二つのガンダールヴ、一人は隷属を願い、一人は自由を愛した 作:裸足の王者
二つのガンダールヴ 一人は隷属を望み 一人は自由を願った
第5話:それぞれの思惑と
所はトリステイン魔法学院、突如決まったアンリエッタ姫殿下の行幸のため、歓迎式典が催される
屋外の広場に特設された貴賓席、アンリエッタとマザリーニが座り、次々に連れてこられる使い魔を祝福していた
そして、ルイズ・フランソワーズの番である、召喚はしたものの、コントラクトサーバントは出来ていない
全長80メイル前後、全高25メイル前後、6枚の翼を広げたら、その幅は優に100メイルを超えるであろう
重なり合った鱗は黒光りし、重装歩兵のプレートメイルなど紙細工の如し
頭部は古代の恐魚のように、さらに重厚な装甲を施され、ぴったりかみ合わされた5枚の歯は、隙間も無い
まっすぐに伸びた3本の角、1本は他の2本より長く、残りの2本は長い角に比べて短い
6つの、赤く爛々と輝く目が辺りを睥睨し、一歩踏み出すごとに大地が揺れ動く
異変は、才人がジャガナートを呼び、その威容に感動したアンリエッタがある言葉を口走った事から始まる
おともだちに、使い魔を使役し、レコン・キスタを焼き払うよう"お願い"した事である
「お待ちくだされ!殿下!そう軽々しく…」
事の次第を予測し、最悪の結果を想定していたマザリーニが絶叫する
だが、事は最悪の事態へと、黙々と歩を進めていた
先ほどと打って変わって荒々しい、激しい揺れと、空気の振動が辺りを覆い尽くす
生徒達は悲鳴を上げ、頭を抱えてその場に座り込む
使い魔たちは暴れだすかと思いきや、上を見上げたまま瘧のように震え、身じろぎ一つしない
前足を腹立たしげに地面に叩き付けたジャガナートが立ち上がり、辺りには硫黄の異臭が漂った。
「才人!ジャガナートを抑えて!」
「分かった!」
必死のルイズの訴えに、才人が弾かれたように飛び出し、アンリエッタの前に立つ、遅れてルイズも才人の後ろに立った。
だが、二人は燃え盛る真紅の瞳を見て、心の底から震え上がる事になった。
明確な敵意、むき出しの殺意、煮えたぎる憤怒、それら全てが混然一体となったものが叩き付けられる
師匠ほどの鋭い鬼気ではない、だが、生物としての次元の違う存在のため、それは何百倍にも増幅されていた。
--グルロロゴロッゴロゴロロォッ! ゴシュッ!
岩塊を擦り合わせるような不快な音が轟く、ジャガナートの不機嫌な唸り声だ。
そして、幾多の爬虫類がするように噴気音を発してみせた。
そして、すさまじい揺れとともに突進してくるのだ、後ろに守ったアンリエッタが後ずさりしようとして倒れるのも無理からぬことだ
グリフォン隊の隊員たちも、何とかアンリエッタを守ろうとするが、ジャガナートのあまりの動きの速さにタイミングを計れない。
--カロロ… グルロロロロロロ…
才人の顔に硫黄混じりの吐息がかかるほどにその口が近付き、その6つの目は才人の後ろにいるアンリエッタを射抜く、その口を閉じれば、才人とルイズ、およびアンリエッタ、そしてその後ろの地面は全てジャガナートの口に収まってしまうだろう。
「ひいっ」
か細く、息を飲む音が、脂汗を浮かべた才人の耳に届く、それはアンリエッタが上げた悲鳴か、はたまたルイズのか
才人は両手を目いっぱい広げ、ジャガナートに向かって叫ぶ
「何なんだ!いったいどうした!ジャガナート!落ち着けよ、落ち着くんだ!!」
だが、その言葉への返答は、野生の獣としか思えない唸り声であった。
--カロロ…
才人は、何らかの理由でジャガナートの理性が完全に失われている事を疑った。
だが、次のジャガナートの行動を見て、ほんの少し安心する。才人に近付けていた顔を引くと、地面に日本語で文字を書いたのだ。
『不遜なり、定命の者よ』
その字を読んだ才人は、アンリエッタに叫ぶように話しかける。
「非常事態ゆえ、無礼をお許しください!私の親友が、あなたの言葉に激怒しております、アンリエッタ姫殿下!」
だがアンリエッタは、歯の根も合わぬほど震え上がっており、才人の言葉を聞く余裕はない。
『小娘、対価も払わずに我を従えるつもりか』
「ジャガナートは、対価を払えと言っております!」
その言葉を聞き、腰を抜かして倒れていたマザリーニが、歯を食いしばり、地面を這いながらジャガナートとアンリエッタの間に入る
「ならば私の命をお取り下され!私の願いもまた殿下の願いと同じ!私の命と引き換えに殿下の願いを聞き入れてくだされ!!」
『ならん』
「ジャガナートは、拒否しております。」
『其の方に免じて、ここは牙を引こう、だが次はない』
「マザリーニ枢機卿猊下に免じて、牙を引くと申しております。」
才人の通訳に、言いがかりをつけてきた連中もいた、ようやく再起動したグリフォン隊のメンバーだ
「ふざけるな貴様!そのような無礼な物言い、許されると思うのか!」
だが、才人が口を開く前に、外野はひっこんでいろとばかりに、大気を軋ませる程の音の壁が襲いかかり、近衛兵たちは大地に倒れ、起き上がろうと焦点の合わぬ目で這いまわる羽目になった。
その恐るべき咆哮の余波で、紅茶の入ったカップはみじんに砕かれ、菓子皿やティーポットもまた砕け散る。
『その願いを聞き入れて欲しくば、その小娘の命を差し出せ』
才人はその言葉を見て、通訳して良いものかとためらいをみせる
マザリーニはその様子に気づき、震える声で才人に問いかけた。
「少年、この竜は何と?」
「…先ほどの願いを聞き入れてほしくば、アンリエッタ姫自ら命を差し出せと」
マザリーニは、苦み走った顔をしつつも、それ以上言葉を発する事はなかった。
学院の大混乱を尻目に、地響きを立ててジャガナートがその場を離れる、その背中は、もはや語る言葉も無しと、拒絶しているかのように見えた。
■■■
トリステイン魔法学院女子寮 夜
極度の緊張を強いられたルイズと才人はお互いベッドとマットにひっくり返っていた
「あ~、チビるかと思ったぜ、怖かった!、つかルイズもよくあそこで飛び出せたな」
「姫殿下をお守りしなくて、何が貴族よ…飛び出したのは貴族の誇りと義務よ!…それにしてもあの迫力、領地のお母様と同じくらい怖かった、どうなるかと思ったわ…あ~怖かった」
そういやルイズの母さんも怖かったよな、と才人が思い出す
「でも、ジャガナートの言い分も分かる気がするわ…それにしてもサイト、あなたには貴族の義務は無いのよ?」
「ああ…つか、勝手に身体が動いてた」
「……そうなの?」
姫を守ったんじゃねえ、お前を守ったんだと言いたかった才人だが、気恥ずかしくて言い出せなかった
そうしてだらりと過ごす内に、静まり返った室内にノックの音が響く
最初に長めに2回、そして短く3回
それを聞いたルイズははっとしたような表情になり、才人に扉を開けるよう促す
誰が入ってくるのか知っている才人は、どうぞお入り下さいと一言告げ、静かに扉を開く
入ってきたのは、アンリエッタ姫殿下その人であった
辺りにすばやくディテクトマジックをかける
黒いフードを取り去ると、目は赤く、まぶたは腫れ、頬には涙の跡がついている
ルイズと才人はすぐに跪き、頭を垂れる、そしてルイズが口を開く
「アンリエッタ姫殿下!先ほどは私の使い魔が大変な無礼をいたしまして、大変申し訳ございません。如何なる罰もお受けする所存にございます」
「面をお挙げなさい、ルイズ・フランソワーズ、そして使い魔さん、私はあなた方を罰するつもりはありません」
ルイズと才人が顔を挙げる、そこには、泣き腫らした顔ながらも、凛とした表情のアンリエッタ姫が居た
才人はアンリエッタ姫に椅子を勧め、茶の用意を整える
自分達は床に跪いたまま居ようとしたのだが、アンリエッタ姫がそれを許さなかった
結局、王女と家来、その使い魔が同じテーブルに着き、茶を飲んでいるという、ありえない構図が出来上がった
そして、茶を一口飲み、アンリエッタ姫がゆっくりとした口調で話し始める
「ルイズ、私は、貴女に、そして貴女の使い魔達に教えられました。あなたは今日、命を懸けてわたくしをかばってくれましたね、心より礼を述べます」
「もったいなきお言葉にございます、姫殿下、貴族として当然の義務であり、この事は私の誇りです」
「わたくしは間違っておりました、ですが、王族にはそれを認める事ができないそうです。そこで、私は拙いながらも、王族としての勤めを果たして行こうと思うのです、私の言葉は"命令"であり、その結果もたらされるどんな事からも目を逸らしません」
そしてアンリエッタは目を伏せ、一呼吸置き、ルイズの目を真直ぐに見、話し始めた
「私は、これからトリステインの全ての人々を守るため、ゲルマニアとの同盟を行います」
「ゲルマニア!?あの成り上がりの野蛮人の国ですか?」
「私も、好き好んでゲルマニアに嫁ぐ訳ではありません、アルビオンでは"共和制"とやらをまことしやかに語る蒙昧な連中が、頭上に頂くべき王を弑逆せんと企み、いずれはこのトリステインにも攻めて来る事は間違いありません。」
ルイズもその言葉に真剣に聞き入る。
「はい、そのための同盟でございますね…しかし姫殿下、お気の毒に…」
「ええ、私も気が進みません、しかし、同盟の障害が一つだけあります」
「それはなんでございましょうか?姫殿下、何なりと私にお申し付け下さい、いかなる障害であろうと取り除いて見せます」
アンリエッタはその言葉にゆっくりと頷くと
「私、トリステイン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステインの名において、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに極秘任務を言い渡します」
ルイズと才人はその言葉を聞き、姿勢を正す
「ひとつ、達成困難な場合は任務を放棄し、手段を選ばず生還せよ、これを最優先事項と致します。
ひとつ、アルビオンへ赴き、アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー殿下から、ある手紙を受け取って来ること
以上が、あなたの忠誠を見込んでの頼みです」
「私ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、謹んで拝命いたします」
その言葉を聞いたアンリエッタは、満足そうに頷き、こう答えた
「あのような竜を前にして一歩も怯む事の無かった、あなた方の勇気に期待しますわ、なお、あなた方が例え捕虜になったとしても、私が身代わりとなってでもあなた方を釈放しましょう、責任は全て私が取ります」
それを聞いた才人は微笑を浮かべ、ルイズは心配そうな表情を浮かべる
「では、明日早朝に出発致します」
それを聞いたアンリエッタは真剣な表情を崩し、花が咲き出でる時の輝きのような笑みを浮かべた
そして、こきこきと首を鳴らし、う~んと伸びをする
「さて、ルイズ?ここからは私に敬語を使うことを禁ずるわ、命令よ もちろん使い魔さんも」
「へ?」
「はぁ?」
二人そろってハトに豆鉄砲を食らわしたような表情になる
それを見てアンリエッタは可笑しそうに笑う、憑き物の取れたような、明るい笑顔だった
「全く、あんな怖い思いをしたのはお父様が生きておられた時以来かしら、でも古代竜の言葉にも一理はあります、頼みごとをしたければ報酬を出せと、当然の事ですわね、そして、この問題は私自身が責任を持って解決すべきだと気付かされました。」
可笑しそうに話すアンリエッタに、才人が言う
「ルイズも、マザリーニ枢機卿猊下も、俺も、姫様を守りたいと、自分の意思で行動しましたからね」
アンリエッタは、やや下に視線を落とし、ポツリと言う
「そう…、その通りです。こういった大変な時に、本当に私の事を思ってくださる人が分かるのかもしれないわね、もう…、それにしても大変だったのよ、ワルド子爵は汚名を返上する機会をって泣きついてくるし、マザリーニは、「よくぞご無事で」しか言わないんですもの、殿方が二人も泣きついてこられて、私どうしようかと思いましたわよ」
才人とルイズはそれを聞いて笑い声を上げる
「まだありますわよ、マザリーニに今後の対策について教えを乞いましたの」
「どうなったの?」
「また、姫殿下~ とか言って泣き出して」
3人が可笑しそうに笑う
「怖かったと、泣きたいのは私のほうですわ、一人で泣く時間ぐらいお与えくださいまし!お陰でルイズの部屋を訪ねるのがこんなにも遅くなりましたの」
楽しそうに話すアンリエッタ、才人は正直今の今までハラハラしていた
ジャガナートのもたらした恐怖が、アンリエッタの心を壊すのではないかと、だがそれは杞憂だったようだ
アンリエッタは、自分の境遇を嘆く悲劇のヒロインから、堂々たる女王としての一歩を踏み出した
「では姫様、親友でもある忠臣と心行くまで語り合っていただくために、ラ・ヴァリエール秘蔵の菓子をお出ししましょう」
そういって才人は戸棚をごそごそやりはじめる
それをみたルイズの笑顔が消え、形の良い眉がつり上がった
「ちょっと!アンタ何勝手な事してんのよ!それに、なんでそこを知ってるのよ!」
「ん~っと、この裏にたしか… あだっ!いてっ!蹴るな蹴るな!」
その二人の様子を見て、アンリエッタはルイズとクリーム菓子を取り合いした時の事を思い出す
古き良き、そして甘い思い出だった
しばし回想にふけっていたアンリエッタは、ここに来たもう一つの用事を思い出す
「そうそう、大事な用事を忘れる所でしたわ」
そう言って立ち上がったアンリエッタは、才人に左手の甲を向け、言葉を続ける
「あなたはルイズを、そして私を命を懸けて守ってくださいました、わたくしの親友を、これからもよろしくお願いしますね」
才人は考えた、どうする?作法にのっとってその手の甲に軽くくちづけるか、ボケ倒して唇を奪うか
その間にルイズが慌てた様子でアンリエッタに話しかけている
「いけません!姫様!使い魔にお手を許すなんて」
「いいのですよ、この方は私達のために、その命を投げ出してくださいました、忠誠には、報いるところがなくてはいけません」
ルイズは渋々納得する
「姫様がそうおっしゃるのなら…」
才人はアンリエッタの前に歩み寄り、その手を取ってぐっと引き寄せる
「え?」
アンリエッタが驚きの表情を浮かべているスキに、すばやくその唇を奪った
アンリエッタは目を真ん丸に見開き、その目が徐々に白目に……
変らなかった
「無礼者ッ!」
アンリエッタの強烈なビンタが才人の頬に炸裂し、才人の脳裏に火花が飛ぶ、空中で見事に1回転した才人は、後頭部から着地する
「ぐげっ!」
後頭部をさすりながら目を開けた才人が見たのは、女神のようなその顔を、微笑みで彩ったルイズだった
「ねえサイト」
「はい?」
「あなた、私の前にも貴族に仕えてたって言ってたわよね?」
「…はい」
「礼儀もわきまえてるし、作法も知ってるわよね」
「…いえ、作法のさの字も知らないもので…」
「私と一緒にダンスも踊れたし、ステップも軽やかでリードも上手かったわ、ねえ」
「お褒めに預かり、光栄です」
「ねえサイト」
「はい」
「私の目は節穴なのかしら?」
「いいえ、滅相もありません」
「わざとやったでしょうがっッ!!!!」
「あぷぱ!」
ルイズのフルパワーの踵落としが、地面に寝たままのサイトの顔面に直撃する
スカートがふわりと舞い上がり、シルクの可愛いパンティが一瞬だけ見えた
そして次に、同じく微笑を浮かべたアンリエッタの顔が映る
「ねえ、ルイズ?何か鞭のような物はなくって?殿方の顔を叩いたのは生まれて初めてでしたのよ、手が痛くって痛くって」
「こちらにございます」
「ちょっ」
抗議の声を上げる才人を無視して、ルイズが超スピードで乗馬用の立派な鞭をアンリエッタに手渡す
前門のアンリエッタ 後門のルイズであった
「無礼者ー、無礼者ー、無礼者ー、あら、これ結構楽しいですわね、無礼者ー」
「このっ!このっ!このっ!このっ!このっ!」
「えぎっ!ひぎっ!ひたい!いたい!えひゃい!」
アンリエッタに鞭でしばき回され、ルイズに蹴りまくられる才人が悲鳴を上げる
「いれえ~……ほんろにいれぇ~…」
そこにさらに
「きさまーーーっ!姫殿下にーっ!何をしてるかあぁ!!」
最近めっきり影の薄いギーシュであった
才人を散々に痛めつけていたアンリエッタとルイズが振り向く
「あら」
「ギーシュ!あんた!立ち聞きしてたの!?」
だが、そんなルイズの声を無視して、ギーシュは夢中になってまくしたてる
「薔薇のように見目麗しい姫君の跡をつけてみればこんな所へ…、それでドアの鍵穴から中を覗いて見たら…」
ギーシュはわなわなと震え、薔薇の杖を振りかざして叫ぶ
「決闘だ!バカチ……?……グハッ!」
セリフを最後まで言う事はできなかった、飛び起きた才人がすばやくギーシュの杖を握った手を掴み
胸倉を右手で掴む、重心がずれて不安定になったギーシュの身体をすばやく右の腰に乗せ、そのまま地面に落とす
ギーシュが目を開けた時にはすでに首筋に手裏剣が突きつけられていた
顔がボコボコに腫れあがった才人がアンリエッタに問い尋ねる
「決闘とやらは俺の勝ちだ、…で、どうしましょう?姫殿下 こいつ、話を立ち聞きしていたみたいですが」
「そうね…、今の話を聞かれたのは、まずいわね……とりあえず、無礼者ー、無礼者ー」
いきなりアンリエッタに鞭で叩かれたギーシュは悲鳴を上げる
「はぐが!ひぎゃべ! な… なんで…、痛いけど嬉し……くない!何を言ってるんだ僕は!」
そこに、真顔に戻ったアンリエッタが鞭を手にしてギーシュに話しかける
「名を名乗りなさい、こんな夜に女子寮にいる理由は?」
「は、ひゃい!」
鞭を持ったアンリエッタの余りの迫力にギーシュが神速で土下座する
「私めは、ギーシュ・ド・グラモン、アンリエッタ姫殿下の忠実な下僕でございます!女子寮にいる理由は…その…」
まさかアンリエッタ姫に見惚れて跡をつけてきたなどとは言えないギーシュが言いよどむ
「任務の内容を立ち聞きしていましたね?では、内容を復唱なさい」
「はい!ひとつ、達成困難な場合は任務を放棄し、何事にも優先し生還せよ
ひとつ、アルビオンへ赴き、アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー殿下から、ある手紙を受け取って来ること、以上であります!」
「よろしい!この極秘任務を達成した暁には、女子寮で覗きを働いていた事は不問と致しますわ、ただし…」
「ただし…?」
アンリエッタはそれに答えず、にっこりと微笑む
「は、ひゃい!このような真似は二度と致しません、始祖に誓って!そして、必ず生きて戻ります!」
「よろしい」
アンリエッタは再びにっこりと微笑むと、ルイズの机に座り、羊皮紙と羽ペンを取り、密書をしたため始める
そして、書き終えた手紙を再度見つめ、静かに目を閉じる
停止してしまったアンリエッタを心配し、ルイズが声を掛けた
「姫様、どうなさいましたか?」
「なんでもありませんわ、少し考え事をしていました」
アンリエッタはそう答えると、目を開き、決意の色を浮かべた目で手紙を見つめ、最後の一文を書き加える
そして、手紙を巻き、杖を振ると、手紙に封がされ、花押が押される
アンリエッタはその手紙を取り、右手の薬指から"水のルビー"を抜き取り、ルイズの手に渡す
「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに
■■■
朝もやの中、3人が馬に鞍をつけ、旅支度をしている
才人はデルフリンガーを背負っている、なにせ長すぎるため、腰に下げると引きずってしまう
馬上戦闘なら問題ないかもしれないが、常に騎乗しているわけにはいかない
オープンフィンガーグローブのバンドを締めている才人に、ギーシュが申し訳なさそうに話しかける
「実は、僕の使い魔を連れて行きたいのだが……」
「使い魔?別に好きにすりゃいいだろ」
「ギーシュの使い魔ってなによ」
ルイズのその言葉に応えて、ギーシュが自分の足元を足でとんとんと叩く
すると、もこもこと地面が盛り上がり、茶色の毛をした大きな生き物が顔を出す
"ふわもこ"の毛並み、つぶらな黒い瞳、愛嬌のある顔をしたジャイアントモールであった
ギーシュはすさっと地面に座り、早速その顔に頬ずりしている
「あきれた、アルビオンに行くのにモグラなんて連れて行けるわけないじゃない」
その時、ヴェルダンデが鼻をひくつかせ、ルイズに近寄る
「な…なによ、このモグラ」
「ああ、そういやジャイアントモールは宝石が好物らしいな、多分その指輪に反応してるんだろ」
それを聞いたギーシュが片側の眉を少しだけ上げる
「確かにその通りだが、なんで君はそんな事を知っているのかね?」
「ああ、以前貴族に仕えていた時に知った」
「どうでもいいけど!早く助けなさいよ!」
すでにルイズの右手はヴェルダンデの鼻水でねとねとになっていた
そして、才人はヴェルダンデの首根っこを掴むと、ルイズから引き離した
「どうどうどう、落ち着けよ、大丈夫か?ルイズ」
「ふ、ふん!ちょっと良い事したからって、姫様にキスした罪は消えないんだからね!」
まだそれを持ち出すか、と才人ががっくりうなだれる
「あんたなんか、犬、そう犬よ!」
生き返ってやり直してきた、そこでも結局犬かと、今度は才人は地面に"の"の字を描き始める
「そうだそうだ!実にけしからん!うん!」
ギーシュも迎合し、ますます才人を責め立てる
才人は心の中で思っていた、今まで精一杯頑張ってきたんだからあれぐらいご褒美だろ
そして、朝もやの中からもう一人のメンバーが現れる
「やあ、おはよう諸君、姫殿下から、君達に協力するよう命じられてね、女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ」
「ワルド様…」
ワルドはルイズに近寄ると、その身体をひょいと抱き上げる
「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」
ルイズは頬を桜色に染め、ワルドに抱きかかえられて嬉しそうにしている
分かりきっていた事であるはずなのに、才人の心がまたちくりと痛んだ
「ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のサイトです…」
見れば、ルイズがこちらを指差し、自分達をワルドに紹介している
ギーシュと才人は深々と頭を下げ、敬意を表した
ワルドはサイトに近寄ると気さくに声を掛ける
「君は…たしかあのとき、身を挺して姫殿下を守っていた、勇敢な剣士だね?…しかしまさか人が使い魔とは思わなかったな、僕は正直あの時逃げ出したかったくらいだよ、それにひきかえ君は大したもんだ、実に頼もしい、はっはっは」
そしてサイトの肩を叩き
「これからも僕の婚約者をよろしくたのむよ」
と告げた
そこへ、聞いたことも無いような声が掛けられる
「盛り上がっている所悪いが…、邪魔するぜ」
朝もやの中からまた一人、新たな人物が現れる、フードを目深に被り、その声は岩をすり合わせたような雑音が混じっている
男なのか女なのか分からない、独特の不気味さをかもし出していた
その風体を見たワルドが眉間にシワを寄せ、剣杖を引き抜く
「貴様…何者だ?」
すると、ワルドに対抗するように、フードの人物も杖をちらつかせ、さらに声を低くする
「おっと、ドンパチは御免だ、俺は"土くれ" 今は竜の旦那に仕える身でな、あの方を怒らせる覚悟があるならかかってこい」
その言葉を聞いたギーシュが震え上がる
「土くれのフーケ…」
震えるギーシュを無視し、"土くれ"は布の包みをサイトに渡す
「ジャガナートの旦那から届け物だ、サイト・ヒラガに届けろと仰せつかっている」
「ジャガナートから?なんだろう」
才人は布の包みをゆっくりと外し、中身を確かめる
布がゆっくりと取り払われ、その全貌があらわになる
長さ1メイル20サントほどの反身の長剣だった
才人は鞘を払う、オープンフィンガーグローブに隠されたルーンが輝き、その剣の効果的な使い方を伝えてくる
漆黒の刀身、竜の顎を模した漆黒の鍔、漆黒の柄、日の光すら反射しない、まるで闇をそのまま切り取ったかのような剣だ
その刃は諸刃、外側にも内側にも刃がついている、撫で斬る事も、引っ掛けて斬る事も自由自在
そして、その材質は、ルーンにも解析不能であった
「ジャガナートの旦那の折れた爪を、俺が加工し、旦那のブレスで熱し、唾液で冷やした、それに俺が固定化をかけた、銘はジャハンナム 魔剣ジャハンナム、だそうだ、なかなか素敵なデザインだろう?」
そして、用は済んだとばかりにその人物はいずこかへと歩き去った
ワルドが言葉少なげに語る
「いやはや…なんとも…恐ろしい剣を
「どうしてですか?」
「君はメイジではないので、分からないかもしれないが、なにやら恐るべき力がその刀身からあふれている、それに斬られた相手がどのようになるのか、僕には全く想像もつかないよ」
なるほど、その切っ先が自分に向かう可能性のある裏切り者からしたら、気が気ではないだろう事は才人にも理解できた
結局才人は、背中に長剣をバツの字に2本背負い、馬に乗るハメになる
気を取り直したワルドの号令が早朝の学院に響いた
「では、諸君!出撃だ!」
5話のみ、あとがきを書いてみました。
読者の皆様はアンリエッタがお嫌いな方々もおられる事と思います。
彼女に足りないものは、諫言を呈する忠臣への信頼です。
巧言令色を弄する連中に踊らされていけない
だが、踊らされているふりをしてのコントロールが必要
そんな場面も多いと思います。
経験不足で箱入り、コネなしのティーンエイジャーにできる芸当ではありませんね
各所で、ロイヤルなビッチと呼ばれている彼女を、私は嫌いではありません。
人は成長します、しかしその速度は、周りが期待する通りの速度ではないかもしれません。
今後の彼女にご期待ください。