救世と共に祝杯をあげよう   作:ぱぱパパイヤー

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タイトルをちょちょっと弄りました


第13話 不適当な救済 下

 

 『……なるほど。いや、信じ難い話です。本当にそうなのか? 私は今、奇跡に立ち会っているのかもしれない』

 

 深波は魔術協会への対処の話を聞いた後、精神性の変化について、グラハムへと尋ねた。

 立香としてはこの魔術師も善人ではなく、自分本意な男であると理解しており、警戒しているのだが、同じように特に彼を好んでいなかったはずの深波は、もう自分と普通に話せる人間と言うだけで胸襟を開いてしまっていた。

 

 『何か分かるかな?』

 

 『ええ、分かります。分かりますとも。しかしこれは、分かってしまう方がおかしい、というか。有り得ないと叫びたくなる』

 

 立香は少し身を乗り出した。彼のことは好ましいとは思わないが、深波の力の源というのは気になったのだ。

 グラハムは何度か有り得ないと反駁した後、深波の右腕を見て「世界的な損失だったか……過去の自分を殴りたい」と呟いた。

 

 『良いですか。貴様が誰かを上に戴いているということを、私は既に察しています。これはそれを前提に行う、信じ難い話です』

 

 『う、うん……』

 

 グラハムは冷静さを保とうとしたのか、タバコに火をつけて、一度大きく煙を吐いた。

 

 『貴様は恐らく――"第三魔法、魂の物質化"の体現者です』

 

 第三魔法、魂の物質化。それは魂という高濃度のエネルギー体を、肉体無しに独立させる魔法。

 本来魂の宿るべき定められた肉体以外にさえ魂を宿すことが出来るという、聖杯を以てえられる奇跡の一つ、大凡の魔術師たちの悲願である。

 

 それを深波は不思議そうに、全く興味がありませんといった風で首を傾げた。

 立香も大体同じ気持ちだった。凄いのは分かるが、深波の疑問には繋がっていないように思えて、割かしどうでも良いと感じる。

 

 『……それのお陰で、また別件の疑問が腑に落ちたんだけど、それと私の意識が希薄になるのと何か関係あるの?』

 

 『ハァ……貴様のその無尽蔵の魔力。それは一体どこから来ているのですか?』

 

 嘲笑すら浮かべる価値もない、といった様子でグラハムは深波を一瞥した。

 深波はそんな態度には慣れているようで、少し首を捻り、心臓だ、と答えた。

 

 『そう、そこから送られる血によって、貴様の全身には貴様の魔力が浸透している。

 そして、先日の一件で確信しましたが――貴様は何か、とんでもない幻想種と契約を交わしていますね?』

 

 『わ、分かんない……』

 

 『……私の推測になりますが、貴様の現在を含め、説明して差し上げます』

 

 グラハムはそう言って、深波の知らない深波のことを、語り始めた。

 

 『貴様は自身の意思に関わらず、強大な幻想種と契約しています。それは青い炎を扱う"何か"であり、その"何か"は、蒼炎を貴様に貸し与える度、契約の代償として貴様の魔力を食らう――それも、莫大な量を』

 

 指を立て、グラハムは深波の欠けた腕を指す。深波はまだ事態を理解出来ていないようだったが、立香は酷く、嫌な予感に襲われていた。

 今までの経験が頭の中で警鐘を鳴らす。知ればもう、深波の顔をまともに見ることが出来なくなる気がした。

 

 『貴様の腕が肉体から分離した途端、その血肉に含まれていた分の魔力が、何処からか、心臓に新たに補充されていましたね?

 貴様は常に一定量の魔力を、戴く主人の何らかの目的の為に貯蔵している。しかし補充される魔力は、外から持ってきたものだ。当然、貴様の血肉には馴染まない』

 

 「わふ……」

 (まさか、それって……)

 

 『貴様の魔力を以て、染め直さない限りはね』

 

 魂のエネルギーとて有限だ。ただ、只人がどれだけ束になろうとも消費しきれないというだけで。

 しかし、人でないものなら――例えば、幻想種であったなら、どうだろう?

 

 『貴様の魂は恐らく、魔力の振込先である心臓に宿っているのでしょう。肉体自体に宿しているにしては、戦闘スタイルが余りに身を切り売りしすぎていますからね。全く以て勿体無い……』

 

 グラハムは舐めるように腕の断面を見た。悪寒を感じて、深波はそっと傷口を撫でる。

 彼は残念そうに眉を下げ、またタバコを吸った。

 この臭い、なんだか頭がぼうっとする。立香は頭を振ってみたが、この臭いはどうも好きになれそうにない。

 

 『そして、契約相手たる幻想種が満足するような魔力は、恐ろしく莫大だ。指先からの青い炎の弾丸、あれ一発分の対価でも、一般的な魔術師の持つ魔力量を基準にしても、数千倍は下らないでしょう。

 それと、その幻想種が何処にいるのかも重要です。現存する何処か……未開のド田舎ならまだしも、世界の裏側に、なんて場合は……』

 

 ふぅ、と頭痛を耐える仕草をしながら、グラハムはまたタバコを吸った。

 

 『とにかく、恐ろしい量になるでしょう。貴様はそれだけの量を心臓に蓄えることが出来――またそれを自身の物質化した魂と混ぜ合い、溶かしこみ、己のモノとする必要がある。

 ……ここまで言えば、分かるでしょう?』

 

 深波は込み上げてくる感情に耐えようと、立香をぎゅっと抱き締めて、意識的に深く呼吸をする。この魔術師の前で、我を失う訳には行かない。彼は深波のことを、邪魔に思っている人間だから。

 

 しかし、すっかり忘れていた"あの"感覚が戻ってくると、その嫌悪、恐怖に耐えることは、とても難しいことだった。

 学生時代、立香と出会ったばかりの頃、何度も思っていたこと。自分が何をすべきかまだ分からない頃、毎日思っていたこと。

 

 ――私は、なんて化物なんだろう。

 

 青い弾丸でもそんな量だというのなら、片腕一本では、どれほど莫大な量の魔力を消費するのだろう?

 そして、新たに補給された欠けた分の魔力――それを取り込むために、深波の魂は、どれ程希薄になってしまったのだろう?

 

 その考えを読み取ったように、グラハムは皮肉げに肩を竦め、宥めるように、わざと猫なで声で言った。

 

 『"私の意識が薄くなる"……的確な表現です。貴様の魂は、大きな負傷の度に、幻想種への餌の為に希釈される。

 その呪術を使い続ければ、そう遠くない内に魂は尽き、貴様は本格的な操り人形となるでしょう。主人の為の忠実な下僕――自我も意識も、何もかもを失った無生物にね……』

 

 深波は項垂れて、立香を抱き込んだ。こうすると、いつも手の平を舐めて慰めてくれたからだ。

 だけど賢い犬は深波の力に恐怖したのか、鳴き声すらあげず、微動だにしない。

 

 『わんたろぉ……』

 

 深波は甘えるように犬の名を呼ぶが、返事は返ってこなかった。

 

 だがその時立香は――赤い瞳に見つめられて、動けなくなってしまっていたのだ。

 グラハムの魔眼が怪しく輝く。すると、魔術耐性などない犬の体は――例え人間の体でも抗えるとは断言出来ないが――ピタリと止まり、何らかの暗示にかかってしまった。

 

 『ミナミ……死ぬのは怖いでしょう?』

 

 深波はピクリと指先を跳ねさせた。まだ、痛みも死も怖がる頃の深波は、見せかけだけの優しさでも、心が揺れ動いてしまっていた。

 

 『私なら、貴様をもっと上手く使ってやれる……ギアスロールに誓っても良い。優しく、使い魔としてではなく、一人の人間として扱ってやる……。

 ――あの島民共を差し出せ。私から見ても虫酸が走るような、あの腐った一般人共を、この私の研究の為に役立ててやる。私の研究が完成すれば――貴様を操る主人との縁すらも、断ち切ることが出来るぞ』

 

 グラハムの魔眼は深波へも向いた。彼女は立香同様虚ろな目でその提案を聞いていた。

 

 (深波、しっかりして! 今のままも確かに良くない! でも、深波は自分で望んで島の人を助けようとしたはずだ!!)

 

 島民達は深波が魔術師を退治しに来たのだ、と思っているようだったが、立香は彼女とずっと行動を共にする内、深波は誰かの命令で、ここのウィルスを根絶やしにするために来たのだと知った。

 深波は島民を助ける為に、自身を傷つけてまで、時間を稼ぎ、足掻いていた。それは恐らく、主人とやらの命令に逆らわないギリギリのラインなのだ。

 

 だって――感染の拡大を止めるのだけが目的なら、主人とやらが深波を操って、アマドゥとあの町に行ったように、全員を燃やし尽くすのが一番の近道なのだから。

 

 深波のあの小さな決意は、本物だったのだ。踏み躙られた今でも、例え惰性だとしても、後悔に苦しんでも――彼女はまだ、島民を救おうとしている。

 

 (深波!)

 

 立香は声も身動きも取れない状態で、思いを必死で叫んだ。

 深波は俯いた顔の頤を掴まれ、上向けさせられる。大きな手で覆われた顔は小さくて、そこに居るのはただのか弱い女の子だった。

 

 その目の光は、意思の輝きとは程遠かったけれど――だけど、同級生だった頃の立香が知っている頑固さが、まだ煌めいていた。

 

 『ねえ、グラハムは英雄に会ったことある?』

 

 『……何の話ですか』

 

 『私は、世界を救うスーパーヒーローが格好良くないとダメなんて、決まってないと思う。案外普通の男の子とかで、自分じゃ何も出来ないタイプの英雄もいるかもしれないでしょ』

 

 グラハムは魔眼を強めたが、深波には効いた様子が無く、立香は彼女の抗魔力に驚愕する。グラハムのこれは、相当なランクのものだった。

 

 『だから、私はボロボロのヒーローでも良いって、頑張ったの。死ぬまで尽くせば、皆幸せなんだと思ってた。

 私だけ我慢してれば、対抗薬が出来れば、それまであの人たちを、生かし続けられれば――誰も死ななくて済むって』

 

 深波は立香をそっと地に離し、空いた腕でグラハムの手を払って立ち上がる。片腕だけの彼女は、悟った目で言った。

 

 『でも間違ってた。何が駄目だったのか分かんないけど、とにかく、間違ってたみたい』

 

 深波は目を閉じて、島民達との思い出を反芻しているようだった。

 寂しそうな笑顔を見ていられなくて、魔眼から開放された立香は頭を深波の足へすり寄せる。深波は少しだけ、優しく微笑んだ。

 

 『私は、他の方法を思いつかなかった。やり方を変えることなんて出来ないし、でも、あの人たちを見捨てることはもっと出来ない。

 ――もう、救おうとは思わない。だけど、先延ばしにはしてみせる。私の限界が早いか、薬が出来るのが早いか。これはただの私の意地で、あの人たちの為を思っての行動じゃない。

 だから、私はもう――救世主じゃないし、善人でもない』

 

 深波はそう言って、人差し指をグラハムの額に向けた。

 

 『善人じゃない私は、貴方のことも気に入らなければ殺すかもしれない。私に魔眼は効かないよ。変な欲出してたら、死んじゃうかもね』

 

 グラハムは懐に手を遣ろうとしたが、それよりも当然深波の方が早い。額をとん、と突かれただけでグラハムは小さく跳ね、冷や汗を垂らした。

 

 『グラハム、どうせアマドゥの残り滓かグール何体かで研究は進んでるでしょ? 島で薬を開発してる魔術師にそれを渡して』

 

 『っな、研究資料を他の者に渡せだと……!?』

 

 『そう。私の為に――世界の為に貴方が必要なの。殺されたくなければ大人しく手伝って。代わりに薬が完成したらあの魔術師のものを全部貴方にあげる。それでいいでしょ?』

 

 達観した目をした深波は、グラハムと契約を結ぶと立香を抱き上げて彼の工房を平然と後にした。

 

 彼女はもう、完全に理解していた。自分がこの島を守るために来たのではなくて、この島を殺す為にか遣わされたということを。

 





第三魔法のお陰で、死んだ深波の魂はアラヤお手製の肉人形に移っても平気
腕一本ならアラヤが介入しやすくなるくらいで弊害はないが、四肢が半分以上欠けると……という設定
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