"元"イッセーとフェニックス 作:ば☆あ☆る
「雨、降って来た…」
♢
俺---ライザー・フェニックスはその日父上と言い争いになり、人間界にまで降りる大規模な家出をしていた。
貴族の子供という立場はストレスが溜まるものなのだ。
俺が降りた場所はたしか、日本の駒王町とか言う小さな町だった。
人気の無い、適当に整備された山道を道なりに歩いている内に、雨が降って来た。
「雨か…」
悪魔という種族であり、その中でも火に関連するフェニックスである俺には、雨は途轍もなく不快であった。
しかし、衝動的に家を出たので、傘どころか財布以外は何も持って来ていない。 財布の中身も冥界の通貨で、人間界で使えるものでは無い。
そもそもこの山道から降りて傘を売っている店を探すよりかは、近場で雨宿りができる場所を探す方が早いだろう。
そう思い、山道を彷徨っているとトンネルを見つけた。
盛り上がったところをくり抜いてコンクリートで固めた小さめのトンネルだ。
雨雲と木々により薄暗い中、それなりに長いトンネルの先を見通すことはできない。 悪魔である俺がその暗がりに恐怖を抱くことはなく、雨宿りをするために早速中に入っていく。
コツン、コツンとトンネルの中に足音が響き、真ん中に進めば進むほど雨音によって遮られることもなくなり音は大きくなっていく。
「誰か、いるの?」
暗がりの向こうから声が聞こえて来た。
恐らく一桁ほどの年齢の女の子の声だ。
「お前は誰だ?」
「僕… 僕、は、多分兵藤一誠。 でも、兵藤誠二って呼ばれてる。」
意味がわからない。 少し困ったような声で名乗る子供の声が帰って来た。
悪魔の持つ能力により夜目が効くようになって、その子供の顔が見えた。
傍に傘と鞄を置き、トンネルの壁に背を預けて佇む、小柄で女顔の少年だ。
彼は鞄の中から懐中電灯を取り出し、スイッチを入れた。
「お兄さんは?」
「人間風情に名乗る名は無い。」
「そう? お兄さん、日本語上手だね。」
これも悪魔の能力だ。 悪魔は全く知識がない言語であろうと、自由に話すことができる。 多くの人間と契約を結ぶため、悪魔は全ての言語を理解できるのだ。
「…お前も、年の割にはきちんとした喋りだ。」
「うん、ありがとう。 …お兄さん、外国の人? 傘とかレインコートとかないの? それで帰れない?」
「持ち合わせていない。 その気になれば直ぐにでも帰れるが…」
「家出? それなら僕と一緒だね。」
少年は俺に向けて微笑みかけてきた。
相手は悪魔より下の下等種族である人間で、そしていくら女顔だと言っても同性だというのに。 その淡い微笑みはこれまで見てきたどの女性よりも魅力的に感じた。
「お揃いついでに、ちょっと話していこうよ。 偶然家出した同士が会えたんだ。」
「…ライザー・フェニックスだ。」
少年は少し驚いたような顔をしたあと、また微笑む。
「名前かな? ありがとう、ライザーさん。 あと、お前じゃなくて誠二がいいかな。 一誠だともっといい。」
「そうか、なら一誠。 少し話していってやろう。」
「ありがとう。 人がその名前で僕を呼んでくれるのは4年ぶりだ。」
一誠はコツコツと足音を響かせて俺の方に近寄ってきて、そして尻が濡れることも気にせずに腰を下ろした。
「…どういうことだ?」
「僕は元々一誠だったってことだよ。 ライザーさんが一誠って呼んでくれれば、その間だけ僕は元の一誠でいれる。」
「それがどういうことだと聞いているんだ。」
「…4歳くらいの頃、僕は一誠だったんだよ。 みーんな、僕のことを一誠って呼んでたんだ。 だけどね、そのあと、偽物の一誠が出てきて、僕は誠二になったんだ。」
一誠は俯きながら、呟くように話した。
「偽物の一誠は、僕からみんな奪ったんだ。 名前も、見た目も。」
「…奇妙な話だ。 にわかには信じられない。」
「うん、そうなんだ。 信じられない話だから、みんな僕のことをおかしい、なんて言ったりするんだ。 だけど、ライザーさん。 信じて?」
一誠は俯いていた状態から顔を少し上げて、上目遣いで小首を傾げながら言った。
その仕草に心を打たれて、その言葉を少し信じることにした。
「信じてくれる? うん、ありがとう。 ライザーさんはいい人だね。」
「別に、完全に信じた訳ではない。 少しだけ興味が湧いただけだ。」
「それでも嬉しいよ。 ライザーさん。 じゃあ次は、ライザーさんの話を聞かせてくれないかな?」
「…いいだろう。 では少しだけ、話し相手になってもらおう。」
♢
「大変なんだね。」
「ああ! 全くもってその通りだ! 父上も兄上も貴族としての立場にしか興味がない!」
「でも妹さんは好きなんでしょう?」
「その通り! フェニックス家の中であいつだけは良心がある!」
一誠に対して日々の不満を愚痴って、気がついたらかなりの時が経っていた。
気づけばかすかに聞こえてきていた雨音は止んでいた。
「雨、止んだみたいだね。」
「ああ、そうだな… 悪いな、俺の話ばかり聞かせて。」
「ううん、いいよ。 久し振りに人と話せて、楽しかった。 ライザーさんが満足したなら、僕も嬉しいし。」
一誠はあはは、と頰をかきながら笑う。
年下の人間相手に謝罪をするなど、ほんの少し前の自分にはあり得なかったことだ。
「一誠、お前はどうするんだ?」
「僕… 僕はもう少しここにいるよ。 ライザーさんと別れて、また誠二としてなんとかやっていく。」
トンネルの外に目をやったあと、一誠に目を向けると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「…一誠、よかったらなんだが… 俺のところに来ないか? そうすれば、お前はきっと一誠であれる。 本当に、お前が良ければなんだが…」
「…いいの?」
心の底から仰天したような表情の一誠が立ち上がって、俺に身を寄せた。
「構わん。 貴族だと言っただろう。 子供が一人増えても養える… 筈だ。」
「…だったら、僕は一誠になりたい。 ライザーさんと一緒がいい。」
「そうか、ならば… 後悔はするなよ? 悪魔との契約だ。」
「…え?」
一誠が聞きなおすのと同時に、転移の魔法陣を展開して転移した。
これが、俺の運命の出会いであった。