救う、とは本来傲慢な考え方だ。
自分は他者を救える存在。そう思っていなければ、そもそもそんな考えは浮かんでこないのだ。
だが、その傲慢さを容認しなくては人は人を引っ張り上げられない。
個々人を救済するのは簡単だ。
彼ら彼女らに想いを砕けば、それでいい。
しかし、それが世界となればどうだろうか? 億単位の人々の想いを聞き届け、それに耳を貸し、そして導く。美しくも立派ではあるものの、現実的ではないし、そもそも不可能である。人とは我欲を持ち、それ故に相いれぬ者同士が存在する。故に争いは、苦しみは、悲しみは消え去ることはない。
世界の救済。それを目指した者は多くいる。
だが、それを達成できた者は未だかつて存在していない。
だから世界はこんなにも醜く、残酷なのだ。
一人が正しくても、それを悪意が簡単に押しつぶしてしまう。いいや、一つの正義が他の正義を殺してしまうことだってありうる。それを人間一人、いいや英雄一人でさえ、変えることはできはしない。
だから必要なのは問答無用の力。
この世全て、万物を公平に。
無慈悲なまでに救済する力。
そんな都合がいいものが、しかして現実には存在する。
―――そう。聖杯という無慈悲な力が。
*
地獄を見た。
地獄を見た。
血まみれな地獄を見た。
人の嘆きを聞いた。だから彼はそれに応じた。
けれど、彼は求められていたものを間違えた。
命を懸けて助けを請えば、道は違ったかもしれない。
けれど、あの時の彼は皆と戦うことを選んだ。
しかし結果は地獄だった。彼は何一つ救えなかった。
悲しかった、苦しかった、悔しかった。そして何より敵が憎かった。
だが、彼らも人。だから彼は赦せた。人は間違いを犯すものであり、それを許すことこそが救済への道だと信じていたから。
彼が赦せないのはただ一人。自分自身。
そう。許せなかったのは誰一人救えなかった己のみ。
だから彼は願うのだ。人が我欲を捨てた存在となる奇跡を。
人類を救済する。敵も味方も。人類であるなら全てを救おうと誓ったのだ。
例え、その身がどうなろうとも。
自分の全てを。魂すらも懸けて。
*
そこはある特異点の洞窟。
大空洞とも呼ばれるそこはまるで迷路のようになっていた。しかもそれだけではなく、空洞に蔓延するのは濃度の高い魔力の霧。それを餌とする魔物達が闊歩していたのだ。
身体はボロボロ、怪我もしている。しかし致命傷ではないからという理由で放置していた。
本来なら、己のマスターに治療してもらうのだが、今はそのマスターもいない。当然だ。これは自分の問題。主であり、友である彼を巻き込むわけにはいかないだろう。
一緒にレイシフトしてこの時代に来てはいる。だが、問題はないだろう。彼の周りにはマシュを始めとした頼れる仲間がいるのだから。
ならば何故、彼らと共に来なかったのか? その問いの答えはやはり先程と同じ。これは自分も問題だから。
『奴』を止めるのは、自分の役割であるという自覚からの行動なのだから。
そうして。
大空洞の奥のそのまた奥。中心点に着いた時、青年は対峙する。
「―――ほう。貴方が来ましたか。キャスター・柊四四八」
青年―――柊四四八は自らの名を呼ぶ男に告げる。
「待たせたな。天草四郎時貞」
四四八の視線の先にいるのは白髪の男。キリシタンの赤い装束に身を包んであり、表面上は穏やかな笑みを浮かべていた。
「何をしに……と聞くのは野暮というものですかね」
「ああ。だが、俺は敢えて聞かせてもらうぞ。お前は何を目的としてここにいる?」
「その言葉こそ、今更というべきでしょう―――無論、聖杯をこの手につかむため」
そんな事を口にする彼の後ろには大きな魔力の塊が脈動していた。
聖杯。あらゆる願いを叶えるという願望機。そしてそれを奪い争うための「聖杯戦争」という戦いまで存在している程の代物。
ここにあるのはその亜種。本物ではないものの、同等の力を内包するモノだ。
そして、それを欲するのはサーヴァントとして当たり前であり、全うな答えと言えるだろう。
通常の聖杯戦争ならば。
「お前、分かっているのか。今がどんな状況なのか」
「当然です。人理焼却。世界は今、炎で満ちている。人の歴史が、星の記憶が、魔術王を名乗る者によって無となった。故に我らのマスターはそれに抗うためにサーヴァントを召喚し、七つの特異点を修復しようとしている。それがどれだけ重要なことなのか、無論わかっています」
「だったら……」
「しかしそれでも。私は私の夢を諦められない」
「夢?」
眉を顰める四四八。
彼の疑問に答えるかのように天草は続ける。
「私はこの聖杯を使用し、全人類の救済を願う。具体的に言うのなら、全人類に対する第三魔法の使用です」
「第三魔法、だと……?」
第三魔法。カルデアに来る前はただの高校生だった四四八もサーヴァントになったことで、その知識は得ていた。
物質界において魂は唯一永劫不滅の存在。しかし、肉体という枷に引きずられているが故にその永劫性を欠いてしまう。第三魔法とは、自然の摂理を捻じ曲げ、魂を別人の肉体に定着させたり、永久機関とすることで魂のエネルギーを魔力として無尽蔵に汲み出す事が可能とする手法だ。
簡潔に、そして簡単に言ってしまえば、それは真の不老不死である。
そして天草はそれを全人類へ施工すると言ったのだ。
「そんな……そんなものが救済、だと?」
「ええ。人は我欲を持つからこそ、不幸を招く。他者を傷つけ、殺し、己を貫こうとする。それが悲劇を生み続ける。それは人の歴史が証明していることだ。故にまずはそれを無くす。生存のための本能は消え去り、我欲は薄れ、人は思考する精神体となる」
即ち不死。人は死にたくないと望むからこそ他人を殺してまでも生きようとする。だからこそ、誰も死なない世界を作れば、まずは生存したいという本能は無くなる。そして、それに付随する争いや不幸も自然となくなるはずだ。
誰も争わず、誰も傷つかない。故の救いであり、平和。
「愛や情を失わず、ただ人は不死となる。これを救済と言わず、何というのです?」
「……、」
馬鹿げている……そう思うものの、口にしないのは天草が本気でそれをやろうとしていること、そして恐らくは聖杯の力ならばそれが可能となるのが分かっていたから。
我欲を捨て去る。それは仏教等でも言われている言葉であり、間違いではないのだろう。一つの心理、悟りなのかもしれない。実際、多くの争いというのはそういった『欲望』による原因が大きい。宗教、土地、価値観の違い。それを他者に押し付けるという行為。自分達が正しいと見せつけるための闘争。結局、人類史において、それらを捨て去り、解脱した者はほんのわずかしかいないのだ。
だから戦争は未だ続き、悲劇は未だ終わらない。
それに幕を引くために、天草は人に不死を与えるという。
もう一度言おう。その考えは間違いではないのだろう。
だが。
「その救済は、認められない」
「認められない?」
ああ、と言いながら四四八は目の前の男を見据えながら言う。
「確かにそれの願いは誰もが望んだ、誰もが憧れた世界。皆、それを求めている。お前の言うとおり、世界には貧困が、悲劇が、戦争が続いている。過去も今も、それが無くなったことは一度もない。サーヴァントとして召喚されてから、俺は多くの旅をした。その中で何度も思った。こんなことがあっていいのか、と」
特異点ですらも、それは変わらなかった。
人は己の意思を貫くために他者と戦わなければならない。その事実を四四八はカルデアに来てから嫌という程体験してきた。
争いを終わらせたい。悲劇を無くしたい。その気持ちは正しく、間違っているとは思わないし、言わせない。
しかし、だ。
「けれど、人間は歩んできた。学んできた。終わってはいない、続いている状態だが、それでも希望を胸に前へと進んできた。いつかそこへ到達するために。平和という、望む未来のために。少しずつ、少しずつ、間違えながら、罪を犯しながら、それでも反省し、くじけずに今日までやってきた」
多くの血が流れた。多くの涙が流れた。
それでも、そうだとしても。それが決して無駄ではないと四四八は言い放つのだ。
「お前のその救済は、それらの決意と覚悟、歩んできた歴史を台無しにする行為だ。そしてもし、人間がそこに到達するというのなら、それは人間自身の手で行うべきことだ。決して、聖杯などで叶えるようなものではない」
「何故です? いずれ到達するというのなら、それが早まるだけだ。むしろ、無駄な血が流れることなく叶うとするのなら、それこそ……」
「救いだ、と? 笑わせるなよ。何の軌跡もない救いなどに価値などないっ!!」
「……、」
その言葉に今まで全く変化が見られなかった天草の表情に陰りが見えた。
それはほんのわずかな、けれども確かな嫌悪……否、怒りか。
「どうやら貴方に言葉で説得という手段は無理そうですね」
「それはお互い様だろう。最初からそんな気はなかっただろうに」
「そんなことはありませんよ。しかし、こうなっては仕方ありません」
そう言って、手元に出現させるは一本の日本刀『三池典太』。
それを抜いたということは、意味することはただ一つ。
「それでは原初の聖杯戦争と行きましょう。勝利者の総取りです」
臨戦態勢に移行した天草から感じられる殺気。彼は本気だ。本気で四四八を倒し、目の前にある聖杯を己の手につかもうとしている。
しかし、四四八はそんな殺気を感じながらも己の武器・トンファーを取り出す。
「俺はそんな願望機に用はない」
だが。
「お前がその願いを諦めないというのなら―――俺はそれを全力で止めるだけだ」
刹那。
トンファーと日本刀が交差し、衝撃が周りを包み込んだ。
*
両者の激突は単純明快なものだった。
柊四四八のトンファー。
天草四郎の日本刀。
二人の正面からの激突は魔術もなにもない。単なる武術での争いとなった。
迫り来る刃を、逃げるわけでもなく、真っ直ぐ受け止めるトンファー。これで一体何合目になるだろうか。だというのに未だ衰えることなく、互いに全霊を込めて打ち合っている。
鍔迫り合いの中、両者の視線が交錯する。
互いに瞳に宿すは熱い想い、信念、そして己の矜持。
絶対に譲らないと言わんばかりなその在り方は最早誰も止めることはできないのかもしれない。
本来ならば共に光の側に位置する存在だ。誰かを助けたい、救いたい。そういった想いはどちらも紛れもなく本物であり、故に共感もできる。
しかしだからこそ、譲れない一線というものも存在するのだ。
四四八は刃を弾き、そのまま腹部に一擊を入れる。が、それに半歩早く気づいたのか、一擊が入る前に後ろへと跳躍しながら天草は黒鍵を投げつけた。
その数三本。しかし問題なくそれらを弾く。
そして再び飛んでくる無数の刃。それぞれ二本だったり、三本だったりするが、それでも回避できないものではない。
トンファーで弾き、できないものは飛んで回避。
そして、黒鍵の雨が止んだ直後、一気に距離を詰め―――
「
瞬間、前方へと足を踏み込もうとした四四八の周りに黒鍵が出現。その切っ先は言うまでもなく、こちらに向いていた。
容赦なく射出される凶刃。
「舐めるな」
四四八はそれら全て一瞬にして叩き落とす。それは魔術を使用したわけではなく、これまた武術のみでだ。
「いやはや。相変わらず、並外れた身体能力。どう見てもキャスターとは思えませんよ」
そう。四四八はキャスター、つまり魔術師のクラスサーヴァントでありながら、武術に長けていた。それは訓練で積み重ねてきたであろう代物であり、武術を極めたサーヴァントのそれとは系統が異なる。が、だとしても相当なものであることには違いない。
単純な話、戦闘能力でいうのなら四四八に軍配が上がるのだろう。
本来ならば。
天草は知っていた。ルーラーという特性故の真名看破。それによって、目の前にいるのが本物の柊四四八ではなく、仮初の存在であることは理解していえた。
彼は柊四四八の力を受け継いだただの青年だ。戦いの歴史も無く、地獄を味わったわけでもなく、先祖に英雄となった存在がいるという境遇によってここに召喚された者だ。
それ故に戦闘において技術はあるものの、経験がないためか、荒い部分がある。その点を言えば天草は戦いを、戦争というものを知っている。だからこそ、対等に渡り合えているのだ。
しかし、一方で思うこともある。
こんな青年が、ここまで戦えることに対しては素直に称賛したいと。
柊四四八は擬似サーヴァント。本来、その類の者は皮が現代人のものであり、中身がサーヴァント、という風になるのだが、彼は特殊なケースであり、サーヴァントの力を持った現代人、と言えるだろう。それはマシュ・キリエライトのデミサーヴァントの在り方に限りなく近い。
故に、思うのだ。
「――大したものですね」
ただの青年がこの領域に至るとは。
力は授けられたかもしれない。だが、それだけだ。彼は英雄・柊四四八ではない。名が同じではあるが、しかしそれでも違うのだ。生きてきた環境が、時代が、そして何より価値観が。それこそ、自分達の主である藤丸立香に一番近い境遇でもあるとも言える。
だというのに、そうだというのに。
彼は強い意思を持ってこの場に立っている。
「賛辞を送りましょう、柊四四八。あなたの強さは本物に及ばずとも、しかし限りなく近いものでしょう」
「知ったふうな口をっ!!」
トンファーの一擊を天草は己の剣で受け止める。
全身を駆け巡る衝撃。それに耐えながら天草は問いを投げかける。
「だが、いいえだからこそ、私は貴方に今一度問う―――私の願いは間違っていますか?」
その言葉に四四八は答えない。
しかし、天草は続ける。
「―――かつて、私は憎んだ。神も、人も、全てを憎んだ。人間が憎かった。自分を殺されたからでも、仲間を虐殺されたからでもない。それを歴史の構造システムとして受け入れる人類そのものが憎かった。強者と弱者があり、互いに喰らい合い、命を浪費することで成長し続けるという人類がただただ憎かった」
弱肉強食……この世全てがそういう理に縛られているわけではないが、しかし少なくともそういった傾向があるのは認めざるを得ない。
実力がない者がどれだけ喚いたところで、それは単なる負け犬の遠吠えに過ぎない。
力がない、金がない、強さがない。
そんな彼らに天草は手を差し伸べたのだ。
その結果を四四八は知っている。
「全てを憎むか、全てを悲しむか……私は選んだ。全てを悲しもう、全てを慈しもう。私は人間を信じている。いつか、当たり前のようにそこへ到達するのだと信じている。だけど、辿り着くまでに失うものは沢山ありすぎる。無念は雪のように降り積もっていく。私にできることはないだろうか。私が人の哀しみを癒やす方法はあるのだろうか。そんな事を考える私の前に奇跡は落ちてきたのだ」
それは自分が思う、人を正しく救済する、辿り着くべき場所に至る唯一の近道。
聖杯戦争、そして聖杯という名の願望機。
「聖人では人は救えても、現実から救うことも未来を得ることもできなかった。戦いは人類を成長させる。それは事実かもしれない。だけど、それでは……それでは、弱者が踏みにじられ続ける世界となってしまう」
だから救うのだと。
全てを救うのだと決意した。
「――もう一度問います。我が奇跡は誤りか、我が願いは異端か、我々が信じたものは切り捨てられるべきものなのか」
トンファーから伝わってくる力が強くなる。
「我々は何故平和を愛し、幸福を愛し――それが第三者のものでさえ、愛しく思えるのか。それは、いつかここに辿り着くべきだと。そう考えていたからではないか。答えよ、柊四四八!! 我が願望に邪悪はあるか!!我らの希望に汚点はあるかッ!?」
その言葉はひどく冷静なものでありながら、どこか熱を感じた。
個人の感情を切り捨て、他者を憎むことを止めたといった男の、確か意思。
そして再度理解する。ああ、やはりこの男はどうしようもない馬鹿であり、聖人なのだ、と。
だからこそ。
「いいや。さっきも言ったが、その願いは間違いじゃない」
そう。その想いは、願いは、決して間違えではない。あってたまるものか。
人が幸福を望み、平和を愛する。そんな当たり前の想いを悪だと断ずることはできるわけがない。
「ならば、我が願いを聞き届けよ。我らの祈りを受け入れろ!
それによって人類は天の杯を掴み、無限の星々に―――!!」
「だが、その方針には従うわけにはいかない」
その言葉に天草は一瞬だけ両目を見開いた。
何故、と言いたげなその表情に答えるかのように四四八は続ける。
「平和とは人の意思で行うものだ。誰かを助けたい、救ってやりたい。そういう想いの上で成り立つんだよ……決して、何かに縋って、願って、頼るようなものじゃないっ!!」
「そんなものは綺麗事だ!! 確かに人間はいずれ平和への位置に到達するかもしれない。だが、それまでに流す涙や血を貴方は見過ごせというのかっ、救いのための犠牲なのだと、そう言い張るかっ!!」
人類の歴史は戦いと血の歴史。そう解釈する者もいる。それだけに多くの命が失われ、奪われ、そして多くの悲しみと悲劇が起こった。
そしてそれはこれからも続いていくに違いない。もし真の平和とやらが来たとしてもそれは今日明日の話ではない。遠い未来、それこそ果てしなき先。そこまでにはきっとまた多くの血が流れるだろう。
それを見過ごせないと、救わなければならないと、目の前の男は言うのだ。
「お前の言い分は理解できる。そして、その上で言わせてもらう――――人間を舐めるのも大概にしろ、聖人」
故に四四八は言い放つ。
「口を開けば救い、救いと。確かに人間は救いを求めているかもしれない。だが、それだけで生きていける程、単純な存在じゃないんだよ」
かつて人々から求められた救世主の在り方に、四四八は否と応える。。
「ルーラー・天草四郎時貞。断言してやる。お前のやり方では、決してお前が望む未来をつかめない。お前が何を捨ててしまったのか……いいや、捨てたと思い込んでいるものを理解できない限りな」
「私が、捨てたと、思い込んでいる…?」
「ああそうだ。お前のやり方では、人類は救えても、人間を殺してしまう」
彼の願いは確かに人類という名の種を存続させ、確かなモノにするだろう。感情を無駄と切り捨て、肉体は不老不死となる。そこに憧れや救いを求めるのは人間として当然の反応なのかもしれない。
だが、それは人間という個を否定しているに他ならない。一人の願いを、個人という我欲を捨て去る。一見して素晴らしい事に見えるかもしれないが、四四八からしてみれば、そんなものはただの木偶にしか過ぎない。
我欲によって悪に堕ちる者もいる。だが、我欲があるからこそ、他人を助けることもできるのだ。
誰かを助けたい、救いたい。
ああ、つまりは。
「お前は欲など不要と言った。だが、お前の
「っ……」
欲望を否定しているというのに、天草の願いの根本にあるのは人類を救いたいという己の欲望。それは己を己で否定してしまっているということに他ならない。
「そして、お前のやり方は人間への不信。だからこそ自分がそれを叶えることで、目にすることで人が救われるのだというのを確信したい……つまり、ただの臆病者だっ!!」
かつて、魔王・甘粕正彦という男がいた。
彼は人の光が大好きだった。人は輝ける存在なのだと、信じたいと思っていた。
だが、彼はそれを信じることができなかった。
人の醜悪なまでの有様。その一面も知っていたから。人間は窮地にならなければ、危機に陥らなければ光を放つことはできない。だから自分が魔王となり、敵として君臨する。そして自分に抗おうとする者達に人間賛歌を謳いあげたい、と。
やり方も思想も違うが、しかし天草四郎と甘粕正彦の共通点はただ一つ。
人間を信じきれていないのだ。
だからこそ、結果を、目に見えるものにすることで確信したいだけなのだ。
それがどれだけ尊大で、あまりに人をこけにしていることか、理解していない。
「人の意思は歴史は、紡がれていく。英雄・柊四四八が俺達にその在り方を残してくれたように。先達に負けないように、後世に恥とならないように、人は成長し、そして強くなる」
「だから、人を信じろ、と? ええ確かに。人の中にはそういった人間が多くいる。だが、彼らとて絶対ではない。完璧ではない。何かの拍子に悪に染まってしまうこともある。故に―――」
「絶対の、完璧の存在にすると? もう一度言う、ふざけるなよ。人間は不完全だからこそ、成長するんだ。生きようという意思が、強くするんだ。それをなくしてしまうことなど俺は断じて認めない。ああ、そもそも」
そう言って、トンファーの柄に力を入れる。
「誰かを導いたこともない奴が、人類を救う資格はないっ!!」
刃が弾かれ、天草は後ろへと後退する。
そして目の前の男を見据える。
迷いのない覚悟、意思、決意。絶対に譲らないという信念。ああ、全く、何と暑苦しい存在だろうか。
しかし、いいやだからこそ。
彼という存在を、天草は認めたくなかった。
「戯言だ。どんなに言い繕ったところで、人は救済を求める。そして、私はそれに応えなければならない」
「ああ、いいさ。お前のような頑固者に伝えるのは、言葉だけじゃ足りないことは分かっていたさ」
「ならばどうします?」
「決まってる」
そう言って、再びトンファーを構え、そして言い放つ。
「俺の言葉を行動と力で教えてやる。俺のご先祖様が教えてくれた事を、そして俺がこの旅で学んだ事……藤丸立香やマシュ、そして多くのサーヴァント達から受け取ったものを。だから心しろ、聖人」
マスターやマシュの名が上がった瞬間、天草は瞬きの間、剣先を下ろした。
しかし、すぐに臨戦態勢に戻り、そして告げる。
「いいでしょう。ならば、貴方の矜持と信念を、この場で消し去るのみ」
言い終わると地面に日本刀を突き刺し、両手を左右へと広げる。
そして。
「『
刹那、天草の両腕に魔力が集まっていく。
右手には黒い球体、左手には白い球体が出現。それは大量の魔力を凝縮した塊であった。
―――かつて、天草四郎時貞はその両手で数々の奇跡を用いたという。
その両腕から放たれるのは正しく神から授かった奇跡。
「万物に終焉を──」
そして、全ての悲劇に幕引きを。
そんな願いが込められた一擊。その名は―――『
その正体は両腕を霊脈へと接続し、両腕の魔術回路へ過剰な魔力を加えて暴走させ、擬似的な暗黒物質を精製し、周囲のあらゆる存在を取り込む破滅型宝具。あまりに膨大な魔力を必要とするため、本来は宝具として使用することは不可能。
カルデアのバックアップを受けており、尚且つ目の前の聖杯に接続できているからこその大技。
防御したところで意味はなく、回避も無意味に終わるだろう。
だが、いやだからこそ。
四四八は前へと、足を踏み出した。
「っ!?」
虚を突かれることは正しくこの事。
絶対防御不可能な攻撃を前に特攻を仕掛ける等、さすがの天草でも動揺を隠せない。これが単なるやけくそな行動ならばそこまで驚きはしなかっただろう。
だが、相手は柊四四八。
そんな意味もない事などするはずがない。
その迷い、一瞬、刹那。それが勝負の分かれ目となった。
「―――抜けば玉散る氷の刃」
気づき、宝具を撃とうとするも遅い。遅すぎる。
何故ならば、既に敵は、柊四四八は、目前に迫っていたのだから。
「破段・顕象――――犬塚信乃戌孝ッッッ!!」
その言葉と同時、放たれた大きな拳。
魔力の塊である二つの球体を前に出すも、既に後の祭り。
四四八の拳は天草の顔面を直撃し、そのまま十数メートル吹き飛ばしだ。
渾身の一擊。その一擊を放つと同時、四四八はその場に膝をつく。ここまでの剣戟、そして先程の一擊によって体力をほぼ使い果たしていた。
すると。
「はぁ。はぁ……この程度、で……」
吹き飛ばされ、地面へとダイブした天草は立ち上がろうとする。拳一発。それだけだ。致命傷でもなんでもない。痛みはあるし、ダメージもある。だが、霊核を壊されたわけではない。
ならばまだ立てる。まだ戦える。まだ救える。
そのはずなのに。
「何故、私の身体に魔力が……ない……」
先程まで有り余っていた魔力が無くなっている。
いいや、正確に言うのなら魔力供給のバックアップが切れている。先程宝具を放とうとしていた魔力も消え去り、それどころか現界しているのもやっとな状態に陥っている。
これは一体どういうことだ?
そんな疑問に応えるかのように四四八が口を開いた。
「俺には通常のスキルとは別に、特殊な力がある。今のがその一つ。その能力は精神攻撃や呪い、病といった類を払う能力だ。だが本来の使い道は違う。悪循環の無効化それが本来の能力だ」
「悪循環の無効化……成程、マスターとサーヴァントの契約を、そして接続した聖杯との繋がりを、強制的に断ち切る事も可能、というわけですか……」
それはあまりにも強力な能力だった。
マスターとサーヴァントの契約破棄。並びに聖杯との繋がりの断ち切り。これらを一度にやられてしまえば通常のサーヴァントなら魔力供給源を絶たれ、消滅してしまう。
今の天草のように。
「……元々、この力を俺は扱えていなかった。そして弱かった。当然だ。俺は偽物。本物の柊四四八じゃないんだ。力を託されたからと言って、全てを使えるわけじゃない。それでも俺のできる範囲で努力しようと、そう思っていた……そんな俺と一緒に共に旅をしてくれた仲間がいた」
魔術師としては未熟だが、けれど生きるということを諦めないマスター。
何も知らない真っ白な存在でありながら、様々な色彩を覚え、成長していったマシュ。
そして共に戦ってくれたサーヴァント達。
「彼らのおかげで、俺はこの力を使いこなすことができるようになった。彼らがいたからこそ、俺はここまで来れた。強くなれた。そして、人間という生き物はそういうものなんだよ」
「……、」
「理解しろ、天草。聖杯なんてものに頼ろうとした時点で、お前は弱い。人類の行く末を憂うなら、自分の力でどうにかしてみろ」
そして。
「その上で、仲間を頼れ。世界救済を己の手で、足で、成し遂げるというのなら、きっと手を差し伸べてくれる奴もいるだろうさ。そう例えば―――」
その時、カカカッとこちらへ駆け寄ってくる複数の足音が聞こえてくる
その先にいるのは、見慣れた一人の少年。
汗だくになりながら、こちらに走ってくるその様子はこちらを心配しているような、そんなもの。そして、そのとなりには大きな盾を持った後輩がいる。
「先輩っ。天草さん、柊さん、共に発見しました!! ……って、これは一体どういう……」
―――何があったの?
己のマスターからの問いに四四八と天草は包み隠さず答えた。
天草の願い、四四八がそれを阻止した事、そのために今現在、天草はマスターと聖杯から契約解除されていること。
全て、何も隠さず答えた。それはマスターである藤丸とマシュ、そして付随してきたサーヴァント全員が聞いた。
その上で。
―――もう一度、契約しよう。天草。
我らがマスターが言い放った一言は、それだった。
「……マスター。私にとって、聖杯は……いえ、聖杯のもたらす力は悲願そのもの。恐らく、同じ事が起きた場合、私は間違いなく聖杯を手に入れようとするでしょう」
この期に及んでの台詞。それは四四八、そしてこの場にいる全員が思ったことであっただろう。
しかし。
―――それは仕方がないことだ。
そんな事を呟くものだから、これには天草も目を点にさせた。
「仕方が、ない……? その……次にそうなったら、マスターはどうするのです?」
―――今度は俺が止める。
「……なるほど。この件に関して、マスターとも、絶対に分かり合えないでしょう」
―――それでいい。
「何ですって?」
―――何度でも止める。
その言葉に、天草は再び目を丸くさせた。
その言葉に偽りはなく、その表情に曇りはない。
それ故に驚く他なかった。
「……マスターである限り、貴方は何度でも私を止める、と。何度でも……ですか」
言いながら、大きな溜息を吐く天草。
「参りましたね。サーヴァントである以上、マスターを裏切ることはできない」
呆れたような、気が抜けたような笑みを浮かべながら、彼は続けて言う。
「キャスター。どうやら今回は、私の負けのようですね」
「そうだな」
天草の言葉に不敵に笑みを浮かべながら四四八は答えた。
「分かりました。貴方がマスターである限り、私は己の夢を封じましょう。
分かり合えずとも、共に戦うことはできる。
いつか離れるとしても、手を握ることはできる。
貴方がそうやって私を信じてくれるのなら―――私もまた、自身の願いを封じると誓いましょう」
聖人は反省していない。己の夢を諦めたわけではない。
だが、それでも。
この誓いだけはきっと守りきると決めたのだった。
*
「……それはそれとして、せめて罰として何かお願いします。そうでなくては、いくら何でも私の気が収まりません」
―――じゃあ……四四八と一緒に、俺の部屋の掃除、とか?
「待てマスター。そこで何故俺の名前があがる?」
―――だって、勝手にいなくなったし。
「そうです。突然出て行かれたので、心配しました。マスターに何も言わずに行動するのは、サーヴァントとしてあるまじき事です」
―――単独行動スキルはアーチャークラスで十分だ。
「……それを言われると返す言葉もないな」
「おや、どうやらキャスターもマスターには弱いようですね」
「お前にだけは言われたくはない……というか、一ついいか、マスター。いや藤丸。部屋の掃除はいいが、最近のお前の部屋の散らかしようは、どうかと思うぞ。エミヤにもこの前言われていただろうに」
―――うっ、なぜそれを。
「何度か相談されたからな。片付けても片付けても絶対に散らかる、とな。今回はいいが、他人に掃除をしてもらう前に散らかさないように努力をだな……」
―――それは約束できない。
「? どうしてだ」
―――寝込みに侵入してくる三人や唐突にライブを始めるドラ娘、その他数々の来客による嵐の中でその気力は残っていない。
「「「……」」」
―――でも、そうだな。今日は帰ったら皆で掃除をしよう。
「……ああ。そうだな」
「ええ、それがいいと思います」
「はい。終わったら、エミヤさんにお菓子を作ってもらいましょう。最近、ハロウィンで覚えた調理法に凝っていると言っていましたから」
―――そうか。それじゃあ、帰ろう。
俺達のカルデアへ。
あけましておめでとうございます。
雨着、何とか生存しています。
そういうわけで、Fate/Apocrypha完結記念として天草との物語を書きました。
天草は自分的にもしかしたら盧生になりうる存在かも、と思っています。しかし、恐らく八層の試練で壮絶につまづいてしまう、という未来を見えてしまうww
内容としては何でしょうか……全より個を選ばなければならない、とか? 個人に対する想いというのが、彼は欠けているように思えますからそういった内容になるのではないでしょうか。
これからもこんな感じに他のサーヴァントとの交流的な話を書いていきたいと思います。無論、もう一つの作品の方も亀更新ですが、続けたいと思いますのでよろしくお願いします。
それでは!!
PS
ん? もしも四四八が来なかった場合はどうなっていたか?
恐らくはヘルか甘粕が来ていたでしょうが、その場合……うん、天草死ぬね☆