連続投稿です。
ウツギ博士に言われて振り返ったツバサの目の前に居たのは……
「……ヒノアラシ?」
その姿にツバサは覚えがあった。
背中から炎を噴き出すというねずみのようなポケモン―――ヒノアラシ。
決して数は多くないが、ジョウト地方のごく一部で生息が確認されている、端的に言って珍しいポケモンである。
「うん。つい最近、怪我しているのを保護した個体でね。まだいろいろと分かっていないことの多いポケモンだから研究のためにも、って思ったんだけど……」
ウツギ博士いわく、非常に臆病な性格であるため、目を離すとすぐにいなくなってしまうという。
それでも研究所の外に出て行かない限り、ウツギ博士自体は一応の信用を得ているとも言える。
もしくは、外へ逃げて行かない、逃げられない理由があるのかもしれないが。
「ずっと隠れていたから、カイさんもこの子のことは知らないと思う。けど、ツバサ君からはそれ程逃げていないみたいだね」
「ウツギ博士含め、大人しか見ていないから、子供のオレが物珍しかったんじゃないですかね?もしくは、ポケモンたちに対する興味か…」
すると、カブトとオオタチはヒノアラシの元へと向かっていった。
人に対する怯えなのだとしたら、トレーナーであるツバサよりも自分たちが言ったほうがいいと考えたのだろう。
3匹で何やら話し合っているようだが、
「(オオタチの奴、また何か勝手に話を進めてるな……)」
少し自分勝手というか、強引なところがあるオオタチ。
カブトが抑えながら話を進めているが、ヒノアラシが困惑しているのは見て取れる。
やれやれ、と頭を抱えつつもヒノアラシの元へ向かうと、
「よう、こいつらが迷惑かけたみたいで悪いな。オレの名前はツバサ、よろしくな」
カブトとともにオオタチを押さえつけ、ヒノアラシに挨拶するツバサ。
この時に、目線を合わせることを忘れない。
でなければ、余計におびえさせてしまう。
「ってか、オオタチ。お前はいったい何を話してたんだ?」
ヒノアラシを困惑させていた原因を尋ねる。
身振り手振りの回答ではあるが、どうやら外に連れ出そうとしていたことは伝わった。
そんなオオタチにツバサは拳骨を振り下ろす。
「バカか、お前は!ロクに何も言わずにそんなことしたら、困るに決まってんだろ!悪かったな、ヒノアラシ。このバカが勝手なこと言って…」
頭を押さえてうずくまるオオタチをよそに、再度謝るツバサ。
オオタチは恨みがましくツバサを睨んでいるが、隣のカブトは、当然だといわんばかりだ。
するとそこへ、
「ツバサ~!そろそろ帰るわよ~」
母の自分を呼ぶ声が聞こえた。
「わかった、すぐ行くよ!…って、アレ?」
先ほどまで目の前にいたヒノアラシが消えていた。
いや、物陰に隠れたといったほうが正確かもしれない。
とはいっても、
「(いや、アレは隠れたって言うのか?)」
ヒノアラシは確かに物陰には居た。が、身体の半分以上は物陰から出ていた。
「……ヒノアラシ、それって逆じゃないか?」
ツバサの指摘にビクッ!とすると、今度こそは完全に物陰に隠れてしまった。
ヒノアラシの行動を見届けたツバサはクスッと笑い、家へと戻るのだった。
その日の夕食中。
「父さん、研究所に居たヒノアラシのことなんだけど……」
「ああ、あの臆病な子か。隠れようとして隠れきれてなくて可愛いよな。あれは人間に対し興味はあるけど、恐怖心が勝っている、ってトコかな?」
「あ、父さんもそう思う?(やっぱり、気付いてたな……)」
父さんは気付いていないとウツギ博士は言っていたが、彼はフィールドワークを主とする研究者。屋外でならともかく室内、それも無機質な研究所という場所で、あそこまで隠密行動の苦手そうなポケモンの存在を知ることくらい出来なければ、フィールドワークなぞ務まるはずもない。
そういった経験の浅いツバサですら気付けるのだから尚更だ。
それよりも、あれで隠れていると言えるウツギ博士の感覚の方がおかしいとツバサは思う。
「(あれくらい感覚がズレていないと、研究者としては上手くいかないのかな?)」
そんなどうでもいいことを考えていたが、
「それよりもツバサ、旅支度は出来てるのか?すぐ出発するんだろ?」
「すぐといっても、何日かはココに居るよ。まだ越してきたばっかだし、この町も少しは見て回りたいから」
準備自体は引越し前からある程度終えているから問題は無い、そう答えると、
「なら、あのヒノアラシのこと頼めるか?大人よりも子供相手の方が警戒心も少し和らぐだろうし」
「それぐらいなら問題ないよ。オレも気になってたし。それよりも、頼んでおいたものは用意できてるの?」
「それも問題はない。ウツギ君の協力もあって、明日にでも完成するだろう。そもそもアレはお前のためだけに作るモノじゃないんだからな?」
「わかってるって。でも、扱いやすくしてよ?」
そんな話をしながら、引っ越し初日の夜は更けて行った。
それから数日。
「……だからソレ、隠れてることにならないって…」
ヒノアラシの様子を伺うため、研究所通いをするツバサ。
その辺に散らかっている研究書や報告書、専門書を読みつつ、様子を見ていた。
本気かどうか疑わしい隠れ方は相変わらずだが、それでもツバサに段々慣れてきているのは確かである。
ポケモンたちの助力もあってか、研究所の外に出ることも段々と出来るようになってきた。
ツバサ以外の人間にも慣れてきたようで、近所の子供たちとおっかなびっくりではあるが、遊んでいる姿も見られる。
「(そろそろ大丈夫かな…)」
もう自分が様子を見続ける必要はないだろう。
「父さん、母さん。ヒノアラシももう大丈夫そうだし、オレもそろそろ行くことにするよ」
「ま、そろそろだと思ってたよ。にしても相変わらずだな。あんだけ人を怖がってたポケモンを、たった数日であそこまで慣れさせるとは」
「程よい距離感で根気強く接していれば、案外どうにかなるものだよ?」
「それが難しいのだけれどね。出発は今から?」
「さすがに明日にするよ。荷物も最終確認しておきたいし」
「じゃあアレを渡すのは明日の朝でいいか?」
「うん、頼んだよ」
ヒノアラシはもう大丈夫だ、そう判断したツバサは、明日の朝出発することを両親に告げた。
ツバサは荷物を確認するために、家へと戻っていった。
そんなツバサの後姿を、ヒノアラシはただ見つめるだけであった。
翌朝。
ようやく旅立つツバサの元に、両親とウツギ博士が見送りに来てくれた。
「私たちの仕事について来てたツバサなら大丈夫だとは思うけど、身体には気を付けてね?」
「大丈夫だよ母さん。キャンプとかサバイバルは慣れてるし」
最長で1月以上キャンプ生活だったこともあるのだ。
町に入ればポケモンセンターもあるわけだし、そこまで長く野外生活は続かないだろう。
「ツバサ、これを頼むぞ」
そういってツバサは父が用意してくれたものを受け取る。
それは赤く塗装された、小型の機械であった。
「…これが携帯型ポケモン図鑑の試作品か…」
「ああ、今分かっている範囲でジョウト地方に生息するポケモンの情報を入れてある。その形状もまだ試作の域を出ていないから、使い心地の感想なんかも頼む」
「了解。にしても、何で赤?どうせならもうちょっと違う色の方が良かったんだけど…」
「試作だって言っただろ?文句を言うな。色はモンスターボールに合わせただけだ、特に他意はない」
それとこれも、といってツバサに渡されたのは…
「あれ?これって父さんたちが仕事に使ってたやつじゃない?」
「ああ、録画撮影機能のついた端末だ。フィールドワーク用のな」
渡されたのは図鑑よりも少々大きいサイズの機械で、フィールドワークの記録を取るためのものだ。
「カントーに比べて、ジョウトのポケモンの生態はまだ明らかになっていないことが多い。道中、ついで程度でいいからポケモンたちの生態に関するデータを記録して送ってくれ。何をどう見ればいいかは、お前ならわかってるだろ?」
つまりは、旅のついでに両親の仕事を手伝えということだ。
「先を急ぐ旅でもないから構わないけど、せっかくだしジムも回ってみようと思ってるからそんなには協力できないよ?」
「言っただろ?ついでで構わないって。どっちみち野生のポケモンが関係なくとも、記録は必要だろ?」
「…まあ、そうだね。ま、出来る限りやってみるよ」
両親とのやり取りを終えたツバサに対し、今度はウツギ博士から、
「ツバサ君、僕からは何を渡せばいいかわからなかったから、基本的なポケモン用の道具をいくつか渡しておくよ。他にも色々とこのカバンに入れておいたから、あとで確認してほしい」
「ありがとうございます、ウツギ博士」
内心、「荷物が増えるな…」と思いながらもカバンを受け取る。
「あ、それとこれも渡しておきたいんだ…」
そう言ったウツギ博士の手にあったのは、1つのモンスターボールであった。
そしてその中から出て来たのは、ヒノアラシであった。
「え?一体どうして……」
「昨日、旅に出るって話をしていただろう?そのことをヒノアラシが随分と気にしていてね。ツバサ君と一緒に行きたいのかと聞いたら、その気はあるようでね」
キミのことを気に入っているようだし、ならばと思って。
ウツギ博士の言葉を受けて、ツバサは改めてヒノアラシに向き合う。
初めてあった時のようなオドオドとした態度はあまり変わらないが、それでも気弱さなどは薄っているようにも思う。
「……ヒノアラシ、本当にオレ達について来るつもりか?この町と違って危ない事とかもあるかもしれないが大丈夫か?着いて来れると思っているのか?」
敢えてヒノアラシに対し、厳しい言葉を投げかけるツバサ。
多少、改善の兆候が見られるとはいえ、根が臆病なヒノアラシには酷な旅となるかもしれない。
ヒノアラシ自身もそれは分かっているのだろう。表情が少し曇っていた。
それでも、と覚悟を決めてツバサを見返すヒノアラシ。
そんな様子を見てツバサはフッと息を吐くと、
「冗談だよ。わざわざその気になったんだ、置いていくなんてことはしないよ」
表情を崩して話すツバサに、ヒノアラシも笑顔を滲ませた。
「ただ、本当に何があるかわからないんだ。それだけは、覚えておいてくれよ?」
ツバサの言葉に、今度は力強く頷くヒノアラシ。
新たな仲間の誕生に、ポケモンたちも嬉しそうだ。
「ウツギ博士。ヒノアラシのことは任せてください」
「ツバサ君なら心配していないよ。ヒノアラシも、元気でね?」
満面の笑顔で頷くヒノアラシ。
ウツギ博士としても、これ程の笑顔を見たのは初めてだった。
人間を怖がっていたポケモンの恐怖心をわずかな時間で取り除き、そのうえで懐かれる。
ツバサ君は何かすごい才能を持っているんじゃないか、ウツギ博士はそう感じずにはいられなかった。
「さて、それじゃ行って来るよ」
「行ってらっしゃい。気を付けてね?」
「もちろん!みんな、行くぞ!」
ツバサの掛け声にオォー!と言わんばかりに声を上げるポケモンたち。
かくしてツバサ達は、ワカバタウンを旅立ったのであった。
「行っちゃったわね…」
「だが、ツバサなら大丈夫だろ。何てったって、オレ達の息子なんだからな!」
どちらかといえばインドアな文学少年にも見えるツバサだが、身体的な能力も低くない。
また、見た目に反さず知識も豊富で頭の回転も速い。
それこそ町が滅ぶほどの災害などに遭わない限りは心配ないだろう。
我が子の旅立ちに、少々複雑ではあるが、それでも嬉しい気持ちが大きい。
そんなことを思いながら、息子を見送っていた。
「ボクもそう思いますよ。彼ならきっと大丈夫」
それに何かをやってくれそうでもある。
根拠は無いが、そんな期待を持たせてくれる。
一体彼が何を為すのか、何を成し遂げるのか。
研究者としてではなく、知人としてではなく。
ただ1人のこの世界に生きる者として、是非見届けたい。
その答えが何なのか、それが何時になるのか。
それはまだ誰も知る由は無い……。
「……さて、取りあえずは次の町、ヨシノシティを目指すか」
ツバサは一応の目的地を決めた。
距離的に何日もかかるほどではないだろうが急ぐ理由は無い。
どうせなら手持ちたちとのんびりと行こう。
それが、ツバサが立てた方針であった。
「……何が待っているんだろうな…楽しみだ」
自身にとって初めてとなる”一人旅”。
一体どのような旅になるのだろうか?
その旅の果てには何があるのだろうか?
世界を”始まり”へと向ける者の物語が、今始まった……
To be continued…
ありがとうございました。