二つのガンダールヴ、一人は隷属を願い、一人は自由を愛した   作:裸足の王者

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幕間:フーケとジャガナートのオペレーション"Gray Fox"

二つのガンダールヴ 一人は隷属を望み 一人は自由を願った

 

幕間:フーケとジャガナートの作戦名(オペレーション)"Gray Fox"

 

 

ジャガナートに雇われた日の夜、フーケは自分の情報網を活用するべく、真っ当な人間が一人も居ない裏路地を歩く

 

 

--腕利きの水メイジを必要としている組織を探してほしい--

 

 

雇い主からの初めて言いつけられたお使いだ、きちんとこなさなければ土くれのフーケの沽券にかかわる。

 

 

ふと目を路傍にやれば、ケバケバしい化粧をした娼婦、飲みすぎて酒瓶抱えてひっくり返っている男

3つのビンから同時に酒を飲み、馬鹿笑いをしている大男

明らかに何らかの薬物を摂取しているのであろう、にごった眼の人間たち

そして、スキあらば財布をすろうとする子供たち

 

華やかな貴族たちの都市、一筋裏路地には、このような光景が広がっていた

 

今も2、3人の目付きの悪い男たちが、フーケの進路を防ぐように歩いて道に出てきている

だが、フーケが杖を見せると、すごすごと退散していった。

 

沢山の、お世辞にも綺麗とはいえない店が並び、背景に似合った人間が通りをぶらついていた

フーケはそのうちの一つ、下卑た笑い声を外まで響かせている酒場の扉を押す

 

扉が開くと、中からムッとするようなタバコの臭いと汗の臭い、酒の臭いが漂ってくる

右奥のテーブルでは、酒瓶を持った男達が殴りあいの喧嘩を始めているが

周りの客は止めようともせず、周りでやんやとはやし立てる

 

バーテンもそれを見て止めるどころか、涼しい顔でグラスを磨いている

時折ビンやグラスが空を飛んでくるが、バーテンはそれをひょいひょいとキャッチし、洗って磨く

フーケにイスが一つ飛んできたが、フーケが杖を一振りすると、イスは投擲者の顔面に正確に返却された

 

 

酒、喧嘩、麻薬、町のなかでも、最低の部類のゴロツキ共がたむろする酒場であった

奥に進むにつれ、ただ野卑な男たちばかりであった客層が若干の変化を見せ、油断ならぬ目つきをした連中が増え始める

 

その一角に、不自然に誰も使っていない机があり、椅子が二つあった

フーケは、さも当然であるかのようにそこに腰掛ける

 

すると、奥から、場にそぐわぬ普通の風貌の男が現れ、フーケの反対側のイスに腰掛けた

男は親しげにフーケに話しかける

 

 

「よう、土くれの旦那、景気はどうだい?」

「悪くない、まあまあだ」

 

 

フードを目深に被り、中から岩の擦れるような雑音の混じった声を出し、男なのか女なのか、全く区別が付かない

 

 

「そうかい、で?今日は何の情報が欲しいんだ?」

「貴族絡みだ、腕利きの水メイジの永久雇用先はないか?」

 

 

貴族絡みと聞き、情報屋の男は眉を顰める

 

 

「そいつぁ俺の手には余る、"忘却"酒場を訪ねてみな …おっと、こいつを忘れんな、あ、途中で食うなよ!」

 

男はそういって、布袋に入った幾つかのりんごをフーケに渡してくる

 

「10枚な」

「馬鹿言うな!りんご一袋で10エキューだって?」

「まあそう言うな」

 

フーケは渋々金貨10枚を数えて男に渡す

 

「まいどっ」

 

そう言って男は金貨をひっつかみ、店の奥へ消える

フーケはため息一つ、りんごの袋を持ったまま店内を歩く

店に入った時に始まっていた喧嘩はようやく収まり、勝利者の男が血まみれで雄たけびを上げていた

 

その横では、すぐに次の喧嘩が始まり、今度は太った女が2名、キャットファイトを繰り広げていた

またもやフーケに向かって、素焼きの大きなつぼが飛んでくるが、フーケが杖を一振りすると

つぼは一直線に投擲者の顔面に返却される。

 

 

つぼを顔面レシーブした男は、視界を奪われ、よろけた拍子に隣の男に頭突きを食らわす

怒った隣の男がつぼ男にパンチを食らわし、さらにそこからここへと喧嘩の火の粉が振りまかれた。

 

フーケはそれを見ても笑い一つ浮かべず、店の扉を開け外に出る、外には、壊れた机や椅子が乱雑に積み上げられており、良く見ると柱に、「壊したヤツは実費弁償!」と大きく書かれていた。

 

フーケはりんごの袋に入っていた地図を頼りに裏路地を歩く

地図の終着点にはこのように書かれていた

"金貨一枚"

 

フーケは地図の終着点まで来たものの、周りは似たような民家ばかりで酒場があるようには見えない

しばらくすると、一人の乞食がフーケに歩み寄ってくる

 

「お優しい旦那様、後金貨1枚で靴を買うことができるのです」

 

これの事かと、フーケは1枚のエキュー金貨を乞食に渡す

するとその乞食は1件の民家を指し、どこへとも無く歩き去って行った

 

民家の扉を開けるも、中は廃墟であり、下へ階段が付いているのみ

仕方なくフーケは階段を降り、終着点の扉を開ける

 

外側の廃墟とは打って変わって、中はこざっぱりとした酒場であった

だが、そこに居並ぶ客たちは、一目でまともな商売をやっていないと分かる連中ばかり

その中に、一人だけ異質な人物が居た

 

 

皮と金属の組み合わされたシンプルな鎧

 

まるで魔法衛士隊のような羽飾りの付いた帽子

 

黒いマント

 

そして机に立てかけられた反りのある細身の長剣

 

いずれも、ディテクトマジックを使わずとも肌で感じるほどの魔力を放出していた

 

 

そして極めつけはその美貌である

若い、男装の麗人、そしてその人物は、皿からりんごを一つ取るとおもむろにかじりつく

カシュと気味の良い音を立て、飛沫が飛ぶ

少し灰色がかった長い髪が、絹織物のように滑らかに輝き、流れる

 

反対側の手は錠前をいじっていた、まるで耳かきのような細い金属製のピックを使い

机の上に置かれた錠前をつついている、すると、カチリと音がして、錠前は簡単に開いた

 

その女性はフーケの姿を見ると、にこりと人好きのする笑みを浮かべ、手招きする

 

「ああ、どうぞお掛けください、女同士、別に気兼ねする必要もありませんしね」

「…」

 

その言葉に、フーケは少し警戒の色を強めながらも、言葉通りイスに腰掛ける、この姿をみて、女だと見抜いたその目に。

 

「で、どんな情報がお望みですか?」

「腕利きの水メイジを雇っている組織を捜している」

「それなら、耳寄りな情報があります。クルデンホルフ大公国の姫君が、とある家庭教師をクビにしたらしいですよ

 しかし、後任の優秀な水メイジがおらず、教師を派遣して欲しいとトリステインに打診しているそうです

 トリステインはクルデンホルフに頭が上がらないですからね、向こうの家庭教師とこちらの教師、交換という事でしょう」

 

確かに、借金大王の展示即売会のようなトリステインは、貸主のクルデンホルフに頭が上がらないのは道理だ

 

 

「…そんな情報をぺらぺらしゃべっていいのか?」

 

 

りんごを食べ終えたその人物は、フーケに向かって人差し指を立てる

 

「これだけでは、何の価値も無い情報でしょう?アフターケア込みで500エキューでいかがですか?」

 

その言葉に、フーケは一瞬びくりとする。ちょうど残りの金貨が500枚だったからだ

ジャガナートから預かった金と、自分の手持ち金合わせてちょうど500枚

 

しばらくの逡巡の後、フーケがドサリと金貨の袋を机に置く

それを見た男装の麗人はにっこりと笑い、今度はフーケにもりんごを勧めてくる

 

「明日、配下の物を使いに出します ああ、マスター、こちらの女性にタミカの399年物をお土産に」

 

フーケは釈然とせぬまま席を立つ、ただ、自分が古くから使ってきた情報屋のツテだ、間違いはないだろう

土産を受け取り、店を出ようとするフーケに、女性が声を掛けてくる

 

 

影と共にあれ(Shadow Hide You)

 

 

■■■

 

 

翌日、寝袋で睡眠をとっていたフーケは、ジャガナートの土木作業の音で目を覚ます

そして、近くに男が立っていたことにようやく気付き、仰天する

 

杖を抜きかけるフーケを制し、みすぼらしい格好の男は、ずだ袋を手渡し、またどこへとも無く歩き出す

中には紙の束、幾つかの錠前、そしてあの男装の麗人が使っていたロックピックが数十本、そしてなぜかりんごが1個入っていた

 

紙を読んだフーケは仰天し、ジャガナートの元へ走っていった

 

 

「おい!竜のダンナ!これ見てみな!」

「なんだ?騒々しい」

「ダンナにだけは言われたかぁないね!」

「ふむ」

 

 

フーケの近くまで頭を近づけ、書類に目を通す

地面に頭を付けても、まだ距離があるため、フーケは片手で書類を持ち、読み終わったものから天に掲げていた

 

実はジャガナートはトリスタニア語は読めない、だが、その図面を見、同梱されている錠前を見

一つの結論を出すことはできた。

 

それは、クルデンホルフ大公国からトリステインへの親書の経路、誰の屋敷にいつどのように保管されるか

どのような経路を通って、誰が手紙を届けるのか、屋敷にはどのような仕掛けがあるのか、また屋敷の見取り図

見張りの配置、交代の時間、錠前のタイプ、すべてが精細に書かれていた

 

そして、はらりと一枚の紙切れが落ち、その紙切れには贋作屋の住所

そして符合としてりんごを使えと書かれていた

 

手紙は、外務卿を経て、高等法院長、マザリーニ枢機卿、そして形だけではあるがアンリエッタへと通される

それを見たフーケは、小刻みに震え始める

 

「一体…あの女は何者なんだい…」

「それは我が問い尋ねたい、やはりそなたのツテは間違い無かった、だが、これほどまでとは…

 しかし、民間の組織にこれほど把握されているとは…トリステインの防諜体制は一体どうなっておるのだ」

 

ジャガナートが呆れたような声を出す。

 

「これじゃ…500でも安すぎるぐらいだよ…」

 

さらにフーケが書類を読み進める、そのうちフーケの額に極太の青筋が現れ、顔が真っ赤になり、終いにはぷるぷると震え始める

 

 

「どうした?」

「書類のすり替えに失敗した場合、書き換えて欲しい内容を書いた紙とりんごをこれこれの場所に置いておけだとさ!!

 これだけお膳立てされて盗めなかったら、末代までの恥さね!昼間にでも盗って来てみせるよ!」

「保険込の金額という訳だな、まあよい、ではトリスタニアへと二人で空の旅と洒落込もうではないか、上は冷えるぞ、着込んで行け」

 

 

「ところで、贋作屋に手紙をどのように書き換えてもらうんだい?」

「ああ、クルデンホルフへ届けられる手紙で、波濤のモットを目一杯持ち上げておけ、そうだな…(欲が無く、寛容で、平民にも好かれ、魔法も優秀、思いやり深く、清貧、未だに結婚せず、純潔の誓いを守っている聖人のような人物)とでも書いてもらえ」

「…どんだけ皮肉なんだい」

 

 

フーケ事マチルダでも、モットの噂は知っている、先ほどジャガナートが述べた言葉を鏡に映し、黒い顔料を塗りたくったら、モットという人物が出来上がるだろう、それでいて優秀なのだから、なおの事始末が悪い。

 

 

さて、ジャガナートの場合、王都に接近するだけで大騒ぎになる事は間違いないので、高高度からフーケを投下する作戦を説明し、その作戦はすぐに決行された。

 

 

■■■

 

 

トリステイン領空、高度8000フィート(約2.5リーグ)

 

 

「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」

「…だからしっかり着込んでおけと言ったではないか」

「寒い寒い寒い寒い」

「上空を哨戒飛行中の風竜に見つからぬぎりぎりの距離だ、もう少し我慢しろ、雲の上に出れば良いが、もっと寒くなるぞ」

「寒い寒い寒い寒い寒い寒い」

 

流石に可愛そうに思ったのか、ジャガナートは重厚な音声で呪をつむぐ

 

「風よ、我が衣よ我が友よ、盟友たる我ジャガナートがここに願い奉る、見えざる盾を我らに与え給え」

 

 

とたんに、ジャガナートの周辺の空気の流れは止まり、寒さに震えていたフーケは一息つく

さらに、背中の装甲板が音を立てて逆立ち、中から熱気が立ち上る。

フーケの周りはさながら春の陽気に包まれたようになった。

 

「帰りは虚無の曜日の夜だ、夜の帳が下りると同時に上昇を開始、できるだけ高度を稼いでおけ、よいな?」

 

 

「ああ、わかったよ」

 

ジャガナートは頷くと、さらに風の精霊の力を借りるために意識を集中する、精霊魔法の利点は、術者の腕によって幾つもの魔法を同時に行使できる点にある。

最も、エルフ程度の使い手では難しいかもしれない、原初の存在に最も近いジャガナートならではの芸当なのかもしれない。

 

「風よ、我が衣よ我が友よ、盟友たる我ジャガナートがここに願い奉る、見えざる8対の翼を我に与え給え、星々の海を押し渡り、久遠の彼方へと共に歩まん」

 

途端に周りの空気が変化し、小さくガラスの鐘を鳴らしたような音が響く

加速に備え、ジャガナートは翼の折りたたみ角度を鋭角にし、手足を目一杯身体にくっつける

 

……リィ……ィン

 

ジャガナートの翼から、身体から、尻尾から、青く小さな光の粒子のようなものが流れ始める

そして、全長80メイルもの巨体が、爆発的な加速を見せる、トリスタニア上空を矢のように通過し

フーケを投下する、投下する際、自分の尻尾でフーケをはたき殺さぬよう細心の注意を払う

 

その後、ジャガナートはインメルマンターンを行い、35000フィート(約10リーグ)まで上昇し

そのまま来た道を学院へ向けて帰っていった

 

 

「流石に調子に乗りすぎたか…」

 

学院付近の森に着陸したジャガナートは、だれに言うでもなくボヤく

その全身はびっしりと氷にまみれ、灼熱の権化である巨体が動くたびに氷がバラバラと散らばる

そして、内部からの放射熱で溶けた氷が湯気になっていた

 

 

■■■

 

 

数日後、シエスタを連れて上機嫌で帰宅したモット伯は、自分の屋敷の前に止まっている車列を見て仰天する

クルデンホルフ大公国の紋章が燦然と輝く巨大な馬車、その前には儀仗兵が並び、モットの到着を今か今かと待ち構えていた

大公の名代として使わされた貴族が、モットの前に平伏し、言葉を述べる

 

「お待ち申し上げておりました、ジュール・ド・モット伯爵閣下、大公殿下もお嬢様も大層お待ちかねでございますぞ」

 

 

「なんの…」

 

一体何の事かと言い掛けたモットの前に、クルデンホルフ大公国への推薦状が広げられる

そこには、外務卿、高等法院長、枢機卿、王女の署名が書かれており、自分の事はロマリアで列聖でもされるのかという勢いで褒めちぎってあった

 

事態が飲み込めず、ついにモット伯はぷるぷると震えだす

 

「さあ、閣下!どうぞお乗りください、屋敷の管理および国務は、後任のものをわが国からよこしますゆえ

 ご心配なさらずとも、何一つご不自由はさせませんぞ!」

 

言われるがままに、儀仗兵が整列する間を歩き、最高級の赤じゅうたんを踏みしめ馬車に乗る

その後ろ姿を、手を胸の前で組んだシエスタが見送る

 

 

それが、絶倫として知られた、ジュール・ド・モット伯爵の最後の姿であった。

 

 

モット伯はクルデンホルフ大公国についてからも盛大な歓待を受ける

平民が道に列を作り、平民たちが投げ出した服が道路にしかれ、紙ふぶきが宙を舞う、大公の城まで平民の列は続いた

平民の列全てが、トリステインからきた"聖者"を一目見ようと集まってきた人々である、中には胸の前で手を組み、始祖に祈りをささげている老人の姿もあった

 

 

完全に頭の中が真っ白になってしまったモット伯は、されるがままに城の謁見室に通される

思考は停止していても、染み付いた礼儀作法だけは自動的に身体を動かす

 

「よくぞ参られた、ジュール・ド・モット殿!我が国はあなたを心から歓迎する!」

 

50半ばであろうかという大公のよく通る力強い声が響き、あろうことか大公はモットのほうへ自ら歩み寄ってくる

 

「元はと言えば、娘が男の家庭教師を付けろとせがんだ事が始まりであったのだが、卿のような人物が我が国へ来られるとは思わなんだ」

 

そこへ、衛兵の一人が入室し、こう告げる

 

「コレリオーネ大司教猊下がお見えになりました!」

 

 

「お通ししろ!失礼の無いように!」

 

 

「はっ!!」

 

衛兵は礼をして退室し、そこに6名の男に担がれた輿に乗って、枯れ木のような老人が現れる

輿が地面に下ろされると、大公すらも膝を付き頭を垂れ、敬意を表する

 

「コレリオーネ大司教猊下におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう…」

 

 

「堅苦しい挨拶は良いのです、…それより、そこの若者が…?」

 

 

「はっ!トリステインより我が国へ参られたジュール・ド・モット殿です」

 

ぷるぷると震える手でモットに手招きをし、ゆっくりと話を始める

 

「…おお、…おお、若き力に満ち溢れておられる、なれど貴方はその欲望を制し、始祖の御心のままに歩んでおられる

 私は…、貴方より5つほど年若いときに、己の欲望に負け…始祖の御名を汚したのです

 その事を今の今まで後悔し、ただ…生き永らえています。ですが、きっとあなたなら私の踏破できなかった道を歩めるでしょう」

 

そこで大司教は聖具を振り、モット伯を祝福する

そして、大公に向き直り、驚きの一言を述べる

 

「…この気高き若者に、助祭の地位を与えたいと思うのですが、聖別の儀は明日執り行いましょう、異論はありますか?」

 

 

「いいえ!始祖の御心のままに!」

 

 

「あなたも…引き受けてくださいますか?」

 

"いいえ"とは決して言えない空気と呼べるものがある、今まさにその空気が全てを支配していた

モット伯は、観念したように頭を垂れ、口を開く

 

「はい…全ては始祖の御心のままに、全身全霊でお受けいたします…」

 

未来の大司教、聖職者ジュール・ド・モット誕生の瞬間であった

 

 

それからと言うもの、モットの周囲は一変する事となる

午前中の礼拝が終わった後、ベアトリスの家庭教師として水の魔法を教え、その後は教会に来る平民の相手をし

水魔法での癒しを行う、それがますます人気を呼び、モットの名声は否応無しに高まる

 

そんな忙しい毎日を送り、自分の趣味を再開したいモットだが

立場がそうさせてくれなかった、"終身助祭"ならともかく"助祭"は、一生純潔の誓いを守る必要があるのである

 

そして、悶々とした毎日を過ごす中、またしてもモットを不幸が襲う

 

 

高齢であったコレリオーネ大司教の死である

 

 

教会を上げての大々的な弔いが行われ、喪の期間が過ぎた後は

当然の如くモットの大司教着座式が大々的に執り行われる

 

式典には聖エイジス・32世、ヴィットーリオ・セレヴァレ聖下も訪れ、目覚しい活躍をするモットに聖ギベリニウスの聖号を賜与する

 

異例のスピード出世を遂げ、ついにはクルデンホルフ大公国の宗教組織のトップに上り詰めてしまった

もはやクルデンホルフ大公といえども、モットに指図はできない

 

だが、ギベリニウス大司教猊下にも、精神的な限界が訪れる

 

人間誰しも、何もかも捨てて逃げ出したい そんな気持ちになる事はある

そして、教会の出口から飛び出したモットの目に入ったものは

 

教会の広場を埋め尽くした、純白の鎧であった

 

「聖ステパノ修道会付き聖堂騎士団!1250名!ギベリニウス大司教猊下にお目通りを願うため、推参仕りました!」

 

「聖エステル修道会付き聖堂騎士団!1250名!ギベリニウス大司教猊下にお目通りを願うため、推参仕りました!」

 

2500名の聖堂騎士が一糸乱れぬ動作でいっせいに跪き、兜を取る

 

「我ら総勢2500名!!唯の一兵と言えども死を恐れる臆病者はおりませぬ!!猊下のご命令とあらば、今すぐにでも聖地へと向かう所存にございます!!」

 

狂信的なまでの忠実さを、ギラギラとしたその眼に浮かべた5000の眼光に射抜かれ、モットはその場に立ち尽くす

 

 

その頬を濡らす一筋の涙

 

 

それを見て、2500名の聖堂騎士たちはますます感銘を受け、中には感動して男泣きするものまで出る始末

 

 

そんな四面楚歌なモットにも転機が訪れる

 

教会に来る平民の子供たちが余りにもみすぼらしい格好をしているため、服を買い与えたのだ

女の子たちが、"げいかがかってくれたふくなの"と喜んではしゃぎ、満面の笑顔を振りまく

 

それを見たモットの心に、言いようの無い感情が芽生える

 

 

"萌え"である

 

 

環境により形成された新たな人格により、女性を欲望に満ちた目で見ることが無くなり

ストレスで髪は綺麗な銀髪と変わる、そして、深い憂いをたたえた目元と相まって文字通り"聖別"されたかのような印象を受ける

 

平民、貴族両方から愛され、説法で時々"萌え"を説く、"聖ギベリニウス大司教猊下"は今日も人々に囲まれ、その優しい笑顔と水の魔法で人々を癒し続けている

 

_________________________________________________

 

 

一方、トリステイン郊外、元モット伯爵邸には代わりの人物が到着していた

クルデンホルフ大公の一人娘ベアトリスの家庭教師をクビになり、モットの代わりにトリステインに派遣されてきた人物である

神経質そうな顔にキラリと光るメガネ

 

年の頃30代、5年前であれば、かなりの美貌を誇っていたであろう整った顔立ちは

ストレスと怒りに彩られ、見る影も無くなっていた。一言で表すなら年増版エレオノール

 

家柄、職業、スタイル(胸以外)、容姿、共に恵まれていたのだが、その潔癖症が災いして、結婚には至らなかった

そして今や、クルデンホルフのわがまま娘にクビにされ、トリステインに派遣されてきたのである

 

嗚呼、栄光の落日

 

新しい主人の到着と言う事で、屋敷の全員が整列し、主人を歓迎する

しかし、不運な事に、モットのメイド達はスタイルの良い女たちで統一されていた

 

ここでまず女主人の機嫌は悪化する

 

そして、メイド達は全員揃ってきわどい服を着ている、女主人の機嫌はますます悪化する

 

そして屋敷の中に入り、裸婦画や裸体像を見るに至り、不機嫌ゲージはレッドゾーンへ

全てモット伯の持ち物であったため、使用人はどうすることもできなかったのである

 

さらに性具やSM道具の並んだ地下室を見るに至り、何かが文字通りプツンと音を立てて切れた

 

モット邸に暴風が吹き荒れた、魔法の風ではなく、怒りの暴風雨

 

今まで潔癖を旨として彼女を制御してきた良心は、怒りにどす黒く染まり、完全に焼き切れてしまった

 

「そうね…、そうよ!手に入らなければ、手に入るようにすればいいのよ!

 なんでこんな簡単な事に今まで気付かなかったのかしら おほほほほほほほほほほほ」

 

スタイルの良いメイドは全員解雇され、代わりに美少年の執事や使用人たちが雇い入れられた

屋敷の裸婦画や裸体像は全て売り払われ、上品なゴシック調の調度品が並べられる

部下の貴族たちも、顔の良い者は残され、それ以外は全て左遷された

 

それほど無茶をしても、有能な彼女の仕事ぶりは、文句をつけるスキを一切与えなかった

 

しかし、その屋敷の地下室からは、夜な夜な男の悲鳴が響き続けたという

 

 

■■■

 

 

トリステイン魔竜の森

 

 

その日、ジャガナートは、アルビオン王国ニューカッスル城に向かう前準備に追われていた、と言っても、巨大な鉤爪のついた巨大な手では何もできず、己の配下を使うのだが

 

 

「マチルダ、マチルダはおらぬか」

「はいはい、旦那、あたしゃここだよ」

 

 

森の小路を通り抜け、マチルダが面倒くさそうに現れる。

 

 

「このロープを我の背にある棘に結んでほしい」

 

そこには、数えるのもうんざりするような数のロープの山があった。

 

「はいはい、人使いの荒い旦那だね」

「ところでマチルダよ、その腰に大量に纏わりついている者はなんだ?」

 

見れば、マチルダの後ろには幾人もの男の子が隠れるようにして付いてきており、ジャガナートを見て真っ青な顔をしている、さらには、見た目18歳ほどの男も2名、マチルダの後ろに付き従い

こちらもまたジャガナートをみて驚愕に目を見開いている。

 

マチルダは眉間を右手でもみながら、不機嫌の色を隠そうともせずに応えた。

 

 

「あたしに聞かれてもね、森で倒れていたのを助けて、服と喰い物を出したらこうなっただけさね」

 

 

改めてジャガナートは、その紅玉の瞳で、男の子たちを精査する

その視線にさらされた者たちは例外なく怯え、マチルダの後ろに隠れようとする。

 

 

「しゃんとしな!この旦那はあんたらを取って喰いやしないよ!」

 

全て見渡したジャガナートに、誰が言うまでもなく一つのポイントだけが浮かぶ

全員が非常に整った顔立ちをしており、肌もきめ細かく、髪の毛もまた、その顔立ちを引きたてている。中性的な顔立ちをした者もおり、精悍な顔の者もいる、いずれの例外もなく、美という言葉がふさわしい

ジャガナートは、一番年かさの男を選び、話しかける。

 

「其の方、そう、お前だ、名はなんという?」

 

選ばれた男の子は震える声で応える、緩やかなウェーブがかかった髪が左目を覆い隠し、どことなく庇護欲をかきたてる

 

 

「レ、レアンと申します。」

「レアンか、良く来た、恐れずとも良い、我が名はジャガナート、この森には其の方らを害する者はおらぬ、そもそも何故この森に倒れておったのかを話せ」

 

 

レアンと名乗った男は語り始める、自分は平民であり、貴族に買われ、屋敷に住み込みで働いていた事。

そこの屋敷は女主人である貴族が治めており、自分たちはそこで、屋敷の管理兼夜の相手役としてそこに居た事。

初めの内は女主人も、自分たちを順番に部屋に呼びつけ、普通の男女の営みを行っていた事。

 

やがてそのうちに、複数の男を呼び寄せるようになり、跪かせた頭に足を乗せ、奉仕するよう求められ

挙句の果てには地下室に連れて行かれ、縛られ、徐々にそれがエスカレートしていった事。

 

そしてついに、一番気に入られていた者たちが一斉に脱走した事。

追手も、魔竜の森までは決して追ってこなかった事。

 

 

「そうか、ここは身を隠すのに最適な場所だ、寛ぐと良い、マチルダに協力し、出来る事を行うが良い」

 

 

こうして、魔竜の森のマチルダの小屋は、必然的に建て増しを行う事になった。

男が女の子を囲い、虐待する例は良く聞くが、その逆もまた然り

 

 

人間とは実に欲深い生き物だ、というジャガナートのつぶやきが風に乗って消えた。

その根本原因を誰が作ったのかまで、彼は思い至らなかったようだ。

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