プロローグ
「お父様!」
「レナ、お前は城を頼む」
タイクーン王――アレクサンダー=ハイウインド=タイクーンは愛娘であるレナを制し、飛竜の背に乗る。
「しかし……」
「風に異変が起きた……」
正確には、風に対する感覚に優れる飛竜が酷く落ち着かない様子なのだ。
「だから、わしは風の神殿――クリスタルのところへ行かねばならぬ」
クリスタル、それは世界に恵みをもたらす神秘の結晶。
その中でも、風の神殿に祀られているクリスタルは大気を司り、風の恵みを与えるとされている。今起きている風の異変はその風のクリスタルが異常に見舞われた、とアレクサンダーは考えたのだ。
(ドルガン殿もお気づきだろうか――)
アレクサンダーはこの世界でおそらく最もクリスタルと関わりの深い人物のことを思い出す。風の噂でどうやら息子と共に世界を回っていると聞いたが、まだ旅を続けているなら今はどこにいるのだろうか。すでに風の異変を察知して、神殿へと向かっているということも考えられる。
「それはわかっています。でも、おひとりでは」
タイクーン王国第二王女レナ=シャルロット=タイクーンは風の異変に動揺している飛竜の気持ちを父アレクサンダー以上に敏感に感じ取っていた。
「案ずるな――」
感情を押し殺すように吐き出したアレクサンダー。
レナの優しき心は親として十分に理解している。父である自分と戸惑う飛竜を心配して居ても立ってもいられないのは当然だろう。
だが、アレクサンダーも同様に己が娘のことが心配なのだ。
もし今回の件がクリスタルにかかわることであるならば、風の神殿が安全である保証などどこにもない。そのような危険な場所に娘を連れて行くわけにはいかないという気持ちは、レナが将来国を担う人間であるという事を除いても、人の親であれば然の感情だった。
レナが離れたのを確認し、アレクサンダーの愛竜セトは翼をはばたかせ空へと飛び立つ。その兄である飛竜アベルは弟を見送ると、くるるると喉を鳴らしレナへと寄り添う。
「大丈夫よアベル――お父様ならきっと」
レナが物心ついたころにはすでに槍を置いていたが、アレクサンダーはかつて名を馳せた竜騎士であったと聞く。
というのも現タイクーン王家は世界最大の軍事国家バロン王国の貴族の血筋であり、暴君であった先代タイクーン王を打ち取ったアレクサンダーが王位を簒奪したという経緯がある。レナもタイクーンの近衛兵に匹敵する武術の遣い手ではあるが、偉大な竜騎士である父の足元にも及ばないことはよく理解している。
レナはアベルの頭を撫で父が飛び立った空を一瞥すると、自室に戻ることにした。