2015年を皮切りに、世界のあらゆる人々は『
カルデアという聖域を除いて。
起こり得る筈の無い、それ以上に可能性がある幾つもの世界存続の危機の危険性がある中、
ロマニ・アーキマン博士が推考した全世界の人々が『名無し』になり得る可能性。
限りなく確率が少なく、そして危険性は他の危機よりも低いと却下され続けた可能性の種子は、
2015年を起点に花を咲かせた。
わたしの父、マリスビリー・アニムスフィアを筆頭とするカルデアの一同は、
世界の人々から名前を奪う為に複数の時代に打ち込まれた聖杯と言う楔を回収する事になった。
『名無し』となった人々はただ其処に在るだけで何も為さず残さず只々在り続ける。
一切の有害さを排した完全なる善人…いえ、非悪人たる彼ら彼女らはこの星を苛み続けてきたそれまでの人類とは大きく異なった。
誰も傷つけず、誰も犯さず、誰も奪わない。
無意味にそこに在る代わりに、無意味に物を消費する事も無い。
個が無く種族として影の様に完成した平穏。
苦しまず、迷わず、悲しまず、不必要に潰えない。
寿命と言う消滅の時が来るまで無意味に時間を過ごすだけ。家畜の様な人生。
何も為す事無く、何も残す事無く、何も記される事の無くなった人類の歴史は事実上2015年で終了した。
それを良しとしない私達はフランス・ローマと『楔』となった特異点を駆け抜け、オケアノスに来た。
そこで不思議な青年と出遭った。
「俺の名前か?
……取り敢えずネームレスってのじゃ駄目か?」
それは世界に名前を取り戻す旅に出たわたし達には、余りにも皮肉めいた名前だった。
「それより、其処に居る緑髪のおっさんを殴っても良いか? いや、いいな」
目の前にいる筈なのに、『名を無くした人々』の様に存在感の無い青年は、
そう言うや否や古代イスラエルの王ダビデの顔を殴りつけていた。
「…こいつで、アンタの息子の分はチャラにしてやる。
これでアンタもすっきりしただろ?
漸く
言っていることが良く解らないが、ダビデに手を伸ばし起き上がらせる青年はめんどくさそうに笑っていた。
そして、それに対するダビデは無言で下を向いていたのが印象的だった。
ロマニが彼に対して何か言いたそうだったが、彼はダビデに、
「解ってるさ、クソ親父」と言い、アイコンタクトを取るとその話を強引に打ち切らせた。
「存在しない者の名前を語る事も、呼ぶことも出来やしない。そうだろ?」
そう言った途端、通信が遮断された。
当初わたし達は混乱したが、彼には害意が無く協力的なようなので、ただ単純にロマニと話したくない程気に食わないのだと判断した。
わたし達は彼に
『名を無くした人々』
の話をして、わたし達の旅の説明をした。
彼はその話を聞くと頭を抱えて座り込んだ。
「何でだ? よりにもよってどうしてそこを見習う!?」
と言っていたが、それがどういう意味かはこの時は解らなかった。
その後、彼がオケアノスの後にカルデアで召喚された時には、今度はロマニが殴り飛ばされていた。
「もしかして…親として失格なのは血統なのか?」
彼はそう言っていた。
その意味も此処ではまだわからなかった。
ロマニも、下を俯いて…泣いていた。
「…少しは気持ち悪くなくなったじゃねえか。
いや、ある意味気持ち悪いかな。まあ、悪くねえよ」
彼が余りにも気持ち悪いと連呼した事が心の傷口に来たのか、ロマニの嗚咽は止まらなかった。
そして第4の特異点。
此処で彼の正体が判明した。
ソロモンの実兄『 』。
『名を無くした人々』の
ソロモンは彼が、
「今更拗らせるのは恥ずかしくないか?
そう言うのはとっくに
というと、「数千年前からずっとあなたを理想として目指してきた」と返し、
それでも彼が呆れたように、
「気持ちはありがたいけれどさ、こんな目にあった俺自身が周りにこんな風にさせる事を望んで無いんだ。
寧ろ、一言言わせて貰えばな―――――――――――俺を言い訳の道具にすんじゃねえぞ、おい」
そう答えるとソロモンは、
「それでも……」
と言い残し去った。
そして結論から言えば、それは真のソロモンでは無かった。
ソロモンの使役していた悪魔たちだった。
ソロモンは、ロマニ・アーキマン。
この異変の解決を提案し続けていた男だった。
ロマニは言っていた。
「私の使役した悪魔たちがその選択肢を取る可能性は想定していた。
だって――――――――――僕だってかつてそれこそが人類の救済だと考えていたこともあったから」
家畜の様な平穏が人類の救済?
わたしは思わず、ロマニのネクタイを締め上げた。
「ふざけないでっ!!」
激昂するわたしを止めようとする名を奪われる事無く残ったマスターである立香とマシュをネームレスが止めた。
「親が悪いことをしたら子が報いる事になった。
子が悪い事をしたら、誰が責任を取るんだろうな?」
その問いに、
「僕が取る。責任は全て僕にある。そう決めたよナナシ兄さん」
そう、ヘタレで駄目駄目な
「……まあ、俺は責任を押し付けられた側だから、誰かが押し付けられるのに加担する積りは無いんだが、
その覚悟は気持ち悪いけど、嫌いじゃない」
ロマニとは対照的に目を逸らして嘯く彼は、何処か嬉しそうだった。
そして最終局面。
立香を中心として集まった名立たる英霊の先頭に、名前すらない男が立っていた。
クラスも名前も無く、存在感も気配も覇気も全くない。そんな男が。
ソロモンの悪魔たるゲーティアが嘆く。
「
我が主が、誰もが名の無い貴方のように生きていれば誰もが争う事も無い。
誰もが滅びる事の無い世になる。そう、信じてきた。
主の亡き後も、その信念は
だからこそ、
「だから、だからなんだ?」
感情的なゲーティアに対し、ネームレス、いやソロモンの兄『ナナシ』は無感動に答える。
「それにこの世界なら、貴方は復活の要件を得る。
伝承としてさえ貴方が存在を認められない世界が憎くないのか!?」
「…だから、なんだって言うんだ?」
ナナシはやはり無感動だった。
それに対し、ゲーティアでない人物までが激昂した。
「兄さんは、ゲーティアが世界の人々から名を命として奪った世界だから存在していられる。
この異変が解決したら兄さんは存在できなくなるんだ。
サーヴァントとしてさえもだ。それを解ってるっ!?」
その言葉にナナシは穏やかに笑った。
「解ってるさ。とっくの昔に。
それにしても、お前は何時も気持ち悪い事を言うな。
以前よりマシになったと思ったらこのザマだ。
――ああ、解ってる。一番わかってるつもりだ。他でもない自分の事だからな。
『名無し』ではないナナシになれたし、親父の野郎も一発殴ってやった。
だいぶ気持ち悪さの方向が変わったお前にも逢えた。
正直言うと満足しちまったんだ。」
そんな柳の様に流すナナシに対し、感情が爆発したロマニは叫んだ。
「嘘だ。兄さんだって完全な消滅に恐怖が無い訳が無い。」
わたしだってそう思う。
そう思ったからこそ、カルデアを動かして人類史を取り戻す旅を決意して、
お父様に旅の船長を名乗り出た。
そこに、英雄に相応しい功績をあげて認められたいという核心たる感情が無かったとは言えないけど、
それでも、人間には互いに名前を呼び合って喧嘩して認め合える世界の方がお似合いだと思う。
ロマニの言葉に僅かに表情が崩れたナナシだったが、その表情は取り替える様に直ぐに元の表情に戻ったのをわたしは見た。
ナナシはその表情のまま、ロマニに近づいて手を差し出した。
「…お前は昔から本当に空気が読めない弟だなあ。
折角兄らしく虚勢を張ってるんだ。それくらい察しろよ。
はあ、…最後に握手してくれよ。お前、消えるつもりだろ?」
消えるという不穏な言葉を肯定して、ロマニもそれにおずおずと手を差し出す。
「…うん。
――って兄さんその指輪をどうするつもりだっ、まさかっ!!」
貧弱なロマニの手から強引に指輪を奪ったナナシは泣き崩れた笑顔で強引に叫ぶように告げた。
「ばーか、存在消滅が恐いとか言ってる弟にその役目を押し付けるかよ。
知ってるだろう? 俺は名前が無い故に誰にだって成り代われるのさ。
神よ、貴方を欺く事をお許しください。
――――ソロモン王として宣誓する。
神よ、貴方から承った力をお返しします。
無より為され、無へと消えゆく私が保証します。人間はあくまで必死に愚かに気持ち悪く生きて行くものであると。
…ああ、ゲーティアたちにも一言贈っておこう。
解ってる。解ってるさ、お前達も悪気があった訳じゃ無いんだよな。
でもそれでもやっちゃいけないことぐらいは解る年だろう。
だからやっちゃったことの責任は取らなくちゃいけない。
理不尽だけどお仕置きは受けなきゃいけない。でも、理不尽なのが嫌なのぐらいは解ってやるさ。
だから安心してくれ、伯父さんも一緒に逝ってやるよ。
第一宝具、再演。───『訣別の時きたれり。
そういうと『
今までに見せた事の無い程優しい顔で笑った。
「ロマニ、それが今日から正しくお前の名だ。
俺はここに『ソロモン』として消える。――ようやく名前を手に入れた。
はは、これで記憶に残して貰えるな。
ロマニ・アーキマン。かつて『ソロモン』の兄であったものとして告げる。
やっぱりお前は気持ち悪い普通の人間だ。
だからこれからも気持ち悪いなりに頑張って生きて、頑張ってくたばっちまえ。
それと、―――――――――――――今までありがとな」
ナナシ、いえソロモンはそう言って消滅した。
わたし達は忘れないだろう。名前の無い一人の英雄の事を。
それと、
「ロマニが気持ち悪いのは完全に同意ね」
設定的には無理がありますが、
人類史の焼却を手段としたのではなく、
人類の歴史が結果的に消え失せる行動を目的としたゲーティアさんなお話でした。