世にも奇妙なラブライブ   作:藤川莉桜

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大人になったμ's

 それはありふれた日曜日の事。

 雲一つない快晴で休暇を迎えた園田海未の本来のプランでは、心地よい陽光を浴びながら生まれ育った東京の下町をのんびりと散歩しながら満喫するはずだった。

 

「海未ちゃん!た、大変!大変だよ!大変大変大変大変!」

 

「どうしたのですか穂乃果?藪から棒に。まるで花陽ではありませんか」

 

 軽やかな気分で玄関から出た彼女の視界に突如飛び込んできたのは、見慣れた幼馴染の姿。外出するにはあまりにもラフな格好で化粧すらもしていない様子の幼馴染、穂乃果は凄まじい勢いで顔を近づけてくる。

 

「とにかく大変!大変なの!きっと海未ちゃんもビックリしちゃうと思う!」

 

「はあ……そうですか」

 

 せっかくの休暇を幼馴染のマイペースっぷりに乱されてしまった海未は、穂乃果のどうにも要領を得ない返答に頭を抱えた。どうやら今日の下町散策はキャンセルになりそうだ。

 自分も穂乃果も今日は仕事休みなのだから、彼女が真昼間に園田邸に来訪すること自体は不思議ではない。実際、少女時代には一切の連絡もなく幼馴染達が押しかけてくるのは日常茶飯事だった。

 しかし、今の自分達はとうの昔に成人を迎えているわけなのだから、大人として相応の振る舞いというものがあるはずだ。にも関わらず要領を得ずにひたすら『大変』を連呼する穂乃果のそれは学生の頃からそのままに見える。

加えてよほど慌てていたのもあるのだろうが、気心が知れている相手とはいえ、妙齢の女性が全く化粧っ気の無いまま他人様の家に飛び込むのもいかがなものか。

 もう齢も二十代の後半に差し掛かろうというのに幼少期から相変わらず落ち着きの足りない幼馴染の慌てふためく姿に海未はため息を漏らしつつも、慣れたように穂乃果の両肩に手を置いて宥める。

 

「とりあえず落ち着いて下さい。いったい何があったのですか?」

 

 スーハーと何度も深呼吸をしながら一間置くと、穂乃果は唇を震わせながらゆっくりと口を開いた。

 

「こ、ことりちゃんがね……」

 

「ことり?」

 

 海未もよく知っている名だ。幼少期から行動を共にしてきた穂乃果と海未の幼馴染、南ことり。少々内気で悩みを溜め込んでしまうところはあるが、目の前にいる穂乃果に比べればトラブルの自己解決能力は遥かに高い女性である。

 そんな彼女にいったい何が起こったというのか?

 

「ことりがどうかしたのですか?」

 

「実はことりちゃんが……一ヶ月も禁酒するって!」

 

「なっ……」

 

 ことりが禁酒。それを聞いただけで海未の思考回路は一瞬停止する。

 冷静沈着、大和撫子、クールビューティと学校、職場、プライベートを問わず名高い彼女は、そんな評価を返上する勢いで大声を発してしまった。

 

「えええええええええええええええええええええええっ!!!!!!」

 

道を行き交う人々が一斉に振り向く。往来で騒ぐ二人に視線が集中しているわけだが、もはや当人達はそれどころではない。

 

「あ、あ、ありえない!あのことりがっ⁉︎」

 

 普段冷静なはずの海未がここまで取り乱すのも無理はない。先程は南ことりは自己解決能力の高い女性と表現したが、実はそんな彼女に例外を招く不安要素が存在していた。それはことりがこよなく愛するアルコール類である。

 どれほど好きかというと、服飾デザイナーの仕事で遠くに出掛ける度に現地の謎のお酒を軒並み購入して持ち帰り、全て家で試すくらいだ。特に日本酒に関しては、友人一同からことりの結婚相手は日本酒と囁かれる程の執着を見せている。

 成人して以降はことりの酒好きに幾度も付き合わされてきた海未にとって、ことりと禁酒の組み合わせはツチノコとネッシーが一緒に写真に写る位ありえない事象と言っても過言ではなかった。

 

「だって昨日の飲み会でも日本酒一升瓶をラッパ飲みで丸々空にして絵里達を苦笑いさせていたばかりじゃないですか⁉︎まさか……明日竹槍でも降ってきてしまうのでは⁉︎」

 

「それがね……」

 

 それは昨夜海未も参加した、かつての仲間達との酒宴まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「かんぱーい!!!!!!」」」」」」」」」

 

 ここは東京の一角にある居酒屋の個室。テーブルを囲んだ九人の女性達はビールジョッキを高く掲げて、合図と共にぶつけ合った。ガラスとガラスがぶつかり合う音がガチンと部屋中に鳴り響き、酒宴の幕開けを告げる。

 

「ごく……ごく……ぷはー!」

 

 乾杯の音頭を取っていた穂乃果は満面の笑みを浮かべながら、ジョッキの中を満たす黄金の聖水を喉に流し込んだ。

 

「いやー、久しぶりのμ'sの全員集合。感動しちゃうよね!」

 

「なんせ最近はみんな仕事で忙しかったもの。九人全員のスケジュールが都合つくなんて貴重よ」

 

 金髪をポニーテールで纏めている日本人離れした美貌の持ち主、かつては大人びた少女だったのが今では紛うなき大人の女性へと成長した絵里。あくまで冷静を装っているものの口元は明らかに緩んでおり、仲間達との再会がよほど喜ばしいのであろうことが見てとれる。

 μ'sの元リーダーである穂乃果としても、敬愛する姉貴分が上機嫌なのは嬉しいようだ。

 

「穂乃果達も大人になっちゃったんだし仕方ないよ。この歳になったらやっぱり色々あるから難しいよね。フミコ達とだってなかなか会えないし」

 

「ちょっと穂乃果、飲み会で加齢の話はやめてよね。せっかくの酒が不味くなるじゃない」

 

 不機嫌そうにビールをあおるのは穂乃果の先輩だった矢澤にこ。周りから取り残されたかのように少女時代から全く変わらぬ容姿なのだが、それゆえに堂々と酒を味わう姿は犯罪の香りが漂っている。

 

「にこちゃん、三十路だからって必死過ぎだにゃー」

 

「言いがかりはやめてよね凛!()()三十路じゃないわよ!三十路ってのは27歳からを言うの!私はギリギリ26だっつってんでしょ!」

 

「どうせもうちょっとで27になっちゃうなら大差無いにゃー。そうやって無理に否定してる姿が逆に哀愁を誘ってるんだよー。大人しく歳を取ったのは認めた方が良いと思うにゃー。もう若くないんだしー」

 

「25にもなって未だに語尾ににゃーなんて付けてるどこかの誰かさんには言われたくないわよ!」

 

 高校生の頃から変わらず毒舌で人の心を抉る凛。沸点の低さゆえに凛の挑発にも容易く乗せられて激昂するにこを宥めるのは隣に座る希の役目になっている。

 

「まあまあ、にこっち落ち着いて」

 

 ストッパー役を務めてきた希に諭され、歯軋りをしながら拳を引っ込めるにこ。そんな彼女に対して、凛は悪びれもせず、ケタケタと笑う。真姫はため息を吐きながら、仕方なさそうに口を開いた。

 

「凛も挑発するのはもう止めなさい。せっかくの楽しい酒の席が台無しになっちゃうでしょ。精神衛生的にもよろしくないわよ」

 

「ごめんなさーい。そうだよね。歳を取ると血圧を気にしないといけなくなるもんねー」

 

「凛ー!!!」

 

「凛ちゃんもうやめて〜」

 

 結局、二人は口喧嘩を再開してしまった。呆れて物が言えなくなった絵里は放置を決めたようだ。

 

「にこも凛もまだ一杯目なのに、もうアルコールが回ってるのかしら」

 

「そんなん無くても昔からこんな調子だったじゃない。ほぼ素面状態でこれなんだから、泥酔したらどんな醜態を晒すか、考えただけで恐ろしいわよ」

 

 そう言って真姫は手元の小皿から枝豆を一粒摘んで、口の中へと放り込んだ。数回口をモゴモゴと動かした後に、ビールをチビチビと少しずつ啜っていく。酒と料理に関してはゆっくり味わって楽しむのが真姫の流儀だ。ゆえにいくら親友と言えども、にこのようなひたすら宴会で騒ぐスタイルは許容こそできても、理解は不可能だった。

 

「ったく、久しぶりの同窓会でテンション上がるのは勝手だけど、病院のお世話になるようなマネだけはしないでよ。この時期はよくあるとはいえ、酔っ払いの面倒なんて仕事中だけで勘弁してもらいたいわ」

 

 とっくの昔に成人を迎えているというのに精神年齢に関して成長が見られない旧友二人を呆れ半分で眺めながら、真姫は愚痴をこぼした。

 

「な、なんだか真姫ちゃん……すごくお医者さんっぽい!」

 

「穂乃果も相変わらずよねえ。忘れてるのかもしれないけど、ぽいも何も正真正銘の医者よ私は。まあ、まだ研修医だけど」

 

 そんなやりとりに一切構わずマイペースにジョッキを空にしてしまう者がいた。

 

「ぷはぁ!あー、うめえ!」

 

「こ、ことりちゃん……もう一杯目全部飲んじゃったのぉ⁉︎」

 

 隣でことりの飲みっぷりを目の当たりにしていた花陽は目を丸くしている。

 

「うん、仕事終わってからここに来るまでずっとこの一杯を楽しみにしてたんだよ!」

 

 空になったジョッキを揺らしながら満面の笑みで答えることり。無論これだけで満足出来るわけがなかった。

 

「あ、店員さん!熱燗一つお願いしますね!」

 

「にこも生中一つ」

 

「それと厚揚げの煮物とフライドポテト、若鶏の竜田揚げもお願いしまーす!」

 

 ことりに続いてジョッキの中身を空にしたにこが、店員に向けてジョッキを高く掲げる。次いでメニュー表と睨めっこをしていた穂乃果も負けじと手を挙げて注文を行う。

 しばらくして熱燗がお盆に乗ってことりの元へとやって来た。

 

「来た来た来た!これが無いと始まらないよね!」

 

「ことり……本当に日本酒が大好きなのですね」

 

「うん、大好き!」

 

 屈託のない笑顔とはまさにこの事を言うのかもしれない。

 

「穂乃果もお酒嫌いじゃないけど、ことりちゃんの呑みっぷりは本当に凄いよねー」

 

「私も慣れてきたとはいえ正直驚いています。まさか、ことりがこれ程までの酒好きになるとは……」

 

 ことりに遅れをとりながらもビールをゆっくりと口に含んでいく海未。ビール特有の強烈な苦味が口の中に広がっていく。成人を迎えた日に初めて飲んだ時はそのあまりにも刺激的な味わいに、よくも自分の親達はこんな物を美味しそうに口に出来るものだと戸惑ったものだ。

 しかし、今ではことり程ではないものの、多くの大人達と同じようにこの苦味をそれなりに楽しんでいる。慣れとは恐いなと海未は内心笑いつつ、自分がもはや酒の味など知らなかった少女の頃から変わってしまったという事実に気づいてちょっとした寂しさを感じた。

 

「高校の頃からことりを知ってる身としても意外過ぎてビックリよ。よりにもよって癒し系のことりが私らの中で一番のウワバミになるなんて思いも寄らなかったわ」

 

 かく言うにこもジョッキに注がれた生ビールを豪快に喉へ流し込んでいるのだが。

 

「まあええやん?好きな物は好きなんやから。明日はみんなお仕事休みなんやし、今夜はとことん飲み明かそうやない」

 

 静かに微笑む希の手にあるコップをにこは睨みつける。

 

「そういう希、あんたはウーロン茶じゃないの。飲み明かすも何もそんなんじゃあいくら飲んでも酔えやしないわよ」

 

「仕方ないやん。だって、うちはアルコール駄目なんやから」

 

 そう言って希はビールの代わりに下戸の味方ウーロン茶が注がれているグラスを傾けて、氷をチリンと鳴らした。

 

「希が下戸ってのも意外だったわ。まあ無理に飲ます気はないけど、こいつを口に出来ないなんて人生損してるわね」

 

「そうなん?」

 

「そうだよ希ちゃん!お酒が飲めないなんてもはや悲劇だよ!」

 

 ことりと希の席はそれなりに離れていたはずなのだが、いつの間にか隣に移動して座り込んでいた。無論その手には先程の熱燗が握られていた。

 

「こんなに美味しいものが飲めないだなんて……いったい希ちゃんの人生はどうなってるの!ここはことりがお酒の素晴らしさを教授してあげる必要がありますねっ!」

 

「こ、ことりちゃん?えっとね……うちはそういうのはちょっと……」

 

「問答無用!」

 

 他人を弄るのが大好きだが、逆に責められると一方的に弱くなる希にとって、アルコールで気が大きくなったことりは厄介な相手と言えた。迫り来ることりに対し、顔を引きつらせながら身を仰け反らせている。

 

「いい?希ちゃん!日本酒はこの国が誇る文化であり!」

 

「あははは……」

 

 スクールアイドル時代はファンからも天使と謳われていたことり。しかし、今の彼女にはそんな清楚さもお淑やかさも欠片程になく、酒宴ではありふれたおじさんのようになってしまっている。

 ことりの絡み酒の犠牲となった希は苦笑いでやり過ごすしかなかった。

 

「あーあ……まーた始まったにゃー。ほんと酔っ払いには付き合いきれないにゃー」

 

「いつものことよ。そう言う凛こそ、ああならないよう気をつけなさいよね」

 

「はーい、肝に銘じておきまーす」

 

 ことりに対して傍観者に徹している凛と真姫はμ'sが成人してからもはや恒例となった光景の繰り返しに呆れるばかりである。それは他のメンバーも例外ではなく、ことりをよく知る幼馴染達にいたっては恥ずかしそうに俯いているのだった。

 一方、当の本人はというと、周囲のそんな反応もどこ吹く風といった調子で時折枝豆を齧りながら、希に酒のなんたるかを語りつつも右手の熱燗を凄まじい速さで飲み干していく。

 

「んぐんぐ……ぷはあ……店員さん!特別純米大吟醸を一升瓶でお願いします!」

 

「ええっ⁉︎」

 

まだ一杯目の生ビールすら残している元仲間達(にこ除く)を尻目にどんどんアルコール類の追加注文を進めていくことりの姿に、花陽は冷汗をかいてしまっていた。

 

「ちょ……ことりちゃん!流石にそれはペース早すぎなんじゃ……」

 

「大丈夫でしょ。まだ呂律は回ってないわけじゃないし、この位ならいつもケロッとしてる奴じゃない」

 

 にこは残っていた半分程のビールを全て一気に飲み干すと、テーブルにジョッキをガンッと叩きつけた。

 

「ぷはー!ことり!ここまで来たら、にこと飲み比べ勝負よ!負けたら裸踊りだからね!」

 

「望むところです!」

 

「今日こそは負けないわよ〜。その成長した生意気わがままボディを大衆の面前に晒してくれるわー!」

 

「それはこっちのセリフだよ!何とは言わないでおいてあげるけど、高校の頃からまーったく数字が変わってないにこちゃん!」

 

「ぬあんですってえ〜!はん!言ってくれるじゃない!店員さん、生の中ビンを5本よろしく!」

 

 勝手に盛り上がる二人に挟まれる位置にいる花陽は、昔のようにオロオロと戸惑っている。今にも泣き出しそうだ。

 

「い、いくらなんでもそれはマズイよ二人とも〜」

 

「ファイトだよっ!ことりちゃん!」

 

「にこちゃんも負けちゃだめだにゃ!」

 

「穂乃果ちゃん達もお願いだから煽らないで〜!」

 

 ダレカタスケテーと花陽が嘆いている。嗜好が変わっても、このメンバーは昔と変わっていないのだった。

 

「はあ……頃合いを見計らって止めるしかないわね」

 

「ですね」

 

「まったく……世話が焼けるんだから。なんでプライベートでまで酔っ払いの相手しなきゃならないんだか」

 

「ふふふ……いくつになっても、えりちはみんなのお姉さんなんやねえ〜」

 

「希、あなたも一緒に止めるのよ。何を他人事みたいな顔をしてるの」

 

「あ、やっぱり?」

 

「「お酒愛してる、かんぱーい!!!」」

 

「ちょっと!ことり!にこちゃん!私が作った歌を変な風に改変するのは止めてよね!」

 

 少女から大人の女性へと成長した女神達の酒宴はこうして更けていく。

 なお、勝負はことりの圧勝であった。にこは『仕方ないわね〜』とボヤきつつもノリノリで脱ごうとしたが、絵里達の制止により事無きを得る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜お母さ〜ん」

 

「あー、お帰りなさいこと……て酒臭っ!」

 

 音ノ木坂学院理事長を務めることりの母は玄関にて我が娘を迎えるなり、そのあまりにも強烈な匂いに鼻を抑えてしまう。

 今のことりは見事なまでの泥酔状態であった。足がおぼつかず、靴を履いたまま玄関のフローリング部に勢い良くバタリと倒れ込む。両隣の友人も巻き添えにして。

 

「ご無沙汰しています理事長先生……」

 

「ははは……お邪魔してまーす」

 

 なんとかことりの両肩を支える穂乃果と海未の二人は、鼻を覆い隠す理事長に引きつった笑顔を見せていた。

 

「あら、二人とも久しぶりね。んもう!ことりったら、またこんなに酔い潰れるまで飲んじゃって!ごめんさいね手間掛けさせちゃって」

 

 にやけ顏で床に頬ずりすることり。見かねた理事長はことりを引っ張り上げようと腕を掴んだ。

 

「実はことり一人でボトルを何本も空けてしまいまして……」

 

「ほら!起きなさいことり!毎度毎度二人に迷惑かけちゃダメじゃない!

 

「もう飲めにゃ〜い♪きゃはっ♪」

 

ビキビキッ

 

「「ひいっ」」

 

 理事長こと、ことりの母のこめかみには青筋が立っていた。ことりとは姉妹でも通用する程の若々しい容貌は、心底から込み上げてきているのであろう憤怒によって台無しになってしまっていた。一方のことりはそんな母の姿などつゆ知らず、別世界へのトリップを堪能している。

 

「ぴよぴよぴよ〜ん♪」

 

「二人とも……今日はありがとう。どうやら、この子にはちょっとキツーく言っておく必要があるみたいだわ」

 

 怒りの矛先ではないにも関わらず、穂乃果と海未は南邸からそそくさと退散せざるをえないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

 後日、改めて南邸に慌てて赴いたことりと海未の二人は階段を駆け上る。二階の部屋で引きこもっているということりに会いに行くためだ。一階のリビングでくつろいでいた理事長の言葉が反芻する。

 

『理事長先生!それは本当なんですか⁉︎』

 

『今言った通りです。ことりは今日から……禁酒にします!』

 

 なにやら十年近く前の音ノ木坂学院に迫った廃校騒動を彷彿させるような口調で言い放つ。真ん中に(・8・)と書かれたTシャツを着ていたせいで威厳は欠片も無かったが。

 ことりの部屋にたどり着いた穂乃果達はノックもせずにドアを勢い良く開けた。中には、電気も一切つけず、ベッドの上でうずくまっていることりがいた。

 

「ことり!聞きましたよ!理事長先生にお叱りを受けて今日から禁酒を……」

 

 ことりからは何の反応も返ってこない。まるで死人のように正気を感じられなかった。

 

「……ことり?」

 

「……二人とも、今日は帰ってくれない?」

 

 ようやくことりが口を開く。やはり、声にいつもの軽やかさを感じない。重おもしく、悲哀に満ちている。

 

「ごめん。今は誰とも会いたくない気分なの」

 

「ことりちゃん……」

 

「ことり、あなた……」

 

 穂乃果はことりの肩に手を伸ばそうとするが、ことり触れる直前でパシンと硬い音と共に振り払われた。

 

「帰ってって言ってるでしょ!!!お願いだから一人にしてよ!!!!!」

 

 しかし、二人はそんなことりの拒絶などお構いなく近づいてくる。

 

「離して!出て行って!」

 

 なおも拒絶を続けることり。海未は黙ってことりの腕を握りしめた。

 

「……もう、あなたを一人になんてさせませんよ」

 

「ーーっ!」

 

「そうだよ!穂乃果達は友達なんだよね!そしてこれからもだよっ!」

 

 ことりは俯く。顔を見せず、声を振り絞る。

 

「なんで……なんでなの?なんでこんな辛い思いをしないといけないの?だってことり……日本酒が大好きなだけなのに……」

 

 嗚咽交じりに感情を吐き出すことり。親友達は何も語らず、ただ黙って耳を傾けていた。

 

「さっきもニュースで言ってたの。今年の新潟の新米を使った純米酒は……過去最高の出来だって……」

 

 固く握り締めた拳にポツポツと水滴が滴り落ちる。

 

「テレビに映ってた杜氏さんもレポーターさんも……楽しそうに、美味しそうに出来立ての新酒を試飲してた……なのに……なのに、ことりは……一ヶ月も我慢しないといけない!こんなのってないよ!」

 

「ことり」

 

 ことりが心情を吐露する姿を黙って見守っていた海未は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「失礼します!」

 

 パチンッと乾いた音が静寂に包まれていたことりの部屋で響き渡る。

 

「海未……ちゃん……?」

 

 目元に涙を浮かべたことりが呆然とした様子で目の前の幼馴染を見つめる。ことりの頬を平手打ちした海未はゆっくりと口を開いた。

 

「ことりのお酒への愛は知っています。ええ、それこそ私達が嫉妬するくらいに!」

 

「……穂乃果ちゃんも?」

 

 横で見守っていた穂乃果は微笑みながら、黙って頷く。

 

「だからこそ、だからこそあなたに問います!ことり……あなたの日本酒への愛は、たかだか一ヶ月の禁酒にも耐えられない、その程度の物だったのですか!」

 

「ーーっ!そ、そんなこと……」

 

「そして、私達がμ'sとして乗り越えてきた数々の苦難は……一ヶ月の禁酒にも劣るようなものだったのですか⁉︎」

 

「違う!違うよ!そうじゃないの!そんなわけない!でも!でもっ!!」

 

「ことり!」

 

「ことりちゃん!」

 

 穂乃果と海未がことりの体を抱きしめた。力強く、もう離さないと言わんばかりに。

 

「穂乃果達が付いてるから!」

 

「その通りです。留学の悩みを誰にも明かせなかった。あの時のような孤独な思いなんて……」

 

「「もう絶対にさせないから!!!」」

 

 幼い頃より常に共にあった三人。高校時代に改めて結ばれた絆は、今この時、三度目の誓いによって再び強く結びつこうとしている。

 

「穂乃果……ちゃ……海未ちゃ……」

 

 ことりの目元から、濁流のように涙が溢れかえっていた。

 

「うわあああああああああああああああああああっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……落ち着きましたか?」

 

「うん、ありがとう二人とも」

 

「ことりちゃん、穂乃果達も協力するからね」

 

「私達も同じく一ヶ月禁酒を行います。三人で頑張りましょう」

 

「あろがとう!ことり、大好きなお酒も我慢してみせるから!」

 

「あはは!なんだか三人で目標立ててると高校の頃を思い出すよねー」

 

 そう言って穂乃果はことりのベッドへと身を任せる。その時だった。微かな違和感を感じたのは。

 

「あれ?」

 

 穂乃果は丁度手元あった一体のテディベアへと視線を向けた。枕代わりにも使えそうな大きめのサイズである以外は特に変哲の無い物ではあったが、穂乃果の腕が微かに触れた時、ぬいぐるみらしかぬ重量感が気になってしまったのだ。そして、穂乃果は気付いた。バタリと倒れてしまったぬいぐるみの背中から、一本の一升瓶が飛び出していることに。

 

「こ、これって……」

 

「あっ!穂乃果ちゃんダメェ!」

 

 事態にようやく気付いたことりが慌ててテディベアへと手を伸ばす。しかし、寸でのところで先に海未によって奪われる。

 

「ほう、これはこれは」

 

 テディベアを手にとった海未の声は、心なしかトーンがかなり低くなっている。海未はテディベアの背中から漏れ出ていた瓶を引っこ抜いた。泥臭いデザインで構成されたラベルの表記で判断するなら、これは間違いなく日本酒だ。ついでに言うと、海未にはこの日本酒の銘柄に見覚えがあった。

 

「確か先日出荷されたばかりの京都にある名門老舗醸造所のどぶろく、でしたっけねえ?希少なものが手に入ったと夜中でありながら自慢気に写真付きメールで送ってきたのを覚えていますよ、ええ」

 

 海未がことりの方に首だけを向ける。海未は笑顔だった。ことりが背筋を凍らせ、顔を青ざめてしまう程の恐ろしい笑顔だった。

 

「まさか、ぬいぐるみの中に隠しておくとは……なかなか考えましたねえ、ことり。なるほどー、これで隙を見てこっそり飲んでしまおうという魂胆だったわけですか。

 

「ぴぃ……」

 

 口元は笑っているが、目はまるで凍てつくように冷め切っていた。あまりにも怜悧な視線を向けられたことりは、反論の意思さえ削がれてしまっていた。

 

「あ、そう言えば雪穂が大学院から帰ってくる前にご飯を用意しとかないといけないんだった!ごめんね、ことりちゃん!ファイトだよっ!」

 

 そそくさと脱出する穂乃果。ことりは後を追おうと画策するが、しかし、肩を海未に全力で握りしめられているせいで逃げ出すことは叶わない。

 

「すいません理事長先生。どうやら貴女が全面的に正しかった。ことりには厳しい教育的指導が必要のようですね。大切な幼馴染にこのような仕打ちをせねばならないとは……私としても非常に心苦しいです」

 

「いやあああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 

 満天の晴空に、脳トロボイスの悲鳴が木霊した。

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