Main Character:ロック=コール
ロック・コールは立ち尽くす。戦士ではない彼にとって、バロン王国軍の猛者二人の戦いに割って入るのは至難の業であった。
「おおおおおおっ!」
「はぁあああっ!」
剣と槍が打ち合う音を、ロックは何度聞いたかもはや覚えていない。リーチと手数ともに勝るアーロンの先手の槍撃を、グレアは幾度となく防いでいた。これは、お互いの実力がほとんど互角であること以外にもいくつか要因があった。
ひとつは、アーロンが得意の跳躍、突撃といった戦法を迂闊に取れないことである。仮にこれらの攻撃を避けられた場合、自身の退路にグレアが立ちはだかることとなる。ならばいっそ戦いを放棄して逃げるという選択肢が考えられるが、陸兵団長グレア=ヴィーザルの驚異的な身体能力がそれを許してはくれない。直線移動の速度であれば、この男は並の竜騎士を凌駕するのだ。いくら竜騎士団副団長といえど、確実に逃げられる保証はない。
もうひとつは、グレアが守りに長けた戦士だということである。バロン王国軍随一の肉体派集団である陸兵団長、その長ともなるグレアはやはり肉体の強度が頭一つ抜けている。それだけではなく、グレアは歴代の陸兵団長で最長の在籍期間を誇る兵士なのだ。具体的には、陸兵団の平均在籍期間が5年に対して、グレアは10年間も陸兵団として戦っている。内4年間は団長としての期間である。バロンの軍事行動の最前線を張る彼らは、八軍団の中で最も死傷率が高い。生き延びたとしても、肉体を酷使する彼らの兵士としての寿命は当然短い。にもかかわらず、これほどの年月をバロン陸兵として過ごしているということが、彼の守りが優れていることを裏付けている。
一方的で、竜騎士団副団長アーロン=ファフナーもグレアに劣らぬ優秀な騎士である。同じ時代に天才カイン=ハイウインドがいなければ、歴代最強竜騎士として名を挙げる者がいてもおかしくはない程だ。単純な槍術のみで言えば、カインをも上回ると考える者も少なくはない。当のカイン本人もその一人である。
世界最大の軍事国家バロンにおいて最高峰の戦闘技術を持つ二人の戦いに加われない事は特段責められるべきことではない。では、ロックは弱いのかと問われれば、その答えは「否」である。
彼がトレジャーハンターとして培った危機察知・観察の能力は戦闘にも遺憾なく発揮される。宝を求めて様々な場所を巡った彼は、それだけ死の危険をくぐり抜けている。魔物だけではなく、環境そのものが死と隣合わせである場所も少なくはなかった。
だが、ロックは今もこうして生きている。そんな彼にとって、人に齎される死――害意や殺意の籠もった攻撃など目で見るまでもなく感じ取ることができる。このロックの特性は防御面では当然ながら、攻撃面でも非常に有用である。人間の殺意というものは思いの外敏感で、戦いにおける一つ一つの動作に籠もるものである。ロックはその殺意の波を感じる――つまり、相手の隙を肌感覚で察知することができる。
アーロンとグレアの戦闘が膠着している第三の理由がこれだった。グレアの最も嫌なタイミングでロックが攻める素振りを見せるせいで、グレアも思い切った攻めに転じることができないのだ。
(だけど――この状況はかなりマズいな……)
膠着しているのはあくまでも今この場の戦いに過ぎない。敵地から撤退する必要があるロックたちにとっては俄然不利な状況には変わりがない。ここは多少無理にでもグレアを振り切る策を取るべきであるが、アーロンの戦い方は些か消極的すぎる。いくらグレアが強敵とはいえ、まるでこの戦いを引き延ばそうとしているようにも見えてしまう。
(くそっ……やっぱり、ムスタディオのやつに銃を借りておくべきだったか?)
もちろん考えなかったわけではない。銃火器を使用しないバロンに行商に来た武器商人として銃を持ち込むのはリスクが高すぎる上、ロック自身があまり銃の扱いに慣れているわけではないため見送ることになった。だが、あまり戦力となれていない現状を思うと、そう考えずにはいられなかった。
アーロンとグレアが奏でる金属音を聞くたび、ロックの焦りは増してゆく。
(何故アーロンはグレアとの交戦を続ける?グレアが強すぎるのはわかるが、撤退を試みすらしないのはいくらなんでも不自然だ。このままじゃ、城からの援軍だけじゃなくて飛空艇団だって帰って――)
そうロックが思ったのとほぼ同時に、遠方からプロペラ音が聞こえる。そして、ロックは見逃さなかった。陸兵団長グレア=ヴィーザルの意識が、その音に大きく向けられたのを。
(今っ――!)
そのグレアに目掛けて、ロックは手に持ったナイフを投げつける。飛空艇のプロペラ音に意識を持っていかれていたグレアにとっては完全な不意打ち。辛うじてナイフの投擲を剣で防ぐが、体勢は大きく崩れた。
「今です!」
アーロンの合図に、ロックはすぐさま撤退を開始する。それにアーロンもすぐに追いつく。
「なるほどな。アーロン、あんた――飛空艇団が戻ってくるのを待っていたのか。竜騎士と俺達以外は飛空艇に竜騎士団が乗っていないのを知らないから――」
ロックの言った通り、バロンの人間はミシディアで何か起きたのかを知るはずがないのだ。もちろん、カイン=ハイウインドがこのクーデターに噛んでいないと考えるものはいないが、カインの親友であるセシル=ハーヴィ――『赤い翼』がどのような立場でバロンへと帰還してきたのかなどわかるはずもない。寧ろ、セシルとカインの繋がりを考えれば、『赤い翼』もクーデターに噛んでいると考えるほうが自然だろう。
「ええ、貴方の戦い方を見て、貴方であれば飛空艇に気を取られたグレアの隙を見逃すはずがないと確信しましたので」
まさかバロン王国竜騎士団の副団長にそのような信頼を向けられていたとは思わず、ロックはなんだかむず痒い気持ちになる。
城下町を駆け抜けるロック達と入れ違いになるように、バロンの飛空艇が彼等の頭上を通り過ぎる。
城下町の門はすぐそこ。あそこを越えればバロン軍もすぐには追っては来られない。
門を目の前にしたロックたちの前に黒い衝撃波が降り注ぐ。
「な、何だ!?」
舞い上がった砂煙の向こうより歩み寄ってくる人影。それは、漆黒の鎧を身に纏った暗黒騎士だった。
「セシル、さん……!」
作戦成功目前で、最悪の敵が立ちはだかる。
直前まで採用するか悩んでたラストですが、インパクト重視で取り入れてしまいました