プロローグ
「なんでしょう。魔法、とは違ったまた不思議な感じというか……」
ファブールの城壁を前にしたレナの言葉は、クリスタルの力に由来する神秘に対する知覚ではなく、人間が本来持ち得る感覚から出たものだった。
ファブール──国と同じ名前を冠する宗教を国教とする、世界でも有数の宗教国家である。国と同じ名前の宗教というよりは、ファブール教を信奉する者たちによって作られた国に宗教の名前がそのまま使われたと言ったほうがこの国の成り立ちとしては正しい説明であろう。そして、その由来はファブール教を興した人物に他ならない。
宗教団体が大元となって成立した国は歴史上でも珍しく、現存する国家という括りの中であれば唯一である。だが、ファブールが特異であるのは国家と宗教の関係性ではなく、寧ろファブール教の教義の方だ。
教義というものは宗教における絶対的な真理に他ならない。それを疑うことなどあるはずもなく、信徒はその真理に信心を捧げることで自らを正しい者であると規定し、救いを得る――というのが、宗教のあり方である。
しかし、ファブール教の教えに真理というものは存在しない。正確に言うなら、教え与えられるものではない。真理とは、自らの心身を鍛え高めることにより自ずと辿り着くものである。ファブール教では、これを「悟り」と呼んでいる。
つまり、ファブール教における教義とは、開祖――僧正ファブールが至った悟りの境地へ辿り着くための手法であり、真理が如何様なものであるかを説くものではない。ファブール国内ではファブール本教――僧正ファブールの悟りへの道筋を追従する宗派が大半であるが、国外の数多くの分派が用いる教義は多種多様であり、「真理に至り神格へと成った最初の人物であるファブールを最高の信仰対象とする」「ファブールと同じ真理に至るために修行をおこなう」という点くらいしか共通点はないと言っていい。余談ではあるが、「修行」というのは元々「悟りに至るために己に課す苦行」を示すファブール教用語である。
だが、それの共通点の少なさはあくまでもファブール教そのものについての話であり、ファブール教の信徒――モンク僧達には宗派を問わず明確な共通点が存在する。それは、修業により得られる強靭な肉体と精神である。悟りに至るというファブール教の本懐は捨て置き、民を強くするという目的でファブール教を国教としている国もあるほどだ。
ファブール教の総本山であるファブール国のモンク僧兵団は世界でも屈指の軍隊である。用いる兵装は修道服と手甲のみであるにも関わらず、最新鋭の武具を揃えた軍隊にも引けを取らず、寧ろ武具が安価であるがゆえに持久戦に滅法強い。ファブール本教の教義を簡単に表すなら「贅を断つ」というものであり、モンク僧兵達は普段から粗食で過ごしている。これもまたモンク僧兵団が持久戦に強い大きな理由でもある。
一方で身の回りの設備といえば、貴金属や宝石のあしらわれた豪華絢爛な建造物が散見される。修行の一環として、敢えて身近に人を拐かすモノを置くことで、常にそれに耐えなければならない環境を作るためであるが、富のイメージを与えることでファブール教に興味を抱かせるという布教の意味もある。
「ファブールって言えば、もっと質素倹約なイメージだったけど……思ってたのと大分雰囲気が違うな」
「まあ、宗教って結構儲かるらしいぜ?ファブール以外の国でも結構流行ってるし、元締めとしてたんまり貰ってんじゃねぇか?」
旅で知ったファブールへのイメージの違いを口にするバッツに対して、ファリスがモンク僧兵達には聞かせられない発言で答える。
「うーむ…ファブールか……特に思い出せることもなさそうじゃのう」
流行りの宗教ということで少なくとも失う前の記憶の中にあるはずだろう、と頭を悩ませるガラフだったがこれと言って何かが引っかかる気配は全く感じない。
「少し気後れするところはありますが、取り敢えずファブールに入りましょう?この先にクリスタルがあるのは、確かに感じられますし」
ファブールへの正式な入国は他の国に比べてもだいぶ緩いと言える。国そのものが巨大な宗教国家ということもあり、とにかく門戸が広いのだ。宗教とは教えを広めて多くの人を正しい道へと導くことが目的であり、ファブール教もそれは例外ではない。加えて、ファブール教には暗黒騎士が剣を置いてモンク僧となり悟りを開いたという逸話があるため、他の宗教よりもさらに来るもの拒まずな宗教でもある。故に、レナ達も城門で簡単に身元と目的の確認をされただけで、すんなり入国出来てしまった。
さすがに、クリスタルの件でファブールの国王に話がある、という用件については城門の番人も目を丸くしていたが。