僕にはお隣さんの幼馴染みがいる。
名前は春雨ちゃん。高校生になったばかりの僕より、3歳位年下の可愛らしい女の子。いつも、何処かおどおどしてて、小動物的な愛らしさを秘めている、妹みたいな幼馴染み。
ちょっとだけ昔のお話をしてみると、小さな頃の春雨ちゃんは、僕の背中に隠れているようなか弱い女の子だった。一緒の登校班で通学してた時も、僕の背中にピッタリとくっついてたくらいに。
春雨ちゃんの両親は共働きで帰ってくる時間も遅い事が多いから、昔から僕の家で一緒にご飯を食べたり、泊めてあげたりと、所謂家ぐるみの付き合いだ。
今日も春雨ちゃんの両親の帰りが遅いらしく、春雨ちゃんの事を頼まれた。僕のお父さんもお母さんも、親戚の方に用事があるから出掛けてた。けど今日中に帰ると言ってたから楽観視してたんだけど……。
『ーー市は台風の影響を受け、暴雨と暴風によりーー』
受話器を当ててた耳とは、反対の耳がテレビからの音声を拾う。
「ーーそっか……。うん。気をつけて」
『ごめんね……。春雨ちゃんの事を頼んだわよ。気をつけてね』
「仕方ないよ。うん。そっちも気をつけてね」
僕の両親が、台風で帰れなくなって、親戚の家に急遽泊まってくことになってしまった。
僕は重くなった足をなんとか持ち上げて、春雨ちゃんの待つテーブルの椅子に腰をおろす。
「なんて言ってましたか……?」
春雨ちゃんは彼女が腕を振るって作ってくれた料理越しに、不安そうに僕に訪ねる。
「ごめんね……。天気が荒れすぎて帰れなくなったって……」
「そうですか……」
残念そうに項垂れる春雨ちゃん。言葉少ない僕らの会話には、雨戸を叩く暴雨と荒れ狂う風が絶え間無く合いの手を打っている。
春雨ちゃんは料理の練習をしてきたから、日頃のお礼として、僕たち家族に振る舞いたかったらしい。なんとも優しい心を持った女の子だろう。
しかし、今この時、彼女の手料理を賞味出来るのが、僕だけと言うのが、本当に悔やまれる。
「僕だけでごめんね……。…… 食べようか」
「い、いえ、お兄さんに食べてもらえるだけでも、春雨は嬉しいです、はい……」
彼女の言葉には嘘はないだろう。でも、言葉尻が萎んでいくのには、ちょっと申し訳なさを覚える。
ーーお兄さんか……。昔は、お兄ちゃんった呼んでくれてたのになぁ……
郷愁を覚えるかのような、一抹の淋しさを僕は胸の奥底で感じる。
春雨ちゃんは俯かせてた顔をあげると、笑顔を作り、両手を合わせる。僕も春雨ちゃんに習うように両手を合わせる。
「「頂きます」」
二人だけの晩餐がここに始まった。
春雨ちゃんの料理はちょっと濃かったりしたけれど、頑張って作ってくれたのが、よく分かる出来だった。
ご飯を食べ終わり、僕も春雨ちゃんもお風呂に入り、お互いに寝床に着く。寝る場所は別々の部屋。僕もその……女の子にあまり見られたく無いの物があるわけで……。だから、普段は別の部屋で寝ている。
窓から閃光が差し込み、間を開けて轟音が鳴り響く。
ーー近いな
光と音から何となくそう思っていると、また閃光と雷鳴が轟いた。
ーーそう近くもないのか?
今度は光と音の感覚が広い。
寝ようとしても、この光と轟音に寝れず、ぼんやりとした頭でこれは停電もあり得るのでは?とか考えてると、小さくドアを叩く音とドアノブが回された音が新たに耳に入った。
ドアに目をやると、そこには、紅色の宝石が宙に浮かんでいた。いや、それが宝石なんかじゃなくて、春雨ちゃんの瞳であるのは重々わかっているのだけれど……。
「あの……一緒に寝ても……いいですか……?」
雷鳴に消されそうな弱々しい声と、今にも零れ落ちそうな位に潤みを帯びた紅瞳。
「うん。いいよ」
僕は二つ返事で了承する。こうなるだろうと思って、隠すべきものは隠してあるし。
春雨ちゃんは昔から雷が苦手なのだ。
春雨ちゃんが寝てた部屋から、二人でお布団を引っ張って、僕のお布団のとなりにセッティングする。
お布団をセッティングし終わって、僕が布団に入ると、春雨ちゃんも慌ててお布団に入って、小動物が甘えて来るかのように僕の胸の中に収まる。
「お兄ちゃん……」
この時ばかりは、昔と変わらない呼び方に戻る。春雨ちゃんからこう呼ばれると、今も昔も春雨ちゃんは春雨ちゃんなんだなって、不思議な安心感を覚える。
「よしよし……」
だから、僕も昔みたいに春雨ちゃんの背中をポンポンと叩く。
昔の春雨ちゃんは、雷が落ちる度に大きな声で泣いてたから、泣き止んで貰うために背中を叩いてたのが、今もこうして残ってる。流石に今は泣いたりはしない。泣きそうになってることは、今も何回かあったけども……。
「お兄ちゃん……」
「なぁに?」
「お兄ちゃん……」
「ここにいるよ」
「お兄……ちゃん……」
「君を守るよ」
「うん……お兄……ちゃ……」
「よしよし」
「お……に……ち……ん……」
うわ言のように僕の事を呼び、僕がここに要ることを確かめるように、僕の手を握る春雨ちゃん。
雷が収まってきたことと、僕がずっと返事をしたことが功を制して春雨ちゃんはやがて、安らかに寝息をたて始めた。
「うん……おやすみ……春雨ちゃん…………」
春雨ちゃんの小さな身体を守るように、僕は春雨ちゃんを僕の身体で覆うように抱いて眠りに着く。
明日こそは、父さんと母さんにも春雨ちゃんの料理を味わって貰えることを願いながらーー――