Scene:ミシディア
「これは、どういうつもりだ……?」
共に水のクリスタルの奪取のためにこのミシディアに来た仲間のはずの竜騎士――カインの行動に驚きを隠せないセシル。
「どうもこうもあるまい。俺はお前を――バロンを裏切るのさ」
「何故――」
「やり方が気に食わん。水のクリスタルを無理矢理奪えば、各国の反発は避けられん。そうなればクリスタルなど関係なしに世界は混沌の時代を迎えるだろう。そんなことは、お前も分かっているはずだ」
そんなことは分かっている。分かってはいるが、それでもオーディン王の言う事ならばそれが正しいはずだ。自分には及ばない考えがあの方にはあるのだ、そう信じ込んでいた。
「竜騎士団はどうするんだ…!」
「アイツらにも今回の件はすでに伝えている。今頃、バロンは騒ぎになっているだろうな。だから、お前には今すぐにバロンに戻ってもらいたい」
話題を逸らすしかなかったセシルに対して、それも折り込み済みと毅然と返すカイン。
クリスタルの戦士との邂逅。親友の裏切り。飲み込めない想定外続きであるが、これ以上のクリスタル奪還作戦継続はどう考えても不可能だ。
「バロン軍、飛空艇団全員に通達する。水のクリスタル奪還作戦は中止。直ちにバロンへと帰還する」
「「は――ハッ!」」
困惑の中、『赤い翼』の団員達はセシルを回収して飛空艇へと戻っていく。
「な、何が起きてるんだ……?」
セシルを下したばかりのバッツは、目の前で起きた出来事を理解できずにいた。
「すまない、迷惑をかけた」
バロンの飛空艇が飛び立ったのを確認したカインは、ミンウやバッツ達に振り返り深く頭を下げる。
「面を上げてくだされ。どうやら、バロン国内で何やら事が起こっているようですな。良ければ話を聞かせては下さりませんか」
「忝ない。承知した」
ミンウに連れられ、彼の屋敷へと場所を移すバロン軍竜騎士団とクリスタルの戦士達。
「改めて、今回はバロンがミシディアに迷惑を掛けてしまったことを謝罪する。代わりにというわけでもないが、今後は竜騎士団が水のクリスタルの守護に協力すると約束しよう」
「とか何とか言って、油断させたところでクリスタルを奪おうって作戦じゃないよな?」
カインの謝罪に対して横槍を入れたのはファリス。
「ちょっと、ファリス……」
「いや、いいんだレナ。今この状況でバロンの人間である俺が疑われるのは仕方がない。だが、今頃バロンで俺の部下達――バロンに残してきた竜騎士達がクーデターを起こしているはずだ。バロンで起きたクーデター、それ程時を待たずして各国へと報じられるだろう。それを以て竜騎士団のバロンからの離反を信じてもらいたい」
只々頭を下げるカインにさすがのファリスも気折れしてしまう。
「いやいや、別にそこまで疑ってるわけじゃねぇよ。それに、お前らを信じるかどうかは結局ミシディアの人達次第だしな」
ファリスが向けた視線の先にいるミシディアの長――ミンウの思いはすでに固まっているようで――
「バロンが糾弾を恐れずに水のクリスタルを奪うと言うことであれば、そのような回りくどい策を取る必要もありますまい。私はカイン団長を――竜騎士団を信頼したいと思っております」
カインの言った竜騎士団によるクーデターが実際に起こるとなれば、カインの今回の裏切りは当初より想定されていたものであり、クリスタルの戦士達との予想外の遭遇に依る急遽の作戦変更という線は考えづらい。
差し出されたミンウの手に驚きつつも、カインはそれを握り返す。
「まあ、バロンの事情はよくわからないけど、セシルは大丈夫なのか?」
「いや――それなりに苦しい思いをさせていると思う。まさか俺が裏切るとは思いもよらなかっただろう。それに――」
「俺達がいたことも、か」
バッツの言葉にカインが小さく頷く。風の神殿での戦い、バロン城での模擬戦を経て短い関係ながらも、お互いを認め合い確かな絆を感じていたバッツとセシル。二人のすれ違いはバッツの心に影を落としていた。負けたセシルの方はそれ以上だろう。
「それだけじゃない。バロン城での戦いとは比べ物にならないお前の力。あれは手を抜いていたのか?風の神殿でもあの時以上の力を発揮していたように見えたが」
「いやいや、まさかセシル相手に手加減なんかできるわけないだろ。アレは俺にもよくわかんなくて、バロンの時は何かクリスタルの力が弱まっていたんだよ」
「何それ――バッツ、どういうこと?」
クリスタルの力の出力の違いに言及する二人の会話にレナが首を傾げる。
「なるほど――それは、おそらく地脈の作用によるものでしょうな」
そこに答えを提示したのはミンウだった。
「地脈?」
聞き慣れない単語に、今度はバッツまでも疑問を顔に浮かべる。それを見たミンウが髭を撫でながら頷く。
「うむ。皆様はライフストリームという概念はご存知ですかな」
ライフストリーム――生物が持っていた記憶がその子に際して星へと還元されてエネルギー体として星の体内を循環し、それがまた新たな生命を生むという星命学の概念。近年、そのライフストリームは実態を持って星の中を流れているということが解明された。神羅カンパニーが利用している『魔晄』のことである。
「ライフストリームという概念は星命学のものですが、魔法学にも同様の概念が存在しております。それが地脈であります。バッツ殿が使ったクリスタルの力が場所によってその強さを変えたようですが、実は同じような現象は魔法にも起こることなのです。大昔の魔道士たちは、星の記憶のエネルギーは実際にこの大地の下を流れており、そのエネルギーがより地上に近いところを流れている場所では魔法の力が強くなると考えたようです。そのエネルギーの流れのことを地脈と呼んでおります」
「なるほど、クリスタルが世界の化身だとすると、確かに魔法と同様に――いや、それ以上に地脈の影響を受けるというのも納得ですね」
ミンウの説明にレナが頷く。
「ええ、そしてクリスタルが存在している場所は全て魔法学において地脈が強いとされている場所でございます。それ以外ですと、ミディールとミッドガルがそうですな」
「だから、神羅カンパニーはミッドガルを中心に魔晄事業を推進しているというわけか」
カインの問いかけをミンウが肯定する。
「更に申し上げますと、神羅カンパニーが製造しているマテリアですが、アレは人工のクリスタルとでも言うべき代物ですな」
「なるほど。マテリアってのは魔晄を圧縮して結晶化させて作るって聞いたことがある。んで、その魔晄の正体が星の記憶のエネルギーだとすると、確かに殆どクリスタルみてぇなもんか」
無論、マテリアの製造以前にクリスタルを媒介に魔法等の何かしらの事象を引き起こしたという例は記録されておらず、神羅カンパニーもクリスタルの人為的な製造を目指していたわけではなく、偶然の一致にすぎない。
「と、話が少々逸れてしまいましたが、皆様方のクリスタルの力は地脈の作用によりその出力に差異が生じるものと思われます。今後も必要な力ではありますが、その行使については十分にお気をつけください」
「ええ、わかりました。ありがとうございます」
ミンウの説明に深く頭を下げるレナ。彼女自身はまだその差異をあまり実感できてはいなかったのだが、だからこそこの場でそれを知ることができたのは非常にありがたい。
「それで、お前たちはどうするのだ?」
口を開いたのはカイン。お前たちというのはクリスタルの戦士達のことだ。
「そうですね。まずは各地のクリスタルを訪ねようと思っていました。今回の件でバロン王国がクリスタルを狙っているということがわかったのですが、水のクリスタルは――」
「ああ、俺達竜騎士団が守護する。だから、レナ達は他のクリスタルのところに行ってくれ。むしろその方がいいだろう」
バロン王国軍にて白兵戦最強の竜騎士団に加えてクリスタルの戦士の抵抗があるとなれば、バロン軍もそう易易とミシディアに侵攻することはできないはずだ。なれば、バロンが二の足を踏んでいる間に各クリスタルの防備を固めていく必要がある。そして、クリスタルの戦士以上にその役目に相応しい者はいないだろう。
「でしたら、私達は当初の予定通り他のクリスタルを巡ることにします」
「決まりですかな。ここからの距離としてはファブールの方が近いですが、ホブスの山を越える必要があるので、結果としてカルナックに向かうのとかかる時間はそう変わらないでしょう」
ファブール、カルナック――残り2つのクリスタルを保有している2つの国。そして、両国とも他に類を見ない独自の戦力を持つ国でもある。
ファブールといえば、言わずとしれた僧兵――モンク僧である。ある程度宗教色のある国家には、モンクと呼ばれる己の肉体を高めることを目的とした修道士が存在するのだが、ファブール正規軍は全てそのモンクによって構成されている。武器を持たない武闘家の集団ながら鍛え上げられた肉体は鎧にも迫る硬度を誇り、振るわれる蹴りや突きは武器の一撃にも勝るとも劣らない。
だが、ファブール軍の何よりの強みは修行により研ぎ澄まされた強靭な精神力である。限界にまで練達された肉体と精神により極限状態での戦闘行為を可能とするモンク僧軍。専守防衛においては、おそらくファブール軍に追随できる軍隊はこの世に存在しない。
一方のカルナック軍は一般的な歩兵をベースとしながら、多数の軍用犬を導入していることが特徴である。一応神羅の軍隊もかなりの数の軍用犬を採用しているのだが、正規軍として軍用犬を大規模登用している軍隊はカルナックくらいのものだ。だが、現在のカルナック軍の特筆すべき点はそこではない。クリスタル保有国で唯一、クリスタルの力を軍事転用しているのがカルナック軍なのだ――というより、クリスタルの力を意図的に活用しているのがカルナックだけである。
とは言っても、バッツ達のようにクリスタルが持つ星の記憶の力を活用しているわけではない。実体化した星の記憶――魔晄をエネルギーとして利用している神羅と同様に、クリスタルそのものが持つエネルギーを抽出することで軍事利用しているのだ。
「でしたら、次に向かうのはファブールにしましょう。クリスタルを軍事利用しているカルナックは私達のことをすんなりと受け入れてくれるかわかりませんし」
この場にいる者は概ねレナが口にした事と同じ考えのため特に異論もない。
「よーし、決まりだな!んじゃ、もう明日には出るだろうし今日は宿に戻ってゆっくり休もうぜ!」
堅苦しい空気が苦手なファリスが勢いよく立ち上がる。
「ミンウさん、この度は色々とありがとうございました」
「いえいえ、礼には及びません。我々ミシディアの民は一丸となってクリスタルの戦士の力となります」
ミンウの気持ちを受け取ったクリスタルの戦士達一行は宿屋へと戻ることになった。カインらバロン軍竜騎士団はミンウが所有している空き家に匿われることとなった。
ファブールへ向かうための準備を終え、レナは一人部屋に戻り、ファリスとガラフが床に就いた後、寝付けないバッツは宿を出て村の外れへと歩いていく。
「ん、バッツか――」
先客のカインが気にもたれ掛かって空を眺めていた。いつもの龍の兜は着けておらず、長い金髪が夜風に靡いている。
「なんだ、カインも寝付けないのか?」
「そういうお前こそ」
お互い苦笑を浮かべて数秒の静寂。
「不安なんだ――」
ポツリと弱音を吐いたのはカインだった。
「不安って、お前がか?」
「俺をなんだと思ってるんだ……」
カインが目を細めて不満げにバッツを睨む。そんなカインの様子に笑いが堪えきれずに吹き出すバッツ。
「なるほどね。バロン王国竜騎士団長様も人の子ってわけだ」
バッツはうんうんと頷きながら思わず顔が綻ばせる。かつては雲の上の存在だと思っていたあのカイン=ハイウインドの等身大の姿が見られたことが、何だか嬉しかった。
「フッ――まあ、そんなところだ。親友と敵対し、祖国を裏切り――これで本当に良かったのか」
「でも、バロンのやり方は正しくないって、俺も思うよ」
「そうだ。他国からクリスタルを奪うなどあってはならない」
「だったら、迷うことなんかないんじゃないか?カインが思う道を行けばいいと思うよ。というより、進むべき道がわかってるからこそ、竜騎士団の皆はお前についてきてくれてるんじゃないかな?」
バッツの言葉に驚いたようにカインが目を丸くする。
「それもそうだな――いや、すまない。この俺としたことが、情けないところを見せたな」
「そんなことないと思うけどな」
バッツは理解している。カインに迷いがあるわけではない。心苦しい選択をしなければならなかった。その辛さを部下には見せずに、一人で紛らわす時間が欲しかっただけなのだと。
「レナのこと、頼むぞ」
「へっ…?」
突然レナの名前を出されて情けない声を返すバッツ。
「『へっ…?』ではない。これからも共に戦っていくのだろう?」
「あ、ああ…そーゆーことね……」
カインの意図を理解したバッツが「あはは」と乾いた笑いを漏らす。
「頼むからしっかりしてくれ。これ以上心配事を増やしたくない…」
「任せてくれ。守ってみせるよ。レナも、この世界も」
それを聞いたカインはそれ以上何も言わず、キザに鼻を鳴らして再び空を見上げる。
バッツもつられるようにミシディアの夜空を仰ぐ。
俗世と離れた魔道士達の村の上空に黒く広がる夜空には、燦然と輝く月の周りに無数の星が散らばって見えた。
「裏切り」というタイトルながら、今回の重要なポイントはライフストリームとクリスタルの関係性でした。以前より「世界の意思」と「星の記憶」は同一のものだと仄めかし続けてはいたのですが、ここにてミンウさんよりガッツリ語られました。
FFU参戦作品の中ではやはりどうしてもFF7が浮いてしまうので、このタイミングで多少強引ながら明確にクリスタルとの関連を見せようという意図ですね。
最後のバッツとカインのお話のところですが、色々事が起こってゴチャゴチャしてたのが一旦落ち着いたタイミングで、夜中にこっそり二人で話すみたいな展開が何か好きなんですよね。多分今後もどこかでやると思います。