武士道は死狂ひなり。
人一人の殺害を数十人して仕かぬるもの
と、直茂公仰せられ候。
本気にしては大業はならず。
気違ひになりて死狂ひするまでなり。
又武士道に於て分別出来れば、はや後るるなり。
忠も孝も入らず、武士道に於ては死狂ひなり。
この内に忠孝はおのづから籠もるべし。
空の星は凛々と輝く(2016年凛誕生日記念)
星空 凛は冷蔵庫と壁の間に挟まっていた。
「誰か助けてにゃ」
絵里が凛の腕を掴んで思いっきり引っ張る。
「ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
「痛い痛い痛い痛いっ!!!!」
凛は女子高生としてはやってはいけない凄まじい顔で激痛を訴える。無論一ミリたりとも凛は動けていなかった。絵里はやれやれと肩を竦めた。
「駄目だわ。うんともすんとも言わない」
「おいこら!もう少し優しくしろにゃあああああ!!!!!」
「早く助けろって言ったのは凛でしょ。少しくらいは我慢しなさいよ」
真姫は少し離れた位置でどうでも良さそうにくるくると髪を弄くり回している。
「ナニソレイミワカンナイ。凛はそんな痛みには耐えられないガラスのハートだからオコトワリシマス」
「帰ろっと」
「わー待って!お願いだから助けて下さいっ!!!!」
「はあ……どうしてこうなったのよ」
後輩のあまりにも無様な姿ににこは冷汗を流す。この家の住人であり、今回の一部始終を知る花陽はゆっくりと語り始めた。
「それが……」
「かーよちん!おっはよー!朝飯たかりに来たにゃー!」
ノックもチャイムも鳴らさずに、遠慮なく小泉家へとずかずかと侵入する凛。そんな図々しい猫娘を花陽は、両手にスイカ大の巨大おにぎりを抱えたまま笑顔で迎えた。
「あ、おはよう凛ちゃん!今銀シャリおむすび作ってるとこだから少し待っててもらえる?」
「凛はラーメンが食べたいにゃー!」
「おにぎりラーメン?」
「すごい!これで炭水化物が二倍で摂取できるよ!かよちん天才!」
「「HAHAHAHA!」」
「まあ、冗談はおいといて……」
おにぎりを皿の上に置いた花陽は、テーブルの上に放置されていた旅行のパンフレットを手に取る。
「凛ちゃん、お願いがあるんだけど、私と結婚するためにモロッコで性転換施術を受けてくれな……」
振り向いた花陽は絶句した。いつの間にか凛は冷蔵庫と壁の間に挟まっていたのだ。
「かよちん助けて。ここから出られなくなったにゃ」
「ちょっと待って⁉︎今の流れでどうやって挟まったのよ!」
「別に良いやないの。今は凛ちゃんを助ける方が優先事項やと思わへん?」
「そうね。冷蔵庫と壁の間に挟まった理由なんてここでは些細な問題よ」
にこは花陽の回想の意味がわからず頭を抱えしまう。何故か希と絵里は全く気にしていない様子だった。正確には、にこ以外の誰も気に留めていない。
「いや、にこは全然納得いかないんだけど……」
「しかし、どうやって助け出すのですか?一通り救出方法は花陽が試したのですよね?」
穂乃果のパンツを頭に被ったままの海未は、未だ腑に落ちない様子のにこをスルーして顎を撫でるながら考えるポーズをとった。疑問を投げかけられた花陽はため息を盛大に吐きながら俯いた。
「はい、押すのも引くのも全部試しました」
「冷蔵庫自体を動かすのは?いくら女の子でも私達が揃えばなんとか動かせるんじゃ?あるいは花陽ちゃんのお父さんを待つとか」
海未同様に穂乃果のパンツを頭に被っていることりの提案にも、やはり首を横に振った。
「今日は両親が二人共出掛けてて今夜は帰ってこないの。それに、この冷蔵庫って床に固定してあるんだよ。だから、みんなに相談しようって思ったんだけど……」
「何よそれ。ますます挟まった理由がわからないじゃないの。どうすればそんな小さい隙間にねじ込めるのよ」
「貧乳だからじゃないの?きっとにこも入れるわよ。まあ、私には無理ね」
「全くもって意味わかんないし、それとそこのロシア人、後で必ずぶっとばす。右ストレートでぶっとばす。まっすぐいってぶっとばす」
にこはますます頭を抱えた。まさに手詰まり。もはや冷蔵庫を壊すなり、壁に穴を開けるなりしなければ凛を助けられないのかもしれない。そう考えると、面倒臭くなってきてなんだか少しどうでも良くなってしまったらしい。ほぼ全員がやる気のない顔をしていた。
そんな倦怠感に満ちた空気の中で、一向に進まない状況に痺れを切らした凛は顔をクワッと歪めて吼える。
「なんでもいいから凛を早く助けろにゃあああああああああっ!!!!」
「なんでやたら上から目線なのよ」
偉そうに助けを求める凛ににこは呆れ果てている。もっとも、それはにこに限った話ではなかった。
「はあ……なんか怠くなってきたから、もう帰らない?凛も元気みたいだし、別にこのまま放置でもいいじゃない」
「いや、全然良くないでしょ!気持ちはわからなくもないけど!」
「にこっちは真面目やなあ。うちは早く家に帰って録画してた相棒の再放送観たいんやけど」
「私は帰りに穂むらに寄ってほのまんを食べたいです」
「違うよ、海未ちゃん。穂むらで売ってあるのは、ほのまんじゃなくてほむまんだよ」
「あ、すいません、ことり。ナチュラルに勘違いしてました。決して穂乃果のほのまんを食べたいという欲望がダダ漏れしたわけではありませんよ」
「もー、海未ちゃんのうっかり慌てん坊さん♪」
一応凛を助けようとしているのは花陽とにこだけで、他は真姫の発言に同意しているようだ。見捨てられそうになっているのを察知したらしき凛は、慌てて下手に出る作戦に切り替えた。
「ごめんなさい!お願いだから凛を助けてください!何でもしますから!」
「今、何でもするって言った?」
「あっ……」
純粋無垢な天使とファンからも名高い花陽だが、今は邪悪な笑みを浮かべていた。その恐ろしさに彼女をよく知る凛ですら恐れ慄いてしまい、顔を青ざめさせていく。
「ってわけで私は凛ちゃんを助けたらモロッコに行って性転換手術を受けてくれるよう約束してもらったんだけど、肝心の救出なかなか上手くいかないね……」
「馬鹿ね花陽。性転換手術なら西木野総合病院に任せなさいよ。私からパパに頼めば安くしてくれると思うわよ」
「そうなの?ありがとう真姫ちゃん!」
「なんかさっきからヤバい単語がずらずらと並んでる気がするんだけど」
「大丈夫やにこっち。今どきふた○り属性の一つや二つ鉄板やないの。グーグル先生に ラブライブ! 百合 で検索したらその手のがいっぱい出てくるで?」
「それのどこら辺が大丈夫なの⁉︎」
このままでは凛は特殊性癖者の妄想に汚されてしまう。身の危険をひしひしと感じている凛の怒りは爆発寸前であった。
「くっそー!人を玩具にしやがって!お前ら覚えてろにゃー!いつか目にもの見せてやるにゃー!」
「そいつは楽しみやなあ。まあ、その時には既に凛ちゃんは星空 凛(♂)にされてビックサイトの人気者になってしまってるかもしれへんよ?くっくっく……」
「それだけは嫌だにゃー!!!!誰かこの獣達から凛を守ってえええええ!!!!」
あいにく花陽の住むマンションは防音に関してはこれ以上ないほどバッチリであった。凛の叫びは誰にも届かない。
「凛の性転換の話題はひとまず置いといて、とりあえずここから助け出すことだけを考えてみましょう。でないといつまでもキリがないわ」
脱線の首謀者である絵里が何故か仕切っているが、それは皆共通の考えではあった。
「そうね。いつまでもグダグダやってても、読者さんに飽きられてブラウザバックされちゃうもの。この辺で適当にちゃっちゃと終わらせときましょうか」
「真姫はいくらなんでも投げやりスギィ!というかどうやって終わらせんよ。それが思いつかないから困ってんでしょ」
無限ループ突入の予感をひしひし感じ取っているにこは逃げ出したい衝動に駆られていた。
「それでは、私に任せて下さい」
そう言って海未は頭に被っていた穂乃果のパンツを顔までずり下げる。
「ハムっ!ハフっ!芳しい穂乃果な香りぃ!」
そして、鼻を凄まじい勢いで擦り付け始めた。どう見ても犯罪者すれすれの光景だが、絵里は自慢げに解説を始める。
「穂乃果のパンツの匂いを嗅ぐと海未の集中力は極限まで高まる。こうして海未はμ'sの三大知的美女に相応しい頭脳を発揮するのよ。きっと凛の救出方法を見つけ出すわ」
「あー、私流石にもうツッコミ飽きてきたから放置しとくわね」
穂乃果のパンツの匂いをひとしきり嗅いだ海未は、ようやく顔を上げた。
「わかりました!謎は全て解けた!じっちゃんの名に賭けて!」
海未は鼻から大量の血を溢れさせながら目を輝かせた。床に座ったにこはどうでも良さそうに尋ねる。
「んで、どうすんのよ。μ's三大知的美女の海未さん」
「帰りましょう」
「うし、帰ろー」
にこはすぐさま立ち上がった。
「あー、これでようやく相棒の続き見れるわー」
「久しぶりにコサックダンスの練習しようかしら」
凛は顔面蒼白になった。
「は、はあっ⁉︎ま、まさか世界の宝と呼ぶに相応しいこの偉大な凛様を見捨てるつもりかにゃ⁉︎お前らいいのかそれで!そんなことをすれば世界が滅びることになるにゃ!必ずや……後悔するであろう!」
「大丈夫だよ凛ちゃん!どんな姿でも私はずっと側にいるから!」
凛を無視して花陽以外の全員が玄関へと向かう。見捨てられた凛は必死に手を伸ばす。
「お、おいこら待て!ふ、ふざけるにゃあああああああ!!!!!!!」
キュポンっ
その時だった。今まで何をやっても右腕以外全く動かせずにいた凛の全身がいとも簡単に抜け出た。
「あれ?」
凛は自分でも驚きながら周囲を見渡す。
「や……やったー!凛ようやく出られたよー!」
念願のシャバの空気を吸えた凛は喜びのあまりに、若干涙目で両腕を振り上げた。親友の花陽も感激して凛の胸元に飛び込んだ。
「良かったね凛ちゃん!それじゃあ早速西木野総合病院に……」
「ははっ!凛は自力で抜け出したのに行くわけねーだろ♪」
満面の笑みで全力拒否する凛であった。
「あ……ところで、穂乃果は?よく考えたらいないじゃない」
真姫が小泉邸をキョロキョロと見渡す。そこには我らがμ'sのリーダーの姿は無かった。
「それが……ちゃんと連絡はしたのですが電話が繋がらなくて……」
「穂乃果のことだし、どーせ食べ過ぎで腹痛にでもなったんじゃないのー?」
「馬鹿言わないで下さい、にこ!穂乃果はアイドルなんですよ⁉︎トイレになんて行くわけないではありませんかあああああああああああ!!!!!!」
「なんでそこでキレんのよ!」
必死の形相で海未がにこの首根っこを捕まえてグラグラと揺らす。相変わらず海未の鼻からは鼻血が出しっ放しなせいで、にこの制服は血だらけになってしまうのだった。
「あれ?雪穂ちゃん?」
今度こそ皆が帰ろうと身支度を始める中で、ことりのスマホのディスプレイには穂乃果の妹の名前が浮かんでいた。穂乃果の様子が気になっていたことりはすぐに通話を始めた。
『助けて下さい!実はお姉ちゃんが……』
高坂 穂乃果は冷蔵庫と壁の間に挟まっていた。
「誰か助けて」
人は愚かだ……ゆえに過ちを繰り返す……