プロローグ
ルーネスは纏わりついてきた黒い霧を払うように、ロングソードを振り回す。霧はそれを避けるようにしてルーネスの体から離れると、クリスタルから少し離れた位置に漂い始める。
霧に包まれたことによる影響は特に何もないようだが、それが逆に不気味だった。逃げるべきか、とルーネスが足を一歩後ろに下げるとほぼ同時に霧がうごめきだす。それは次第に何かを形どって、気が付けば目の前にはルーネスの数倍はあろうかという巨躯を誇るカメのモンスターが出現していた。
「なんだってんだよ…!」
自分の村の近くにこんな巨大なモンスターが生息しているという話は聞いたことがない。ならば、先ほどの黒い霧は召喚術の類のものなのだろうか。何故だ。自分を狙ってのことか。それとも、このクリスタルが目的なのか。何もかも意味が分からなかった。だが、このカメのモンスターを何とかしなければ生きては帰れない、それだけはわかった。
1番得意なく武器を持ってきて幸いだった、と自分の直感――とも言えない偶然の行動に感謝しながら、次にとるべき行動を考える。
巨ガメの四肢は平らで、とくに前脚が大きい――つまり、ウミガメに分類される形態をしている。ならば地べたを這いずり回っているのかというとそうではなく、空中に浮いているのだ。地中に潜って部屋のようになった祭壇がクリスタルの青い光に満ちていることもあって、まるで水中にいるのではと錯覚してしまう。
(いや、違う――ここはただの地下でヤツはウミガメだ!)
不穏な考えに呑まれそうなのを何とか堪え、ロングソードを両手で握りしめる。落ち着いてもう一度モンスターの姿を確認する。四本の足の先についている爪――棘と言ってもいいかもしれない―、鋭い牙、そして細かく尖った甲羅。これらを攻撃に用いるのだろう。だが、それが分かったところで大した対策など思いつかない。そもそもこの体格差では一撃貰えばそれで終わりだ。
(だったら、頭を叩き斬って終わらせてやる――)
ルーネスの戦意に反応してか、巨大なカメのモンスター――ランドタートルが動き出す。大きく平たい前脚を振ると、その巨体がルーネスに向かって流れる。まるで、空中を泳いでいるかのように。
幸い動きはそこまで速くない。ルーネスは大きく横に跳んでランドタートルの突進を回避する。進行方向に敵がいなくなったランドタートルは、再び脚を振って方向転換する。
「はぁっ!」
ルーネスは進行速度を緩めて方向転換するランドタートルに接近して頭を斬り付ける。棘のついた前脚がルーネスに迫るが、体勢を低くしてこれを回避。縮めた身体を解放して一気に加速。後ろ足を斬り付けながらランドタートルの後ろに回り込む。
クリスタルの祭壇に重い唸り声が響く。ランドタートルから発せられた苦悶の声に空気がビリビリ振動する。ちらりとクリスタルを確認するが、神秘の結晶は我関せずと光を放ち続けている。
自分を狙ってきたということは、こいつの目的はクリスタルではないのだろうか。そう決めつけるにはまだ早いが、今の一撃もあってかランドタートルの意識は完全にルーネスに向いているようだった。弱者を見下す虚無の瞳に怒りの色が灯されていた。