二つのガンダールヴ、一人は隷属を願い、一人は自由を愛した   作:裸足の王者

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第10話:鋼鉄の翼、もうひとつのジャガーノート

二つのガンダールヴ 一人は隷属を望み 一人は自由を願った

 

第10話:鋼鉄の翼、もうひとつのジャガーノート

 

 

その日、トリステイン魔法学院女子寮は、にわかに騒がしくなり、誰もかれもが部屋の扉を開けて物珍しそうに首を出し、そこを闊歩する人物を眺めて口をあけっぱなしにしていた。

 

青く輝く美麗な頭髪、女性のそれのように艶やかであり、また力強い、頭頂部には天使の輪と呼ばれる輝きを宿し、その長さは腰まで達していた。

その人物が歩くたびに髪と衣がかすかな音を立て、それを見た生徒たちはため息をそっともらす。

 

輝く瞳、そしてそれを強調するような、しっかりと立ち上がった鼻梁、そしてその目元にりりしさを添えるまっすぐに整えられた眉

背はすらりと高く、手に節くれだった長い杖を持ち、確かな足取りで女子寮を闊歩する。

 

警備の者が居れば、間違いなく大声で止める所だが、その人物があまりにも堂々としていたため、誰も警備を呼びに行こうともしない。

そして、生徒たちが漏らす桃色の吐息は、麗人がキュルケの部屋をノックするまで続いた。

 

 

「どなた?鍵はかけておりませんわ」

 

 

ガチャリと錠前が音を立て、幾つもの嫉妬の視線を引き連れた男が意にも介せず部屋へと無遠慮に踏み込む、そして、その口から思いもよらない言葉が飛び出す。

 

 

「お初にお目にかかる、私はクリストフ、キュルケ、妹のタバサがいつも世話になっている、今日はその礼をしに来た。」

 

 

その人物の顔を見たキュルケの目が一瞬見開かれるが、その表情はすぐに消えた。

キュルケの口の端に笑みが浮かぶ。

 

 

「タバサの兄上?素敵なジェントルメン、微熱はご存じ?」

 

 

やがて、二人を乗せたひときわ大きな馬は、一路トリスタニアへと向かって疾走していった。

 

 

だが、一見非常にあっさりとしたこの状況になるまでに、タバサがどれほどの苦労をしたのだろう。

 

タバサは、どうすれば理想の男性を演じられるかなんて知らない、当然だ、彼女は女の子だ、それもキュルケのように恋愛経験豊富なわけではない

闘いと復讐に全てを捧げてきた、でも、親友のピンチにただ手をこまねいているなんてできない。

 

 

 

サントス・マリオッティ著

 

女の子との出会いから告白まで

 

--初級編:さあ、おしゃれをして町へ出よう!これで君も今からモテモテに--

 

 

 

予習はばっちりだ、タバサは「真実の鏡」を使い、父の姿を真似る事はできた。だが、王族が着るような豪奢な服まで生成されてしまい

これではまずいと、慌てて裸の姿へと変身する事にした、そして、この恋愛指南本に書かれていたように、コーディネイトを考えてみた。

 

男性用の服を買い求め、いざ裸身を思い浮かべて変身してみたものの、彼女の知らない秘密の部分は再現しようがなく、のっぺりとした造形になっていた。

 

 

さらに、予習のために買った本には、こう書かれていた

 

 

「愛しの彼女を射止めたいかい?じゃあその不躾で欲望丸出しの視線は止めることだ、胸、ふともも、おしり、うなじ、二の腕、女の子は君が思っている以上に視線を敏感に察知しているものだよっ!!分かってないなあ、チラ見はガン見、これを良く覚えておくと良い」

 

 

確かにキュルケの胸は大きい、だが、それを見てタバサがどうにか感じる事もない

それに、一生懸命練習したスマイルは、思わずタバサ自身が引き込まれそうになるほど魅力的な微笑みだった。

 

 

だから、今、こうしてキュルケと腕を組んで、街を歩く事が出来ている、キュルケには笑顔が戻っている。

 

これで、いい

 

 

 

クリストフことタバサと、キュルケは仲良く腕を組み、街を散策する、貴族御用達のスイーツに舌鼓を打ち、露天に並んだ異国の珍しい雑貨に目を丸くし

衣服やアクセサリ、本、その他の店を冷やかし、時には買い、郊外の木陰で語らい、時はまさに矢のごとく過ぎて行った。

 

鏡の有効時間は、約8時間

 

念のために、少し早く学院に戻らなくては

 

 

 

馬を厩舎につないだ二人は、夕日の降り注ぐ中で見つめあう

 

「今日は本当に楽しかったわ、またお会いできるかしら?クリストフ」

「ああ、明日も必ず会いに来よう」

 

だが、事態はタバサの予測だにしなかった方向に移り変わる

 

「クリストフ、ああ、素敵な殿方、ぜひ夜の貴方も見て見たいわ、その衣服の下にはどんな素敵な秘密が隠されているのかしら」

「いずれ、な」

 

 

微笑みを浮かべているタバサの背中には、真珠のような汗がたっぷりと浮いていた。

 

 

 

翌日、コルベールの授業、いつものようにタバサは教科書の裏側に堂々と本を隠し、最後尾の席で堂々と読みふけっていた。

だが、キュルケから見るに、いつもと様子が違うようだ。

いつも悠々としていつつ、隙の見当たらないタバサとは違い、隙だらけである。

さらに言うと、夢中になって読みふけるあまりに教科書がずれ、キュルケの位置からほんの少し表紙が見えていた。

 

タバサの白磁のような肌は上気し、うっすらと桜色を浮かべている、目はせわしなく文面を追い、頬を汗が伝う

キュルケはタバサが教科書の裏側に隠している本をそっと盗み見る、立派な皮で装丁された分厚い本

 

 

 

ヴァレリー夫人の恋人

第3巻:若騎士マクシミリアン

 

 

 

それを見たとき、キュルケは頭を抱えて机に突っ伏した

一体どこであんなの見つけたのかしら

 

 

それは金箔で文字を打ち込まれた立派な表紙で、タイトルを凝視しなければ、これが百科事典と言われても誰も疑わない。

当然、中身も実物と見まがうほど精緻な絵と、巧みな文章で、ハルケギニアのカーマ・スートラと呼ばれるにふさわしい仕上がりとなっており

貴族の書斎に堂々と置かれていても、全く不自然さを感じさせないほどの逸品である。

 

授業では、コルベールが何やら奇妙な機械を引っ張り出し、才人がそれをみて感嘆の声を上げていたが、キュルケの耳には届いていなかった。

 

 

 

翌日現れたクリストフのズボンが、やたらと"こんもり"しているのを見たキュルケの頬を一筋の汗が滑り落ちていった。

 

 

 

時は流れ、キュルケとクリストフの街中デートも回数を重ね、もはやトリスタニアに残された名所は無かった。

そこで、親友の危機を感じたキュルケは、街中の雑貨屋や本屋から宝の地図をかき集め、翌日学院に現れたクリストフに血沸き肉躍る冒険を提案する。

 

 

「でも、あれね、いくら私が炎のトライアングルと言っても、万が一の時には戦力不足ね、それに冒険に出てもおいしい食事は食べたいし」

 

 

微笑みながら頷くクリストフ、わかったと一言告げて歩き去り、しばらくの後に、一人の人物の服を捕まえて戻ってくる。

 

 

その男性は、純白の服、純白の帽子を身につけており、まくりあげられた袖から覗く腕は太く、たくましい、下腹は力強く突き出しており

数多くの美食を味見した事を物語っていた。

 

 

「お貴族様、一体こりゃ何事なんで?」

 

 

仕込みの途中に引っ張り出され、不機嫌さと困惑をその顔に浮かべたマルトーであった。

さすがに学院の厨房が全てストップするのは避けたいため、代役としてシエスタが立てられ、ようやく事態は収拾した。

 

 

「前衛と、回復役もいるわね」

 

 

またも笑顔を浮かべて立ち去るクリストフ、問題ない、と一言だけ口にする。

 

 

数分後、クリストフが連れてきたのは、癖っ毛の金髪に、フリルのついたシャツ、とどめに薔薇をポケットに差し、困惑した顔のギーシュであった。

 

 

「キュルケ?あの、彼は一体なんなんだね?なんかもっこりしてるし…」

 

 

そして、もれなく縦ロールの金髪少女もついてくる。

 

 

「ちょっと!ギーシュを離しなさいよ!こんもり!キュルケ、これは一体どういう事かしら!?」

 

 

顎に手を当てたキュルケはその言葉を無視し、続ける。

 

 

「決定打に欠けるのよね…」

 

 

またしても風のようにクリストフはいなくなり、残されたメンバーはキュルケに抗議をする。

キュルケは宝の地図を見せ、事情を説明する。

ギーシュの家は従軍費用が家計を猛烈に圧迫しており、モンモランシーの家は水の精霊の怒りを買い、干拓に失敗

赤貧とまではいかないものの、経済的にかなり困窮している

一か八かの賭けだが、秘宝を手にできるかもしれないとのキュルケの言葉にあっさりと同意してしまった。

 

 

「それにしても、遅いわね」

 

 

キュルケの口から独り言が漏れ、それが風に紛れて消えるか消えないかの時に、森の鳥たちが騒々しい声を上げて逃げ惑った。

地面は上下に激しく揺れ、ギーシュとモンモランシーはバランスを崩しかける。

 

厩舎にいた馬たちが狂乱状態になり、あるものは横木を引きちぎって逃走し

あるものはつながれていた馬車の部品を引きずってけたたましい音を立て、口から泡を吹き散らしながら、狂ったように逃げまどう。

 

キュルケ達3人に柔らかな日光を降り注いでいた太陽が覆い隠された時、3人は何が起こっているのかを悟った

 

 

ギーシュとシエスタは馬と同じように口から泡を吹き、白目をむいてひっくり返り、モンモランシーは真っ青な顔で上空を見上げるばかり

豪胆不敵なキュルケも、今回ばかりはぽかんと口を開けたまま空を見上げた。

 

 

グルルルル

 

 

大気すら震える唸り声が響く

 

 

「決定打、戦力として最強」

 

 

「確かに最強ね……」

 

 

その後、「予備戦力、妹から借りた」というクリストフの声に伴い、タバサのシルフィードまでもがパーティーに加わり、これ以上ないほどに戦力が充実しまくった宝探しパーティが出撃した。

 

大地と森にすさまじい破壊の爪痕を残して

 

 

■■■

 

 

一方その頃、ニューカッスルとその周辺を占領したレコン・キスタは、戒厳令を解除し、城下町にはわずかながら活気が戻っていた。

だが、かつて"閃光"と恐れられた男には、およそ活気と呼べる物など残されていなかった。

 

 

与えられた任務をことごとく失敗した裏切り者に、周囲は冷ややかな目を向ける。

重営倉入りを命じられ、さらには裏切り者という事で、処分の行方が決まらない。

"前回"はウェールズの命を奪う事に成功していたが、"今回"はそれすらままならなかった。

 

 

尽くすべての任務を失敗した裏切り者などに、次の任務などあるわけがない。

また裏切られるのがオチだからだ

一度祖国を裏切ったワルドに残された道は、全ての任務を成功させ、恩賞を得続ける事。

自らが有能である事を示し続け、与えられる恩賞で十分に満足している事を示し、雇い主を安心させ続ける事。

 

 

しかし、その計画は最初から頓挫した。

今彼に残された自由は、20サント四方の鉄格子入りの窓から、空をたゆたう雲を眺める事、ただそれだけであった。

 

だが、そこに影が差す、唯一の自由すら奪われた男の眉根にかすかなしわが寄る。

 

 

「"閃光"、だな?」

「ふん、過去の話さ、もはや僕には何も残されていない」

 

 

ワルド子爵に話しかけてきた人物は、あからさまな舌打ちをすると、岩を擦り合わせるような雑音の混じった声で不機嫌に言い放つ

 

 

「ぐじぐじと、腐った魚のような目をした貴様の愚痴を聞きに来たわけではない!我々と来るのか?来ねぇのか?」

「僕たちの間には分厚い扉がある、手を取りあう事すらできない」

 

 

その言葉が終るか終らないかのタイミングで、扉の錠前の部分がぐずぐずと崩れて土くれとなり果てる。

そして、こわばった身体の動きを確かめながら外に出るワルドに布に包まれた何かと、酒が渡された。

フードを目深にかぶった3人の人物、性別も、人種も分からない。

 

 

「これはこれは、お気遣い痛み入るよ」

「無駄口を叩いていないでさっさと付いてこい、もう一度営倉に戻りたいのか?」

 

 

子爵がふと目をやれば、要所要所に気絶して転がっている衛兵の姿が見える。

フードを被った連中は、ずいぶんと手練の様子だ。

 

 

見張りが全員気絶した建物を抜け、街へと4人が繰り出す、行先は場末の酒場

危険地帯から脱したワルドは早速コルクを咥えて瓶を開ける、ポンという子気味良い音が響き、コルクを吐き捨てる音が続く

 

 

「おいおい、話が終わる前に酔いつぶれるなよ?」

 

先ほど魔法で錠前を破壊した人物が、あきれたように警告するが、ワルドの耳には届いていない。

赤いしずくがひげを伝い、服に垂れるが、本人はまるで気にしていない。

 

 

「で、こんな辺鄙な場所まで、負け犬を訪ねて来てくれた君たちの意図をそろそろ聞かせて欲しいのだが?」

「酒場に付くまで待て、ここで話す内容ではない。」

「まあそう固い事を言うなよ」

 

ワルドはその人物のフードを払いのけようと手を伸ばすが、途中でピタリと止める

 

「マチルダ様に気易く手を触れるんじゃない」

 

 

自らの喉元に、鋭く光るナイフが突きつけられていたからだ、伸ばしていた左手はそのままに、右手を腰にやるも、そこに愛杖の感触が無い事を思い出し自嘲した。

 

 

「風のスクウェア、トリステイン近衛隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵も、落ちたものだね」

「何とでも言うがいいさ」

 

 

両手を上に上げ、抵抗の意思がない事を示したワルドに対して、ナイフこそ下げられたものの、警戒の目線は向け続けられた。

 

酒場につき、バーテンダーに金貨を握らせ、4名は2階の個室へと移動する。

 

 

「さて、話を始めようじゃないか」

 

 

フードを取り払ったマチルダ、レアン、フィルの3名がワルドに対し、鋭い視線を投げかける

 

 

「単刀直入に言うよ、あたしらは古代竜ジャガナートの旦那の配下だ、サイト・ヒラガからの伝言は受け取ってんだろう?」

「ああ、聖地を見せてくれるという話だね」

「答えを聞こうじゃないか」

 

 

しばしの沈黙が辺りを支配し、床板を超えて聞こえてくる階下の喧騒だけが空気を支配する。

 

 

「断ると言ったら?」

 

 

周囲を見渡したワルドの眼に映ったのは、断たれた退路、レアンが入り口を、フィルが窓の位置へ移動し、マチルダが杖を抜く

 

 

「ここで死ぬだけさね」

「つまり、選択の余地は無いということだね、いいだろう、君たちに協力するよ、ただし、聖地の真実を教えるという約束は当然守ってもらう」

「それは旦那に直接言う事だね」

「そうさせてもらう」

 

 

言うが早いかワルドの姿がかき消え、レアンの前に現れる

右掌でレアンの手首を、左手のひらでレアンの握ったナイフの横腹を挟むように撃ちすえた、地面にナイフが落ちる澄んだ音が聞こえた時には

レアンはすでにワルドに取り押さえられていた。

 

 

「レディを護る騎士様がこれでは、少々心許ないな、僕が教育してやろうか?」

 

だが、それに応えたのはマチルダではなかった。

 

「ぜひともお願いしたいものです、ワルド様」

 

キリリという異音にふと目をやれば、フィルの手から伸びた細い糸がワルドの首に軽く触れている。

 

「やめな、フィル」

「ははっ」

 

杖をしまったマチルダが、ワルドの前に歩み寄る

 

 

「営倉で腕まで腐らせちまったかと思ったが、その様子なら大丈夫なようだねぇ」

「ふん、僕を誰だと思っている?」

「その意気で、こいつも使いこなしてもらうよ、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド"元"子爵」

 

 

"元"という言葉にぴくりと眉を動かすが、沈黙を守るワルド

マチルダがゆっくりと包みを解き、中におさめられた物の全貌を明らかにする。

 

それは一言で言うならば、黒い鞭

サソリの尾のように、先端に湾曲した鋭い棘がつけられた長い鞭

 

 

「旦那の所で働く前に、こいつを使いこなしてもらうよ、最も、使いこなせればの話だがね」

 

ワルドの目に鷹のような鋭さが戻り、その口がゆっくりと笑みの形に歪められた。

 

 

■■■

 

 

トリステイン魔法学院女子寮、ルイズの私室では、オスマンを通じて届けられた始祖の祈祷書を前にして、ルイズと才人が真剣に話し合いをしていた。

 

 

「信じられない…、ジャガナートはこの事を知っていたの?」

「ああ、そうみたいだな」

 

 

古い皮の装丁を施されたこれまた古びた本、机に置くと、埃が舞い散る

ほんの少し顔をしかめたルイズは、ゆっくりとその本を開く。

 

 

「何も書かれていないじゃない」

「ルイズ、水のルビーだ、あれを指にはめてみて」

「わかったわ」

 

 

だが、始祖の祈祷書は、何も書かれていない白紙の本のままだった

いや、何も書かれていないのは変わらないが、うっすらと光る文字が浮かんでくる。

 

 

「うそ…、なによこれ」

「ルイズ、集中するんだ、魔法を使うときみたいに」

 

 

周囲からは音が消え、いや、音は消えていない、ただルイズの耳に一切の音は届いていないだけだ、ただ己の鼓動の音が耳に響き、それは徐々に高鳴っていく

 

 

「初歩の初歩の初歩…エクスプロージョン、エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ…読める、私読めるわ!始祖の祈祷書が!!」

「おめでとう、ルイズ」

「ねえ、サイト!あなたここに書かれた文字が読める?」

「いや、俺には白紙の本にしか見えねぇよ?」

 

 

才人は部屋の隅に立てかけてあったデルフリンガーを取り、鞘から抜く

金属のすれ合う澄んだ音が響き、デルフリンガーの輝く刀身が光を反射しキラリと光った。

 

 

「お、相棒久しぶりに抜いてくれたねぇ、うれしいじゃねえか!」

「ああ、6000年の伝説の裏付けを頼みたくてな」

 

 

才人は目を閉じ、深く集中する

ガンダールヴのルーンが力強く輝き、その光が部屋を照らす

 

 

「デルフ」

「なんだ相棒」

「虚無ってのは、エクスプロージョンだけじゃねえよな」

「ああ、そういや思い出したぜ、他の呪文は必要とあれば始祖の祈祷書に記される、だったっけ」

「ああ」

 

 

才人はさらに深く集中し、体内の気を高め、それに応じてルーンはさらに輝きを増す。

 

 

「虚無の魔法、それはいくつかのスペルを含む、一つは攻撃を担うエクスプロージョン、そして防御を担うディスペル・マジック、敵を幻惑するイリュージョン。我が主よ、心と目を研ぎ澄まし、刮目せよ」

 

 

その言葉と、ルーンの輝きに導かれるように、ルイズはさらに深く集中し、始祖の祈祷書のページをめくる

そして、その口が驚きに形に小さく開かれた。

 

 

「ディスペル・マジック…イリュージョン」

 

才人は万感の思いを込めて、ルイズに語りかける

 

「やったな、ルイズ、ルイズの属性は、伝説の"虚無"だ」

 

デルフリンガーがカタカタと鍔を鳴らし、からかうような声音で語る

 

 

「娘っ子、間違ってもエクスプロージョンの試し打ちなんてここでやるんじゃねえぞ、なにせ、この建物もろとも吹き飛ばしちまうからな!」

「そうだ、ルイズ、森に出て実演してみようぜ」

 

 

才人はデルフリンガーと鞘をひっつかみ、ルイズは祈祷書のみを手にして外へと走る。

学院外周部の森の中、人目につかない小路にて実験は行われた

 

「娘っ子、気をつけな、初めて試す魔法の場合、全ての詠唱をしちゃいけねえ、そういうのは、ここぞという時までとっときな」

「ルイズ、呪文を全て詠唱するんじゃなくて、1小節程度で杖を振って発動させてみろよ」

「うん、やってみる」

 

ルイズが詠唱したのはイリュージョン、ごくごく短い詠唱の後に杖を振り下ろすと、手のひらサイズのジャガナートが現れた

ジャガナートの幻影は、小さな翼でパタパタと辺りを飛び回り、そして消えた。

 

 

ルイズの頬を、大粒の涙が伝う

 

「う…」

 

もはや言葉は無い、言葉にできない

 

ルイズの脳裏に、苦しかった時代の出来事が、鮮明に蘇る。

魔法が使えないので、使用人にすら馬鹿にされていた。

いつもの小舟の中で丸まって泣いていた。

 

自分を強く保つために、強く見せるために、虚勢を張る事を覚えた。

だが、それは同時に孤立を意味した。

 

しかし、もう虚勢など張らずとも良い、なぜなら、自分はメイジの中のメイジ

伝説の"虚無"の使い手なのだから。

 

手で目を覆っても、涙はとどまる所を知らない。

その情景を見て、才人の目尻にも光る物が浮かぶ

 

「はっはー、相棒、泣いてんじゃねえよ!おめえさんはこれからは虚無の騎士様なんだぜ?」

「泣いてねえよ!」

「ほら行け!騎士様は姫様を護るモンだぜ!」

 

 

デルフの言葉を待たずして、ルイズが才人の胸に飛び込んでくる。

 

「…とう、…りがとう」

「どういたしまして、てか、俺は何もしてねえよ、今までめげずにルイズが頑張り続けてきた、その成果がようやく出ただけだって」

「ありがとう、ありがとう」

 

ルイズの感謝の言葉は途切れることなく、その涙も途切れる事はなかった。

 

 

■■■

 

 

そのころ、上空では、巨大な古代竜の背中で、作戦会議が開かれていた。

ギーシュはおっかなびっくりと言った様子で、自分の足元ばかり気にし、視線はウロウロとジャガナートの頭部と、広げられた宝の地図とを往復していた。

 

「僕のモンモランシー、本当に大丈夫かな、食べられないかな」

「そそそうですよ、皆様、早く降りましょうよよよ」

 

シエスタもシエスタで、気が気ではない、震えながらギーシュの意見に賛成していた。

それを見たキュルケが半眼でギーシュを見て言い放つ

 

「全く、トリステインの男はどうしてこんなに度胸が無いのかしら、モンモランシー、付き合う相手を考えた方がよくてよ」

 

キュルケはというと、ジャガナートの背から突き出た棘に背を預け、泰然自若としている。

カチンときたモンモランシーがすかさず言い返す。

 

「はっ、ゲルマニアの猪のような男よりはましでしてよ!」

「あら、ゲルマニアの男たちを良く知りもしないくせに」

「あんたほど奔放な女が逃げ出して来たんですもの、野蛮人共に決まっていますわよ」

 

ぎゃいぎゃいと、収まりそうにもない争いを見かねたジャガナートが、その巨大な口を開き、畏怖を呼び起こす声で語りかけた。

 

「騒々しい、定命の者の子らよ、静かにせぬか」

 

静寂が訪れ、翼が打ちおろされる音と風の音だけが辺りを支配する。

 

 

「「「「喋った!!!」」」」

 

 

全員が同じタイミングで素っ頓狂な声を上げ、それを聞いたジャガナートが再び不愉快そうに声を上げる。

 

「騒がしいぞ!うぬらの声は耳に突き刺さる、うぬらが貴族を名乗るのならば、それにふさわしく振る舞え」

 

 

やかましい連中に叱責を加えたジャガナートは、首をめぐらし、かなりの距離を置いて飛んでいるシルフィードに語りかける

 

「イルククゥよ、恐れずとも、我はそなたを喰いはせぬ、我が背に降り立ち、翼を休めよ」

 

きゅ~いと一声高らかに鳴いたシルフィードが、恐る恐ると言った様子で距離を縮め

普通ならば竜の頭の方からアプローチし、徐々に速度を落として着陸するのがセオリーだが

巨大なジャガナートの顎が恐ろしいのか、逆側から接近を試みる。

 

巨大な空気の渦に巻き込まれ、バランスを崩したりしながらようやくその背に着陸する。

ホッとして思わず気が緩んだのか、シルフィードもまた口を開いた。

 

 

「あ~怖かったのね!オジサン本当にお腹すいてないのね?きゅい?ガジガジ食べないのね?」

 

 

再び辺りを沈黙と風の音が支配し、クリストフは額を掌で覆ってがっくりと項垂れる。

 

 

「「「「喋った!!!」」」」

 

 

「喧しい!!」

 

 

「あだっ!痛い!いたいのね!叩かないで!もう喋っちゃったから仕方ないのね!こうなったら全員ガジガジするといいのね!おにく!」

 

 

「うぬら…放り出すぞ」

 

 

もはや事態は混沌の様相を呈している、クリストフはその長大な杖でシルフィードの頭を叩きまくり

シルフィードは口止めのため全員食べる事を提案し

人間たちは右往左往、ジャガナートは不機嫌な声で抗議する。

 

 

「もうよい!イルククゥも、我も、人の言葉を解する。この事は他言無用、漏らせば死を持って償う事になる、よいな?」

 

クリストフとシルフィードを除く全員が、張り子の虎のように何度も首を縦に振り、了承の意を示した。

その様子に満足したジャガナートは、先ほどから脱線しまくり、全く進んでいない作戦について苦言を呈した。

 

 

「愚か物どもめが、宝探しといえども、そのような浮ついた調子では何が起こっても不自然ではないぞ!人の住まなくなった遺跡や洞窟などには、怪物どもが住み着いている可能性が高いのだからな」

 

 

ジャガナートに一喝され、キュルケが仕切りを開始する、言いだしっぺは彼女だからだ。

 

「え~、じゃあこの"炎の黄金ブリーシンガメル"から行ってみない?見る限りここから一番近い場所よ?」

 

眉根を寄せたギーシュが一言感想を述べた。

 

「なんとも胡散臭そうな名前だね」

 

 

クリストフはジャガナートの頭の近くに移動し、ナビゲーションを務め、それらしき建物を発見するも、問題も同時に発生する。

ジャガナートの眼が、幾つもの生き物の存在を捉えたからだ。

 

「数17、大きさは3~4メイル、でっぷりと太っている、臭いから察するにオーク鬼共だろう」

 

 

ジャガナートは翼の確度を変え旋回し、影がオーク鬼達にかからぬように注意し、再び口を開く。

 

「まず我が上空から1撃加える、ギーシュ、ワルキューレで前衛を務めよ、呪文は降下中に完成させておけ、キュルケとクリストフは援護を、モンモランシーは、我が背からギーシュにレビテーションを、シエスタは我が背で待機、覚悟は良いか?」

 

 

誰もがゴクリと唾を飲む、これから始まるのは正真正銘の闘い、一歩間違えば命を落とす。

全員が真剣な眼差しで頷いたのを確認し、ジャガナートは降下を始める。

 

「行くぞ!」

 

 

オーク鬼達ははるか上空に居るキュルケ達を発見できる事も無く、いつもと変わらぬ様子で巣の近くを警戒していた。

しかし、静寂は、バチバチという何かが弾ける音と、轟々と燃え盛る青い焔によって破られた。

 

気付いた時にはもうすでに遅い、外顎を4つに展開し、内顎を上下に大きく開いたジャガナートの口腔内に、青い焔の塊が形成されてゆく

その巨大な肺腑には、すさまじい量の空気が蓄えられ、はちきれんばかり

口腔の青い焔は硫黄を燃やした爆炎、燃焼温度こそさほど高くないものの、莫大な量の硫黄を燃焼させる熱量は生半可ではない。

 

「ぎっ?」

 

何気なく空を見上げ、驚きの声を発したその声が、豚の生涯最後の台詞となった。

轟音を伴い、濁流のように押し寄せる青い焔、それはまさしく焔によってつくられた壁であった。

 

周りの木々をなぎ倒し、あまりの熱量に生木すら炎上する。

辺りは亜硫酸ガスにより汚染され、その煙はオーク鬼が住処としている廃寺院をも覆い尽くした。

 

「んぎいいいっ!ゲホゲホッ!」

 

激しく咳き込みながら飛び出してきたオーク鬼の目が捉えたものは、青い猛火に包まれた仲間たちの物言わぬ躯と

翼を打ち振るい、急上昇する絶対者の姿、そして、その背からバラバラと地面に降り立つ3つの影であった。

 

「ヒキイイイイッ!ピギイイイイッ!」

 

悲鳴を上げて仲間を呼ぶオーク鬼の前に、足元の土が形を成し、鉄の乙女が現れる。

その右腕は鋭い突撃槍、左腕はかなりの重量を秘めた大斧であり、それはゆっくりと振りかぶられ、オーク鬼の固い頭蓋を容易く叩き割った。

 

仲間の悲鳴を聞きつけて、巨大な棍棒を手に現れたオーク鬼達の先頭に、巨大な火球が炸裂する。

一瞬で黒焼きになり、地面に倒れた死骸を踏み越え、怒りの形相を浮かべた次のオーク鬼を襲ったのは、無数の氷の刃

声を上げる暇もなく、全身をズタズタに貫かれ、またしても地面に倒れ伏す。

 

しかしオーク鬼達は怯まない、仲間たちの死骸を踏みつけ踏み越え、巣を襲った愚かな連中に一撃加えようと、その顔を怒りに歪ませ突進する。

だが、森の空気を切り裂き、鉄の乙女もまたオーク鬼に向かって突撃を敢行していた。

 

強靭な脚が地面をえぐり、十分に重量を秘めた鉄の身体を前へ前へと押し進める、乙女の右腕は恐るべき突撃槍、それは狙い過たずにオーク鬼の胴体を直撃する。

 

「ぶぎごっ!」

 

槍はオーク鬼のだぶついた胴体を前から後ろまで貫き、その勢いはさらに後ろのオーク鬼を仰向けに張り倒してようやく停止する。

ギーシュは器用にワルキューレの前足で、オーク鬼を蹴飛ばし、突撃槍をフリーにする。

 

一撃離脱による攻撃のため、一度退避したワルキューレの横を、さらに火球と氷の矢が通り過ぎ、旋回の終わったワルキューレが再度突撃した後は、地面に動くものは残っていなかった。

 

だが、3人が気を緩めた一瞬のすきを突き、腹に穴のあいたオーク鬼が脱兎のごとく駆け出す

だぶだぶと腹を揺らしながら走るオーク鬼が最後に見たのは、鋭い牙の間から見えた青い空であった。

 

 

3人の頭上から、メキリ、ゴキッ、グギと、固い何かがつぶされる音が響き、ゴクリと喉のなる巨大な音が響く

 

「ギーシュ!完全に止めを刺すまで気を抜くな!」

「はっはいい!!」

 

上空から叱責されたギーシュが直立不動の姿勢になる、風上から地上に降り立った3人は、ガスが晴れるのを待ち、油断なく見張りながら廃寺院へと接近してゆく

ジャガナートが着陸した轟音を背に聞きながら、注意深く廃寺院の中を観察するが、辺りには動くものは一つも見当たらなかった。

 

 

戦いが終わった後、ギーシュは自分の手が震えている事に気付く、それは彼の手にしがみついているモンモランシーも同じだった。

キュルケは特に何か気にした様子は無く、廃寺院の入り口に折り重なっているオーク鬼を踏みつけて中に入り、宝箱を持ち出して来ている。

 

 

怖いのは僕たちだけなのか、ふと目を向けると、ジャガナートがオーク鬼達の死骸を片端から丸のみしている、気分が悪くなったギーシュは目を背けた。

クリストフはそんなギーシュの肩をぽんと叩き、すぐに慣れる、と告げた。

 

 

その日の夕方、焚き火を囲んだ一行は、宝箱を全員で開け、そしてその中身に失望することとなる。

 

「で、これがブリーシンガメル?これはどう見ても真鍮だよ、土のラインメイジである僕が言うのだから間違いない」

「はずれだったみたいね、じゃあ次はどれにする?」

「はずれだったみたいねって」

「だってそうでしょう?お宝の地図が全て本物だったら、今頃世界は冒険家で溢れてるわ」

「それもそうか」

 

キュルケの説得に応じ、引き下がったギーシュに、モンモランシーが寄り添い、クリストフは火を絶やさないように調整する。

その火の上には、鉄板がかけられており、薄い生地のパンが焼かれる香ばしい香りが辺りに漂っていた。

 

「皆さん、もう少しお待ちくださいね、沢山焼き上げますから」

 

シエスタは、こげてしまわないように手早くパンを焼き上げ、野菜や肉を包み、赤いソースと、緑のソースを用意する。

 

興味を示したキュルケがシエスタに尋ねた。

 

「珍しい料理ね、このパンはなんて言うの?」

「はい、ミス・ツェルプストー、これはトルティッヤと言って、トウモロコシの粉で出来ています。」

「へ~、美味しそうじゃない」

 

そこへ、香ばしい香りを嗅ぎつけたジャガナートが地響きを立てて現れた。

 

「シエスタ、そなた今トルティーヤと言わなかったか?」

「ひいっ、ええ、トルティッヤです、こ、これで肉や野菜を挟んでトァコッスになります、私の村に、私のひいおじいちゃんが伝えた料理で、おじいちゃんが作った地酒のテキッラと共に、今や村の隠れた名物なんですよ」

 

シエスタはやや怯えながら、ジャガナートと会話する。

 

おかしい、タケオ・ササキがゼロ戦と共に漂着し、よせ鍋を作っていたのではなかったのか

いや、そもそもここに才人が居ない時点で、またタバサが変身している時点で何もかも、違ってきている

 

そして、最大の違いは自分自身だ

 

 

気を取り直したジャガナートは、シエスタに注文を出す。

 

「良ければ我に、その緑のソースを塗った物を一つくれぬか」

「は、はい喜んで!」

 

ジャガナートの巨大な洞のような口に対し、タコスはあまりにも小さく見えた

シエスタが慌ててしまい、包み紙もろともジャガナートの口に放り込んでしまったが、ジャガナートにとっては些細な事だ。

ジャガナートは、己の口の中に広がるハラペーニョの香りを感じ、まさしくそれがタコスであると確信する。

 

ふと目をやると、他のメンバーも我先にとタコスを頬張り、ギーシュに至っては反対側から具とソースをはみ出させている。

 

 

細かい事は、考えるだけ無駄か

 

 

ジャガナートは思考を停止し、再び大きな揺れと共に森の中へと移動する。

やがてジャガナートは自分のミスに気付く、シエスタの祖父の名を聞いておけばよかった。

全ては後の祭りであった。

 

 

食後に、愛を語らおうとクリストフとキュルケがキャンプを離れていく

 

タバサは内心気が気ではなかった、鏡の効力は8時間、もうそろそろタイムリミットだ

 

だが、キュルケはいつものように"クリストフ"に話しかける

 

「ねえ、あの時もこんな夜だったわね、おバカな連中にはめられて、あたしはドレスを、あなたは大切な本を焼かれた、そして決闘した」

「…いつから分かってた?」

「最初から」

「そう」

 

しばしの沈黙が辺りを支配した後、キュルケは立ち上がり、"クリストフ"の背中に優しく手を回す

 

「ありがとう、やっぱりあなたは、私の心の友ね」

「キュルケが元気になって良かった、私には男友達はいなかったから」

 

その時、ボフンと音がして、"クリストフ"の姿が消え、ダボダボのシャツだけを羽織ったタバサが現れる。

 

「時間切れ」

「そうね」

 

大人の男性用のズボン、ベルト、シャツだったので、ズボンや靴は脱げ落ち、シャツのみが残り、その裾からすらりとしたタバサの足が覗く

 

「ありがとう、タバサ」

 

再度キュルケがタバサを優しく抱きしめる。

 

「ほんとうに、ありがとう」

 

そして、キュルケはタバサの背中と足の下に両腕を入れ、抱き上げる

靴が履けなくなったので、土の上を歩かせるわけにはいかないという事だろう。

 

「本当に軽いのね、あなた」

 

タバサはそれに答えず、人差し指をキュルケの顔の前に持っていく

 

「1個借り、これで2個目の借り」

 

その言葉に、キュルケは優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと顔を横に振る

 

「いいえ、今度は私が借り1よ、これでおあいこね、納得がいかないなら、お互い借り1と言う事にしておきましょう」

 

 

■■■

 

 

焚き火に戻ってきたキュルケとタバサを見て、ギーシュは仰天する

 

「あれ?僕の目がおかしくなったのかね、ねえモンモランシー」

「いいえ、安心なさって、わたくしの目にも同じものが見えておりますわよ」

「キュルケ、一体これはどういう事なんだい?」

 

だが、キュルケはそれに答えようとせず、妖艶に微笑むのみ

 

「いい女達には、多くの秘密があるものですわ、それを掘り下げるのは無粋でしてよ」

 

そして、ギーシュは姫のように抱っこされているタバサの生足に視線が釘付けになる

白いシャツの隙間からすらりと優美な白い足が伸びており、脳幹に痺れるような感触を抱かせる。

 

だが、次の瞬間に、モンモランシーからの強烈なビンタを喰らい、現実へと引き戻されるはめになる

 

「あいたぁ!何をするんだね、僕のモンモランシー!」

「視線がねちっこく嫌らしいわ!」

 

騒ぎ始めた2名を尻目に、シエスタがおずおずとキュルケに申し出る

 

「あの、私の実家のタルブ村なら、タバサ様の服が御用意できると思いますよ、いつまでもそのままというのは…」

「そうね、あら…タルブ村?ねえ、あなたの実家ってタルブ村にあるの?」

「ええ、そうなんです」

 

キュルケは、地面に転がっている宝の地図の中から1枚を拾い上げる

 

「この"竜の羽衣"という宝物が、タルブ村の近くにあるって書かれているわよ」

 

それを聞いたシエスタは、恥ずかしそうにうつむき加減になる

 

「それ、インチキなんです。どこにでもある名ばかりの秘宝、ただ、地元のみんなはそれでもありがたがって、大きな倉庫に飾ってありますし、拝んでるおばあちゃんとかもいます」

「"竜の羽衣"を纏ったものは、自由に空を舞う事が出来るらしいわよ、風系のマジックアイテムかしら?」

「いえ、そんなたいそうなものじゃないです。見れば分かります。」

 

 

次の目標地点はタルブ、結局その日は早く休むこととなり、翌朝準備を終えた5人は、再び空へと舞い上がった。

 

 

当然の事だが、村は上を下への大騒ぎとなり、事態を収拾させるのに全員東奔西走させられるはめになった。

村を覆い尽くさんばかりの巨大な竜が草原に着陸を行ったのだ、パニックにならない方がおかしい

 

しまいには、アストン伯が脂汗を流し、決死の覚悟を目に閃かせて緊急出動したり

それを宥めるのにシエスタの証言だけでは足らず、グラモン家のギーシュ、モンモランシ家のモンモランシー、他国の貴族であるキュルケ、タバサ総員の説得でようやく事態の収拾を行った。

 

 

そして、シエスタに案内され、格納庫で"竜の羽衣"を見たジャガナートは、驚愕に目を見開き、絶句する。

だが、もともと表情の読みにくい竜の顔であったため、誰もその様子に気付かない。

 

 

「これが"竜の羽衣"?ヘンな形ね」

 

 

果たして、格納庫に鎮座していたのは、リパブリックP-47であった。

ジャガナートは、WW2時代の航空機に関する高度な知識など持ち合わせていない

だが、そのあまりの巨体と、巨大なプロペラ、翼から伸びている計8丁のブローニングM2重機関銃を見れば

それが何であるかを判断するのは容易であった。

 

ジャガナートは知らない事であったが

キャノピーが涙滴型であることや、"背びれ"のように見えるドーサルフィンを装備していることから

かなり後期に作られた改良型である事が分かる。

 

プラット&ホイットニー社製R-2800 星型複列18気筒 4万5000cc 通称ダブルワスプエンジンを搭載し

スーパーチャージャーとターボチャージャーを組み合わせたその出力は2000馬力を優に上回る

緊急最大出力2800馬力

M2重機関銃装弾数3400発

最大爆装重量1トン

 

最悪の燃費を燃料搭載量で補う、まさに怪物と呼ぶにふさわしい航空機であった。

 

 

「なんだねこの鉄の船は、これはカヌーかなにかだろう、どう見ても羽ばたけるようにはなっていない」

「そうね、とてもではないけど、これが空を飛ぶなんて信じられないわね」

 

キュルケとギーシュが口々に感想を述べている。

だが、ジャガナートは沈黙を守っていた。

 

リパブリックP-47サンダーボルト?

確か、通称ジャガーノート、jugと呼ばれていた航空機

おかしい、なにもかもがおかしい

 

「シエスタよ、そなたの曽祖父の名前を教えてくれぬか?」

「はい、ロナルド・カーロです、でも、私たちは貴族ではないので、姓は名乗りません。」

「ふうむ……」

 

タケオ・ササキではない、ゼロ戦の影も形もない

名前からメキシコ系アメリカンではないかという推察しかできない

 

「おじいちゃんは生前、テキッラというお酒を飲んでご機嫌になると、周りの人にこんな話をしていたそうです。この機械に乗って敵に襲いかかり、敵の機械を沢山撃ち落としたと、それに、沢山の弾を撃って地面にいる敵の足元を耕したので、"耕しロニー"と呼ばれていたと、そして決まって最後に、また空を飛びたいと涙を流したそうです」

「そうか、シエスタよ、そなたの曽祖父の言葉はまぎれもなく真実である、この機械は空を飛べる」

「なんだって!」

 

全員が驚きの表情を浮かべるも、誰もジャガナートを疑おうとはしない。

 

「この機械の名前はP-47、通称ジャガーノート」

「ジャガーノート?」

「手入れと、適切な油を供給してやることが必要だが、この機械は空を飛べる、良ければ我に譲ってほしい、必要な対価を支払おう」

「はい、ただ私の一存では決められないため、家族に相談させてください。」

 

ジャガナートはその6つの目でシエスタを注意深く観察する

小説では、黒髪黒目にそばかすが特徴で、日系トリステイン人であるため、日本人の特徴を色濃く残していたはずであった。

 

 

だが、目の前のシエスタは、確かに黒髪だが、緩やかなウェーブが掛かっており、瞳は黒というより、やや緑色がかった色をしていた。

彫は深く、どちらかというとラテン系の顔立ちである。

 

 

ジャガナートは、深く考えても無駄であると結論し、思考を打ち切り、帰って才人に相談する事を心に決めた。

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