救世と共に祝杯をあげよう   作:ぱぱパパイヤー

13 / 21

不特定多数の人に嫌悪感を抱かせる可能性の高い描写があります
閲覧は自己責任で、もしも耐えられないかもしれないと思う場合は、閲覧を中止してください


第12話 不適当な救済 中

 

 立香の目の前で、深波はまるで玩具のように地面に叩きつけられてしまう。

 彼女はすぐに立ち上がろうと手を地に突いたが、何故か左腕しか動かせない。深波は遅れて、自身の右腕の肘から先の重みが感じられないことに気付いた。

 

 『……まさ、か』

 

 深波は、肩を確認するよりも、目の前に転がる彼女の右腕だったものを見つける方が早かった。

 

 立香はすぐに駆け寄り、千切れた腕を軽く食んで深波へと引っ張る。深波は、確かに自分のものであるそれを、他人のもののように無感動に眺めて、立香の頭を撫でた後に受け取った。

 

 「わん……?」

 (深波……?)

 

 深波の様子が変だった。幾ら今は痛覚がないとはいえ、腕が千切れるのなんて、彼女は初めてのはずだった。だというのに、彼女には怯えも狼狽も無く、ただ――まるで人形のような目で落ち着いていた。

 

 『わた、し、なんか、変に、なっ、て……』

 

 一瞬、苦しそうに目を細めたかと思うと、彼女は矢張り無表情に戻り、冷徹な目で戦況を確認し始めた。

 

 「ワン!! ワンッ!」

 (深波、どうしたの!? ねえ、そんな傷で動いちゃダメだよ!)

 

 深波は、敵の接近を迎え撃つグラハムを見て、すぐに指を向け、躊躇いなくアマドゥへ青い炎を撃った。

 アマドゥは今、確かに血に酔っているが、それでも彼女は殺害には消極的だったはずだ。

 立香は慌てて深波の顔を確認するが、彼女は矢張り能面のような表情で――まるで深波ではない誰かがそこに居るようだった。

 

 『どういう風の吹き回しですか? 随分と様変わりをしましたね?』

 

 『グラハム・マクレーン、そこで待機していろ。お前は今後必要になる』

 

 『……ミナミ?』

 

 元来感情の起伏が少ないグラハムすらも僅かに目を見開く有様に、立香は愕然として立っていることしかできない。

 

 深波は千切れた腕の手の平を自身の胸に――魔術刻印へと当て、無機質に唱えた。

 

 『門の簡易開錠、軽度焼却の申請、終了。――私の血肉、喰らい尽くせ。晴天の、帰還者よ(カエルラ・サンクタス)

 

 青い炎が千切れた腕へ纏わり付く。深波が燃えるそれを手放すと、炎は"何か"の形を取りながら、大きくなっていった。

 深波の腕が炎に溶けていく。血の一滴さえ残さず、燃やされている。

 

 ――いや、食べられているのだ。

 

 立香が自然とそう思った瞬間、炎は大きな顎を形作り、アマドゥの前で牙を剥いた。

 

 『っひ、ヒィイイイ!?』

 

 アマドゥは暴れたが、すぐに声を出すことも出来なくなった。炎が体を溶かし、アマドゥは成すすべもなく――死んでしまった。

 

 『感染対象沈黙。最短処理として浄化を開始』

 

 深波はそう言って、小さな町の全てを焼いた。

 

 子供も、大人も、感染していなかったかもしれない人も、みんな焼いて――それから、突然糸が切れたように意識を失って、倒れ込んでしまった。

 

 

 

 

 

 『――っ!?』

 

 深波は勢い良く起き上がり、胸元を強く抑えた。呼吸を整えながら辺りを目まぐるしく探り、傍に居た立香を抱きしめて、震える体を暖めようとする。

 

 『わ、わんたろー、ワンタロー、なんかほえてよ、ねえ、ワンタロー、ここにいるよねっ? ワンタロー、こわい、こわいの、ねえ、ちゃんと居るんだよね!?』

 

 「ワンッ!!」

 (落ち着いて深波! もう大丈夫だから!!)

 

 夜の静寂を切り裂く犬の鳴き声は、近隣に迷惑かと思ったが、その音量のお陰かしっかりと深波の耳に届き、彼女はホッとしたように立香を抱え直した。

 

 『あ、あのね、ワンタロー、私……す、っごく、ね、怖い夢を、見たんだ……。なんかね、私が、いっぱい人を殺す夢だった。そんなこと、する訳ないのに、したい訳ないのに、勝手に体が動くの。無くなった腕の分の魔力が、いつもより早く補充されたと思ったら、急に……』

 

 深波はそこまで言って、立香の腹を締め付ける力を強くした。「フヒャン」と変な声が出たが、深波は気づかずにずっと立香に縋っていた。

 

 『急に……私の意識が――薄く、なっていくみたいに、なって』

 

 深波は悍ましい感覚が脳裏に蘇ったのか、ぶるりと震えた。

 

 あの、胸の内から水が漏れ出るような気持ちの悪い感触。自分という存在が段々と希釈されていく、そんな尋常で無い恐怖がせり上がってくる。

 

 あの日、ニュースを見てから飛行機に乗るまでの、曖昧な記憶の時間。あの時に近い感覚だった。

 

 体が勝手に動いて、その後に感情が追いつくような違和感を思い出して、深波は少しの吐き気に襲われた。

 

 『私の体、やっぱり普通じゃないね。大学とか、行ってみたかったけど……そういう風に皆と一緒に暮らすのも、いつかは無理になってたんだろうな……』

 

 深波はいっそ穏やかにすら聞こえる声で、諦念を滲ませながら立香を抱く手の力を抜いた。

 ゆっくりと背中を撫でて、暫く深波は茫と自身の欠けた腕を見ていた。

 

 『アマドゥは、何が嫌だったんだろう……。痛くないままじゃ、ダメなのかな。嫌なことから目を背けて、傷が治ってから元に戻すの。

 それじゃ、ダメなの? その方が、みんな嬉しい。その方が良いんだって、思ったのに……』

 

 『――いいえ、誰もがそれを望みます。痛みの無いものの方が、苦痛も少なくて済みます故に』

 

 魔術使いの老人が、外から若者に支えられて戻ってくる。

 深波はそれを迎え――驚愕に目を見開いた。

 

 『その、手は……どうしたの?』

 

 『ああ、これで御座いますか? ふふ、丁度見て頂きたく思いまして、外で皆が待っています』

 

 行きましょう、と老人は若者を置いて深波の傍らへと屈み、厳かに彼女の左手を取った。

 立香も深波へと続き外へ出る。暗い世界を照らす為に焚かれた篝火は、死徒と混ざっている住民ではなく、深波の為のものだった。

 

 島民が広場として利用している場所に着くと、日中子供たちが遊ぶ場所と同じだとは思えないほど、陰惨な雰囲気に包まれていた。

 粘着質で寒気のする空間には、老若男女問わず島民の殆どが集まっており、彼らは深波の居る方へ傅き、頭を下げていた。

 

 『なに、これ……』

 

 『さ、ミナミ様、そちらにどうぞ』

 

 ミナミは肩を押され、用意されていた椅子に座り込む。彼女は片腕がない状況にまだ慣れておらず不安定だったため、逆らうことも出来なかった。

 そこで立香はハッとした。自分がしっかりしなければどうする、と自身を叱咤し深波の足元に擦り寄る。

 深波は自分が一人ではないことに安心したのか、少し息を吐き、状況を見定める姿勢を取った。

 

 『これは、どういうこと? 何の為の集まりなの?』

 

 『すぐに分かりますよ。――皆のもの、ミナミ様への信仰をお見せしろ!』

 

 老人が列に入り、声を上げる。その指示に従ってか、島民は羽織っていたローブを肌蹴た。

 

 彼らの右腕は皆――深波と同じように、欠けていていた。

 

 『ッヒ……!!』

 

 深波はもう言葉も出ない様子で、怯えて喉を引き攣らせている。

 老人はその様子も目に入らないのか、嬉嬉として、如何に深波へと感謝しているのか、如何に深波を信仰しているのかについて語り始めた。

 

 『先日の愚か者を裁いた青い炎! あれこそがミナミ様の神の権能!』

 

 『――て』

 

 『我らは少しでも貴方様に近づく為に、神の現し身たる貴方様のお姿を真似させて頂いたのです!!』

 

 『――めて』

 

 『貴方様と出会えた奇跡に!! この矮小な身に受けた幸運に感謝を!! 貴方様の守護を、永遠に受け取るべく我らは――』

 

 『――やめてよ!!』

 

 深波はとうとう耳を塞いでしまった。しかし欠けた手では完全には防げず、彼女にとって呪詛のような言葉を聞かないでいることは不可能だった。

 

 彼女は足元の立香へ必死に手を伸ばし、体の重心が左に偏った状態で懸命に立ち上がる。

 震え、怯えながら立香を片手で抱いて――そんな彼女はもう、一人では立てなくなっていた。

 

 あの時、確かに宿っていた小さな決意の火は、歪んだ信仰に押し潰されて――消えて、しまっていた。

 

 『わ、わたし、貴方達のことを守りたかっただけなのに!!

 感染しても諦めないで、皆で支え合って、子供たちやお年寄りの分まで頑張る貴方達のことが、眩しくて、強くて、凄いって思った!

 そんな貴方達を守りたくて――死なせたくなくて、ずっと健やかに……ウィルスなんか無くして、普通に生き続けられるようにしてあげたかった!!』

 

 深波は泣きながら叫んだ。

 涙が後から後から流れて地を濡らす。それは彼女の感情の高ぶりのせいか、暫くの間炎を灯し、深波の足元で青い燻っていた。

 

 『私――間違えちゃったんだね。私が……っ、わたしが、貴方達のこと、おかしくしちゃったんだね。

 私が、貴方達を変えちゃった。元の貴方達と全然違う何かに――体が変わっても、心はずっと人間らしかった貴方達のことを、本物の怪物にしちゃったんだね……』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「わん……」

 (無理して行かなくても……)

 

 『……へいき』

 

 深波は俯きがちに歩き続けた。彼女はグラハムの元へ向かっていた。

 

 あの悍ましい信仰の宴からはや数ヶ月。

 深波の悲哀に狼狽した信者達は、しかし考えや姿勢を変えることは無かった。深波が何かを厭っていることだけは理解出来たらしく、彼女が島を離れるのを怯えるようになった。

 彼らにとっての庇護者の離脱を、捨てられることに狼狽え、悲嘆に暮れた。

 

 その為、島民を安心させる目的もあって彼女は暫く島を離れずにいたが、前回のアマドゥの件を魔術協会へどう処理したのか、今になってグラハムへと問いに行ったのだった。

 

 『ちょっと聞きたいこともあったし、丁度良いよ。グラハムの研究してる死徒って自分の脳が腐ってるから、幽体の脳を形成して、そこで思考してるらしいんだ。だから――私の意識のこととか、きっとグラハムなら分かると思って』

 

 ワンタローもそう思うでしょ?

 

 そう言う深波は、ワンタローに立香が憑依していることなど知らないはずなのに、会話をするように話しかけた。

 いや、そもそもこれは夢の中。サーヴァント深波の記憶の世界だ。この時、本当のワンタローには立香は憑依していない。つまり深波はこの瞬間に、本気でワンタローという犬に話しかけた、ということなのだろう。

 

 「きゅうん……」

 (深波……)

 

 彼女は傍目から見ても限界だった。

 自分の選択のせいで島民の人間性を変容させてしまったという思いと、どんな行動をしようとも深波を讃える彼らの信仰に、押し殺されてしまいそうになっていた。

 

 もしもこの時立香が側に居られたら、彼女を大丈夫だと慰め、自身も深波を手伝って島民の為に力を尽くし、彼ら自身にも行動を促していただろう。

 

 かつてウル市で見た光景を連想させる島民達だが、ウル市民よりも尚質が悪い。

 深波はケツァル・コアトルとは違い彼らの脅威としてそこにあるのではないのだ。ならば例えそこに居るのが真実神であったとしても、島民は一丸となり、何も出来ないなりに物を考えることくらいはすべきである。

 ウル市の人々は考えた。考えた結果、どうしようもないと判断し、諦念に身を任せたのだ。それに対して、彼らは思考すらも放棄している。

 人の醜悪な怠慢の部分が特に集まっているようで、見ていて心地の良いものではなかった。ギルガメッシュが見れば即座に島ごと潰されることは請け合いであろう。

 

 『……着いたね』

 

 深波は刹那、怯えた顔を見せたが、何事も無かったかのように扉をノックした。

 グラハムすらも深波を讃えたらどうしようかと思ったのだろう。彼が誰かに心酔する姿など想像も出来ないが、有り得ないと言い切れないところが辛かった。

 

 『……ああ、ミナミ。貴様ですか。こちらからも伺おうとしていたところです。人に後処理を任せてぶっ倒れるとは、相変わらず良い根性をしていますね』

 

 片腕を失った深波への、グラハムの冷たい態度にさえ、彼女は安心したように笑っていた。

 





割と王道ストーリーなので驚き成分が少ない気がして……もっとこう、見せ場で「ええ!? そうだったのか!」となる伏線とかが張りたいです

書いてる途中で文字数が多すぎたので分けました。詳しい説明は今度こそ次回でやります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。