「でさ。自己紹介も終わったことだし、今日はちょっと決めたいことがあるんだよね」
決めたいこと? なんだろう?
「もしかして、最近流行っているMD〇Aのこと? るりはパスかな☆」
そんな訳なかろうに。だいたい、真面目な知佳が危険なクスリに手を出すはずがない。すぐに痩せられるなんて謳い文句がある場合は知らないけど、とにかく花城さんにはどうか、話の腰を折らないでほしい。
「そうじゃなくって。せっかく、同じ目的を持っているヒトが5人も集まったんだから、グループ名みたいなのが欲しいなって思ってさ」
「いやいや☆ るりたちはともかく、沙良ちゃんは同じ目的じゃないよ☆」
わたし、このヒトに何かしたかな。めちゃくちゃハブられるんだけど。貧乳差別だよ。確かにみんなの目的は胸を小さくすることで、わたしはその真反対だけど……そんな風に言わなくたっていいじゃん。
ひとり静かに項垂れた状態で唇を噛んでいると、気を遣ってくれたのか、グループ最強のおっぱいの持ち主である御園さんが話を良い方向へと引き継いでくれる。花城さんの言葉を受け流して。
「……ええと。部活動とか委員会の集まりみたいに、気軽に集まれる名前がいいですよね?」
「うん! みんなとアドレスも交換したいし、できればSNSのグループもそれで作りたいんだっ」
「名案じゃないか、知佳。ナイスだ!」
「えっへっへ~! この集まりができてからずっと考えていたんだよね! グループ名のこと!」
可愛い。抱きしめたい。ふたりきりのときにそっと。いまどき、『えっへっへ~!』って朗らかに笑う女の子なんて居るだろうか、いや居ない。むしろ特別な女の子にしか許されない笑い方だと思う。
たとえばわたしなんかがそんな風に笑ってしまうと、ブーイングの嵐に巻き込まれるだろう。でも知佳は違う。そういうことをしたとしても、可愛いから許されるのだ。
「だったらさ☆ みんなでグループ名、考えてみようよ☆」
「3人寄れば文殊の知恵って言いますもんね。5人ならその5/3倍だから、すごいことになりそうですっ」
「確かに。良いアイデアが出そうだな……よし、じゃあ、『巨乳ガールズ』ってのはどうだ?」
ねえ、わざと? そうじゃないにしても、ひどいよ。わたしじゃなかったら、TPOを弁えずに喚いているよ。おもちゃを買ってもらえない子どもみたいに、地団駄踏みまくっちゃうよ? しないけど。
「亜希ちゃん……それはちょっと安直すぎる気がするよ。もう少し凝った名前が良い、かも」
「っていうか、それ☆ 沙良ちゃんだけメンバーじゃなくなっていないかな☆ 差別は良くないよ☆」
「あっ……悪い。気付かなかった。ごめんな、沙良。配慮が足りなかった」
美乳ヤンキーさん、もとい天野さんの視線がわたしの胸に向けられる。育つかどうかは定かではないものの、可能性を秘めているだろう、希望の微乳。それに憐みをぶつけないで。せめて期待の眼差しで見てよ。
というか、金髪ギャル。あんたが差別しているんだろ。わたしに対する悪意がホントに凄まじい。もはや前世では親の仇だったまである。もちろん、そんなはずはないと思うんだけど、にしても扱いがひどい。
「じゃあ、逆に『貧乳ガールズ』……はダメか。変な意味じゃないけど、矛盾しちゃうもんね」
「単数形なら成り立つんだけどね☆ 沙良ちゃん弄りはこれくらいにしないと、そろそろガチギレされちゃうよ☆」
危ない危ない。『貧乳ガールズ』を提唱したのが知佳じゃなかったら、掴みかかりそうだった。いや、まあ金髪ギャルにはイメージトレーニングで何回も馬乗りになっているけど、いまはどうでもいいや。
「そもそも、ガールなのは確定しているんですから、わざわざ主張する必要ってありますかね?」
「分からないよ? もしかしたら、沙良ちゃんは本当は男の子かもしれないし☆」
「ああ、おっぱい的な意味でね……って、やかましいわ!」
あんた、さっきの発言を忘れたのか。わたしを弄るのをやめたんじゃなかったのか、おいこら。
「きゃっ☆ ガチギレされちゃった☆」
「もー! るりちゃんってば! 沙良いじめはやめてよ! 確かに沙良はおっぱいが小さいかもしれないけど、お尻はすごいんだから! ほら、見てよ。この肉厚なヒップ! 揉み心地はスクイーズを遥かに凌ぐよ!」
言いながら、知佳がわたしのお尻をいやらしい手つきで揉んでくる。もみもみ。そんな効果音が聞こえてきそうな、触り方。ただ手のひらで弄ぶんじゃなくて、わたしのくすぐったいところを的確に攻めてくる。
みんなが見ているのに、スカートのなかに手を突っ込まれるわたしの気持ちを30字以内で簡潔に述べるのだとしたら、『恥ずかしい』『ふたりきりのときにしてほしい』『わたしも知佳の巨乳で遊びたい』しか出てこない。
「ちょ、ちょっと知佳……っ」
「あ、ごめんごめん。つい、沙良のお尻への愛が」
「あはあは☆ 顔が赤くなっちゃっているけど、もしかして感じ――」
ぎゅ。うっかり、花城さんのお腹をつまんでしまう。ムカついたからだとか、沸点が最大値に達したとかでは決してない。もちろん、彼女のことがいちばん苦手だということでも、痛みで屈服させようと思った訳でもない。
「……やめてよぅ。ちょっと太ったの、気にしているんだから」
「え、ごめん。でもそこまで、ぷにってしていなかったけど」
やけにしおらしい反応が完全に予想外で、少し気持ち悪い。なんとなくそのひと言だけに、いつものきらっとした調子がないように思える。なんだこれ。なんでわたしが罪悪感を植え付けられているんだ。
「ぷにぷにしたお腹の時点でデブ確定だよ……うう」
そんなことないと思うけど。むしろ、女の子はちょっとぷにぷにできるほうが健康的だって保健の教科書に書いてあった気がする。口には出さない。さんざん貧乳を弄られた罰ということにしたい。花城さんには反省が必要だ。
「デ、デブ……それなら私はぶよぶよの実の能力者ってことに……」
「確かに最近ちょっと、授業の復習を家でやっているときに間食しがちだよな」
「わ、私も昨日よりおっぱいが大きくなった気がします……それにお腹も」
最後のひとりはさりげなくバストの大きさを自慢してきたが、ウエストの値は細いという意味では全員からマウントを取れるので、流しておこう。
「じゃあ、『ぽっちゃり同盟』とかにする?」
「それだとダイエットが目的になってないかな……? っていうか、急に勝ち誇ったかのような、したり顔やめてよ、沙良!」
「いや、そんなつもりは……ちょっとあったかも」
さんざん言われた仕返しに、って。わたし、性格悪いかも。これなら、金髪ギャルと同じじゃないか。
「で、でも『同盟』っていうのは良いと思います! なんだか高貴な集まりって感じで、素敵です!」
「じゃあ、『○○同盟』って感じにするか。『巨乳同盟』は……同じ轍を踏んでいるな」
「もちろん、『貧乳同盟』もね☆ 5人全員が納得するようなやつってやっぱりないのかな?」
御園さんのフォローで、わたしの『同盟』が採用された。それから同じような流れになって、わたしをディスる展開にはさすがにならなかったーー芸人のノリみたいに何回も擦ることを期待していたーーけど、話が進まないことのほうが良くないこととして認識されたらしい。
「あ。いいこと思い付いた☆ ねえ、亜希ちゃん。るりにペン貸して☆」
「どうせくだらないアイデアだろ。時間の無駄だし、自粛してくれ」
「ちょっとだけだから☆ 先っちょだけだから……ね?」
「あ、こら! お前が主導権を握るとロクなことないんだからやめろ!」
書記を務めていた天野さんにペンをねだる花城さん。だるがらみしているさまを見せつけられて、天野さんには同情の念すら覚える。もはや可哀想まである。
花城さんが『貧乳同盟』の文字の並びにギャル特有の奇妙に丸みを帯びた字を入れていく。いちおう、わたしも丸文字推進委員会に加入しているので、辛うじて読み解くことができた。
「ええと……『貧乳(になりたい)同盟』?」
「いえす☆ こうすれば、るりたち全員に当てはまるでしょ? 『巨乳(になりたい)同盟」にしてもいいけど、この集まりの目的じゃないから却下かな☆」
「おお……花城の分際で、理に適ったアイデアじゃねーか。あたしらの場合はそのまま読んで、沙良のときだけはカッコのなかを飛ばせばいいもんな」
腑に落ちないけど、実際にフラットな体型だから仕方ない。キュッキュッボンで悪かったな。わたしだって、好きでこんな体型じゃないんだから!
って、誰に言ってんだか。
「ナイス、るりちゃん! これなら名乗ってもあんまり恥ずかしくないね!」
「私はこれで良いと思います! スマートでかっこいいですし!」
御園さんの感性を疑う。やはりセレブだから、一般人のわたしとは反りが合わないのか……と思ったけど、現在に至っては知佳とも感情の齟齬があるみたい。
そうか、気付いた。わたしだけがカッコを読み飛ばしているせいだ。『貧乳同盟』なんて名前のグループ、ただの自虐ネタじゃないか。うわ、生類憐みの令。
「よし。満場一致みたいだな。あたしらは今日から『貧乳(になりたい)同盟』だ!」
「あ、待って。せっかくなら、最後にこれ付けようよ!」
天野さんのペンを横から受け取り、今度は知佳が確定したはずのグループ名に何かを付け足す。わたしのところからではよく見えないけど。
「えっと……それに、どんな意味が?」
「意味とかは求めなくてもいいんじゃないかな☆ みんなで考えたグループ名って感じがして、るりはこれでいいと思う☆」
金髪ギャルにしては、珍しく良いことを言ってくれた。やるじゃん。
遅れて、最終確定したグループ名を覗いてみる。さすがは知佳。センスがある。『貧乳(になりたい)同盟。』最後の句読点が、昆布出汁みたいに良い味を出していた。
「よし。もう異論はないな? 奈美はこれで良いか?」
「私はこれで大丈夫です! 『貧乳(になりたい)同盟。』……素敵な響きです!」
「じゃあ、るりたちは今日から『貧乳(になりたい)同盟。』ってことで、よろぴく☆」
花城さん……いや、金髪ギャルがウインクをして、舌先だけをぺろっと出した謎のフェイスを繰り出してきた。知佳ほどではないが、可愛い。認めたくないけど、可愛かった。