世界の果てと呼ばれる断崖絶壁には箱庭の世界を八つに分かつ大河の終着点、トリトニスの大滝がある。横幅が、かのナイアガラの大瀑布の二倍以上あるこの滝は見る者に壮大な感動をもたらすだろう。
………先ほどから響く地震と爆音が無ければ、の話であるが。
『まだ……まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ!!』
現在、トリトニスの大滝には主である水神が逆廻十六夜と戦闘を行っていた。
ことの次第はこうだ。
世界の果てを目指して大滝に来た十六夜に、水神が暇つぶしを兼ねて試練を選べと要求した。
ところが『天は俺の上に人を作らず』と豪語する十六夜にとって、この上から目線な態度はしゃくに触り、逆に自分を試せるのかと挑発した結果―――いまの状況に至った。
『この一撃に耐えてみせるがいい!!』
身の丈三十尺はある白い蛇の身体を震わせ、水神は渾身の力を振るう。水神の雄叫びに応える様に、自身の身体を超える高さの水流が立ち上がった。竜巻の様に渦巻くそれは、人間が巻き込まれれば跡形すら残らないだろう。
それが三本。それぞれが生き物の様にのたうちながら、十六夜を呑み込まんと牙を剥く。
この力こそ”神格”。時に嵐を呼び、生態系さえ崩すギフトの力だ。
「………ハッ」
だがその光景を目の当たりにしながらも十六夜は鼻で笑い、
「しゃらくせえ!!」
拳の一振りで打ち砕いた。
「馬鹿な!?」
「まあ、中々だったぜオマエ」
全力の一撃を弾かれ、愕然とする水神に十六夜は跳び蹴りをくらわせる。空中高く打ち上げられ、川へ落下する水神。
ここに、十六夜の箱庭世界でのデビュー戦が終了した。
「逆廻よぉ、あんまし危ねぇことすんじゃねぇぞ」
「……………わかったよ」
「人間が、神格保持者を腕力で倒した……?
なんてデタラメ……」
一部始終を見ていた黒ウサギは呆けた様に立ち尽くしていた。
ようやくの思いで十六夜に追いついた時には水神に挑んだ事に頭が真っ白になりかけたが、結果は予想を大きく外れて十六夜の圧勝だった。
(信じられません
ですが、本当に最高のギフトを持っているなら………
私達のコミュニティの再建も夢じゃないです!)
期待に胸を膨らませ、鼓動が早くなっていく黒ウサギ。だが、十六夜の一言でその興奮は動揺に変わった。
「さて、と。一段落ついたところで聞こうか、黒ウサギ。オマエ、なにか決定的な事を隠してるだろ?」
「……なんの事ですか?
箱庭に関する質問で、なにか不備でも?」
「いいや、俺が聞きたいのはオマエ達のこと―――はっきり言おうか?
オマエ達のコミュニティは衰退してるか、弱小のチームだろ」
その時、黒ウサギは初めて動揺を表情に出した。瞳が揺らぎ、虚を突かれた様に十六夜を見つめ返す。
「どうして、それを…………」
「そうだな…。
半分以上は勘だが、黒ウサギのコミュニティは弱小チーム、もしくは故あって衰退している。だから俺達を呼んで、組織の強化を図ろうとした。
そう考えれば、今の行動や、俺がコミュニティに入ることを拒否した時の怒り様も合点がいく
ーーーどうだ、黒ウサギ?」
「……ッ!」
黒ウサギは内心で舌打ちしていた。せめてコミュニティに加入した後ならば簡単に脱退できないから誤魔化す事はできた。
しかし、この時点でそれを知れられるのは余りに痛かった。
「んで、それを隠してたってことはだ。
俺達にはどのコミュニティに入るのかを自由に選ぶ権利があると判断できるんだが、その辺どうよ?」
「……………」
「沈黙は是なりだぜ、黒ウサギ」
泣きそうな顔になった黒ウサギ。
返答を待つ十六夜。
絶景を眺めながら瓢箪らしきものに口をつけ、酒を煽るアザゼル。
「ま、話さないなら別にそれでもいいぜ?
俺達は他のコミュニティに行くだけだしな」
「…………話せば、協力してくれますか?」
「ああ、面白ければな」
「場合によるが、良いぜ」
ケラケラと笑う十六夜だが、その目には一切の軽薄さは見られない。
やがて覚悟を決めたのか、黒ウサギが口を開く。
「分かりました。
それでは黒ウサギもお腹を括って、精々オモシロオカシク話させていただこうじゃな気ですカ!」
「まず、私達のコミュニティには名乗るべき“名”がありません。
よって、呼ばれる時は名前のないその他大勢、“ノーネーム”という蔑称で称されます」
「へえ、その他大勢扱いかよ。
それで?」
「次に私達にはコミュニティの誇りである旗印もありません。
この旗印というのはコミュニティのテリトリーを示す大事な役割も担っています」
「旗印もねぇってことか?」
「YES!
“名”と“旗印”に続いてトドメに、中核を成す仲間は一人も残っていません。
もっとぶっちゃけてしまえば、ゲームに参加出来るだけのギフトを持っているのは百二十二人中、黒ウサギとジン坊ちゃんだけで、後は十歳以下の子供達ばかりなのですヨ!」
悲壮な空気を背後に纏わせ、涙目でテンションMAX風に声を張り上げる姿は、男二人にかなりの罪悪感を与えたようだ。
「もう崖っぷちだな!」
「ホントですねー♪」
訂正しよう。
十六夜だけはなにも感じていなかったようだ
「………酒が不味くなる話だな」
さらに訂正を加えよう。
アザゼルに至っては酒の肴として聞いていた上に文句を言っている。
「……………申し訳ありません」
「で、どうしてそうなったんだ?」
十六夜の質問を受け、黒ウサギの顔が沈鬱になって行く。
「全て奪われたのです。箱庭を襲う最大の天災
…………“魔王”によって」
“魔王”
その単語を聞いた途端、適当に聞き流していた十六夜が子供の様に声をあげた。
「魔王!
なんだよそれ、魔王って超カッコイイじゃねぇか!箱庭には魔王なんて素敵ネーミングで呼ばれる奴がいるのか!?」
「え、ええまあ。
ですが、十六夜さんが思い描いている魔王とは差異があるかと………」
「そうなのか?
けど魔王なんて名乗るんだから強大で凶悪で、全力で叩き潰しても誰からも咎められることの無いような素敵に不敵にゲスい奴なんだろ?」
「そういうわけでもねぇぞ。
家の魔王は我が儘なガキだが、何だかんだで良い奴だからな」
「(アザゼルさんの話はこの際聞き流させていただきますが………)ま、まあ確かに、倒したら他方から感謝される可能性はございます。倒せば条件次第で隷属させることも可能ですし。
ですが、魔王には“主催者権限”というものがあります。
私達のコミュニティは“主催者権限”を持つ魔王のゲームに強制参加させられ、コミュニティはコミュニティとして活動していく為に必要な全てを奪われてしまいました」
「ふうん。それは新しく作ったら駄目なのか?」
「そ、それは...可能です。
………ですが! 改名はコミュニティの解散を意味します。それでは駄目なのです!私達は何よりも、仲間が帰ってくる場所を守りたいのですから………」
「仲間の帰ってくる場所を守りたい、ねぇ」
「………YES。
茨の道ではあります。ですが、私達は仲間の帰る場所を守りつつ、コミュニティを再建し………
いつの日か、コミュニティの名と旗印を取り戻して掲げたいのです。
そのためには十六夜さん達の様な強大な力を持つプレイヤーを頼る他ありません!どうかその力、我々のコミュニティに貸していただけないでしょうか!」
「ふぅん。
魔王から誇りと仲間をねえ」
「仲間のために、か。
良いじゃねぇか。乗ってやるよその話。
逆廻はどうすんだ?」
「ッ!!」
黒ウサギはアザゼルの方を喜色満面の笑みを浮かべた顔を向けるが、十六夜の様子を見て顔を曇らせる。
十六夜は…………
足をだるそうに組み替えながら約三分。
ニッ、と口を釣り上げながら………
「いいな、それ」
「…………は?」
「は? じゃねえよ黒ウサギ。
協力するって言ったんだ。もっと喜べ」
「え……あ、あれれ?
今の流れってそんな流れでございました?」
「だ、駄目です駄目です、絶対駄目です!
十六夜さん達は私達に必要です!」
「素直でよろしい。ほら、さっさと蛇神からギフト貰ってこい」
「は、はい!」