世にも奇妙なラブライブ   作:藤川莉桜

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鋼鉄アイドル戦士ンミチャ☆海未ちゃん

「……凛、花陽。どうしても邪魔をするというのですか?」

 

 空は血のように赤く染まり、大地は灰のように活力を失っている。本来青々とした新緑が彩取っているはずの木々は干からびたように枯れ果て、ボロボロに朽ちた住居からは人の気配どころか、生活の残り香すら全く感じられない。

 そんな廃墟が並ぶ死の街と化した音ノ木坂にて、三人の少女達が相対していた。

 

「当然だにゃ。ことりちゃんを新世界の女神へと昇華させる儀式が終わるまでの時間稼ぎ。それが希ちゃんから凛達に与えられた最終任務だにゃ」

 

「もうすぐ世界の調律によって全ての生命は新しく生まれ変わるの。ことりちゃんはそのための尊い生贄なんだよ。海未ちゃんも諦めて私達と一緒に来てくれないかな?」

 

 黒髮の美少女、園田海未の前に立ちはだかるはかつては海未の友人である後輩の小泉花陽と星空凛。強化装甲を身に纏った二人の背後には、現代的な建築物が並ぶ日本のビル街におよそ似つかわしくない古代ギリシャ風の神殿がそびえ立っている。無論、このような物が元々この地にて建造されていたわけではない。

 東條希率いるスピリチュアルな秘密結社KKE。世界の支配を企む彼女達によってこの神殿は地下にて密かに建造され、KKEが唱える『来たるべき日』の到来に合わせて突如姿を現したのである。

 この神殿こそが海未の目的地であり、拐かされた幼馴染のことりが待っている場所なのだ。ここへ来るまで海未は激しい戦いを繰り広げ、そして大切な物をいくつも失ってきた。

 行く手を阻む元後輩達の挑発的な眼差しに対し、海未は毅然と睨み返す。

 

「そんな事だけは絶対にさせません!世界もことりも必ず取り返します!もうこれ以上……誰も貴女達の野望の犠牲にさせたりはしないっ!」

 

 凛も花陽も海未が首を縦に振らないことは百も承知だったのだろう。拒絶の意思表示にむしろ嬉々としているように見えた。

 

「ふん!口だけなら何とでも言えるにゃ!」

 

「お遊びは終わりだよ海未ちゃん!あの世で穂乃果ちゃんが待ってる!」

 

 凛は両手のガントレットを見せつけるようにファイティングポーズの姿勢で構える。背部のパーツが変形して大型のブースターを露出させる。

 花陽も背部に折りたたんでいたパーツをスライドさせて、腰の両端に固定する巨大な二門の砲身を呼び起こした。頭部にヘッドギアも形を変えて、花陽の視界を守るような配置でセンサー類を稼働させていく。

 

「海未ちゃん……いや、園田海未!お前の命はここまでだにゃ!」

 

「園田海未!覚悟ッ!」

 

 拳を振り上げた凛が海未目掛けて突進を開始する。同じく花陽も続けざまに二門の砲口を海未に向けた。

 

「……参ります!」

 

 敵意を存分に受ける海未はブレザーの裏側からハートの形をした石を取り出した。それと同時に、海未の左腕に窪みのある白銀の手甲が出現する。

 

「ラブカストーン、セットアップ!」

 

 手甲の窪みにハート型の石、ラブカストーンがはめ込まれた。

 

「アクセスコードM.U.S.E!ドレスアップスタート!」

 

 ラブカストーンから放たれた光は海未の体を覆い尽くす。不定形に過ぎなかったそれはやがて明確な形状へと変化していった。

 

「ラブライゼーション!」

 

 光が消えた時、海未の姿は完全に変わっていた。全身を包み込むインナースーツ。そして、唸りを上げる機械の装甲。

 今この時、愛を力に変え、一人の勇者が降臨した。弱き者を虐げる悪を打ち砕く正義の刃。聖石ラブカストーンに選ばれた蒼き海の守護者、それがIDOL戦士ラブライバー・ミューズなのである!

 

「かよちん!」

 

「わかってるよ凛ちゃん!先手必勝!」

 

 劇毒にも等しき狂おしいまでの愛を闇の力に変え、世界を堕とす悪の尖兵と成り果てた凛と花陽。花陽が腰にマウントさせた、自身の丈ほどある二つの巨大な砲身から眩い光が飛び出す。

 

「ふんっ!」

 

 しかし、海未は狼狽えることなく、サイドステップで難なく避けてしまった。光の正体である圧縮ビームは海未のいた地面に大きな穴を空けたが、標的の当人は傷一つ負っていない。

 

「速い!?かつての海未ちゃんなら回避不可能だったはず!」

 

 花陽は普段下がり気味の眉毛を釣り上げて驚愕していた。今の花陽と凛は以前までの海未との交戦データを元に徹底的な強化を図っている。機動力や弾速は全速力の海未を上回り、防御力は冴え渡る海未の剣技も物ともせず、攻撃力に至っては海未の薄い装甲など容易く砕いてしまうレベルまでに引き上げられているはずなのだ。

 

「過去のデータの三割増し……いや、それ以上のスピード!?」

 

 出鼻を挫かれた花陽は慌ててセンサー類をフル稼働させて、これまで登録されていた海未の身体能力の数値を更新させる。やはり、明らかに以前までの彼女とは違っていた。

 

「ふん!ちょっとすばしっこくなったくらいで粋がるにゃ!希ちゃんのスピリチュアルパワーで強化された凛の力を見せてやるにゃ!」

 

 海未とのぶつかり合う直前で、凛は大地を蹴って上空へと跳躍する。そして、右足を突き出した状態でそこから一気に落下を始めた。

 

「凛ちゃんキーック!」

 

 落下が始まると同時に凛は両脚部に設置されたブースターを起動。ロケットの如き加速力を得て海未に襲いかかる。まさに凛そのものが弾丸となったと言っても過言ではない。そのスピードは夜空を駆ける流れ星をも超越する。常人では躱す間もなくその身を穿たれるだろう。

 

「遅い!」

 

「くっ!外したにゃ!」

 

 しかし、数々の激戦を生き抜いて来た海未は容易くもはや常人ではない。卓越した動体視力は凛の動きがあまりにも直線的であることを見抜き、衝突の寸前で僅かに体を逸らしてやり過ごすことに成功したのだった。

 海未の代わりに変哲のない大岩を砕いしてしまった凛は、内心の焦りを押し隠してすぐさま態勢を立て直す。

 

「凛、あなたはいつも考え無しに突っ込みすぎです。おかげで動きが読みやすい」

 

「こんな時にもお説教かにゃ!いかにも海未ちゃんらしいけど、あんまり凛達を舐めてると痛い目を見るよ!」

 

 海未の余裕綽々の態度が気に入らない凛は露出させたブースターを装甲内に収納、今度は代わりに両腕のガントレットを変形させ、拳全体を無骨な鋼鉄グローブで覆わせていった。

 小柄な少女の容姿に似つかわしくない凶器を振りかざし、海未の華奢な肉体を自分達のそれよりも軽薄な強化装甲ごと叩き割ろうと目論む。

 

「海裂剣・流!」

 

 海未とて黙って眺めているはずはない。左腰部にマウントしていたパーツをすぐさま展開。収納されていた一本の太刀が出現した。海未はこれを居合い斬りの要領で一気に引き抜いた。

 

「でりゃあっ!」

 

「ふんっ!」

 

 拳と剣。二つの暴力の象徴が雄々しくぶつかり合い、薄暗い空をも照らす程の激しい火花が散った。

 

「このおっ!」

 

 衝突の反動で二人の少女は互いに地面を抉りながら後ずさった。一合目は痛み分けに終わったが、すぐに態勢を立て直した凛はもう一度右拳に力を込める。

 

ガンッ!

 

 僅かに態勢の立て直しが海未よりも速かった凛の一撃は海未に防御の構えを取らせることに成功した。

 

「くぅ!?」

 

「貰ったにゃ!このまま一気に押し切ってやるにゃー!」

 

 凛は勝利が確定したわけでもないにも関わらずほくそ笑んだ。スピードを活かした一撃離脱に特化した海未の戦闘スタイルは、一度間合いを詰められるとその真価を存分に発揮出来ない。このまま防戦一方に持ち込んでしまえば、純粋なパワーでは勝る凛にとって圧倒的に有利となるはずだ。

 ゼロ距離の近接戦にて主導権を握った凛は、続けざまに颯爽とパンチやキックを繰り出していく。

 

「そらそらどうした!手も足も出ないかにゃ!」

 

「良いよ凛ちゃん!その調子!」

 

「くっ……!」

 

 凛の目論見通りに、高速で繰り出されるジャブを後退しつつ刃を盾代わりに凌ぐしかままならない海未。反撃の糸口が見出せない彼女の表情にも、明らかな焦りが見えつつあった。いける。凛は勝利を確信した。

 

「トドメ!えーいっ!」

 

「凛ちゃん!だめっ!」

 

 調子に乗った凛は確実なダメージを与えようと右手に力を込める。だが、これが大きな油断に繋がった。拳が海未に届いた瞬間、海未は陽炎のように揺らぎながらその姿を消した。

 

 フッ……

 

「へ……?」

 

 本来ならダンプカーすら粉々に砕く強烈な一発になるはずが、盛大に空を切るだけに終わってしまった。勢い余った凛はしばし宙に浮いたように漂い、次の瞬間には前方の大岩に叩きつけられていた。

 

「にゃっ!?」

 

「凛ちゃん!」

 

 凛がいた場所には回し蹴りを放った後の姿勢の海未がいた。あまりにも速すぎて目が追いつかなかったが、おそらく凛の慢心で生まれた隙を突いて背後に回ったのだろう。親友を軽くいなして涼しい顔の海未を花陽は険しい表情で睨みつけた。

 

「よくも凛ちゃんを!」

 

 花陽の怒りに合わせ、彼女の全身に取り付けられた装甲が可動し、数えきれないほどのミサイルが姿を現した。

 

「だったら海未ちゃんが避けられないくらい、たっぷりプレゼントしてあげる!」

 

 花陽のバイザーが海未を目標とした自動追尾開始を示す。

 

「ファイア!」

 

 装甲から無数のミサイルが飛び出し、それぞれが海未の周囲を埋め尽くす。花陽の宣言通りに海未の退路は絶たれてしまった。このままでは致命傷は避けられない。だが、海未は相変わらず冷静なままだ。居合いの姿勢で剣を構えたまま、目を瞑ってさえいる。

 

「せいっ!」

 

「ええっ!?そんな……」

 

 今起きた光景に花陽は唖然とさせられた。海未が己を軸に一回転するように太刀を振るった。すると、あれだけ存在していたミサイルが全て爆散していったのだ。

 

「ま、まさか剣から衝撃波を放ったの!?海未ちゃん今までそんなこと……」

 

 信じられない。海未はデータ上の強さ以上の何かを得たとでもいうのか。唇をわなわなと震わせる花陽に対し、海未は毅然と言い放つ。

 

「私はただ強くなっただけではありません。技を新たな次元までに高めることに成功したのです」

 

「くっ!私たちだってまだ負けてない!凛ちゃん!」

 

「お前が戦ってる相手はかよちんだけじゃないにゃ!」

 

 密かに復活していた凛が海未の背後から飛び蹴りを繰り出す。しかし、海未は既に動きを読んでいたのか、後ろに顔を向けることもなく背中に剣を回すだけで凛の不意打ちをあっさり防いでしまった。

 

「かよちん!」

 

「わかってるよ!」

 

 海未を一対一で倒せないなら、二人の連携で倒してしまえば良い。

 

「私のビームは衝撃波なんかじゃ相殺出来ないからね!」

 

 凛の合図に合わせて、受け身の姿勢をとって回避行動に移れなくなった海未を花陽は照準を定める。その時、海未は先ほど太刀を引き出したのとは反対側の腰部パーツに左手を伸ばす。

 

「海裂剣・激!」

 

 同時に収納されていた同タイプの太刀が飛び出てくる。海未は回避しなかったのではない。回避せずとも防ぐ手立てを備えているだけ。

 

「双刃の型!」

 

 凛を弾き飛ばした海未は二本の太刀の鞘を互いに連結させる。かくして、二本の剣は一本の薙刀へと姿を変えた。そして、薙刀を扇風機やヘリコプターの要領で高速回転させる。錯覚で一枚の盾のようになった刃は花陽のビームを弾き、無力化してしまう。

 

「薙刀を盾代わりに!?」

 

 しょせん海未の防御力は低い、当ててしまえば勝利は目前だと侮っていた花陽にさらなる予想外の驚愕が訪れる。

 

「激流の型!」

 

 海未は薙刀の中央のグリップを捻って、二つの刃を同じ方向に向けさせた。さらにはそれぞれの切っ先から細い光が伸び、一点に結ばれる。

 

「今度は弓の形に!?」

 

 今までの海未はこのような武器を所有していなかったはず。その形状からして遠距離攻撃が可能なのは予想されたが、想定外の出来事の連続で肝心の花陽の反応が遅れてしまった。弓と共に、光の矢も発生させた海未はすかさず花陽の胴体を射抜いた。緑色の装甲から煙が立ち上る。

 

「きゃっ!」

 

「かよちん!やらせないにゃ!」

 

 慌てて花陽を助けようと海未の背後をつけ狙う凛。だが、それすらも読まれ、弓の連結を解いた海未の太刀による衝撃波が飛来する。拳が届く前に足元の土が消し飛ぶ。

 

「あわっ!?」

 

 足場を破壊された凛はバランスも崩してしまい、大きな隙を生んでしまう。尻餅をついた凛の目と鼻の先には鋭い刃が突きつけられていた。

 

「うっ!」

 

「諦めてください。もはや貴女達程度では私の敵ではありません」

 

 駄目押しで剣をカチャリと鳴らす。海未の琥珀色の瞳は一点の曇りなく澄んでいる。圧倒的な実力差と、生殺与奪の権利は此方にあるという現実を徹底的に突きつけているのだ。

 

「かつての友のよしみです。命まで奪うつもりはありません。今すぐ道を開けてください」

 

 凛は苦々しく歯ぎしりをした。二人がかりで追い詰めようとしたはずが、この体たらく。真姫と希には大口を叩いてきたというのに、このままでは顔向けが出来ない。

 

「ね、寝言は……寝て言えにゃああああ!!!!」

 

 凛は脚を地面に叩きつける。凛と海未のいた場所が粉々に砕けた。一瞬バランスを崩した海未の隙を突いて、凛はアッパーを繰り出す。直前で剣で防がれてしまったが、窮地は間一髪脱した。続けざまに凛による膝蹴りやジャブ。死闘は再開された。

 

「凛ちゃん、どいて!」

 

 剣と拳でぶつかり合いを続ける海未と凛は流し目で視線を送った。装甲を損傷していながらも、全身の放熱フィンを露出させた花陽が銃口をこちらへと向けていた。さらには本来は二丁だったビーム砲が平行する位置で連結されている。

 

「ポジトロンバスター連結!ランチャーモードに変形完了!放熱フィン全基展開!全エネルギーパイパスをメインコンデンサへと接続!ジェネレータ限界出力!」

 

 銃口からは可視化されるレベルで凄まじいエネルギーが収束されていた。あれが放たれたらどれほどの破壊力を生み出されるかは想像もつかない。

 

「エネルギー充填完了!照準セット!」

 

 花陽のセンサー類が告げる。発射準備完了。凛のバックステップと同時に引き金を引いた。

 

「これが私の全力!フルバーストオオオオオオオオオッ!!!!!!」

 

 砲身から飛び出した溢れんばかりの極光が、海未の全身を遠慮なく撃ち貫く。むしろ丸々飲み込んでしまったという表現が正しいだろう。それでもなお最大出力のビームはそのまま勢いが止まらず、背後のオフィスビルの廃墟までも巻き込んでいく。

 

「はあ……はあ……」

 

「か、かよちん、ちょっとやりすぎ……」

 

「仕方ないよ。それだけやらなきゃ……海未ちゃんは……倒せなかったんだから……」

 

「確かに、もしもこれでも駄目だったら海未ちゃんはとんでもない怪物だにゃ……」

 

 息を弾ませながら、二人は再び射線軸上に視線を移す。下層部を焼かれたオフィスビルは崩落を始めた。本来ならこれだけの惨状を前にして生きていられたら奇跡だが、正直に言って今の二人にとって巨大なビルを一緒に破壊した程度では安心出来なかった。

 ビームが尽きても視界はなかなか晴れない。砂埃が視界全体を覆い尽くす程に待っているからだ。しかしながら、海未からの反撃はやって来ない。

 

「もしかして……」

 

「や、やったかにゃ!?」

 

 やがて砂埃が収まる。海未は薙刀を手に、まるで何事も無かったかのように平然とそこに立っていた。ダメージといえば、せいぜい彼女を大和撫子たらしめている艶やかな黒髪が煤けている程度だ。

 

「そんな……」

 

 心折れた花陽は大地に膝をついた。そうなるのも仕方ないだろう。今のは花陽にとって最も高い威力を誇る技であった。それも直撃であったにも関わらず、単なるかすり傷程度で終わってしまった。つまり、花陽では決して海未を打倒出来ないことを物語っているのだった。

 戦意を喪失した親友を前に、凛は怒りが激しく込み上げる。屈辱に次ぐ屈辱の数々はプライドの高い凛には我慢ならなかった。

 

「このおおおおおおお!!!!」

 

「愚かな……」

 

 だが、怒りに任せた大振りの右ストレートは、無駄の無い動きを心がける海未にとってむしろ格好の隙を作り出してた。拳が届く一歩のところで僅かに体を逸らす。もし命中すれば装甲ごと海未の命を奪っていただろうが、髪の毛を数本千切るだけに終わった。

 一方、渾身の一撃を外して混乱に陥ってしまった凛は懐に踏み込まれたにも関わらず、体勢を立て直す余裕すら失っている。逃げようと反応する間もなく、装甲に包まれていない脆弱な腹部へと海未の肘鉄を叩き込まれてしまう。

 

「くはっ!」

 

「凛ちゃん!」

 

 血相を変えて凛の元へと駆け寄ろうとする花陽だが、友を想っての行動は却って大きな油断を招いてしまった。この隙を突いて海未は花陽に回し蹴りを浴びせる。

 

「ふんっ!」

 

「きゃっ!」

 

 近接戦闘が苦手な花陽はいとも容易く土を舐めるはめになった。地面に転がる花陽の姿を前に、海未は険しい表情を解いて慈愛に満ちた瞳に変わっていた。

 

「……手荒なまねをして申し訳ありません。ですが、私はここで立ち止まるわけにはいかないのです。先に進ませていただきますよ?」

 

 完全に戦意を失ったのだろう。もはや凛と花陽の目からはギラギラしていた光が消えていた。その様を了承と見なした海未は二人に背を向けて歩き出す。だが、

 

「はあ、いみわかんない」

 

「……っ!」

 

 海未はすぐさまバックステップで神殿の入り口から距離を置いた。途端、幾重もの光線が飛びかかる。海未の後ろにあった巨大な岩は粉々に砕け散った。

 

「これは……」

 

「不意打ちが通用しないだなんて、やっぱりあんたってめんどくさい人」

 

 声のした神殿の奥から人影が現れる。声と気配だけで、姿を見ずとも海未にはその正体はわかる。

 

「真姫!」

 

 姿を露わにした赤毛の少女は不機嫌そうな目で階段の下の様子を眺めていた。一応海未よりも年下ながら、そうは思えない大人びた風格。燃えるような赤毛。

 

 西木野真姫

 

 彼女も凛達と同じかつての友にして宿命の敵である。予期せぬ真姫の突然の出現に海未が面食らっている中、真紅の装甲を身に纏った真姫は悠然と階段を下り始める。

 

「結局はあんた達もにこちゃん同様に使えないわね。まあ、最初から期待なんてこれっぽちもしてなかったけど」

 

「ご、ごめん真姫ちゃ……きゃっ!」

 

「邪魔」

 

 大地に寝転んだままの花陽を容赦なく蹴り飛ばした真姫は、感情の見えてこない冷たい目で海未を見下ろす。

 

「花陽!?なんて酷い事を!彼女達は貴女の仲間のはずでしょう!」

 

「はあ?仲間?」

 

 何を下らないことをと言わんばかりにせせら嗤う真姫。海未はその姿にゾッとするような寒気を感じとっていた。今の真姫は楽しげに笑っているが、その目は氷のような冷たさを放っている。

 

「まだそんな寝言をほざいてるわけ?こいつらは道具にも劣る、使い捨ての駒よ。まあ、現実は駒未満のゴミでしかなかったわけだけど」

 

「貴女って人は!」

 

 今は敵同士とは言え、凛達はかつては学友として時間を過ごしてきた間柄である。見るも無残な真姫の仕打ちは、海未としては看過出来ない光景であった。しかし、真姫はそんな海未の怒りにもどこ吹く風といった様子で髪をくるくると弄っている。

 

「ふん……足止めもろくに出来ないだなんて、とんだ役立たず共。まあ、私がここまで来る間の時間稼ぎにはなったから良しとしますか」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら、手近の岩から細剣を構築する真姫。その姿からとてつもない殺意を感じ取った海未は額から冷や汗をにじませるが、なんとか踏み止まって対峙する。

 

「真姫!やはり貴女も立ち塞がるのですか……」

 

「当然よ。女神降誕による世界調律は西木野一族の悲願。私自身も今日という日も待ち望んできたわ。そのためだったらあなた達との吐き気がするような友情ごっこも演じ続けてこれた」

 

 ポンポンと手元で細剣を弄んでいた真姫は、突如指揮棒を操るコンダクターの様に細剣を振り回す。そして、

 

「仲間なんて私には必要無い。希だって隙あらばいずれ出し抜いてやるわ。アポカリプスは我が手によって成し遂げられる!ことりとあんたはそのための贄よ!光栄に……思いなさい!」

 

 切っ先を海未に向けて突き出した。

 

「なにっ!」

 

 嫌な予感がした海未は慌てて後ろへと下がる。次の瞬間、海未の目と鼻の先の地面が大きく抉れてしまった。

 

「ふん、まさかこれを何度も避けるなんてね。流石にここまで来れただけのことはあるわ。そうでなくっちゃ……おもしろくない!」

 

 そう言って真姫はもう一度細剣を振りかざす。刃が一瞬煌めくと同時に、バラバラに砕けていった。いや、正確には一本のワイヤーで繋がったまま分裂したと言うべきだろう。

 細剣を蛇腹剣に変形させた真姫が今度は横向に一文字で柄を振るう。同時にワイヤーで繋がった無数の刃が連動して薙ぎ払うように海未へと襲いかかる。

 

「このっ!」

 

 ギリギリで太刀を盾代わりにすることで直撃はなんとか避けられた。海未の周辺は見るも無残に破壊されてしまっているが。

 

「これは……!」

 

 大地をごっそり抉る蛇腹剣の存在に表情をより険しくしていく。

 

「あいにくこれだけじゃないわよ」

 

 冷や汗を垂らしながら次の蛇腹剣の動きを警戒していた海未を笑いながら、真姫は指をパチンと鳴らした。真姫の背後から多数の球体が飛び出す。球体達は海未に狙いを定めると、一斉にビームを放ってきた。海未は慌てて二本の太刀を薙刀に合体させて受け流す。

 

「これはまさか自律機動兵器!?きゃっ!」

 

 背中に殴られたような痛みが走る。背後に目を向けると、一機の球体、自律機動兵器がこちらを狙っていた。海未はようやく理解した。前方を薙刀で防いでも、背後に回って不意打ちを狙うというわけだ。防ぎきれないと痛感した海未はその場から駆け出す。岩陰に身を隠して剣を地面に突き立てる。

 

「馬鹿な!今までの真姫と戦い方がまるで違う!」

 

 海未は今までにも真姫と何度か交戦経験がある。その際には今手に持つ細剣を用いた白兵戦が主だった物。スピードを活かした一撃離脱戦法。つまり海未に限りなく近いスタイルだったはずなのだ。

 戸惑いを隠せない海未の姿は滑稽に映ったらしく、真姫は心底愉快そうに口元を歪めた。

 

「当たり前でしょ。わざわざ手の内を明かすと思ってるの?今まで使ってきた近接メインの戦闘スタイルは今日という日のためのフェイクよ」

 

 岩陰から飛び出した海未。確かに海未でも回避は難しいが、幸いにも威力の低さは覚悟さえ決めれば耐えられないレベルではない。いっそダメージ覚悟で突き抜けることを試みたのである。

 

「無駄よ。海未。どうやら遠距離に対応出来るように励んだみたいだけど、あなたの本来の戦闘スタイルはスピードで翻弄しつつ、ラブカストーンで研磨された至高の剣による一撃で確実に仕留める強襲型。実にシンプルだけど、それだけに威力は折り紙つき。もっとも……」

 

 真姫は指をもう一度パチンと鳴らす。今度は自律機動兵器から飛び出たのはレーザーではなく、高圧電流だった。

 

 ビリビリッ

 

「ぐっ!まだこのような隠し球を……!」

 

 レーザーとはまた違う痛みが海未を襲う。外傷は無いが、体力を著しく奪われてしまった。殺傷力の高い蛇腹剣とは別の意味で厄介な武器だと言えた。

 

「その単純さゆえに、数々のトラップで機動力を封じてしまえば御し易い。つまり私と海未は相性最悪だって事よ」

 

 高圧電流で張り巡らされた蜘蛛の巣が海未に迫る。百戦錬磨の海未はこれくらいで諦めたりはしない。自慢のスピードと鍛え抜かれた動体視力で僅かな抜け目をくぐり抜けていく。目指すは真姫の懐。本体の真姫さえ倒してしまえば自律機動兵器も動きを止めるはず。狙いを定めた海未は網の目を次々と掻い潜り、少しづつ真姫との距離を詰めていく。

 だが、それも長くは続かなかった。自律機動兵器の動きが突然フェイントを織り交ぜてきたのだ。予想外の動きに対応出来なかった海未は、たっぷりと高圧電流をその身に流し込まれてしまう。

 

「どうかしら?真姫ちゃん特製高圧電流のお味は。ああ、安心して。簡単に死んだりはしないから。これってラブカストーンの加護を受けた者には死なない程度の苦しみを与えるように調整してあるの。ゆっくりとジワジワと嬲り殺しにされる恐怖と苦痛を味わってね」

 

「ぐっ!不覚です!ですが、まだまだ!」

 

 海未は再び駆け出す。激痛が走った程度では海未は止まらない。この先では今の自分よりも恐ろしい運命に直面することりが待っているのだから。だから立ち止まってなどいられない。

 しかし、そんな必死な海未を真姫は嘲笑う。幾度も攻撃を受けて疲弊した海未は少しづつ動きが鈍くなっている。そんな彼女がより苛烈になった真姫のオールレンジ攻撃に対処出来なくなってしまうのも時間の問題だったのだ。

 容赦無く電撃を浴び続けた海未はとうとう膝を屈してしまった。

 

「無駄よ無駄無駄。理解出来ないのかしら?意外と海未って根性論丸出しなとこあったわよね。もしかしてそれもあの馬鹿女の影響かしらね」

 

 『馬鹿女』とは他の誰でもない。間違いなく海未の幼馴染であり親友の高坂穂乃果の事だ。自分を馬鹿にされても平然としている海未だが、それだけは決して許せなかった。

 

「穂乃果を……私の大切な親友を侮辱するなあっ!」

 

 怒りを糧に疲弊した体を鞭打って無理矢理立ち上がらせる。しかし、既にボロボロなのは誰の目にも明らかであった。

 

「相変わらず穂乃果のことになると冷静さを失うわね。太刀筋に感情が乗りすぎてて動きがワンパターンじゃない」

 

 海未は今度は自律機動兵器を直接狙って衝撃波を放つ。だが、その程度の狙いは真姫にも予想の範囲内だったらしい。暖簾に腕押しをしたかのように、フワリと避けられてしまう。

 

「はあ……だから無駄だって何度も言ってあげてるのに。何よ、一人で熱くなっちゃって。馬鹿みたい」

 

「しまっ……!」

 

 電流のせいで動きの鈍った海未に、とうとう蛇腹剣の斬撃が命中してしまう。装甲の一部を大きく砕かれ、海未はゴロゴロと大地を転がって土まみれになってしまった。

 

「惨めな姿ね、海未。今のあんた最高に滑稽よ」

 

 なおも立ち上がろうとする海未を蛇腹剣で打ち据えた。

 

「どいつもこいつも!生温い友情ごっこで傷を舐め合ってんじゃないわよ!」

 

 バシンッ

 

「くはっ!」

 

「穂乃果が死んだのは海未!あんたが弱いからよ!全部あんたのせい!あんたの無力のせいで穂乃果は死んだ!」

 

 一度だけではなかった。激情に駆られた真姫は、それがかつての友であったことも忘れて幾度も蛇腹剣を打ち据えた。例え全身を血に染めても、怒りが収まらずにいたために、気が済むまで何度も甚振り続けた。装甲が砕ける度に海未からは苦悶の声が漏れ出る。だが、それでも海未は決して弱音を吐いたりしなかった。

 ようやく海未がピクリとも動かなくなった頃、真姫による苛烈な責め苦はようやく終わった。

 

「ふんっ!興ざめね。もう少しは退屈しのぎになるかと思ってたけど、所詮は雑魚か」

 

 細剣を投げ捨て、真姫は両手をポンポンとはたく。もう海未に抵抗する気力は残っていないだろうという判断による余裕だ。しかし、

 

「まだ……私は……」

 

 海未の目は、そのボロボロな姿に反して死んではいなかった。

 

「ちっ!往生際が悪いわね!」

 

 全身を襲う苦しみに耐え、悲痛な呻き声を漏らす海未。そんな彼女を屈服させるべく、真姫は背中を思いっきり踏みにじった。

 

「ははっ!痛いでしょ!苦しいでしょ!泣き喚いて助けを請うなら私の気が変わって助かるかもしれないわよ!それ言ってみなさいよ!真姫ちゃんごめんなさい!逆らって申し訳ございませんでした!どうか許してください!ってね!」

 

 何度も何度も、遠慮なく華奢な海未の身体を踏み抜き、今度こそ心を完膚なきまで折ってしまおうと憎悪をぶつけていく。普通の人間ならばとっくに絶命してもおかしくないはずだが、幸か不幸か、今の海未の体は強化装甲によって守られている。ラブカストーンから供給される生命力も相まって、辛うじて彼女の命を繋いでいたのだ。

 

「くはっ!誰が……言うわけ……きゃあっ!」

 

「口答えすんじゃないわよ!ゴミの分際で!」

 

 生まれつき恵まれた環境で育った真姫は、幼い頃より欲しい物は何でも手に入った。ただ環境に胡座をかくだけでなく、多少努力するだけで我が物にしてしまう才能まで備えていた。今では西木野家の威光だけではなく、誰もが彼女そのものを畏れ敬う。真姫こそ生まれながらにしての王者の気質を持つ者と呼ぶにふさわしいのだろう。

 だが、そんな真姫が人生の中で唯一思い通りにならない存在があった。海未を含む、真姫の友人を自称しながら自分に逆らう愚か者達だ。彼女達は真姫の中にある何かを狂わせる。彼女達の側にいると作り続けていた自分が音を立てて崩れてしまいそうに思えてくる。

 ゆえに、真姫は海未の存在を徹底的に否定してきた。海未の心をへし折ることは、真姫自身が先に進むための通過儀礼となりつつあったのだ。

 そのはずが、何故か真姫は未だ海未に負けを認めさせることが出来ずにいる。

 

「気が変わったわ。本当は今まで邪魔してくれた礼で徹底的に嬲ってあげようと思ってたんだけど、今のあんたのツラ見てるとムカついて仕方ないのよね。だから新世界誕生の前祝いとして、あんたを一思いに葬ってあげる。嬉しいでしょ?大好きな穂乃果とあの世ですぐにでも再会出来るんだから」

 

 血まみれのボロボロな姿に成り果てた海未を見下ろす真姫は吐き捨てるように言い放つ。あくまで平静を装っているが、どんなに甚振っても決して折れない海未を見ていると、自分が自分でいられなくなる気がしていた。自分の中で微かに生まれた恐怖。それを振り払うため、真姫はトドメのために再び手にとった細剣の先を海未の心臓部に向ける。

 

「穂乃果……わ、私は……」

 

「ふん!もしかしてそれが辞世の句?ほんと最初から最後までつまらない女だったわね」

 

 これでようやく過去を振り払える。真姫を縛る因縁からようやく解放されるのだ。

 

「さよなら」

 

 過ぎた日々を断ち切るための剣は、容赦無く海未の体を……貫かなかった。

 

「何!?」

 

 細剣の刃部分が突然砕け散った。この細剣は鋭利さを極めた切断力に特化しており、強度そのものは海未の太刀と比べても低いレベルだ。それゆえに破壊されること自体は十分ありえる。だが、問題はそこではない。

 予期せぬ攻撃に真姫は慌てて海未から距離を置いた。

 

「何よこれ!?いったい誰の仕業なの!?」

 

 真姫はこれ以上無いほどに狼狽えていた。まだ真姫と戦おうなどという愚者が存在するというのか。そんなはずはない。穂乃果は既に死に、海未の命も目前で風前の灯火となっている。もはやこの世界にKKEに、真姫に逆らう者など人っ子一人存在しないはずなのだが。

 

「待ちなさい。あんたの相手は私よ、真姫」

 

「……っ!その声は!?」

 

 二人の耳に突然飛び込む第三者の声。よく知る人物の声ゆえに驚きを隠せなかった。

 

「に、にこちゃん?」

 

「にこ……貴女は……どうして……」

 

 幼い容姿に不釣り合いな無骨な黒い装甲を纏った小柄な少女が姿を現した。ツインテールの少女はその右手に小石を遊ばせながら、苦笑いを浮かべていた。

 

「二人共おっかなびっくり、まるで幽霊を見たみたいな仰天顔ね。まあ死んだと思ってた女が生きてたら当然だろうけど」

 

 既に動く気力も残っていない海未どころか、真姫もあまりに突然のことに動けずにいた。そんな二人を尻目に、黒の少女、矢澤にこは何食わぬ顔で海未の元へと歩み寄っていく。

 

「そう、私はあの時、海未に敗北した後崖から落ちて死んだはずだった。でも、運良く海岸まで流されて生きてたのよ。それに幸いラブカストーンのコアは無事だったしね。後は自動治癒機能が傷を癒してくれたわ」

 

 流石に自由に体が動けるようになるまでには時間かかっちゃったけど。そう言ってにこは海未の体に手をかざした。淡い光が海未の体をそっと優しく包み込む。

 

「ほら、私のラブカストーンからちょびっとだけエネルギーを分けてやったわよ。今すぐ完治ってわけにもいかないけど、少し時間が経てばいくらか元気にはなるでしょ」

 

 事実、ダメージを受け過ぎて動けずにいたはずの海未はゆっくりと体を起こせるようになった。産まれたての子鹿のようにプルプルと震えつつも、なんとか大地を踏み堪える。

 

「ありがとうございます、にこ。ですが、何故私を助けたのですか?貴女と私は……」

 

「はんっ!勘違いすんじゃないわよ。別にあんたを助けたつもりなんてこれっぽちも無いんだから」

 

 感謝されることに慣れないにこは、恥ずかしさを誤魔化そうとそっぽ向く。

 

「……ここあ達から聞いたわ。希に襲われたあの子達を助けてくれたそうじゃない。だから、これはそのお礼よ。もう貸し借りは無しなんだからね」

 

 にこは背中を向けた。小さな身体に反し、折れない意志を背負った力強さを感じる背中であった。

 

「私とあんたは敵同士。それは今も変わらない。味方になる気も毛頭無い。そして、これは……」

 

 真姫の蛇腹剣が二人に迫る。にこは振り返ることもないまま、右手だけで蛇腹剣を抑え込んだ。

 

「私が私であるために!我を通すための戦いに過ぎない!」

 

「ちっ!」

 

 不意打ちが不発に終わった真姫はもう一度蛇腹剣でにこごと海未を薙ぎ払おうとした。

 

「さっさと行きなさい!あんたにも譲れない道があんでしょ!ぼさっとしてる時間は無いわよ!」

 

「ですが……」

 

「良いから行け!別にあんたのためじゃないわよ!足手まといにいつまでも居座ってもらったら、こっちも困だっつーの!」

 

「恩にきります!」

 

 どうやら多少傷も癒えてきたようだ。気力も戻ってきた海未は神殿の入り口に向かって駆け出す。

 

「逃さないわよ!」

 

 蛇腹剣を抑えられた真姫は慌てて自律機動兵器をコントロール。照準が全て海未に集中したことを表すマーカーが浮かび上がる。

 

「よそ見してんじゃないわよ!あんたの相手は私だ!」

 

 一斉に放たれたレーザーは海未に一つも届かなかった。にこが掌をかざすことによって発生したバリアが全て受けてめてしまったのだ。

 

「えい!にこちゃんハンマー!」

 

 この隙を狙って、にこは近くに大岩を分解、巨大な長方形の鉄塊へと再構成させる。にこが手をかざすと共に鉄塊から柄が伸び、にこ自身よりも大型の槌となった。

 

「こら花陽!さっさと凛を連れて逃げなさい!巻き込まれて死んでも知らないわよ」

 

「は、はい!わかりました、にこちゃん!」

 

 凶悪な鈍器を手にしたにこは、攻撃を全て無効化されて動揺している真姫目掛けて容赦無く振り下ろす。避けられないと判断した真姫はとっさに左腕の装甲で受け止めた。

 

 ガンッ

 

「ぐうううっ!」

 

 真姫は歯を食いしばってビリビリと痺れるような痛みに耐えた。装甲に守られているにも関わらず、凄まじい衝撃が伝わってくる。

 

「そーれ!もういっちょう!」

 

 痛みに耐える真姫の姿を見てほくそ笑みながら、にこはもう一度巨大ハンマーを振りかざした。見た目に違わぬ超重量を誇っている大槌であるが、にこが手にした場合のみ、彼女と一体化して本物の手足のように軽々と操ることが可能となるのである。その威力は真姫の焦りから見ても折り紙つきだ。

 

「冗談じゃないわよ!」

 

 一方、真姫の防御力は決して高い方とは言えない。一度はなんとか耐えきって見せたが、まともにぶつかり合えば大怪我は避けられない。逃げたと思われるのは癪だが、全速力で後ろに下がって事なきを得る。空振りに終わった槌の一撃は大地に大きな穴を開けた。

 バリアを用いた圧倒的防御力で敵の攻撃を無効化しつつ、懐に入って巨大ハンマーの一撃で葬る。これが矢澤にこの戦闘スタイルである。ジワジワと相手を追い詰めていく真姫とは正反対で、直接対峙した場合あまりにも相性が悪すぎる。それは元仲間である真姫も熟知している話であった。

 

「あれれー?もしかして真姫ちゃん逃げちゃうわけ〜?」

 

 ハンマーを片手に余裕の態度を見せつけるにこ。やはり案の定安い挑発を繰り出してきた。わかってはいるものの、腹がたつことには変わりない。

 

「ちいっ!」

 

 とはいえ、接近されて窮地に陥れば元も子もない。今度は離れた距離から不意打ち気味に自律機動兵器で蜂の巣にしようと企む。だが、それも結局にこには通用しない。

 

「ほいほいほい」

 

 真姫は余裕の表情でレーザーを消し去っていくにこにフラストレーションを爆発させそうになりつつも、なんとか頭を少し冷やして神殿側に目を向けた。

 

「くっ……海未は!?」

 

 既に神殿の奥深くへと入り込んでいる。徐々に姿を消していく海未を見送るはめになった真姫は、とうとう無限に湧き起こるどうしようもない怒りを闖入者へと向けた。勢い任せに振り回した蛇腹剣によってにこの目の前が爆ぜる。にこ当人はバリアで無傷だ。

 

「何をしに来た!この裏切り者!」

 

 今の憤怒の相はどんなに勇敢な戦士ですら恐怖を感じずにはいられないだろう。それほどまでに鬼気迫るものがあった。しかし、にこは一切臆することなく、むしろ不敵な笑みで応える。

 

「二度も言わせるんじゃないわよ!この阿保天パー!我を通しに来たっつってんでしょうが!!!」

 

 見え見えの挑発であるが、今の真姫には効果てきめんのようである。燃え盛るような自身の赤い髪の様に、メラメラと怒りの炎を心の中で滾らせていた。

 

「我を通しに来た?ふざけんじゃないわよ!」

 

 完全に御冠と化した真姫は感情の爆発に合わせるように蛇腹剣を大地へと手当たり次第に叩きつけた。

 

「勝手にいなくなって!勝手に戻って来て!今度は勝手に邪魔をする!」

 

 自律機動兵器を起動させ、一斉にレーザーを放つ。蜘蛛の巣のように抜け目く降り注ぐ怒涛の光の嵐は見るものを戦慄させるだろう。しかし、それらをにこは涼しい顔で無力化していく。その光景が真姫の怒りにさらなる油を注いでいた。

 

「いつもいつもいつもいつもいつもいつも!!!!!なんでにこちゃんは私をムカつかせるようなマネばかりするのよ!!!!!」

 

 対して、にこは心底愉快そうに口元を釣り上げた。

 

「ふん、相当荒ぶってるわねえワガママお嬢様。攻撃パターンがどんどん雑になってるわよ」

 

「うるさい!」

 

 にこの指摘する通りだ。余裕を失いつつある真姫はやみくもに自分の武器を振り回しているだけ。そんな調子では冷静にいなしていくにこを簡単に打破できるはずもなかった。

 

「ずいぶん偉そうだけど、にこちゃんこそ訓練で私に一度も勝ったことないじゃない!確かに私とにこちゃんの武装の相性は最悪。決定力に欠ける私はにこちゃんのシールドを突破出来ない。でもね!」

 

 大槌の一撃を回避し続けながら、蛇腹剣を再度振り回す。これもまたにこのバリアに弾き返されたわけだが、何故か真姫にさっきのような焦りは感じられない。

 

「はあ……はあ……」

 

 にこの頬からツーっと汗が伝っている。呼吸も荒く、ハンマーを振る動きも心なしか悪くなっていっているように見えた。

 

「ふふふ、流石にそろそろスタミナ切れかしら?」

 

 劣勢だった情勢が一転しつつあることを確信した真姫は、余裕の笑みを浮かべながら軽くレーザーを一発放った。にこは今までと同じくバリアを張るが、

 

「きゃっ!」

 

 さっきまでなら難なく防げたはずのレーザーを正面から受け止めた反動で、にこは後方へと吹き飛ばされた。

 

「当然よねえ。にこちゃんのラブカストーンとの同調係数は私を遥かに下回ってるもの。そうやってフルパワーでバリアを発生させ続けてたら、あっという間にヘロヘロよ!」

 

 ハンマーも失ったまま地べたを這うにこ。にこはラブカストーンに選ばれた戦士に中でも素質が低い部類に入る。それこそエネルギーを引き出す同調係数だけなら凛と花陽にすら劣っている。そんな彼女が今日まで第一線で叩けたのは持ち前の負けん気が能力差を埋めてきたからだ。だが、それでも限界はある。

 

「まさか奇跡が起きて圧倒的実力差が今更埋まるだなんて思ってないでしょうね!」

 

 にこの性格をよく知る真姫は楽しげに煽る。きっとプライドの高い彼女のことだから耐え難い屈辱にさらされているに違いないと。

 

「……ええ、そうよ」

 

「え?」

 

 あまりにもあっさりと認めてしまったにこに面食らった真姫。それもそのはず、彼女が知る矢澤にこという少女は、自分の弱さを頑として決して認めようとしない高いプライドの持ち主であったはずだからだ。

 

「認める。あんたは私なんかよりずっと強い。美人で、スタイル抜群で、お金持ちで、頭も良くて、私が持ってない物を全部持ってる憧れの真姫ちゃん。にこの理想の女の子。ずっとあなたみたいになりたかった……」

 

 にこは秘めた心情を吐露しながらゆっくり立ち上がった。

 

「本当はずっと憧れてた。嫉妬もしてた。いつもくっついてたのは、少しでもそんなすっごい真姫ちゃんに近づきたかったから。同じくらい強くなりたかったから。まあ、無理だったけどね」

 

 震える足を手で支えながら、にこは自嘲気味に笑う。真姫に対抗して努力を続けてきた日々を思い起こしながら。

 

「そんな真姫ちゃんに……私が勝てるわけないじゃない。やっぱりあんたって天才だわ」

 

「な、何いみわかんないことを!」

 

「だから……だから!こうするしかないの!」

 

 最初から勝つつもりなんてさらさら無かった。真姫を止めるための、唯一残された手段を用いる。にこは真姫の懐に飛び込んだ。

 

「にこちゃん今度は何を……」

 

「……臨界出力モード、起動」

 

 にこの呟きに合わせて、カウントダウンが始まった。

 

「ま、まさか……私を道連れに自爆するつもり!?」

 

 真姫は血相を変えた。臨界出力モード。ラブカストーンのエネルギーをあえて暴走させ、広域を巻き込んだ爆発を発生させる、その名の通りの自爆行為。使用すれば辺り一帯は確実に壊滅。まさに奥の手を超えた最終手段である。むろん使用者も無事では済まされない。

 

「は、離しなさいよ!私に触れるな!」

 

「嫌よ!もう絶対に離さない!」

 

 真姫はしがみついて離れようとしないにこを必死で引き剥がそうとする。別に命が惜しいからじゃない。孤独に生きると決めた自分が誰かと心中など耐えられないからだ。

 

「なんで……なんでにこちゃんはそこまで私に構うのよ……」

 

「ほんと素直じゃないわね。本音では誰かに甘えたいくせに!」

 

 そこまで言われて、真姫はようやく抵抗をやめた。

 

「ごめんね。ひとりぼっちの真姫ちゃん。大事な時にだけ一緒にいてあげれなくて。もうあなただけを一人になんてさせないから。これからはずっとにこがそばにいてあげるから……」

 

「にこちゃん……」

 

 真姫はにこの体をぎゅっと抱きしめた。二人は共に眩い光に包み込まれる。

 

「にこちゃん!私、本当はずっとにこちゃんのこと……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神殿の入り口側から聞こえてきたとてつもない轟音に、海未は心臓を撃ち抜かれるような痛みを感じた。あまりの凄まじさに神殿も激しく揺れ、天井からはパラパラと砂埃が舞う。そして、その後の長い静寂。海未は全てを察した。

 

「にこ……」

 

 だが、海未は決して振り返らない。それはにこが望むことではないはずなのだから。

 

「待っててください、ことり……今、必ず助けに行きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククク……ついにここまで来たんやねえ。にこっちの邪魔が入ったとはいえ、真姫ちゃんまで退けるなんて想定外やわ。流石は海未ちゃんやなあ」

 

 水晶越しに一部始終を眺めていた女が妖しく微笑む。

 

「まあ、もう遅いんやけどね。既に儀式の96%は完遂し、残るは選ばれし女神の血を捧げるのみ」

 

 女は水晶の光を消すと背後の十字架に磔された少女に視線を送った。純白の花嫁衣装で着飾られた少女はこの場の雰囲気に似つかわしくない程に穏やかな寝顔を見せている。

 

「さあ、始めようか。ヘァツリッヒェン グリュックヴンシュ ツム ゲブァツターク。今こそ世界の調律が果たされる時や」

 

 一人の少女の命と世界の存亡を賭けた戦いが目前にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていう感じで海未ちゃん大活躍の物語を作ってみたんだけど、どうかな!?」

 

「え?いや、どうかなと言われましても……」

 

「誕生日おめでとう海未ちゃん!」

 

「あ、はい。ありがとうございます花陽」

 

 アイドル研究部の部室にて、ことりと花陽がニコニコ笑顔のまま本を閉じた。反応に困った海未は素っ頓狂な声を漏らしてしまった。まさか誕生日プレゼントと称して、ことりと花陽が作った謎のストーリーを聞かされることになるとは。

 

「ねえ、私の出番は?」

 

「ふふん、なかなか良い役じゃない。やっぱりかつてのライバルと最終決戦で共闘ってのは燃える展開よね。上出来よ、ことり」

 

「はあ?ふざけないでよね!」

 

 絵里をスルーして悦に浸るにこに対し、真姫は怒り心頭でテーブルを叩いた。

 

「どこが上出来よ!なんで私が悪役やらなきゃならないわけ!?」

 

「凛なんて完全にかませ犬だよ!?酷すぎるにゃー!」

 

「みんなはちゃんと戦ってるだけまだ良いよ!ほのかなんて何故かもう死んでるんですけど!?あんまりだよー!」

 

「うちは良いと思うけどなー。黒幕は楽しそうやし♪」

 

「ねえ?私の出番は?」

 

「ありがたいのは山々なのですが、それ何故私の誕生日でやらなきゃならないのですか?」

 

「はあ……囚われのお姫様になったことりを海未ちゃんが助けに来てくれるなんて……想像するだけでecstasy迎えちゃうよ〜」

 

「聞いてませんね、この鳥類」

 

「ねえ?私の出番は?」

 

 今日も音ノ木坂学院は平和です。

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