救世と共に祝杯をあげよう   作:ぱぱパパイヤー

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第9話 それはハッピーエンド?

 

 目を閉じて、深呼吸。必要なのはそれだけ。覚悟はもう、いつかのフランスで立香に分けてもらったから。

 

 慣れた動作でナイフを取り出す。かつて世界を救ったとっておきを、今また世界のために使う。深波は意識を深く内に潜らせるため、ゆっくりと目を閉じた。

 

 門――深波に施されたアラヤのセーフティを開くのに相応しい、人類の危機的状況。

 体の何処か一部を使う時は、門の向こう側――アラヤからの魔力を貯める"核"の中から、どれだけ持ってこられるかが勝負だけど……今回は違う。使うのは、腕でも足でもないからだ。

 

 「門の開錠、大規模焼却申請、終了――」

 

 ナイフを逆手に持ち直し、すっと胸元に寄せる。

 目を閉じて、集中して――……ダメだ、手が震えて、言うことを聞かない。

 深波はぎゅっと更に強く目を閉じて、立香のことを思い浮かべた。彼は世界を救える。彼しか世界を救えない。そして、そんな彼を守ることが出来るのは、今は深波だけなのだ。

 

 ――深波なら、絶対出来るよ!

 

 明るい声、いつもの笑顔。これは悪魔の見せる幻覚だろうか? それならそうで構わない。漸く、決心が出来たのだから、悪魔にだって感謝してやっても良かった。

 

 魔術刻印に全ての魔力を注ぎ込んで――ドクドクと鳴る心臓だけを、肋骨を避けて、至極丁寧に、ゆっくりと刺し貫く。

 ぐ、ぐ、と背中に貫通するくらいに強く強く押し込んでしまえば、心機能は完全に破損してしまう。

 

 「――ッ、か、はっ……」

 

 口から吐息と共に血が吐き出される。手が震えて力が入らないが、慄く指を叱咤してナイフを強く握りこみ、さらに奥へと突き刺した。

 

 深波の心臓は、全部の"核"だ。アラヤから注がれる魔力は、全部ここに詰められて、身体中に循環している。

 一番魔力の馴染んだ血肉。髪や指先なんかとは比べ物にならない、神秘の塊。

 使えばもう戻れない。これは、"深波"を"深波"たらしめる力の源なのだから。

 

 溜め込んでいた魔力の解放に、本来の役割が爆弾人形である深波は抗うことが出来ない。そういう機能は最初から存在し得ないからだ。

 内側から体が破裂しそうになる。魔力で肉がはち切れそうだ。

 心臓が最後の拍動を終え、空いた穴から血が吹き出す。青い炎は、その跡を追うように血に灯った。

 

 深波は最後に一度だけ、すぅと大きく息を吸い、そして――魂の芯から叫んだ。

 

 「私の――全部をッ、全身全霊を……!! 喰らい尽くせッ!! 晴天の(カエルラ)――」

 

 炎が、心臓に灯る。体の全てを食い潰す、深波の死神が顕現する。

 

 「――ッ帰還者よ(サンクタス)ゥウウッ!!」

 

 (――あと、もう少し。ほんの少しでも居られたら、藤丸と一緒に世界を救えたのになぁ)

 

 深波が最後に見たのは、イシュタルの憤怒の表情と、それから――とても澄み渡った青だった。

 

 彼女は本当に、この力のことが嫌いではなかった。強いし、助けを求められた時は、大抵は応えられるし、それに――。

 

 (だって、すごく――きれい)

 

 ついに、深波の視界は暗転し、何も見えなくなってしまう。深波真昼の物語は、そうして幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 「深波……。大丈夫だよね、きっと。あんな怪我だったけど、まだケイオスタイドに火が灯ってる」

 

 「はい、大丈夫です、きっと大丈夫……!」

 

 マシュはか細い声で大丈夫と何度か繰り返した。

 

 ここはウルクの城壁。

 立香たちは、深波の奮闘の末に、無事城壁に辿り着くことが出来たのだった。

 

 深波のことは、ここからでは遠すぎてよく見えないが、逃げる途中、イシュタルが迎えに行ってくれた。

 深波は、あの絶望的な戦場でまだ生きている。なら、きっと二人は合流して、もうすぐここへ戻って――。

 

 「……マシュ、あれ、まさか……」

 

 立香が震える声で指したのは、ティアマト神の頭上。

 キラキラと青い煌めきが、線のようにティアマト神の右角の方へと伸びていくのが見えた。

 

 「そ、んな……! 嘘です、こんなの……!!」

 

 イシュタルは何処に、と見渡すと、彼女は青い光と同じくティアマト神の頭上に居た。何度か下降しようとしたようだが、ラフムの妨害が入り、結局、ティアマト神の頭上を乱暴に二、三度旋回した後に、超速度で立香たちの元へと戻ってきた。

 互いの顔が視認できる距離に来ると、泣きそうな顔でマシュは叫んだ。

 

 「イシュタルさん! 真昼ちゃんは、真昼ちゃんはどうなったんですか!?」

 

 「……見てれば、分かるわよ」

 

 白い指がティアマト神を示す。青い線はまだ続いていて、立香はほっとすればいいのか、絶望すればいいのかよく分からなかった。

 

 「あれが、あの子の選択よ。聖杯になんて聞かなくても、こんなことする時点で丸わかりでしょうに。馬鹿みたいよ、本当に……」

 

 イシュタルは痛ましそうに目を伏せる。

 

 その瞬間、立香は確かに、魔力が波打つ音を聞いた。

 強い風が吹き、あらゆる者を吹き飛ばす。マシュは立香を風から守り、イシュタルは無言で、何かを見るために上昇した。

 

 青い、何かが――居る。

 

 "それ"は最初、深波が居たと思しき場所で、胎児のように小さく燻っているだけだった。立香は、その"何か"が徐々に大きくなるまでは、てっきり深波のいつもの炎かと思ったほどに、見慣れた青い色をしていた。

 

 "何か"はやがてティアマト神の半分ほどの大きさになると、空高く飛翔する。炎が大きくて、中の生き物の姿は分からない。ただ、翼があることだけは確かだった。

 その"何か"は、歓喜の咆哮を上げた。大きな声で、何事かを喜んでいるようだった。

 

 ――まるで、久方ぶりにご馳走を食べたあとのような、満たされた声だった。

 

 "何か"は機嫌良さげに身をよじると、大した気負いもなくティアマト神へと突進する。右角へと勢い良く激突すると、再び離れ、大きく旋回し、もう一度ぶつかった。

 

 「AaAAAaaaaa――!!」

 

 ティアマト神は苦辛に叫んだ。角の先端に炎が燃え移ったかと思うと、冗談のような速度で角全体へ広がっていく。

 元よりゴルゴーンたちの奮闘で罅の入っていた角は、炎に加えて、そこへ二度の突進を受けたことで、無残に砕け落ちていった。

 "何か"はそれを見届けると、尾のようなものを振り回し、飛び回るラフムや、ティアマト神の体にさらに火を付け始める。

 

 ティアマト神を苦しめる炎はさらに燃え広がり、ラフムたちは自らそれに突っ込み鎮火していく。体をぶつけ、炎に焼かれ、苦悶の叫びを上げながらラフムはボトボトと落ちていく。

 ウルクへと侵入しつつあった先兵も、急いでティアマト神の元へ戻っていく。何匹ものラフムが死んで、ティアマト神は炎に悶える間、幾らか歩みを止めていた。

 

 "何か"はいっそ滑稽とも言えるラフムの自殺行為を嘲笑うこともなく、あの歓喜の叫び以外には何ら声も出さず、青い炎の翼をはためかせながらケイオスタイドへと降下していく。

 途中何匹ものラフムを焼いた"何か"の炎は、少しずつ少しずつ、減っていき、立香は微かに、輪郭のようなものを捉えることが出来るようになった。

 

 それは――多分、龍の姿をしていた。

 

 立香は息を呑み、龍を見つめ続けた。その正体がなんだか、自分は知っている気がした。

 龍は大きく息を吐き、城壁――いや、立香たちへ近付いていたケイオスタイドをブレスで蒸発させた。

 

 青い火種が燻っている。いつか見た光景だった。戦闘の度に見慣れた風景だった。

 

 ()で、見た光景だった。

 

 「深波、そんな――。…………しんじゃったのか……?」

 

 青い火の龍は、大きく羽ばたくと空へと勢い良く上昇し、何処かへ消えていった。龍の通った雲は霧散し、そこにだけは――束の間の、晴天があった。

 

 

 

■■■

 

 

 

――某日某時、カルデアにて。

 

 「立香君、本気なのかい? 深波ちゃんはあれほど"私のことはあまり呼ばない方が良い"って言ってたじゃないか!

 最後の決戦が近いんだ、呼び出した彼女に何か不調があったら、また君は目の前で、彼女を失ってしまうかもしれないんだよ……!?」

 

 「それでも、だよ。それでも、俺は深波にまた会いたい。お願いドクター。俺、深波と一緒に行きたいんだ。……深波と一緒に――世界を、救いたいんだ」

 

 立香の青い目に、ロマンは映像越しに見た龍を垣間見た気がして、飲み込まれそうになる。

 

 彼女が消えた瞬間を見た立香は、やはり相当なダメージを受けているように思われた。

 それは勿論、頑なに彼女がシステム・フェイトを拒絶していたという、不穏な前提があったことも理由の一つとしてあるだろうが、それだけではない。

 彼女は、立香にとって日常の最後の残滓なのだ。クラスメイトの深波真昼は、救うべき世界の象徴的存在であり、彼女こそが最も身近な立香の目標でもあった。

 そんな彼女をもしまた失えば、彼の心はどうなるだろう。折れはしないだろうが、精神的ショックは計り知れない。

 

 ロマンは気遣うように立香を見たが、彼はそれさえも見透かしたように「大丈夫だから」と微笑んで見せた。

 彼の意志が、世界を救うに足るほどに硬いことは、もう十分にこのオーダーの中で理解していた。止めても無駄だと、いつになったら己は学習するのやら。

 ロマンは自分に呆れると、緊張を抱きつつ、無言でシステム・フェイトを起動する。

 

 立香は胸が高鳴るのを感じた。口の中が乾いて、手に汗が滲む。

 青い文様が浮かび上がる。虹色の輝きが煌めいたかと思うと、強い光が部屋に溢れ――立香は、一度目を閉じて、それからまた開いた。

 

 そしてそこには、確かに――深波が、立っていたのだ。

 

 「深波ッ! 俺っ――」

 

 「サーヴァントキャスター。役に立てるか分かんないけど、人類の為だし頑張るよ。これからよろしく、マスター……。じゃないな、えーと、何だっけ?」

 

 深波は困ったように首を捻り、無感動な目で立香を見つめた。

 

 おかしい、こんな反応をした英霊は、他にはいなかった。

 

 みんな、戦闘不能になる直前の記憶を保有して、「しくじった!」とか、「守れなくてごめんね」なんて、日常の延長線を辿るみたいに、立香に普通に笑いかけてくれた。

 なのに、深波は違った。深波は、本当に――立香の名前を、忘れてしまったみたいだった。

 

 「――え?」

 

 「ふじ……ええと、フジナントカ、リツカ。そう、立香、だったよね! 私の名前は、知ってると思うけど深波真昼。よろしく! 人類最後のマスター、一緒に人間を守ろうね!」

 





下の名前で呼ぶ仲になりました

次回はオリ主の生前の話と、
「マテリアルが開放されました」
ってやつをやりたいのでやるつもりです。スキル名考えるのが面倒臭い。ネーミングセンスが無いんですよね……
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