六十層のフロアボス・ナラカ・ザ・パニッシャーは石で造られた鎧武者の様な出で立ちだった。
この先へ進もう頭する侵入者を排除する事だけを考え、声も上げず感情も見せず、ただ己の忠義を全うする為に戦う武士と言った所か
そして彼の強靭な肉体から放たれる瞬速の太刀は、動作さえも全く見えず回避するのが非常に難しい。
この先の階層へ進めば上級者プレイヤーとして認められる、しかしそう簡単にはいかぬと、挑戦者の前に立ちはだかる鎧武者は、無言の居合い切りで次々と葬っていく。
「おいおいおい! またこっちの何人かやられちまったぞ! ひょっとして残ってるのって俺達だけなんじゃねぇのか!?」
「あーもううっさいわねヒゲバンダナ! 今更確認しなくたって周り見渡せばすぐにわかる事じゃないのよ!」
「んだと! てかお前さん誰だよ! さっきから逃げてばかりじゃねぇか!」
「アンタこそ全く攻撃当たってないじゃないの! その刀はなまくらなの!? ああん!?」
残り少ない仲間がまた敵の太刀に斬り捨てられたのを見て慌てて距離を取っているのはクライン。
そしてそんな隣で一緒に後退していたリズベットが、初対面であるにも関わらず失礼な物言いを彼に放っている。
そのまま戦いそっちのけであーだこーだと口論を始めてしまうクラインとリズベットに呆れた視線を送りながら
今回は支援側ではなく攻略側として最前線で戦っているエギルが両手斧を携えて苦笑していた。
「やれやれ、急ごしらえで作ったチームとはいえ、よりにもよってここまでまとまりがねぇ連中を生き残っちまうとはな……こちとらカミさんに早く追いつきてぇんだからさっさと先へ行きたいってのによ」
「しゃーないやろ、己の実力不足も自覚していない雑魚はここでふるい落とされるんや、つまり今生き残ってるワシ等こそが真の状況者に相応しき……げふぅぅぅぅぅぅ!!!」
「おーいみんな、どうでもいい事だがキバオウの野郎が余裕ぶっこいてぶっ飛ばされたぞ、気を付けろ」
腕を組みながら上から目線で偉そうな事を言い出していたキバオウが、エギルの近くで鎧武者の鞘当てで軽く吹っ飛ばされてしまった。
一応まだHPは残っているみたいだが、壁に頭からめり込んで動けない様子のキバオウを確認しながら、エギルが気の抜けた様子で周りに伝令を飛ばす。
しかしそんな中で
「ってうおっと!」
鞘のみでキバオウを制したナラカ・ザ・パニッシャーは、次の標的をエギルへと切り替え、今度は太刀を振るって彼に襲い掛かった。
寸での所で両手斧で彼の斬撃を受け止めるエギルだが、その一撃一撃は重く、重量級の盾役である彼でさえもどんどん後退せざるを得ないぐらい苦戦を強いられることに
「クソ! マジで油断したら一気にやられちまう!」
この階層で攻略が止まってしまっているエギルにとって、このフロアボスには今まで何度も痛い目に遭っていた。
今回こそはと思い、なんとか健闘はしているものの、このままではまたもや奴の太刀の餌食にされてしまうであろう。
敵の猛攻を防ぐだけで精一杯のエギル、しかしそこへ
「盾役としてそうして時間稼いでいるだけで十分だよ、後はアタッカーのこっちに任せとけ」
「へ、いいからさっさと後ろで隠れてねぇで前に出ろっつうの」
無論、エギルもなんの意味も無くただ相手の攻撃を己の身を挺して防いでいた訳ではない。
こうして相手の太刀による連続攻撃を受け止めてる隙に、自分の背後から現れたアタッカーによって逆に相手にダメージを与える為だった。
そして荒っぽい口調を送りながらも、エギルが絶対的な信頼を寄せている人物が右手に剣を携えて颯爽と彼の真上を飛んだ。
「行くぞユージオ! 言っておくがお前の防御力じゃ奴の攻撃を掠っただけで即死に繋がるからな! 気合入れて避けろよ!」
「気合だけでどうにかなる相手じゃないと思うんだけどね! まあやるだけやってみるよ!」
エギルと入れ替わる形で鎧武者の前へと現れたのはキリトとユージオ。
流石に六十層ともなると今まで違いキリトもずっと後ろで様子を見守っている訳には行かない
最近ちょくちょくつるむようになったユージオを連れて、彼は右手に持つ片手剣・ディバイネーションで華麗に鎧武者を攻めていく。
「あーちくしょう! どこぞの誰かに俺の愛剣へし折られたから二刀流出来ないのが腹立つ!!」
「まだ根に持ってるの……いいじゃんその剣もかなり立派だよ? それにいずれ神器が手に入るんだろ?」
「ああ! どこぞのホラ吹き鍛冶師がちゃんと真面目に仕事してくれればな!」
かつて愛用していた二刀流化スキルを持つレア武器・エリシュデータを、不注意による事故でユージオに折られてしまった事をまだ引きずっている様子のキリト。
彼と入れ替わる形で鎧武者に青薔薇の剣を振るいつつ、ユージオはいい加減しつこいと言った感じで返事するも、キリトは恨めしそうにまだクラインと揉めているリズベットをチラッと横目をやる。
「先に来た依頼を優先するからもうちょっと待ってろだとさ! おまけに何度も金が足りないと催促して来るし! アルゴへの情報代を払いまくったせいでこっちがもう素寒貧な事ぐらいわかってるクセに!」
「なんかもう八つ当たり気味に敵に攻撃してるね……そんな状況で隙見せたらすぐやられるよ?」」
叫ぶたびに何度も剣で斬り付けていくキリトは、デタラメではあるが本当にこのゲームをやり込んでるんだなと思い現も、ユージオはそっと彼に警告したその時。
しかし
「うげぇ!」
「キリト!?」
案の定、苛立ちを募らせながら文句を垂れるキリトはつい油断してしまい、黙する鎧武者からの突然のカウンターを手痛く食らってしまう。
あっという間にHPを削り切れてしまう太刀による攻撃ではなく、相手を突き飛ばす為の兜による頭突きだったのが幸いだったが、キリトは派手に後ろに吹っ飛ばされてしまった。
「戦いの最中で他の事ばかり考えてるからだよ! 今はとにかく神器の事は忘れようよ! 戦いに集中して!」
「クソ、俺とした事がしくじった……やっぱここまで来るとソロで押し切るのは難しいな……」
ユージオに言われながらキリトは地面に頭から落下するも、すぐに上体を起こした。
「第六十層のフロアボス・ナラカ・ザ・パニッシャー……そういや俺が前にコイツとやり合った時が今のパーティーの三倍のプレイヤー人数だったな……あの頃も結構キツかった」
当時攻略した時のパーティー人数と比べて、今のパーティーはそれの三分の一以下程度、おまけに序盤でほとんどの参加者がやられてしまったのだ。
この戦況にはキリトも流石に攻略は難しいなと顔をしかめていると、そこへ即座に駆けつけてくる二人の男女。
「大丈夫、キリト君?」
「ほらポーション、僕等が余裕持って所持しているから遠慮なく受け取ってくれ」
「おおサンキュー、まだ生き残ってるとか凄いなアンタ達」
「テツオ達はやられてしまったけどね……月夜の黒猫団の残りは僕とサチだけさ」
キリトの下へやって来たのはパーティーの援護役としてメンバーに補助アイテムを渡す役に徹している月夜の黒猫団のサチとケイタだった。
彼等から体力回復のアイテムであるポーションを受け取って一気に飲み干すと、キリトはすぐに立ち上がった。
「てことは三人やられたのか……こりゃ本当にヤバいな、地味な役回りではあるけどメンバーにアイテムを配り歩く補給係は、こういった強敵なボス相手には必要不可欠だってのに……」
回復・補助魔法が扱えるALO型のシルフやウンディーネでもいれば良いのだが、今のパーティーにはいないので実質的に支援や回復はアイテムで補う事になる。
そしてそのアイテムを大量に所持して、タイミング良く前線で戦う者や身動き取れない者の所へ駆けつけて援護に徹するのが補給係であり、ここにいる月夜の黒猫団がそれを請け負っているのだ。
「面目ない、三人がもうちょっとうまく立ち回ってれば良かったんだけど、三人共”アレ”にばかり気を取られてしまっていて、その隙にあっさりとやられてしまったよ……」
「ああ、”アレ”か。いやアレは仕方ない、アレに目を奪わるのはなんら間違ってない、現に俺も数十秒に1回はあっちに視線に移っちまう」
「いやキリト君は戦いに集中……」
何やら気を逸らすモノがあったせいで、黒猫団のメンバーの他の三人はあえなく散ってしまったらしい。
申し訳なさそうに謝るケイタだが、キリトは意外にも気にしていない様子、それどころか自分も”アレ”にはかなり気を取られているとあっさり暴露。
流石に最前線のアタッカーが気を取られていてはマズいだろと、サチが呆れた様子で彼にボソッと呟こうとしていると……
「おい危ねぇぞテメェ等」
「え?」
不意に後ろから声を掛けられたのでサチが振り返るとそこには
こちらに向かって黒光りするバズーカを構える沖田の姿が
「死にたくなかったら俺の射線からどきな」
「沖田さん!? あ、伏せて二人共!」
サチがキリトとケイタに叫んだと同時に、慌てて沖田の前の道を開けると、次の瞬間ズドォン!という派手な発射音と共にバズーカが火を噴いた。
着弾ターゲットは勿論、鎧武者のフロアボス。バズーカの直撃を食らって流石に怯んでいる様子だが、まだまだHPには余裕がある。
「チッ、直撃したのにてんでHPが減らねぇ野郎だぜ、こりゃ飛び道具耐性持ちか?」
「おいアンタ! 危うくお陀仏になる所だったじゃねぇか!」
「何言ってんでぃキリト君、俺はちゃんと前置きで警告した筈だぜ、直撃しようがこっちは知ったこっちゃねぇよ、だから……」
バズーカを肩に担ぐ侍風の恰好というなんとも不思議なスタイルをしている沖田に対し、サチとケイタと共にギリギリのタイミングで前に倒れて避けたキリトがすぐに起き上がって抗議する、
だが沖田はそれに悪びれる様子も無く更に前方に向かってスッと指を差し
「ああやってボスと一緒に巻き添え食らおうが、俺の心はちっとも痛まねぇ」
「ユージオォォォォォォ!!!」
よく見ると鎧武者の前方でボロボロの状態でうずくまって倒れているユージオの姿が
どうやらボスと共に沖田のバズーカの餌食にされてしまったらしい。
キリトは慌ててサチとケイタを連れて倒れている彼の下へ
「しっかりしろユージオ! 傷は浅いぞ!」
「いや沖田さんの一撃のせいで彼のHPはもう大分真っ赤に染まってるんだけど……」
「ぼ、僕に一体何があったの……? キリトの代わりに一人で戦っていたら、いつの間にか後ろから爆発に巻き込まれて……」
「言い忘れてたぜユージオ、俺達の仲間には平気で味方を巻き添えにする事を、構わないと思っているとんだサイコ野郎が何人もいるって事をな」
「うん、酷いパーティーだね本当に……」
サチからポージョンを受け取りながらなんとか真っ赤に染まったHPを回復させつつ、キリトに対して力なく笑みを浮かべたままユージオはすぐに立ち上がった。
するとそこへ
「苦戦してるみたいですね、ならばここは私に任せない」
「みんなお疲れー、こっからはボク達が出番だから休んでて良いよ」
彼等の前に上からスタッと着地して現れたのはキリトとユージオと同じく前線で戦う役目のアリスとユウキだった。
負傷しているキリト達に変わってボスに出向くつもりなのだろう、あまり息の合わなそうなコンビだが目標を見定めると全く同じタイミングで足元を蹴って駆け出していく。
「おいおい、腕はいいがドロドロの因縁コンビじゃないか……大丈夫か?」
キリトの心配をよそにアリスは木刀、ユウキは片手の細剣を振りかざしながら、全く臆することなく鎧武者に突っ込んだ。
「あなたもです、ユウキ。ここで一番活躍するのは私です、なのであなたは帰りなさい、それか腹を切りなさい」
「なんで最終的に切腹要求されるのさ? どんだけ邪魔者扱いなのボク? 泣くよ?」
ここに来るまでに起きたある件の事をまだ根に持っているのか、今日のアリスは一段とこちらに対して辛辣だ。
それにユウキは顔をしかめつつも、鎧武者の脛辺りに狙いを定めて
「悪いけどボク、キミにだけはどうしても負けたくないんだよ! 色々な事でね!」
ユウキの細剣がピンポイントに脛の部分に深々と突き刺さった、強固な鎧のほんの僅かにある隙間を狙っての一撃
自慢の防御力を無視した斬撃にフロアボスがグラリと膝から崩れ落ちると、そこへ今度はアリスが彼の眼前に現れ
「何を言っているのかはわかりませんがコレだけは言っておきます」
薄汚れた洞爺湖と彫られた木刀を両手で構え、目の前の鎧武者目掛けて勢いよく降り下ろす。
「勝利するのは常に私です、今も昔もこれからも」
文字通りの兜割り、ナラカ・ザ・パニッシャーの兜はアリスの強烈な一撃を前に呆気なく崩れ落ち、彼の素顔を露にする。
兜の下の素顔はまさかの気味の悪い髑髏であった。
頭部が露出された今がチャンスと、アリスは右手に持った木刀で再度一気に振り抜いて吹っ飛ばす。
そしてそんな光景を回復しつつ次の出番を待つように待機していたユージオがぼんやりとした表情で見つめていた。
「あのアリスって子……」
「アリスがどうかしたかユージオ?」
彼の呟きに反応して、隣に立っていたキリトが振り返る。
「言っておくけどアイツは見た目は確かに美人だが性格は相当アレだぞ、それにもう惚れた男がいるみたいだから諦めとけ」
「いやいやそういう目で見てた訳じゃないから……ただ太刀筋が綺麗でちょっとカッコイイなーって思っただけだよ」
「見た目をどれだけ取り繕っても結局中身が肝心なんだよな、前に会った事あるだろ、血盟騎士団の副団長? アイツも見てくれは100点満点なのに、中身が絵に描いた様な正義バカだったろ? だから見かけに騙されちゃいけないって事だよ」
「人の話を聞いてよ……それと悪いけど君、その副団長さんの事を結構話したがるよね……」
「……ムカつく奴の事はとことん愚痴る性質だからな俺」
腕を組みながら持論を展開しつつ、いつもの血盟騎士団の副団長に対しての愚痴をネチネチと言い始めるキリトに、ユージオがひょっとしたらと、彼に対して疑いの眼差しを向けていると……
「よぉ、ちょいと通らせてもらうぜ」
そんな彼等の会話を遮って、真横からスッと通り抜ける人物が一人現れた。
二人だけでなくサチとケイタ、そして沖田も声がした方向に振り返ると
流れ雲が刺繍された空色の着物を右側だけを脱いで靡かせながら
死んだ魚の様な目をした銀髪天然パーマ・坂田銀時がフラフラした感じでやる気無さそうにボスの方へと歩いて行った。
「こうして延々と入れ替え形式で戦い続けるのはもう飽き飽きだわ、俺の番で終わりにしてやるよ」
そう言うと銀時は腰にぶら下げている金色の刀を鞘から引っこ抜いて肩に担ぐ。
見た目はやる気の無さそうなけだるさ全開の冴えない男に見えるが
神器・金木犀の刀をキラリと刀身を光らせながらゆっくりとボスの方へと向かう彼の背中をどこか頼もしく思え、ユージオは思わずフッと笑いながら呟く。
「確かに見てくれだけが全てでは無いかもしれないね……」
アリスとユウキのタッグを相手にダメージを負いつつも決して倒れる事のないナラカ・ザ・パニッシャー。
巨体を山の如くそびえ立たせ、二人を相手に太刀一つでなおも戦い続けている。
「簡単に倒せる相手ではないと思ったけど、流石中級者が上級者になる為のの登竜門……流石にボクでもコレはキツいかな?」
「キツいのであればさっさと後退するべきと思います、ちなみに私はあなたと違って余裕です、んぐッ!」
「ちょっとぉ!? 言っておいて思いきりやられてんじゃん!」
ボスの振る細長い得物が自分の体をスレスレで通過している中で、ユウキは背中から黒い翼を生やして上空からの攻撃に転じて死角を突く作戦に出始めている中
なおも真正面から攻め入ってなりふり構わず突っ込んでいくアリスが遂に鎧武者の一刀を前に吹っ飛ばされた。
しかし彼女がダメージを負うなんて珍しいな……と思いつつ、ユウキは上空から吹っ飛ぶ彼女に叫んでいると
「よっと」
「!?」
アリスが吹っ飛ばされた先にいたのはまさかの銀時。
飛んできた彼女に動じることなく、彼は後ろから両手で抱きしめる様な形で難なく受け止める。
「随分と珍しいねぇか、相手がボスとはいえお前があっさり一発貰うなんて」
「誰にでもミスはあるモノです、いかに私とて一本取られる事ぐらいあります……」
「あ~そうかい、じゃあちょっと休んでおけ、選手交代だ」
銀時に後ろから抱きしめられてる形のままその場から動こうとしないアリス
彼はちょっと不思議に思いつつも、彼女をその場に置いてボスの方へと向かい出した。
そんな光景を上から顔をしかめて見下ろしていたユウキはアリスの方へと目を向ける。
その時、アリスはこちらの方へ無言で顔を上げて来た。表情は相変わらず変化は無いが、なにか勝ち誇ってるような感じがしてユウキは更にイラッと来た、。
(相変わらず姑息な手を……そういうとこ本当に姉ちゃんとそっくりだよ、アリス)
ユウキにはわかった、あの時鎧武者の一撃を食らったのは、全ては銀時に弱い部分を見せて乙女アピールする策であったと
オマケに吹っ飛ばされた先に銀時がいたおかげで、後ろから抱きしめられるという美味しい特典まで付けた。
回りくどい手を使う彼女の姿にユウキは亡き姉の事を思い出しながら顔を険しくしていると
「おいユウキ、ボサッとしてんじゃねぇよ、飛んでても撃ち落とされるぞ」
「言われなくてもわかってるよ!」
下から呑気な調子で声を掛けて来た銀時にイライラしながら返事すると、ユウキは身を翻して鎧武者の太刀を容易くかわす。
そして銀時もまた腰に差した金色の刀の柄を握ると、ボスの目の前で悠長な動きでそれを軽く抜いた。
「そんじゃ、ま、いっちょ試し斬りすっか」
長い事時間をかけて造られた金木犀の刀をその手に強く握ると、銀時は遂に前へと出る。
宙を舞うユウキに気を取られていた鎧武者であったが、銀時が間近に迫っているとわかるとすぐに彼の方へ標的を切り替える。
無言のまま真横に振り抜かれる太刀、しかし銀時は表情一つ変えずに身を屈めてそれをヒョイと回避。
「ここに来るまで色々遭ったからな、おかげですっかりこっちの世界での動きにも慣れちまったよ」
太刀の下を掻い潜った先にいたのは当然得物の持ち主であるナラカ・ザ・パニッシャー。
「ま、それでもうっかりしてたら、あっけなくお陀仏になっちまうのがこのゲームの怖ぇ所でも……」
斬撃を避けられたからといってボスは動じることなく、足に力を込めて一気にこちらを蹴り飛ばそうとしてきた。
しかしその動きも読んでいた銀時は、横に身を反らして攻撃範囲から退くと、すぐに右手に持った金木犀の刀を一層強く握り
「面白れぇ所でもあるんだけどな!!」
雄叫びと共に銀時の振るう刃がフロアボスの振り上げた足に深々と突き刺さった。強固な硬さを誇る石の鎧をも貫通して
「ってヤベェ! マジで切れ味半端ねぇなオイ!」
すぐに得物を引き抜きながら、神器の切れ味に己自身で度肝を抜いてしまう銀時。
しかしこの刀の凄さはこの程度ではない、最高レアリティを誇る神器という異名は伊達では無いのだ。
「重さを感じねぇ剣が、こんなにも斬れちまうとは恐れ入ったぜ!」
腕を動かすだけで刀は己の思うがままに素早く反応し、ボスの身体の各部分を自由自在に斬り付けていく。
常人では何が起こっているかすらわからない程の驚異的な攻撃速度、そして正確に相手の急所を狙い続けられる精密性
前々から銀時が得意としていた戦い方を、この刀であればそれを更に飛躍的に上昇させることが出来るのだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
更に、更に連続攻撃を畳みかけろと言わんばかりに銀時は咆哮と共に鎧武者の崩れ落ちた膝に足を乗っけると、そのまま飛び上がって顔面に向かって神器を振るう。
飛び上がった時に空中で掴まれそうになるも、それすらも身を一回転して避け、そのまま回転を咥えながら鎧武者の首を斬り付けた。
だが
「チッ、現実と違って首を斬っても死なねぇのはやっぱ違和感あるな……」
首を刎ね飛ばす程の勢いで振るった一撃だったが、鎧武者は微かに首筋に赤い線、ダメージがヒットしたという印を浮かべているだけでまだ倒れはしない。
相手の反応に銀時が苦々しい顔で舌打ちするも、この時点でナラカ・ザ・パニッシャーのHPバーは最後の一本が半分以下に達する事に。
「あとちょっとだよ銀時! こうなったらフロアボスとサシで勝って見せてよ!!」
「テメェ! さっきから上で飛び回っておいて何もしねぇと思ってたら! そんな無茶な事やらそうと俺にだけ……うおっと!」
真上からやや興奮した様子でフロアボスとのタイマンを希望するユウキに向かって銀時が叫ぼうとするも、そこへすかさず体制を整え直したフロアボスが剣を振るう。
「いよいよ追い詰められて本気見せて来やがった……」
僅かに掠りはしたものの、直撃さえなければどうという事は無いと、銀時はトントンとブーツの踵を合わせながらすぐに金木犀の刀を構えた。
この世界のボスモンスターは、追い詰められると更なる力を発揮する、その事はとうの昔に学習済みである。
そしてナラカ・ザ・パニッシャーが追い詰められた時は何処を強化するのかというと
「こりゃ流石に、さっきの様にはいかねぇかもな……」
彼の足下から大量の岩がボコボコと沸き上がると、その巨大な全身を覆う様に更に頑丈そうな鎧を着飾ったのだ。
もはやその姿は武者というより巨大な岩石にも見える、いかに神器と言えど、この強化された岩の鎧を貫通する事が出来るのだろうか……
「考えても仕方ねぇや、コイツの性能だけでなく限界まで把握したかったし、丁度いい相手だぜ」
新調し、更に強化された兜を頭にかぶり直したフロアボスはその目を怪しく赤く光らせる中で、銀時は不敵な笑みを浮かべたまま金木犀の刀の限界を知りたいと、真っ向から立ち向かう事に
「テメェがコイツのデビュー戦の相手で良かったぜ!!」
叫ぶと同時に銀時は刀を掲げて正々堂々と相手に挑もうと突っ走り
それにどっしりと構えながら太刀を振り上げる鎧武者。
だが
「っとでも言うと思ったかコノヤロー!!」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
銀時の手に合った金木犀の刀が、いつの間にか脇差しの今剣に早変わりしているではないか。
しかもそれをヒュンッと相手の顔面に的確に投げて、まさかの飛び道具として利用して顔面に突き刺す。
さっき金木犀の刀の限界を確かめたいとか、デビュー戦の相手がお前で良かったとかいい感じの台詞を吐いてたクセに……
上からユウキが叫びながら頭の中でそんなツッコミをしている間でも、得物を手元から失くした銀時はすかさず次の武器にクイックチェンジ
「こちとらもう疲れてんだよ! パワーアップとかいらねぇから潔くくたばりやがれ!!」
新たに選んだ得物はGGO型専用武器・二つ刃のビームサーベル、仙封鬼。
右手でブォンブォンと音を鳴らして回転させながら銀時は振り上げると、ボスからの太刀による怒涛の連続攻撃を次々と弾き飛ばして受け流していく。
しかし
「うお!」
「銀時!」
ここに来るまで疲弊していたおかげで、流石に全てを弾く事は出来なかったのか、最後の一撃である振り下ろしには素早く対応しきれなかった。
頭からじゃなかったのが幸いだったが、あっさりと左腕をボトリと斬り落とされてしまう銀時。
プレイヤーが体の部位を破壊されたら大ダメージだ、当然彼のHPは一気に削れてしまう。
だが銀時は左腕を落とされた状態でありながらも平然とし
「へ、現実と違ってこんだけの状態でも死なねぇってのは、ちょいとした化け物気分だぜ……」
そんな冗談を飛ばしながら銀時はすぐに右手だけでショートカットメニューを出現させて即座に新たな武器を引っこ抜く。
それはHPが瀕死の状態だからこそ使えるとっておきの秘剣……
「ここで姉ちゃんの形見・物干し竿かぁ……」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
上からボソッと呟くユウキを尻目に、銀時は右腕一本という状態にも関わらずそれを肩に担いで目前の敵へと斬りかかった。
「コイツで!」
とっておきの切り札で、反撃の隙さえ与えない程苛烈に攻め続ける。
この物干し竿があってこそ
長いリーチ・高い攻撃力・速い攻撃速度、どの点を置いても理想的なこの武器があってこそ
銀時はここまで到達出来たのだ。
「どうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ってそこで醤油ぅ!?」
そしてここに来て地味に使えるこの隠し技である、流石にユウキも予想出来ていなかったので叫んでしまう。
刀の柄を膝で思いきり叩いて刃の先から醤油を華麗にピューッと飛ばすと綺麗な曲線を描き
黙する鎧武者の顔面に当たり、その結果相手は一時的な盲目状態に陥ってしまう。
「さあて、そろそろトドメと行きますか!」
視界を失いその場でヤケクソ気味に刀を振り回す鎧武者相手に、物干し竿をショートカットメニューにしまうと銀時は素手の状態で飛び掛かる。
「とりあえず貸したモンは返してもらうぜ!」
身体の上に飛び乗ると銀時は鎧武者の顔面に突き刺さっていた脇差しをスポッと引っこ抜くと腰に差し直す。
そして最後の一撃を与える為に取り出した武器は
「さっきは無理だったが今度こそ飛ばしてやるよ!」
神器・金木犀の刀が再び銀時の手で抜かれた。相手のHPもほとんど見えないというこの状況であれば
先程出来なかった事が出来る筈だと踏んで銀時は正面か突っ込み、そして……
「あらよっとぉ!!」
振り抜いた金色の刃が光赤く染まったその瞬間、ナラカ・ザ・パニッシャーはガクンと遂に両膝から崩れ落ちる。
それと同時にポトリと銀時の足下に、彼の首が転がって来た。
「敵将、討ち取ったりってか」
目の前にラストアタックボーナスという画面が現れた
見事にフロアボスを打倒した銀時は、画面を確認する事無くため息をつく、なんだかひどく疲れた様子だ。
静かに右手に持つ金木犀の刀を腰に差す鞘にカチンと戻している彼を、しばし呆然と見つめていたユウキだったがすぐに我に返って彼の近くへとスタッと着地する。
「お疲れ様、さっきの動き凄かったよ銀時……まさかフロアボス相手にあそこまで圧倒して見せるなんて…」
「んだよ、妙に歯切れ悪い言い方だなオイ」
「い、いやぁなんというかその……本当に凄すぎて驚いちゃった、まさか銀時がここまで強くなるなんて……」
神器の力と新しい衣装を手に入れただけだからなのだろうか、いやそれだけでなくもっと鬼気迫る迫力が先程の銀時にはあった様な気がする
まるで昔、銀時と最初に出逢った時の様な、悪鬼の如く殺気を放ったあの血生臭い雰囲気……
「いや違う、銀時は強くなってるんじゃなくて……」
「おーい、よくやったな銀さん!」
彼の背中を眺めながらユウキが怪訝な様子で呟いていると、彼の下へ他のメンバーが集まって来た。
「お疲れさん! コレで俺達も晴れて上級者の仲間入りだぜ!」
「フン、調子乗るんやないで、お前等なんぞ所詮上級者の入り口に潜ったばかりのひよっ子や、むしろこっからが本番なんや」
「さっきまで壁にめり込んで動けなかった奴がよく言うぜ」
クライン、キバオウ、エギルに銀時は「濃い面子が三人揃って駆け寄って来るんじゃねぇよ」とウンザリした感じで悪態を突いていると、また別のメンバーが駆け寄って来る。
「いやーやりましたね銀さん! テツオ達にも見せてやりたかったですよ!」
「神器完成おめでとうございます、これで私達もランさんに少しは恩返し出来ましたかね?」
「二十一層でアンタを助けておいて正解でしたぜ、随分と斬り甲斐のある力を手に入れてくれたみたいで」
ケイタ、サチ、沖田と順に話しかけてくると、銀時は後頭部を掻きながらけだるそうに
「ったく揃いも揃ってギャーギャーとやかましいんだよ……とりあえずまた揃ったら今までのお礼にメシでも奢ってやるから、後で連絡しろよ」
ぶっきらぼうでありながらもケイタとサチには心の中で密かに感謝し、ドサクサに話しかけて来た沖田に対しては「いや別にお前に助けられてないよね? むしろ一緒に助けられた側だよね?」とツッコミも忘れない銀時。
するとそこへあまり接点の無かったユージオと、接点が多過ぎて最近恐怖も感じつつあるアリスがこちらへとやって来た。
「えーと、とりあえずおめでとうございます、銀さん……あんなに神器を上手く使いこなすなんて、正直僕も頑張らないといけないなと思いました、流石はキリトが一目置いてるだけありますね」
「ユージオ君、お前はもうちょっと肩の力抜け、堅っくるしい真面目な事言ってんじゃねぇよ、作文か」
「お前の成長性は凄まじく速いですが、それがまだ限界ではない筈。お前ならもっと上を狙えます、己の限界を決めずに更なる高みを目指しなさい」
「そしてお前に至っては一体誰目線なんだよ、師匠気取り?」
二人揃ってちょっと天然なのか不思議ちゃんなのか、とにかくまともそうに見えてちょっとおかしいユージオとアリスに銀時が仏頂面で返事していると
「アンタも遂に六十層突破か、まあ出会った時からいずれここに辿り着くのも時間の問題だと思ってたよ、アンタならそれぐらい出来るだろうって」
不意に背後から話しかけられたので銀時が振り返ると、そこには最も付き合いの長い一人のキリトがジト目を向けて立っていた。
「だからこそここまでアンタに付き合ってやったんだ、という事で今までの労いとして、俺にその金ぴかの刀くれ、お願いだから、土下座するから、妹献上するから」
「この野郎、ボスを倒した後に言う事がやっぱりそれかよ。お前はどんだけ株を下げればいいんだ、原作キリト君が泣くぞ、てかもう泣いてるよきっと」
「いいんだよ、代わりに向こうが株を上げてくれっから」
「いや向こうが頑張ってもお前が上がる事はないからね、とりあえず菓子折り持って謝りに行って来い」
年下のクセに先輩面したり、こっちがレア物手に入れれば下手に出たり
でも時にはキチンと助言したり、ぶっきらぼうでありながらも何かと世話を焼いてくれる不思議な少年
最初に出会ってから本当に変わらない奴だな思いつつ
素っ気ない事を言いながらキリトからプイッと顔を背ける銀時。
「……」
そんな彼をしばし無言で見守るように見ていたユウキだったが、すぐに首を横に振ってフッと笑った。
「まあ結果がどうであろうと銀時は銀時だもんね……昔じゃあるまいし、今更そんな事で心配する必要は無いか」
「おい、何してんだユウキ、先行くぞ」
フロアボスを倒した瞬間に垣間見せた銀時の圧倒的な戦闘力、その正体がどうであろうと気にする必要は無いだろう。
沢山の人達に囲まれながら、次々と話しかけられてウンザリしてる様子でこちらに助けを求めるかのように振り返って来た銀時の下へ、ユウキは吹っ切れた様子で駆けていくのであった。
「うん、今行くよ銀時」
アシュレイブランド特製の着物を着飾り、腰に脇差し、ビームサーベル、そして神器を差した
死んだ魚の様な目をした銀髪天然パーマの男性プレイヤー
短期間で六十層を突破し
敗北はしたものの最強の男・ヒースクリフの片腕を斬り落とし
二年間誰もが手に入れることが出来なかった素材から、神器を造り
いくつもの武器を操って戦うという決して真似の出来ないトリッキーな戦闘スタイル
そして坂田銀時は、この戦いを気にその名を様々なプレイヤーに知られ渡る事となった。
新たなる力を手に入れ、EDOでもそれなりに名の知れてきた彼は
更なる高みを目指し、今だ足を止めずにひたすら先へと進みだすのであった。
その先に、未だかつてない程の残酷で苦渋な選択があるのも知らずに
これにて波乱万丈編は終わりです、主に銀さんがパワーアップするキッカケを中心としたお話でしたね。
次回はちょっと銀さんサイドから視点を変えて”彼女”視点のお話。
真撰組、幕府などの連中と彼女が絡むお話です。新キャラも出ます
更には彼女の従兄妹であるあの男の謎の人間関係が徐々に明らかに……?
そして遂に、皆さんお待ちかねのCV子安のあの危険な男が参戦……!?
次章、鬼ノ閃光編、お楽しみに