救世と共に祝杯をあげよう   作:ぱぱパパイヤー

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魔術≠呪術

呪術は自身の肉体に働きかけて起こす物理現象。玉藻御前が使用している


第1話 生体端末

 目が覚めたら知らない場所にいたのである。

 

 静かで明るいリビングに、ローテーブルとクッションが三つ。私が横たわる四人がけの大きなソファーは、焦げ茶色の柔らかいものだった。

 

 瞬きながら、目を擦り立ち上がる。ここは、何処なのだろう。辺りを見渡すと、ローテーブルの上には紙切れと鍵が乗っていた。

 

 書いてある言葉は、

 

 『Do your duty.』

 

 それだけ。

 

 鍵には『805』という何かの数字のプレートが付いていた。

 

 とにかく、混乱しながら視線を巡らせると、カーテン付きの窓があった。

 カーテンの向こうには、見たことのない町並みが広がっていて、お昼の三時ぐらいだろうか、近くの公園で子供が遊んでいる。

 窓は簡単に開いた。季節は春か秋。快適な温度で、私のハーフパンツとノースリーブの上にパーカーを羽織るだけの格好でも、暑くも寒くもなかった。

 

 部屋の中を散策する。分かったことは、この部屋は何処かのマンションの一室らしいこと。

 

 3LDKの部屋のうち、ベッドが置かれている部屋には番号が未設定の金庫があった。

 中には私の名前が記入されているこの部屋の契約書や、色んな家具の品質保証書があった。それから、大金の書かれている通帳。そして恐らくその暗証番号だろう数字が走り書きされたメモもある。

 同室のキャビネットは空っぽで、他にはお風呂やトイレ、キッチンの水道も捻れば出てきた。

 

 冷蔵庫にも電気が通っていて、開くとひんやりとした冷気が溢れ出した。中には、私の好きなイチゴのパックが一杯入っていた。

 赤い実を一粒取り出し、水道水で洗って齧る。じゅわりと果汁が溢れ出て、頬が落ちそうなくらいに美味しい、いつもと同じようなイチゴの味がした。

 

 果肉が喉を通る。私はそれをなぞるように手で辿って、腹にまで下ろしていく。イチゴが胃まで降りた時、私はそこを撫でて、軽く押してみた。

 人間の腹は柔らかい。イチゴはぶよぶよの肉に囲まれ、胃液で溶かされ、やがて私の糧になるのだろう、とぼんやりと思った。

 

 ――……が! ……女の子……怪我……ッ! しっかり……駄目だ!

 

 ――誰か……救急車……助け……。血が……死……!

 

 「なんで生きてるんだろ」

 

 ぐちゃぐちゃに潰れてしまったはずの頭も、お腹も、全部綺麗に治っていた。

 

 三日くらいは"奇跡の生還"を味わってみた。

 イチゴを全部食べ終えた頃に、恐る恐る通帳を持って外に出た。契約書とスマートフォンの保証期間の書かれた紙もあったので、探してみると、矢張りあった。

 テレビの前に置かれていたスマートフォンで地図機能をインストールして、最寄りの該当銀行へ向かう。

 お金は本当に入っていた。日用品や服を買って、あと本屋さんで『猿でも出来る一人暮らし』という本を買った。

 

 成すべきことを為せ、って何すればいいんだろう。空を見上げると、太陽が眩しかった。

 

 

 

 

 

 率直に言って最初の一ヶ月は発狂寸前だった。

 

 死んだはずなのに生きている。何処かも分からない場所で、お膳立てされるがままに動く。こんなに怖いことはあるだろうか?

 さらには、変な模様が心臓にあった。お風呂の中で見つけた時、呼吸が止まるかと思った。

 それは意識を集中すると薄く光り輝き、私がそれを見つめると、不思議と頭の中に『魔術刻印』という単語と、その意味が浮かんでくるのだった。

 

 私はエイリアンに改造されてしまったのかもしれない。

 

 四人がけのソファーで寝転がって、テレビを見る。バラエティ番組で、芸人の人が何か面白いこと言って場を沸かせていた。

 言葉は理解できなるけど、この人たちはきっと異星人なんだ。

 そうじゃないと、変だから。

 

 人差し指を立てて、「initium(イニティウム)」と唱えて、魔術回路に力を込める。カッターの刃を出し、軽く指先を押し付けると、当然血が漏れた。赤い血は一瞬紅く煌めいたかと思うと、何を燃焼しているのかイマイチ不明な青い炎がそこへ灯って、ゆらゆらと揺れた。

 それをコンビニで買ってきた雑誌に近づけると、炎は容易く燃え移り、雑誌はたちまちに灰も残さず消えてしまう。何故か机には燃え広がらない。

 

 「完全犯罪だー」

 

 私は頭も体もおかしくなったみたいだ。人間は死ぬと呪術とやらが使えるようになるらしい。

 

 

 

 

 自分が高校生だということを、教師から連絡が来て初めて知ってからは、大人しく登校することにした。

 受験した覚えもないけど、私を生き返らせた神様かエイリアンが通わせようと思ったのだから、通うしかないのだと思った。

 引き篭もっていても多分、何らかの偶然で学校に行くハメになっていたと思う。運命とか、そういう何かで。

 

 入学式で華麗にサボタージュをキメ、鳴り物入りで新入生となった私だが、友人はそれなりに出来た。死ぬ前も高校生をしていたのだから慣れたものだ。

 

 そして二年生の新学期。本を手に取った私に、神様は運命を嗾けたようだった。

 

 ――藤丸、立香。

 

 「fateで見たことある顔だ」

 

 「え?」

 

 口から言葉がポロッと落ちた。

 

 確か、死ぬ前の私がプレイしていたソシャゲの、主人公の公式名がそんな感じだった気がする。というか、絶対そうだ。

 私の魔術刻印、魔術回路、全てが世界観にマッチする。ここはエイリアンたちの世界ではなくて、人の頭の中の世界だったようだ。

 

 しかしちょっと待て。私の"これ"は、少し過剰すぎないだろうか?

 幾つか世界観を共有する他作品を読んだこともあるが、それでは、代を重ねない魔術師の回路の数は27本で多目とあった。

 私には四桁ほど極太の魔術回路があった。そしてそれら全てを、自身の肉体を媒体にして、十ニ分に使用することが出来る。

 

 サァ、と青ざめた。手が震えた。

 なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!

 自分の持つ力が如何に異質か、そして目の前の人間がどういった存在か、理解の波が遅れてやってくる度、私の全身から血の気が引く。

 

 バケモノだ。怪物だ。そして何より尚悪いのは――これが世界を巻き込む物語だってことだ!

 

 私なら止められるかも(・・)しれない。私なら救うことが出来るかも(・・)しれない。私ならそもそも起こさないで済むかも(・・)しれない。

 

 不確かな可能性が頭の中をぐるぐる回る。何の努力もせず手に入れたこの過剰な力は、この為に神様とかが――例えばアラヤとかが、私に授けたものなんだろうか? この、しがない高校生の私に、世界を救えと、つまり、そういうことなんだろうか?

 

 分からない。分からなかった。気がついたらこうなっていたのだから。神様っぽい何かが説明をしてくれたわけでもないのに!

 

 しかし手がかりはあるのだ。あの紙切れに書かれた『成すべきことを為せ』という言葉。

 私がこんな力を持つのには、絶対に理由があるはずだ。私にはあの紙切れに書かれていたように、成すべき事があるのだろう。

 

 しかし、一体どうすべきなのだろう? どうするのが正しいのだろう?

 私が負けたらきっと世界はより悪くなる。計算外の私を見つけた"彼"が、人類最後のマスターという小さな可能性すら見逃さなくなったら? そんなリスクを私は背負えない!

 

 背負えないから見ない振りをする。するけれど、もしも、もしもこの力が、世界を救う為に与えられたものだったのなら。否応なく、必ずいつかの時はやってくるだろう。

 私が今藤丸の運命から目を逸らしても、逸らせても、必ずいつかの未来で、藤丸とは異なる戦場で、世界を守ることになるはずだ。それが、成すべきことを為すということだろう。

 神による啓示が降りたその時、私はきっと、その時こそ、正しく行動しているはずだ(だから、今動かないのは私が悪いんじゃない!)。

 

 この生きた爆弾を、幾ら神様だからといって簡単なことに使う訳がない。私がうっかり羽目を外しすぎないようにセーフティだってついてるに決まってる。

 そして"いざという時"が来たならば、それこそまるで聖人の再来のように、私は何らかの形で啓示を受け取るはずだ。そうに決まってる。私は少なくとも今は、藤丸とは無関係なのだ。きっとそうでしょう?

 

 いっそ怯えさえ滲ませて、藤丸の青くキラキラした目を見る。

 私にとっての啓示は、同い年の青年の形をしているに違いない、と思ったのだ。

 

 

 

 

 

 藤丸に出会わなければよかった。

 

 毎日毎日、彼/世界のことを考えている。人類とは、救済とは、成すべき事とは。

 分からないことだらけだ。でも、感覚的に理解し始めていた。私は時折、どうしようもない感情に負けて――それは罪悪感だったり哀れみだったりする――色んなことを話そうとしてしまうのだが、そんな時、私の唇は見えない何かの力で縫い止められてしまうのだ。突然、fateのフェの字も声に出せなくなる。

 

 だから多分、本当に成すべき時が来たら私の意思なんか関係なくて、全てが予定調和的に進むんだと思う。

 元から一回死んでいるんだし、誰かの為ならもう一度死ぬくらい良いかもしれない。……そんな風に考えるのも、私の本当の心ではないのかもしれない。私の意思はいつから生まれ、継続しているものなんだろうか? こうして考えるのも、全部一々操作されているのだろうか?

 

 妙に哲学的な毎日を過ごす内、学校は二学期になった。

 夏休みの間、私が一人暮らし(……)と知った藤丸の親御さんが時折私の世話を焼いてくれて、藤丸本人ともそこそこ仲が良くなった。

 

 「深波、明日の宿題って英語だけ?」

 

 「うん。……そういえば宿題じゃないけど、数Ⅱの小テストのこと覚えてる?」

 

 「っ、忘れてた! うわー、ありがとう!」

 

 彼と出会わなければよかったのに。

 

 笑顔の藤丸を見て、私は薄情にもそう思う。

 彼と出会わなければよかった。そうすれば気づかずにいられたはずだ。

 このまま、体の中の異常な魔力量や、知るはずのない呪術の組成式なんて全部無かったことにして、普通に生きていけた。"成すべき時"とやらがやって来るまで、何の悩みもなく普通に高校生をやって、何も知らずに死ねたのに。

 

 今悩んでいることは、人として正しいのだろうか? 本当は今からでも、神様に逆らってでも、この友人に未来を知らせてあげたい。

 誰でもいい。お願いだから、誰か正しいことを教えて欲しい。私を導いて欲しい。こんな分不相応な力を持って、一体どうすればいい?

 私がぶつかる相手は一体何なのだろうか? 全力なんて怖くて出したことないけど、こんな力、持っているだけで気が狂いそうなのに、一体何と殺し合いをするのだろう?

 

 などと、怯えと不安を入り交えつつ、色々と考えた末での結論は、恐らく私は神様の末端神経みたいなものなのだろう、というもの。大げさに言うならば、神の代理人。

 

 運悪く世界の危機に際した女子高校生は、運良くそれを退ける力を持っている。恐らく未来には、藤丸とは別件の人理の危機がある。それに向かって私は神に促されるがまま進み、無意識に渦中へと挑む。

 

 ――藤丸立香(人類最後のマスター)がそうであるように。

 

 毎日毎日、ずっと彼/世界のことを考えている。

 藤丸の顔を何度も思い描いて、その分だけ、自分の記憶違いではないと確信だけが深まっていく。

 

 今、私が藤丸に全てを打ち明け、私も人理の修復に伴ってくれ、貴方を助けたいんだ、と懇願するほどの衝動に駆られないのは、きっと"成すべきとき"が今ではなくて、もっと先だから、という一点のみの理由なんだと思う。

 

 もちろん、この『私=アラヤの末端神経』という予想が違ったなら違ったでいい。私は私として、普通に大学生になって、仕事をしたり、趣味をしたりするだけだ。

 

 だけど残念ながら、私の第六感はその予想が正しいと訴えている(これも一種の啓示か?)。

 私は道具で、使い時まで待機状態。そういうもの、なんだろう。

 

 ――だけど、この情動、感情はなんだ?

 

 私はずっと考えている。私が背を向けた結果、人類最後のマスターがどんな目に遭うのか。その補佐をするカルデアの人々は、どんな絶望の中戦うのか。

 

 私はずっと耐えている。渦巻く罪悪感の叫びに。私は全てを吐き出し――或いは、今すぐにでも、未来の分岐点である、ありとあらゆる全てを消し飛ばし――て、楽になってしまいたい。

 

 この感情。これは神様のものじゃなくて、私のものだ。

 私がもし完全に神様の道具なら、藤丸に任せれば、殆ど無いような犠牲で、世界を救えるという合理的な判断を下すはずだ。だけど実際には、私は何とでもできる力を持ちながらも行動出来ない自身を恨んでいる。

 

 助けてあげたい。優しいのに。普通なのに。何も悪くないのに。私よりこんなに弱いのに。死ぬかもしれないのに。

 

 黙っていれば一番楽だ。藤丸とお別れして、一、二年経てば世界は救われる。その間私の意識は他の人類と同じく無いだろう。

 でもそれは嫌だ。私という"人間性"がそれだけは嫌だと訴えている。

 逃げることが出来るのに、それが最適解なのに。

 

 だけど私は、私という人間性が故に、それが間違っていると判断している。

 

 

 

 

 

 「深波、あのさ。俺、実はちょっと海外に……行こうと、思うんだ」

 

 夕日に照らされた教室。頬をかいて、照れたように、藤丸は国外へ――カルデアに行くことについて、私に語った。

 

 ――まだ、将来のこともよく分からない。でも、分からないなりに、何か人の役に立ってみたいんだ。

 

 優しくて、涙が出るほど穏やかな声。

 柔らかな胸の裡を無防備に晒されてしまっては、もう我慢なんて出来なくて、体が"今は動く時ではない"と拒絶するのを無理矢理動かして、藤丸の手を握った。

 暖かい手だった。

 

 あのさ、藤丸。

 

 「向こうで、色んなことあると思う。だから、もし藤丸が、怖くて、辛くて、寂しくて、どうしようもなくなった時は……私のこと、呼んでみてよ」

 

 「なにそれ? 電話とか、ちゃんとするよ?」

 

 「……電話、か。うん、それでいいよ。きっと呼んでね。役に立てるか、分かんないけど」

 

 私は縛られた体なりに、許される範囲のことを言って、小さく微笑む。

 人類最後のマスター。役に立てるか分かんないけど、少しくらいなら手助け出来るよ。多分ね。

 

 ――だから、頑張って。

 

 ――だから、どうか死なないで。

 

 茜色の教室。私が触ることの出来る最後の"令呪の無い藤丸の手"を放して、精一杯の行ってらっしゃいを言った。

 

 そして人理は焼却された。

 




イニティウム……ラテン語で「始まり」の意味

オリ主はアラヤなのか神の仕業なのか、何が原因でこうなっているのか分からないので
神≒アラヤ
となっていて、描写的には
神=アラヤ
って感じ
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