救世と共に祝杯をあげよう   作:ぱぱパパイヤー

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今後新宿編ネタバレや終章ネタバレがあります
ジャンヌ・オルタの贋作イベントについての話があります


新宿幻霊事件
第15話 赤色エンチャント


 

 暗い夜。"彼女"の悲劇は凡そ、その時間に始まり、その時間に終わる。

 

 魔境と化した新宿は、いつか"彼女"が訪れたことのある場所とは随分と様変わりして――まるで、物語の中みたいだ。

 例えばそれは、B級映画の中の世界。邪悪な聖女と、邪悪な正義の味方なんて、皮肉と悪性を煮詰めたような対戦カードでさえ有り得るのだから、矢張りここはフィクションの世界に違いあるまい。

 

 「さて、邪竜の魔女よ」

 

 エミヤ・オルタの声に合わせるように、彼の背後にずっと付き従っていた小柄な影――"彼女"は前に出た。

 

 「かのシェイクスピア、『ハムレット』屈指の名言だ。生きるべきか死ぬべきか(To be, or not to be)、選べ。

 ――まあ、どちらにせよ」

 

 黒い外套のフードを深く被った"彼女"が、一歩、また一歩とジャンヌ・オルタへと近付いていく。

 ジャンヌ・オルタが警戒を顕に剣を構えるのも気にせず、そっと手を伸ばし――。

 

 「惨めったらしく殺す結末に変わりはないがね。命乞いする相手を殺すのは、そら、アンタの得意技だろう?」

 

 凄惨な笑みで挑発をしたエミヤ・オルタが、指をクイッと誘うように引いたのを合図に、小柄な誰かは――強くジャンヌ・オルタの剣を握り、自らを傷つけ、手から血をダラリと零した。

 

 ぱたぱたっ、と地に液体が滴る音が響く。ジャンヌ・オルタはサァ、と血の気が引いて、霊基の芯まで刻み込まれた脅威を鮮明に思い出した。

 ワイバーンよりも、遥か格上の竜種が契約対象である"あの女"。彼女が怪我をする度ワイバーンは恐慌状態に陥り、指先から発生した炎は、ジャンヌ・オルタの体を焼いた。

 

 ジル・ド・レェが聖杯を以て炎を強引に消し、ジャンヌ・オルタは消滅せずに済んだが……。彼女に宿った恐怖心は半端ではなく、あの青い炎(・・・)を忘れたことは、片時もなかった。

 

 「ア、ンタ、まさか……」

 

 「adolebitque(燃えろ)

 

 その言葉と共に炎はジャンヌ・オルタへと触手を伸ばす。もうそれがどんな性質のものか知っていた彼女は、旗を翻し、炎と自身とを接触させないように跳び退った。

 

 「赤い(・・)炎!? アンタマジで何者よ、そんな悪趣味な術使うのなんて、てっきり一人だけだと思ってたわッ!」

 

 しかし、ジャンヌ・オルタとの予想とは裏腹に炎は赤く、そしてトラウマである青い炎よりも、幾分か威力が弱いように見受けられた。

 彼女はほっと胸を撫で下ろし、"宿敵"によく似た別人をじっと観察する。これなら勝てそうだ、と――思ったが。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……何でもう傷が治ってるの(・・・・・・・・・)?」

 

 悪夢のような話だが、謎の炎使いの傷は既に完治しており、つまり、それは――"蒼炎の女"と違い、長期戦が可能であるということであった。

 

 「オレを忘れてもらっては困るな」

 

 「ッ、チィ!」

 

 そしてエミヤ・オルタは、黙って目の前の炎使いだけに意識を集中することを許す相手では無かった。

 エミヤ・オルタは背後からジャンヌ・オルタを狙い撃ち、炎使いの援護をする。炎使いは無言で、極めて従順に彼によって作られる隙に突貫し、ジャンヌ・オルタを着実に追い詰めていく。

 二対一。それも、あの赤焔は蒼炎よりはマシだが、燃え移った相手を容易くは手放さない性質であるようで、やりにくいことこの上ない。

 

 走り、剣を振るい、旗で相手を遮り牽制する。

 徐々に動きの鈍くなるジャンヌ・オルタだが、背後から何かが迫る気配を敏感に捉え、振り返る――するとそこにはチロリと揺れる炎があり、彼女は咄嗟に背を旗で庇い、体を捻った。

 

 取り返しのつかない姿勢となり、体が一瞬浮いてしまう。ニタリと笑ったエミヤ・オルタと目が合い、ジャンヌ・オルタは目を閉じ、衝撃に備える。

 

 「ッチ、やっと一発命中か」

 

 「……デミヤ先輩、このままだと時間がかかります。炎を増やしては如何ですか」

 

 「いや、そうするとお前が暫く使い物にならなくなる。やめろ」

 

 「分かりました」

 

 謎の炎使いが口を開いた。ジャンヌ・オルタは傷を抑えて立ち上がりながら、声の主を睨み付けた。

 

 「その声……やっぱり(・・・・)ね、やっぱり(・・・・)だわ! この私がアンタのことを間違えるわけないもの!

 そうと分かれば――邪竜咆哮!」

 

 「……ぬ!? まさかコイツ……!」

 

 エミヤ・オルタは謎の炎使いを片手に抱え、背後に飛び退く。

 しかし彼女の宝具は対軍宝具であり、その程度の距離では何の気休めにもならない。

 

 「アハハハ! 同じ相手に二度も負けるなんて我慢ならないの! そうなるくらいなら諸共殺すわ諸共死ぬわ!

 それくらい読み取りなさいよこのス馬鹿共!(スカした馬鹿共の略)」

 

 ジャンヌ・オルタの嘲笑が炎の爆ぜる音の向こうから聞こえてくる。

 対軍宝具、それも捨て身の特攻。どうしようもない危機的状況に、急いでエミヤ・オルタは自身に防御を施すが、それは他者に施せる類の術ではない。

 

 「自爆だと……! ええい、元と同じくらいはた迷惑な突撃女だ!

 おい八百比丘尼(・・・・・)、お前はオレの後ろで――!」

 

 赤焔使い――八百比丘尼と呼ばれた人物は、無言でエミヤ・オルタの前に立つ。

 彼よりも小さな体で、何の緊張も恐れもなしに、エミヤ・オルタを庇うように立った。

 

 「馬鹿な。何のつもりだ」

 

 「世界の危機に合わせて貴方がいつでも迅速に動けるように、未熟者の私が盾になります」

 

 「……お前は復活しても暫くは使い物にならんだろうが」

 

 「すみません。ですが元々こういう英霊でしたので。どうかデミヤ先輩は私がこれを防ぐ間に脱出して下さい」

 

 八百比丘尼はそう言って、動脈を探る時間も惜しいのか、手首を切り落とし「adolebitque(燃えろ)adolebitque(燃えろ)Monstri Sánguinis(怪物の血)」と、痛みを感じさせない平坦な声で唱えた。

 

 八百比丘尼の正面に、ジャンヌ・オルタが呼び出す憎悪の炎と同じく、赤く燃える火が現れる。

 八百比丘尼の炎はまるで反発するように、彼女の復讐の火を寄せ付けず、真名解放までの僅かな時間を凌いでいた。

 

 ジャンヌ・オルタの哄笑が聞こえる。八百比丘尼は両手を広げて、エミヤ・オルタの前に仁王立ちした。

 

 「アハハハハッ!! 何もかも綺麗さっぱり燃えて爆ぜておしまいって訳よ!

 ――『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!」

 

 ある一人の聖女の憎悪が、全てを飲み込んだ。

 

 

 

 「ここに居ても熱気が伝わってくるな。さすがあのジャンヌ・ダルクを灼いた処刑の焔。八百比丘尼の炎が何処にあったのかでさえ、最早分からん」

 

 エミヤ・オルタは暫く目を矯めつ眇めつして八百比丘尼を探したが、どうやら彼女は骨も残さず溶けたか、原型が分からないほどに焼けてしまったらしい。

 彼の目を以てしても見つけられず、エミヤ・オルタは嘆息し、踵を返した。

 

 「合理的で使い易い部下だったが……仕方あるまい。明日には再生も終わっているだろう。それまでに奴の分の仕事を振り直さねばな……」

 

 彼の真の目的に即した唯一の部下だったのだが、重宝しすぎるというのも考えものだ。

 エミヤ・オルタは脳内で雀蜂へ割り振る膨大な量の仕事を考えながら、一度も振り返ることなく、その場を後にした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「が、は……! ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

 

 吐息が聞こえる。音、音だ。呼吸音、生きてる。

 敵が生きている。

 

 八百比丘尼は震える手を地に突き、渾身の力で起き上がろうとするが、足の再生がまだ終わっておらず、上体を起こすのがやっとだった。

 痛覚を切り、動かせる部位を確かめながら視線を巡らせる。矢張りジャンヌ・オルタはまだ生きており、八百比丘尼の方をじっと見つめていた。

 

 「……ヤオビクニ、って何なのよ? アンタの真名って、そんなじゃなかったでしょ?」

 

 自身を殺さないジャンヌ・オルタの意図を探ろうと、彼女の方を注視するだけで、八百比丘尼と名乗る"彼女"は何も答えなかった。

 遠くから足音が聞こえる。ジャンヌ・オルタは身を固くして視線を向けたが、相手を見るなる体を弛緩させた。

 

 「ジャンヌ、助けに来――っ!?」

 

 息せき切って駆け寄るのは、間違いなく人類最後のマスターだった青年で、今現在まともにレイシフトを出来る唯一のマスターだ。

 

 彼は八百比丘尼の顔を見ると表情を凍りつかせ、暫く停止していたが、ジャンヌ・オルタの傷と、八百比丘尼の傷を見比べ、より致命傷を受けている八百比丘尼の方へと手を伸ばした。

 

 八百比丘尼の傷ついた足を彼は顔面蒼白で見つめ、治療しようと近寄っていく。

 ジャンヌ・オルタは制止しようとした。彼女は、"彼女"であって彼女ではない。もしかすると彼が死んでしまうかもしれないと思ったのだ。

 

 「……」

 

 「ねえ、大丈夫?」

 

 「……はい」

 

 八百比丘尼は、しかし暴れることも、垂れ流しの血液に火を灯すこともなく、小さく頷くのみだった。

 

 「――ハァアアア!? 何な訳? イベントで会った時には私とも割と仲良くしてたような気がするんですけど!?

 何で、とっ、友達(小声)……になったこともある私にはこんなに全力投球でソイツにはそうなのよー!!」

 

 地団駄踏んで、ジャンヌ・オルタは悔しがった。彼女はてっきり、"カルデアの彼女"の記憶が、欠片も保持されていないから襲いかかってきたのだと思ったていたのだ。

 それが、何だ!? もしや、マスターのことだけは覚えているとか、そういう美談か!? クソくらえ!

 ジャンヌ・オルタは憤慨し、ちょっと目尻に涙を浮かばせた。悔しくなんてない。ないったらない。

 

 実は、ジャンヌ・オルタは、かつての贋作騒動の折、あまりの青い炎へのトラウマが逆に「味方になったら強いんでは……?」と転じ、立香たちがレイシフトする際、暇そうな顔で留守番していた"彼女"を乙女ゲームワールドに一足先に招待したことがあるのだ。

 

 まさか、すぐに絆せるなどとは思っていなかった。色々と贋作たちに接待をさせれば、あわよくば……くらいの気持ちである。何せこっちには、贋作とはいえ七人の英霊がいた。いざという時は消滅させれば良いと思ったのだ。

 しかし彼女は爆笑しながら「人理にあんまり影響無さそうだし、藤丸が来るまでここで遊ぼうか」と"同じクラスの女友達"としてジャンヌ・オルタや贋作たちと、トランプや、ゲームや、とにかく、そういった普通の遊びをした。

 

 多分あれは友達だった。いや、確実に友達。

 ジャンヌ・オルタはくわっ! と目を見開き、傷も深いのに"彼女"に詰寄る。

 

 「どういうことなのよ――ミナミ!!」

 

 フードの燃えた外套から、青みがかった黒い瞳が覗く。その目も、声も、立香が治療するちょっと冷たい手も。何もかもが指し示す真実。

 

 そこに居たのは、間違いなく――"深波真昼"だった。

 




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