トゥールの村に到着したレナ達は、例の海賊船についての情報収集を始めた。
結論から言うと、すぐに海賊の情報へたどり着くことができた。その海賊達は市民からの略奪行為は行わず、トゥールの村をメインに漁船の護衛や略奪を行う海賊の征伐などで稼いでいるらしい。
そういう事情から、村人の全員が海賊達と顔見知りで、海賊のことを聞いたときは討伐隊だと勘違い――主にセシルとカインのせいだろう――されて、村人が不安な顔をしていたのが印象的だった。
事情を説明すると海賊のアジトの場所を教えてくれて、レナたちは今そのアジトの前に飛空艇で降り立ったところだった。
飛空艇から降りても特にアジトから誰か出てくる様子もなかったのでこちらからお邪魔させていただくことにする。村人からは聞いていたが、本当にただの洞窟のようだ。
「すみません。トゥールの村の方から、ここが海賊のアジトだと教えてもらいました。誰かいませんか?」
「へーい!」
レナの呼びかけにほとんど間を置かずに奥から返事が帰ってくる。
洞窟の暗闇からぼやっと人の輪郭が浮かび上がり、レナたちの前におそらく海賊の団員と思われるやる気のない顔をした男性が現れる。
紫のバンダナ、上はジャケットのみに下はバンダナと同じ色のダボっとしたズボン。いかにも海賊という格好だ。
「何の用で……げっ!」
素直に出てきてくれたことにレナは驚くが、海賊もこちらを見るなり目を見開いて驚いたようだ。おそらく、村人と同じ勘違いしたのだろう。
「ち、違うんです!私達、船が必要で…それで…」
下手に騒がれたら面倒なことになりそうだったので慌ててフォローする。レナが全て言い終える前に海賊は気の抜けた顔に戻って――
「あー、なるほど。そういうことっすね。ちょいと待っててくだせぇ」
海賊はまた暗闇の中に消えていく。
「とりあえず、話ができそうでよかったわ」
「でも、船貸してくれないって言われたらどうするんだ?」
「なに、力尽くで奪えばいいだけの事だ…」
「そしたら、誰が船を動かすんだい?」
「わしに任せろ!」
などと話しているうちに、先程の団員がまた表に出てくる。
「お頭が入れって言ってるっす。ついてきてくだせぇ」
とりあえず、交渉はさせてくれるのだろう、とレナは小さくガッツポーズ。その瞬間をバッツにはしっかり見られていたので、少し恥ずかしい。
やる気のない海賊に案内されて洞窟の中に入っていく。洞窟内は灯火で照らされており、目が慣れてしまえば特に不自由なく周りを確認できた。
「これが例の船ね――」
海賊が持つ船にしては少々豪華な気はするが、見た目はただの帆船だ。この状況下で動ける秘密がなんなのか気にはなるが、今はとにかく動く船が手に入ればそれでいい。
「ここっす」
ある部屋――と言っていいのかはわからないが――の前で立ち止まった海賊は中に入るように手の動きでレナたちに促す。レナが、ありがとうと一礼しながらその部屋の中に入り、残りのメンバーもそれに続く。
「よう、お前らか。俺の船を借りてぇってのは」
ドスの効いた、だがどこか気品のある声で迎えてくれたのはおそらく海賊の頭領だろう。他の団員とは格好が違う。紫の長髪に切れ長の目、曝け出されたしなやかな肢体。女性と見紛うほどの美しさだったが、目に宿る光は荒々しい海の男そのものだった。男はテーブルに足を乗せたまま高そうな黒いソファーにドカンと座っている。
レナ達はテーブルの前に並び立ち――
「はい、私はレナ=シャルロット=タイクーン、タイクーン王国の第二王女です。私達は風の神殿に向かわねばなりません。そこで、こちらのセシルが風もなしに動く船をこの当たりで見た、ということでこちらに伺いました」
レナの自己紹介を聞いた海賊のボスらしき男は流石に驚いたようで目を丸くする。それと同時に口笛を吹いた理由はわからないが。
「タイクーンのお姫様に『赤い翼』の隊長か。だったら、飛竜か飛空艇で行けばいいじゃねぇか」
「それが、飛竜は怪我で飛べず、飛空艇は着陸できる場所がないのです」
「なるほどねぇ……」
どうやらこの男は必要のない相手に船をわざわざ貸したくはないらしい。当然ではあるが。
「もちろん、お金は払います」
「当たり前だな」
海賊は勢い良く立ち上がってテーブルに身を乗り出すと面白そうに顔を歪めレナを見る。
「そうだな、じゃあ……」
金額を考えて黙り込んだのだろうか、と思ったがどうやらそうではないらしい。海賊は奇妙な物を見る目でレナを――胸のあたりを凝視する。
「おい、こいつレナ様の胸を見てるぞ」
「貫くか」
「なんじゃと…!」
眉をひそめるバッツ。背中の槍に手をかけるカイン。苦笑いするセシル。身を乗り出してレナの胸を見るガラフ。レナはとりあえずガラフに拳を飛ばし、自分の体を抱くようにして海賊から胸部を隠す。
「ち、違うっ……!俺が見てたのはそのペンダントだ!」
「これがどうかしました…?」
海賊の興味がペンダントとはいっても、胸のあたりをジロジロ見られるのは女としては居心地が悪い。レナはペンダントを首から外して手のひらに乗せる。
「間違いない…」
海賊の反応に今度はレナが驚く。父から貰ったペンダント――タイクーンの紋章が入ったこのペンダントに見覚えがあるというのか。確かに、これと同じペンダントはあと一つこの世に存在する。だがアレは――
「やっぱりやめだ…」
ため息を吐きながら男が告げる。
「そんな、待ってください!」
唯一の頼みの綱が風が止まっても動く船なのだ。もう一度考え直してもらわなければ、とレナはいつになく感情を露わにして。
「落ち着けお姫様。船は貸す。だが、金はいらない。代わりに俺も風の神殿とやらについていく。それでどうだ?」
レナは細かく瞬きしながら言葉を失う。絶望が一転して希望へと変わった。あまりにも呆気なかったので状況を飲み込めずにいるのだ。
「いいんじゃないか?戦力は多い方がいいし、しかもタダで貸してくれるってんだぜ?」
「え、ええ……」
たしかにバッツの言うとおりだ。船が借りられるならいくらでも払うつもりだった。それが、お金がいらないどころか海賊の頭が戦力になる。こんなにありがたい話はない。だが、海賊側のメリットが全くわからないのが引っかかって煮え切らない。
「交渉成立だな」
迷ってるレナを横目にカインが前に出ながら勝手に事を進める。だが、しっかりレナの心中を察してくれているようで――
「なに、こいつらがもし何か企んでたとしても、俺とセシルがいれば問題なかろう」
いつの間にか竜の顔を模した兜を外していたカインはレナに微笑みかける。最後にあったときに比べて随分と大人びたカインだが、その笑みは昔の優しい従兄と同じだった。
「別に何も企んじゃいねぇよ。タイクーン王家に恩を売っておけば、後々何かの役に立つかもしれないってだけさ」
「ありがとうございます。海賊さん」
「ファリス=シェルヴィッツだ」
「はい、ファリスさん」
「ファリスでいい。なんか落ち着かねぇ」
ファリスは照れくさそうに頬を掻きながら視線を泳がせている。本当に、悪い人ではなさそうだ。
「と、ところでよ……」
「はい?」
ファリスが何だか言いづらそうにしながらレナの斜め後ろの方を指す。
「そのじーさん。そろそろ起こしたほうがいいんじゃないか?」
レナの鉄拳を受けたガラフが、壁にもたれかかって白目を向いて気絶していた。
本当はもう少しあとで区切ろうと思ったんですけど、ギャグ(?)を入れた結果変なところでキリが良くなってしまいました。