「ここだよ」
撮影場所の公園から五分ほど歩いて案内されたのは、外壁にくっきりとした日焼けのある少し年季の入ったビルだった。
ビルに外付けされた看板には一階は飲食店、二階は本屋、三階はカラオケの文字。ビルは各階に窓があると考えると五階建てのようだが、それ以上視線を上にあげても、そこになにがあるか目印となるものがない。
おいおい、超不気味だぞここ。
四階と五階にはなにがあるんだよ。まさかここでなんかされるんじゃないだろうな。
―――prrrrr
言葉に言い表せない危機を感じていると、ポケットにしまっていた携帯電話が鳴った。
「ちょっとすいません」
俺は断りを入れてから後ろを向き携帯を確認する。
メールか。発信者は―――――桐乃。
『今、あんたの後ろにいるわ』
メリーさんかお前は。
そんなことを思いつつ、俺は丸山さんにばれないようにわずかに顔をあげ、桐乃とあやせの居場所を確認する。
ええっとあいつらは――――おお、あそこか
片側二車線の道路の反対側に桐乃とあやせの姿が見えた。どうやら帽子を深くかぶって変装をしているらしい。
帽子なんて持ってきてたっけな? ああ、そういや、紫外線予防のために車の中にあったっけ。
「じゃあ、付いてきてね」
「あ、はい」
例によって裏声全開の声で返事をすると、丸山さんは先ほどまでと全く同じ調子でビルへと入り込む。
俺は一瞬振り返り、桐乃たちが親指をたてているのを確認して、ビルの中に入った。
ゴゥン。油回りの悪い歯車が錆付いたエレベーターを上へと動かす。
ドアの上では四のランプが点灯している。
「ここに服が置いてあるんだ」
エレベーターを降りてすぐのドアを開けると、そこには服の森があった。
壁際にはダンボールが山積みになっており、部屋の中央にはハンガーラック。奥の方には平積みにされた服があって、直射日光で服が傷むためか、窓際には何も置かれておらず、遮光カーテンがかかっている。
そのためか、部屋の中は薄暗く、真夏だというのに少し寒く感じる。
「へぇ~、こんなに服があるんですね」
「東京は土地が高いからね。こういう所に着なくなった服を置いておくんだよ」
「え? 着なくなった服?」
――カチャリ
あれ? なんか嫌な音。
「丸山さん……なんで鍵をかけるんですか?」
一瞬で丸山から距離をとる俺。
「下の階はカラオケだからね。防音はしっかりされてるから騒いでも無駄だよ」
俺の質問を無視し、徐々に近づいてくる丸山。
おいおい、嘘だろ。鍵かけられたら、桐乃たちがはいってこれねぇじゃん!
俺が丸山を支点に時計回りに動くと、丸山は俺への距離を詰めるのを止め、ドアへの最短経路を途切れさすように動く。
どうする!? 桐乃たちが来るまで時間を稼ぐか?
今度は反時計回りに動くと、丸山も俺を出口へと逃がさない様に動く。
と、そこで丸山は壁側に綺麗に並べられたダンボールの山に手をかけた。
―――――まずい!
ガラガラと崩れ落ちるダンボールの山。中身の洋服が辺りに散乱し、壁側から出口へと通じるルートの大半を塞ぐ。
丸山はすかさず残った窓際側からのルートから一気に俺へと走りよる。
俺は洋服の山を超えてどうにかドアへと駆けだそうとしたが、山の中腹辺りで足を掴まれた。足をばたつかし抵抗する。が、強引に引きずり落とされ体を床に押しつけられた。
「ぐぁっ!?」
うつぶせ状態の俺に丸山は素早く馬乗りになり、体の自由を封じる。
ひざを脇の下にいれられ、両腕が満足に動かせない。
抵抗と言える抵抗は、丸山のふとももに爪を立てるぐらいだが、こいつの履いているジーパンが堅過ぎて、肉に食い込んでいる感じがしなかった。
「丸山さん、やめましょう! 犯罪ですよ!」
「大丈夫。優しくするから」
「何を!?」
丸山の手が俺をまさぐる。
顔、首、肩、胸。
俺の服のボタンの位置を手探りで探り、プチプチと一つずつ外していく。
ラスト二つ、俺の胴体に挟まっているボタンは服を左右に引っ張ることで強引に剥ぎ取られた。
「さぁ、僕に身を任せるんだ」
丸山は俺の服をめくり、素肌に手を沿わす。ぞわぞわと感じる嫌悪感。
途中からうすうす感じていたが――
こいつまさか…………俺が男だとわかってないのか!?
「丸山さん!」
「なんだい?」
「じ、実は俺は男なんです!」
くそっ。男の娘でもないのにこの台詞を言う時が来るとはなんたる屈辱……!!
だ、だがこれで最悪の状況から抜け出せ―――
「知ってるよ」
「……………………………へ?」
俺の頭上をいくつもの?マークがぐるぐると回る。
あれれ? 何かおかしな。
いま、俺の耳には「俺が男だと知っている上で俺を襲っている」と伝えられたような気がしたんだが。
……はは~ん。なるほどそういうことか
もしかしたら俺を男だとウソをついて逃げようとしている女の子だと誤解してるのかもしれん。
そうだ。きっとそうに違いない。
「いやいや、俺ウソとか付いてないですよ」
「うん分かってる」
「俺、正真正銘の男ですよ」
「……一応聞いておくけど、僕たち写真撮影のプロが君を本当に女の子って信じてると思うの?」
丸山の冷静な様子を見て、俺は事態を把握していく。
「俺は男」
「そうだね」
「いま現在、俺はあんたに襲われている」
「そうだね」
「あなたは男」
「そうだね」
これらの状況から推理できることは……
「あんた、こっちの人?」
俺は左手の指を右の頬に当て、甲の部分を顎に当てる。
「………(グッ)」
笑顔で親指を立てられました。
「いや~、本当は美少年の撮影をしたいんだが、嫌いな部門に回されてしまってね」
「愚痴を喋りながらそんな笑顔で俺の服を剥ぎ取らないでぇっ!!」
「このモデル雑誌をクビになれば、別の部署に移動させられて、美少年たちを撮影できるかもしれないんだよ」
「そんな事情はいいから早く俺を自由にしてぇっ!!」
「だから、体を触ったら文句を言ってきそうな子ばかり狙ってたんだけど、皆クレームをつける前に辞めてしまってね。困ったもんだよ」
「だから俺の話、ごめんなさい! 俺の話を聞かなくてもいいからズボンは! ズボンだけはああぁぁああっ!」
ひぃぃっ! あやせと桐乃にめったなピンチが起こらないことがわかったけどよ、俺がめったなピンチに陥りかけている!
「大変だったんだよ。他の読者モデル達に『性同一性障害だから一緒に撮影に参加させてあげてくれ』って頼みこむの。まぁ、その見返りにこんな美味しい思いができて満足だけど」
丸山は暴れる俺に少しも動じない様子でカチャカチャと俺のベルトを外し、ズボンをずりさげて俺のトランクスを露わにする。
そして再びカチャカチャとする音。
あれ? 俺のベルトは既に外されてるよな……と、いうことは……!?
サァァ。俺の頭の血が一瞬で消え失せる。
「痛くしないから大人しくしててね」
「いやぁいやぁあああっ!!」
体を大きく揺らしても全く動かない。足をばたつかせても全く動じない。
丸山は俺を焦らすかの様にゆっくりゆっくり、俺のトランクスを下げていく。
もう駄目かと思った。その時だった。
涙で歪む俺の視界に、起死回生の武器が入ってくる。
さっき組み敷かれた時に転げ落ちたのか!
「喰らえ!」
俺は左手で、運よく床に落ちていたボールペン型の録音機を丸山の顔面に向かって投げつける。
「うおっ!?」
丸山はそれを体を捻ってかわす。だが、捻りすぎたのだろう。丸山はそのまま俺の上から落ち、床へと尻もちをついた。
―――しめた!
俺はドルフィンキックの要領で丸山を蹴飛ばす。
「うぐっ」
威力は弱かったが体勢を崩していた丸山には充分だったようで、丸山は完全に俺から離れた。
俺はすかさずズボンを上げて、出口へとひた走る。
「待てっ!」
丸山は出口へ向かう俺を追おうとするが、ジーパンが足へとひっかかり、その場に倒れこむ。
その隙に、俺はドアを開け、共用通路へと逃げ出した。
「……はぁ、はぁ」
急いで階段を降りる。
破裂しそうになる心臓を押さえ、乱れた服を整える暇もなく、俺は三階へとたどり着いた。
ウィッグは既に外れ、化粧も既にボロボロ。
遠目から見ても俺が男だと誰から見ても明らかだ。
「なに、あの人……」
「ちょっと、関わらない方がいいって」
俺を見かけた人が、俺に関わらないように遠目で俺を確認してそのまま通り過ぎる。
そんな視線さえも今の俺には安堵にしか感じられず、
「よ、よかったぁぁ……」
男だと言うのに、女の子座りでその場にへたり込んだのだった。
☆
「あ、そうですか……はい……はい……では」
私は事務的に受け答えすると、能面の表情のまま電話を切った。
思考の中身は悲哀でもなく歓喜でもなく、ただの反復作業。当たり前だ、結果はもうあの子から聞いている。
今回のきっかけは、雑誌の創刊のために移籍したカメラマンさんと身内の事情で辞める事になった読者モデルさん。
それを、セクハラで辞めたとあの子に信じ込ませる事ができた。
そして作戦は成功。ターゲットに充分な恐怖を与えることに成功し、私の嘘はばれていない。
ターゲットを襲って充分な恐怖を味あわせてから、反撃の武器を
この方法を繰り返していけば、徐々に精神は疲弊して、他の人の事なんて構っていられないだろう。
むしろ、あいつに構うと危険に陥る、なんて思ってくれたら最高だ。
ただ、武器を見つけるのに時間がやけにかかったらしい。相当恐怖していたに違いない。
正直、今回の作戦でトラウマになるほどの精神的苦痛も与えられたんだろうけど、今回はこれでよしとすることにした。
私の大事な人を悪事に走らせたんだから、それなりの恐怖を味わってから罰を受けてもらわないと。
それに、これでトラウマを作っちゃったら、あの子が自分を責めてしまう。
そうなったら、あの人を引きはがす事は永遠に不可能だ。
徐々に離れさせてって、あの人の方からあの子を離れさせないと。
そんな事を思いながら、私は椅子へと腰を下ろす。
「次はどんな罠に嵌めてあげましょうか、お兄さん」
気がつくと、誰もいない部屋で私は一人笑みを浮かべていた。
┌(┌ ^o^)┐ホモォ