俺の弟は気持ち悪い。
俺の弟は何時も何処かを見ている。
此処に弟はいて、弟の目は彼の顔についているのに弟は何時も何処かを見ているらしいとの自己申告だ。
それでいて、弟には解らない事が無いと言うのだから本当に気持ち悪い。
失せものがあれば失せものを見つけ、諍いがあればそれを調停する。
出来過ぎていて人間味が無い。それは実に気持ちが悪い。
一度弟が俺に質問をしたことがあった。
「人間らしくするにはどうしたらいい?」
俺はそれにこういうしかなかった。
「馬鹿だろう、例え人間らしくなくてもお前は人間でしかないじゃないか。」
そう言った俺にきょとんとした目で見つめ返す弟は自分で言う程人間らしくないようには見えなかった。
まあ、男のきょとんとした顔なんて見ても鬱陶しいだけだが。
「…全く、ナナシ兄さんには私にもわからない事がわかるんだから羨ましい。」
それは嫌味だろうか?
喧嘩ならいつでも買うぞ。勝てないのは解かりきってるが。
「兄さんがいれば何時の日か私は人間らしく成れる気がする。」
何だかわからないがいつもこのような気持ち悪い事を弟は言う。
お前は実は人間じゃなくて妖怪か何かだったりするのか?
だったら本当に気持ち悪いな。
事あるごとに自分は普通の人間じゃありませんみたいな気持ち悪い事を言うが、クソ親父よりはある意味よっぽど人間が出来てるよ。
クソ親父のせいで神様に名すら与えられる前に殺されかけた俺がそれを保証してやる。
この辺で俺も気持ち悪い自分語りをさせて貰うが許してくれ。
俺はナナシ。ヘブライ語でちゃんとした名前があるはずだったが、それを神様が赦してくれなかったのでナナシ。
死んだはずの人間として在る事を許された。
ある意味弟なんかよりよっぽど人間じゃないが、俺は自分の事を人間だと思っている。
まあ、神様に名前を持って生きる事を許されないってよっぽどの事なんだが、うちのクソ親父はそのよっぽどのことをやっちまった。
子に報いが来るのも納得の所業だ。妻を寝取る為に神に愛される様な善良な前夫を殺したんだから。
とはいえ、報いを受ける罪も無い子供である俺としてはたまったものでは無い。
そこら辺の責任は夫婦二人だけで返済してもらいたかったものだ。
俺の父親は王様をやっているが、俺に王位継承権は無い。
歴史に名前を残す事を禁じられた存在だからだ。『名無し』だからこそ生存を許された。
本当に勘弁して欲しい。
それよりも俺の気持ち悪い弟についてなんだが、気持ち悪い弟なんだが見た目だけは良いようで女にやたらモテる。
これは将来冗談抜きで妻を1000人持てるレベルだと俺は考えてる。
それを弟に言ったら、
「兄さんも頑張ればモテるよ。」
そう言いやがった。
そうか、俺は頑張らないとモテないのか。そんな気分にさせられた。鬱陶しい弟だ。
それに子供を作っても家系図の父親の欄は空白だ。何せ『名無し』だからな。
だが、俺も諦めた訳では無い。何かしら栄光を掴んで新しく名前を手に入れてやる分には良いんじゃないか?
そう考えて名を残せそうなビッグな男になる為にどうすればいいかを気が向いた時には考えている。
まあ、この発言が既に駄目な男みたいだが。…そういう所がモテないのだろうか?
王の息子なのに何もしないと名前も残らないってどういうことだ!?
弟は神の罰どころか祝福を持って産まれてきたというのに、この格差は何なんだろうな。誰か教えてくれ。
まあ弟の道筋も明るい訳では無い。クソ親父には母さん以外にもいろいろ女がいて子供も鱈腹作ってるから、王位継承戦が発生しないわけがない。
そして俺以外の全ての兄弟が蹴落とし合う訳だ。その点は『名無し』で良かったと思う。
俺が王座に座る姿はどう転んでも想像できないが、弟なら俺が何もしなくても王位についているだろうと思う。
…そう、思ってたんだがなぁ。
「兄さん…どうして? そんな未来は無かったはずなのに…。」
何だか弟がまたわけのわからない気持ち悪い発言をしている。本当に気持ちが悪い奴だな。
両親ともに同じ無実の弟に異母兄弟達が刃物を持って襲い掛かって来たんだ。庇うくらいするだろ、普通に考えて。
「兄さんは死んでいるから未来の事象群に記述さえ存在しなかったのか…。」
言ってる意味が解らない。シュールすぎるな。俺、此処で笑っていいんだろうか?
いや、そういう雰囲気でもないな。
まあ確かに俺が庇わなくてもコイツなら独力で打倒したかもしれない。というか多分そうした。
裸で巨人を倒した父さんの息子だからな、それぐらいのスペックはある。
あっ、それは向こうも同じか。何だか笑えるな。そんな奴等の戦いの中に名無しの奴がいるなんて。
「私が、人間らしい視点を持っていれば、兄さんを救えただろうか?」
本当に気持ち悪い事しか言わないな。俺を救うなんて。
生きてもいない人間を救える筈も無いのだろうに。ナナシが名無しに還るだけだ。
それにしても――――――
「馬鹿が、弟の分際で兄を救うとか片腹いてえよ。」
実際に片腹に刃物刺さってるからな。
おい、笑えよ。今のは命がけのギャグだぞ?
なあ、
「まあ、最後に一言だけ贈り物をやろう。
俺はお前の兄として生きられた事。それを俺の名前にしてもいいくらい誇りに思ってるんだ。
人間らしくあろうとしなくても、お前は名無しの兄という人間の弟だ。人間で無い訳がないだろ?」
らしくない。何ともらしくない。
俺らしくない怖気がするほど気持ちが悪い挨拶だった。
…だが、悪くないな。
弟がいつの日にか、何だったら千年先でも二千年先でもいい。自分が人間だったことを自身を持って証明できる日が来ればいい。
いや、その日はきっと来るはずだ。この俺の可愛い弟なんだからな。
古代に生息したヤレヤレ系オリ主を無視してショタソロモンを眺める物語。