりあえずは納得しておくしかない。そう結論付け、この話についてはこれ以上掘り下げないと奏汰は密かに決めた。
「………えと、それで、提督。もしよければ、私をあなたの艦隊に加えてもらえませんか?この島のことはよく知ってるし、戦闘だけじゃなくて家事や工廠関連も任せてもらっていいから、どうか」
考えに耽り突然黙り込んだからか、夕張が不安げに問う。
その提案は、彼らにとって願ったり叶ったりというべきものだった。
「うん、こちらこそお願いできるかな。見ての通りこちらは諸事情で、今は僕たち三人しかいない状況でね」
「あ………ありがとうございます!精一杯頑張ります!」
その笑みは花が咲くようで、見ていて気持ちのいいものだった。
奏汰だけでなく、聞き役に徹していた二人も自然と口元が綻ぶ。
軽く自己紹介を済ませると、奏汰はおもむろに立ち上がって三人に声をかけた。
「さてと。北方基地改め北方鎮守府の始動にあたって、まずは頭数を揃えようと思う。工廠で艦娘の建造を行うわけだけど………夕張、ここに妖精さんはいるんだよね?」
「はい、言った通り、どの施設もきちんと妖精さんたちが管理してくれています。出てきていないのは警戒しているだけかと。この時間は司令部にも入渠施設にもいなくて、みんな工廠に集まってますから。私が事情を説明すれば大丈夫だと思いますよ」
「ならよかった。それじゃ、改めて工廠に向かおうか。ヴェルとグートもついてきて」
「………で、どうしてこうなったのかな?」
「あはははは!きっ、貴様………くくっ、な、なんだその姿は………ははは!」
「
「よかったですね提督。懐かれたみたいですよ」
数分前の出来事。
工廠に入って夕張が号令すると、手のひらサイズの小人がどこからともなくわらわらと現れ、彼女の前に整列した。
妖精。
艦娘と同時期に出現した彼女たちは、人智を超えた技術で艦娘やその装備を建造・開発し、時には艦載機や上陸艇を駆り自ら戦場に赴く存在。彼女たちが何なのかは未だに謎のままで、分かっていることは先述のように艦娘と深く関わりがあることと、どうやら命を落とすことはないということだけである。搭乗している艦載機が撃墜されても、忘れたころにひょっこり鎮守府に戻ってくるのだとか。
「ほーらみんな、新しい提督よ!」
「ていとくさんです?」
「あたらしいひと」
「………なかなかいいおとこ」
妖精たちが一斉に奏汰を見て顔を見合わせ、口々に何か言っている。
「えーと、ここの提督になった白金奏汰です。よろしくね、妖精さんたち」
膝をついて自己紹介すると彼女たちは静かになり、再び顔を見合わせて頷き、散開して奏汰を幾重にも取り囲んだ。
一体何が始まるのかと怪訝に思っていると、リーダー格と思しき青髪の子とヘルメットの子が正面に進み出てきた。
「よろしくおねがいしますです」
「………ひめのめにくるいはない」
言葉と共に小さな手を差し出す。
(これは握手を求められているのかな。それに『ひめ』って………夕張のこと?)
伸ばした指先がぎゅっと握られ、互いに視線を交わした直後、
「それー」
「とつげきー」
「うたげじゃー」
包囲していた妖精たちが一斉に駆け出し、奏汰の体をよじ登りだした。
「え、ちょ、うわ」
突然のことに声を上げる暇さえなく、彼は妖精の大群に押しつぶされた。
慌てて夕張が引きはがしなんとか事なきを得たが、下手をすれば窒息していたかもしれないと思うとひやりとした。………彼女たちにそんな意識は露ほどもないのだろうが。
今は数人が頭の上に乗ったり体にぶら下がったりしている程度で、奏汰も立ち上がり、ツボに入ったようで爆笑しているガングートと必死に笑いを堪えるヴェールヌイ、どこか楽しげな夕張を引き連れて建造ドックの前に佇んでいる。
「そろそろ本題に入りたいから、降りてくれるかい?」
「わかったです」
「おしごとのじかん」
「しかたあるまい」
名残惜しそうに飛び降りる妖精たち。
「レシピはどうするんだい、司令官?」
「そうだなあ………最初は駆逐艦と軽巡洋艦からと思っていたんだけど、あれだけの資源があるならちょっと奮発しようか」
「ほう、なら大型建造か?」
「まさか。………重巡レシピと空母レシピをそれぞれ二回ってところかな」
艦娘の建造や装備開発に必要なのは大別して二つ。資源と開発資材だ。
資源は燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトの四種あり、レシピと呼ばれるそれぞれの資源の投入比率によってある程度結果をコントロールすることができる。鋼材が多めなら戦艦、ボーキが多めなら航空母艦といった具合だ。
開発資材は、一言で言うなら艦娘や装備の「核」。妖精たちはこれを基本骨子とし、「肉」となる資源を使って建造・開発を行う。 このあたりが妖精たちの謎技術の神髄の一つと言えよう。
「まあ、狙った艦や装備ができるかは運次第なんだけどね………」
奏汰は呟きながら、四つ並んで横たわるカプセル型の建造装置の電子パネルに、投入する資材量を次々打ち込んでいく。
運次第とは言うが、実際に作業を行うのは妖精たちであり、気まぐれで気ままな彼女たちが何をしでかすか分かったものではない。時には、戦艦のレシピで軽巡が建造されるなどということもそれなりの確率で起こりうる。
「これでよし、と。妖精さん、あとは頼んだよ」
「まかされたです」
青髪の妖精が敬礼すると、その部下たちは工廠を飛び出し倉庫から持ってきた資源を装置に投入。
最後に青髪妖精が開発資材を一つずつ入れると、カプセルの扉が微かに音を立てて閉まり、内容物がコポコポと泡立ち始める。
「………」
夕張が建造妖精たちと話をする傍ら、何やら申し訳なさそうに目を伏せる奏汰。
「やっぱり、まだ慣れない?」
彼の震える右手を優しく握り、ヴェールヌイが問う。
「………うん。本当にこれは人間がやっていいことなのかな、って、どうしても考えてしまうんだ」
――建造とは、
戦うために生み出され、さらには
今は必要とされているからまだいい。しかし、もしも戦争が終わったならば、そこらの兵器より余程扱いやすい艦娘は間違いなく利用される。良い意味でも、悪い意味でも。
来るべき時に、果たして自分は、人間は、自らの都合で安易に生み出した命の責任をとることができるのだろうか。
「僕には自信がない。この戦いが終わっても、一人の提督として艦娘たちを守り続けていく自信が………」
「――珍しく弱気だな、提督」
気づけば奏汰は、ガングートに背後から抱きしめられていた。
二人の確かな温もりを感じながらも、彼の表情は未だ晴れない。
「私もヴェルも
――守る自信がないのに、貴様は我々と契りを交わしたのか?」
はっと顔を上げる。
「違うだろう。あの時の貴様の目には、確かな覚悟があった。提督として、いや提督でなくなっても、貴様という一人の人間として我々と共に在るという覚悟が」
「グート………」
「それでも不安ならば、いいだろう。遠慮なく話せ。貴様の抱えるものを、私にも背負わせろ」
「私もいるよ。司令官の重荷、三人いれば三分の一だ。一人で抱え込まないで。力を合わせれば、乗り越えられないものはない」
「ヴェル………うん、ありがとう」
胸が熱くなる。
自分の覚悟と二人の想いを再確認する。
(そうだ………一人で考える必要なんてない。まだ先のことだけど、その未来を歩むのは僕だけじゃないんだ)
未来を生きるのは人も艦娘も同じ――ならば、皆で築いていけばいい。
自分たちが生み出した命を認め、対等に、肩を並べて歩くこと。それこそが「責任をとる」ということではないのか。
その時に矢面に立ち、橋渡しをするのが、提督である自分の役目だと奏汰は決意を新たにした。
「………もう大丈夫だよ。迷うこともあるかも知れないけど、君たちがいるなら怖いものなんてない」
右手を強く握り返し、首に回された手にそっと左手を添える。
数秒の後に奏汰から離れた二人は、優しく微笑んでいた。
つられてこぼす笑みは憑き物が落ちたように清々しい、二人が大好きな表情だった。
「えと、お取込み中すみません。建造時間の確認を………」
すっかり忘れていた。
「表示された時間は左から、【02:50:00】【02:40:00】【01:00:00】【01:00:00】でした。すでにカウントは始まっています」
「ありがとう。何だか微妙な感じだね」
建造にかかる時間から艦種を予測できるのだが、前者二つはほぼ確定としても、後者二つが怖い。【01:00:00】という数字は、軽巡も重巡も出現しうる。
早速妖精さんの気まぐれが発動するかもしれないと、四人は苦笑いした。
「とりあえず、少し早いけど戻って夕飯にしようか。結果はその後だ」
時刻は
海軍基準からすれば夕食には早すぎるくらいではあるが、まだ一般人の考え方が抜けきらない奏汰にとっては然程おかしいことでもない。
「高速建造材は使わないんですか?」
建造時間を大幅に短縮する道具も存在はするのだが、この島で調達できるとは思っていなかったようで、奏汰が思わずといった風に呟く。
「開発資材がある以上まさかとは思ったけど………」
「高速修復材もそれなりに蓄えがあるので、損傷への備えもばっちりです!」
戦闘で傷ついた艦娘の肉体や艤装の修復を促進する修復材まであるとなれば、艦隊運用に必要なものは全て調達できると言っていい。
「で、どうしますか?」
「いや、やめておこう。折角時間があるんだ、温かい食事をしながら改めて色々話をしよう」
またあとでと言わんばかりに手を振る妖精たちに挨拶し工廠を出た四人は、司令部施設へ向けて歩き出す。
一か月分の食材は大湊から持ってきてある。少し多めにしてあるから、数人増える程度なら問題ないだろう。
「どうせならボルシチにしようか。取っておけばあとの四人にも振舞える」
「おお、いいな!どれ、久しぶりに私も手伝うとするか!」
「ボルシチは食べたことないわね………美味しいのかしら」
「二人のは絶品だよ、一度食べたら忘れられない味だね」
今が戦時中だとは信じられないような、和やかな光景。
凪いだ水平線から覗く光の残滓が、四人の後ろ姿を微かに照らしていた。
さあ、一体誰が出てくるんでしょうか。
一応北方鎮守府の最終的な人員は四艦隊二十四人+αくらいを想定していたり。
戦闘シーンが………遠い………。
退屈かもしれませんがもうしばらくお付き合いください………。
投稿直前に確認したらUA500目前で吃驚。ありがとうございます。
今後も不定期かつ趣味と独自設定マシマシでお送りしますが、どうぞよしなに。
追記:活動報告投稿しました。全く関係ないですがよろしければ。