大変遅くなりました。お待たせしてすみませんでした……
一番はじめにルート分岐する話にしました。ここで止まらなければ、エンドが変わります。
もし、宮殿に招かれたドゥリーヨダナが完全に戦意喪失したらというきっかけ。グッドエンドです。
「あああああああ!!」
祝いが終わり、国へと帰ってからすぐに部屋に引きこもり、叫ぶ。
叫んで、叫んで、噎せに噎せる。手当り次第に物を投げる、投げる、投げる、投げる、投げる。自分がどうしたいのかもわからない。ただ、己の感情をどうしても抑えきれない。垂れ流すしか、仕方がない。
悲しい。寂しい。苦しい。心が痛い。ズキズキして、ギスギスして、手足が重くて、どうしようもなかった。
ひっくり返し、投げていた小物は粉々に砕けていた。どうせ、私が作ったものだ。この部屋には何一つ、ただのひとつでさえ、誰かの作ったもので壊せるものはない。全部、私が好き勝手に作り出して、壊しているだけだ。自業自得だ。
次を、と長机の上に置いていた盃を手に取った。
振りかぶって、粉や欠片になって散って目に入らないように目をそらして、振り上げる。
が、結局それは投げられることなく、砕けることもなく、散ることもなかった。私の腕を掴んだ男がいたからだ。
「ドゥリーヨダナ、もういいだろう」
「か、るな……」
部屋に寄らないと思っていた将軍。私の、懐刀。何でいるんだ。なんで、止めようとするんだ。自業自得だ。誰も損をしない。誰も得もしないけれど。
「何故、そんなに荒れている。お前は壮麗な宮殿にも、麗しい召使いにも惹かれないだろう」
ああ、そうか。私が荒れているからだめなのだ。表面だけでも平静で、いつも通りに、王の機能だけ備えている風体ならいいのだ。ああ、情けない。そんなことにさえ気づかなかった。友に、心配をかけてしまった。負担をかけてはいけないのに。迷惑をかけてはいけないのに。いつも通りでないと、いけないのに。
「私のしたことは、全部無駄だった……!」
そう、無駄だったという事実にだけ、揺さぶられて、どうしようもないんだ。
涙は出てこない。呼吸が苦しくて、心臓が早鐘を打って、肺が痛くて、心底苦しい。
「生きる人々を尊重して、餓えや、恐怖から開放したかった!」
それが人として生きるために必要だと思ったから。明日を生きようとできる、近道だと信じていたから。痩せた土地は肥やせるよう、増えた人を賄えるよう。
「富を蓄えて、みんなを豊かにしたかった!」
この国の社会の、どの階層の人でも、満足に生きて暮らせるように、全体が豊かになるようにしたかった。そのために私は金を使ったし、富を溜め込んで国全体に流した。そのために国外の富を得る交易を増やした。人と人とが混じり合い、ここでは駄目でもどこかで生きていけるよう、力をつけて出ていく人が出てくるように。そうして、幸せになるように。
「王であるから、そうできる力はあった。あったのに、私は全部無駄にした……!」
ぜんぶ、だめだった。だめだったんだ。
ユディシュティラの王国では、みな豊かになっていた。飢えはない。恐怖もない。文化水準も高い。それに、あの宮殿は、外の宝石だけでも非常時に売り払えば民すべてを飢えさせない。人が多く入ることができ、何か災害が起きれば避難させることもできる。私より、ずっと王らしい王だ。立派な、王様だった。
私では、中途半端にしか国を、民を育てることのできない王などでは、だめだった。
国は育った。でも、きっと争いが起こるだろう。隣の芝が気のせいではなく本当に青々しているのだから。自分の芝も青いのに、必要以上に育てられた芝しか、きっと見えなくなる。これでは、戦争に突き進むしか、なくなるのだ。
そして、その大本になるのが、私だ。厄災の王だ。そして、戦場で弟たちや兵士をクリシュナに倒され、私自身はビーマに倒される。石は、転がろうとしだした。
「なら、諦めるのか」
静かな声だった。とても凪いだ、いつも通りの声だ。ただ、諦めのような声だ。そのままならそれも致し方ないと、そう言うような、低い声だ。
「お前は、半ばにしてすべて投げ捨てるのか。癇癪で物を投げるついでに、国も責務も投げ捨てるか」
それもいいかもしれない、と思った。
私は、結局不要なんだ。ほんとうは死んでいたはずの忌み子だ。生まれ落ちてすぐに迷いから生かされた、ただの悪者だ。異物だ。そのくせ、小賢しい言葉と行動で殺されるのを先延ばしにしてきた。それだけのもの、その程度の人間でしかないのだ。
でも、投げ捨てるのは、絶対にダメだ。それでは、苦しむ人が増える。本当に助かるべき人が多く犠牲になる。だから、責務まで投げることだけはしない。
「いや、違う。私は、国の憂いも責務も、全部抱えて死ぬべきだ」
私は王族だ。王族として、あと少しだけ生きて、死なねばならない。
だから、全部終わらせる手筈が必要だ。不本意だが、早く終わらせてしまおうと思う。兄の首だけ持って行かせ、弟たちは生かしたい。親友には暇を出し、どこかでずっと好きに生きてほしい。
ああ、やっと思い出した。私は私らしく、終わらせていいのだ。
「カルナ、ヴィカルタナ。我が親友よ。私を、早く死なせておくれ」
彼の顔は見ることができないけれど。直視したら、揺らいでしまいそうな決意でしかないけれど。
「ドゥリーヨダナ」
「私は君の友情に報いよう。君の好意に感謝し、すべてのものを授けよう。私は死なねばならないのだから、私自身に残されたものはすべて捧げよう」
ぎりり、と一瞬力が抜けた手が一気に骨まで掴まんばかりに締められる。カルナの手には随分と力がこもっていて、下手をしたら砕かれてしまいそうだ。神の子に勝てる人間ではないから、振りほどくことはできない。
これ、すごく怒ってるな。
「お前は、いいのか」
「良い。揺らぎそうなほど弱いけれど、紛れもなく私自身の望みだ」
「……そうか」
項垂れるような返事とともに、手に込められていた力が抜けた。諦めたんだろう。
「ただ、その前に願いがあるんだ。叶えてくれるね、カルナ」
「……お前が、望むのなら」
口元が緩んで、まなじりが下がる。微笑んでいる。あの、カルナが。
あぁ、もったいないことしたなぁ。私、これならもう少しカルナと青春しても良かったんじゃないかな。たぶん本当は、仮初の友なんかじゃなかったんだ。きっと、ちゃんと親友だった。
「何をすればいい」
「ああ、それはね、……」
冬木の図書館。忘れ物が挟まれてないか確認するため司書が本を開くと、一枚のメモが挟まれていた。古代インドについての本の中、誰かのメモは、どうやらドゥリーヨダナ王に関するものらしい。
【クルの王、ドゥリーヨダナは悪王で、かつ賢王であるとされている。
産声を上げたときから厄災をもたらす忌み子とされ、神をも恐れぬ態度で国を収めた。そして、国の滅びは彼がきっかけとなっている。
しかし、研究では圧政はなかったとされ、見直しが進められている。彼の治世では目立った騒乱はすぐ鎮圧され、貧者には大いに庇護があった。パーンダヴァ五兄弟と敵対していたのも神からの脱却による人権の確立の為と考えられる。
彼は交易国に留学生、行商人と称し人員を多数送り出したが、それに同行した際、風土病にかかり、亡くなったとされる。
その死後、彼の遺言によって王国は一つに戻ったが、将軍であるヴィカルタナは行方をくらまし、民はパーンダヴァ兄弟の治世を容易くは受け入れなかったとされる。彼の弟たちであるカウラヴァ兄弟は皆散り散りに、思い思いにクシャトリヤとしての生を全うしたという。
覚悟を決めてからやっと親友だったことに気づいたという話。
前々からこの流れは一つ作ろうと思っていたのですが、書き方に悩みに悩んで書けなくなっていました。
このルートに入るのは
・ドゥリーヨダナが過労
・もう友情があったことに気づいてない
・インド神への不遜さが薄れている
の条件が揃ったときです。結構ここに落ちやすいルートかもしれない