海の上の高校教師と女子高生   作:あーふぁ

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10.準備室でバレンタインデーチョコをもらった日

 12月の冬休みのはじめ頃、僕はまほにキスをされた。それから僕たちの関係は急激に変わっていくと思っていた。

 でも変わらなかった。

 冬休み明けにまほと会っても何かを言うでもなく僕自身もキスの時の話をせず、今までと同じ関係が続いている。

 そのことがいいか悪いかはわからない。

 けれど僕の心は以前と違っていた。女性として見ないようにしていたのに、今でははっきりと意識してしまうようになっている。

 授業でまほの勉強する姿をじっと見つめることを時々してしまい、、校内で偶然遭遇した時には緊張するようになった。

 これはきっと恋心。僕はまほのことを異性として認識していた。

 つまりは好きだということだ。

 今までまともに恋愛をしてこなかったから、自分の感情にどう向き合えばいいか困り果てていた。

 そんな時にちょうど良く仕事が忙しくなり、仕事に集中するようになって僕の精神は余裕ができるようになった。

 新しい仕事は黒森峰の中等部で緊急の病気で入院した教師の代わりとして、自習の時間を監督するようになったからだ。

 そのおかげで中等部のみほと再会し、仲がいい様子を見てか他の生徒たちもふれあう時間が増えるようになった。

 教師として、中等部の職員室では一時的に席を与えられて準備室に戻る時間も減っていく。

 まほに会えない時間が多くなったのが寂しくなったと同時に、少し距離を置くことができて安心する。

 そうして時間は過ぎていき、2月14日となった。

 この日はバレンタインデーで、数少ない若い男性教師である僕は去年の3個という数よりも多くのチョコをもらった。

 それは僕がみほから義理チョコを受け取ったのから始まり、授業が終わったあとや昼休み、久々に戻った準備室へと女子生徒が来てはくれるほどに。

 別に女子生徒に人気が高いというわけではなく、ほとんどが物珍しさと遊びの感覚でやっているのだと思う。

 例外として1人だけ僕に熱心な、銀髪でツリ目な中等部の子がいただけだ。その子とは少しの時間、仲良く話をして1番大きなチョコを渡された。

 それを最後に忙しい時間が終わり、準備室に平穏がやってくる。

 腕時計を見ると午後4時過ぎ。

 この時間になると校舎の中から聞こえてくる音は少なくなる。逆に大きく聞こえるのは、窓の外から聞こえる戦車道の訓練している音だけだ。

 その音を聞きながら、僕はいつものドリップのコーヒーをマグカップへと苦く淹れると、自分の机に積まれた多くのチョコを数え始める。大小含めてチョコの数は57個もあった。

 1人1個だから、そんなにも多くの女生徒からもらえた計算になる。

 このチョコの数でわかるのは、僕が黒森峰女学園で教師として認められている証拠だ。

 あと2か月もすれば、教師生活3年目になる。

 時間はあっという間に過ぎていく。悩むことがいくつかあってもすべての人に対して平等な時間は僕を待ってくれず、素早く過ぎていってしまう。

 僕は準備室でもらったチョコの包装を開けては1個ずつ大事に食べていく。

 チョコをもらうのは嬉しいけれど、このチョコの中にはまほからのものはない。

 今日はまほの姿を時々見ることはあったけれど、僕が女子生徒と一緒にいて話をする余裕はなかった。

 そのぶん女子生徒たちからまほの話を聞き、同性の年下や年上から人気があってチョコをたくさんもらった話を聞いた。

 さすがまほだ、とクールでかっこよくミステリアスな印象があるまほに僕は深く感心したものだった。

 チョコをもらうたびにある程度話もするから、昼休みも放課後の準備室もやってくる人の対応で忙しかった。

 こんなにもチョコを渡してくれる人がなんでだろうなとチョコをかじりながら疲れた頭で理由を考えると、今回はまほと接しているうちに生徒に対する僕の態度がやわらかくなったかもしれない。まほを通じて戦車道をやっている生徒たちとも会話する機会が増えたこともある。

 あとは中等部にも顔を出したことだろうか。こっちはみほと親しい雰囲気のおかげで他の子たちと仲良くなりやすかった。

 つまりは西住姉妹のおかげということ。ふたりがいてくれたからこそ僕は生徒に人気が出て、雰囲気が親しみやすい教師として1歩成長したかもしれない。

 甘いチョコを食べなら苦いコーヒーを飲み、僕は静かな時間を過ごしていく。

 そうして食べ進めていると、やっぱりまほにチョコをもらえなかったことに落ち込んでしまう。

 もらえると思っていたから、その衝撃は大きい。

 まほも何か用事があったのかもしれないし、そもそも僕にあげる義務があるわけでもない。

 そう強がって、落ち込まないようにしていると準備室の扉にノックの音が聞こえてくる。

 まほのノック音を聞いて喜んだ僕は素早く扉へと振り向く。

 

「入っていいよ」

「邪魔するぞ」

 

 準備室に入ってきたまほは、戦車道で使うジャケットを着ていた。少し疲れたような顔で、手にピンク色の包装でラッピングされた四角い箱を持っている。

 まほはいつもの席に座らず、まっすぐと僕の前へとやってくると僕の机の上へと目を向けた。

 

「……先生は人気があるんだな」

 

 低い声で言うまほに怯えながら、僕も一緒に机を見る。

 チョコがたくさんある光景を見れば、渡すほうとしては嫌かもしれないということに気づく。

 今日渡されたチョコ。そのうち4つはすでに食べ終わっている。まほから見れば、今日の僕は女子生徒に好かれて喜んでいるようにしか見えないのだろう。

 もしかしたら年下好きと思われて、若い子なら誰でも好意的になる男と思われている気がする。

 そう思った瞬間には僕の背筋が冷たくなり、一気に緊張がやってくる。

 ゆっくり振り向くと、まほは強い不満の表情をしていた。

 

「チョコをもらえて嬉しいか?」

「大事な生徒からのもらいものだからね」

「それはよかったな。本命に思える大きなものもあるほど愛されているんだな。実にいいことだ」

 

 冷たい目で見つめてきて、僕はどう返事をすればいいかわからず黙っていることしかできない。

 僕が何も言わないからか、まほは僕に背を向けて帰ろうとする。

 

「帰る」

「待って! お願いだから待ってくれ!」

 

 椅子から立ち上がり、心からの叫びをまほにぶつける。

 僕はまほを今日1日ずっと待っていたんだ。なのに誤解されたまま帰ってしまうのは嫌だ!

 その声が届いたのか、まほは焦った様子で僕の元へとすぐ戻ってくる。

 

「冗談だ、先生。まさかそんなに焦るとは思わなかったんだ。すまない」

「嫌われたかと思ったよ」

「まさか。少し不快になっただけだ。先生がそんなにもチョコをもらったのを見て……その、嫉妬したんだ」

 

 僕から顔をそむけて言う姿がかわいく、嫌われたわけじゃないことに安心して椅子へと座りなおしては大きなため息をつく。

 

「恋人でもない私がこんな姿を見せるのは嫌いか……?」

「嫌いじゃないよ。まほのことならなんでも好きだよ」

 

 と、そう言ってから告白じみた言葉になってしまったことに後悔する。

 まほも驚いたらしく、部屋を見回したかと思えば、ぐるぐると歩き始めるという挙動不審になっている。

 落ち着くまで待ち、少しして僕の前へとまたやってきたまほは手に持っていた物を僕へと突きつけてきた。

 

「私が作ったチョコだ。どうか受け取って欲しい。大きさでは先生がもらったものに負けてしまうが」

 

 ちょっと悔しそうな表情のまほを見て、机の上にあった大きなチョコを他のチョコで埋めて隠す。

 そうしてから、僕は心からの笑みを浮かべてチョコを受け取った。

 

「ありがとう。まほからもらえるのが1番嬉しいよ」

「そうか。そう言ってもらえると作った甲斐があるというものだ」

 

 まほは早口で恥ずかしそうに言い、いつもの椅子へと座って僕へと近づいてくる。

 僕はマグカップに少しだけ残ったコーヒーを一気に飲み干すと、コーヒーをもう1杯入れる。

 そうして次に食べ終わったチョコの包装紙を片付けると、まほがくれたチョコを手に持つ。

 

「別に無理して食べなくてもいいんだ。先生の気持ちはもうわかってるから」

「無理じゃないよ。僕は今、まほのを食べたいんだ」

「嬉しすぎて恥ずかしいのだが」

 

 恥ずかしがるまほもかわいいなぁと眺めながら、包装紙を開けるとそこには手のひらサイズのハート型チョコが入っていた。

 形はあまりきれいではないものの、それでも手作りというものは嬉しい。さっそく一口かじると、甘さが少なく苦めなチョコだった。

 今までが甘いばかりのチョコだったぶん、食べやすくていい。

 

「本当はもっと早く渡したかったんだが、渡そうと思って会いに行くと先生は誰かと一緒にいるから邪魔するのはよくないと思ってやめたんだ」

「それはごめん。せっかくチョコをもらったらから、受け取るだけ受け取っていなくなるわけにもいかなかったからね」

「別に責めているわけじゃない。私も忙しかったし、同じようなものだ」

「あぁ、そっか。まほもチョコをもらったって聞いたよ」

「毎年ありがたいものだ。彼女たちの感謝はきちんと受け取っている」

 

 お互いの今日に関する話を一通り終えると、僕たちの間には居心地がいい静かな時間ができていく。

 僕は味わうようにゆっくりとチョコを食べ、まほはその食べる姿を優しい目で見てくれている。

 全部を食べ終え、コーヒーを飲んで心を落ち着かせる。

 まほがくれたことに嬉しくなり、さらに味もいいから今の気分はとてもいい。

 その気分がまほにも伝わったのか、安心した様子で小さく息をついた。

 

「先生」

「なんだい?」

「好きだ。恋人として付き合って欲しい」

 

 突然過ぎる言葉に僕は何を言えばいいかわからない。

 頭の中でまほが言ったことを理解していると、そわそわと落ち着かない様子で僕の返事を待っている。

 僕もまほのことが好きで、すぐに僕も好きだと言いたい。

 でも頭をよぎるのは教師という僕の職業。

 まだ高校生であるまほと付き合うのは大きな問題になるかもしれない。

 まほは西住流の跡継ぎで、戦車道のことでたびたびテレビや新聞に取り上げられて有名になっている。だから、僕と付き合うことによって困ることが起きてしまうのは嫌だ。

 かといって、好きなのに断るという自分の心に嘘をつきたくもない。

 好きと言ってくれるほど、僕への愛があることに対しても怖くはある。

 僕が幼い頃のように捨てられたら、と想像してしまうと何も言えなくなってしまう。

 時間が段々と過ぎていき、まほは涙目になってきている。

 

「……嫌なら嫌と正直に言って欲しい。私に気を使わなくていいんだ。何日か経てば、今までと同じ私に戻るから」

「違う。違うんだ。嫌じゃない。とても嬉しいんだ。僕もまほのことが好きだし」

「では何が問題なんだ。教師という立場のせいか?」

「それもあるけど、僕は怖いんだ。いつかまほが離れていくんじゃないかって。高校を卒業して広い世界を見たら、僕より素敵な人のそばにいるかもしれないという想像をしてしまうんだ」

 

 まほは僕の問題の理由を聞くと、口元に手をあてて何かを考える。そしてすぐに僕の頭を軽く叩いてきた。

 

「先生は今までどおりいればいい。私は先生が好きなんだ。私と対等に向き合い、誠実に話をしてくれた時はどんなに嬉しかったか。私は一緒に同じ時間を過ごしていきたい。落ち込んだときは私が励まそう。私が落ち込んだら、その逆だ。恋人とはそういうものなのではないか? 最も私は今まで誰とも付き合ったことがないが」

「本当に僕でいいのかい?」

「ああ」

「恋人関係となってもデートはできない。準備室から出たら、いつもと同じ関係だよ」

 

 まほは、柔らかな笑みを浮かべると僕の手を優しく握ってくる。

 その手の感触に僕はどきどきと心臓が激しく動き、椅子から身を乗り出して僕へとゆっくりと近づいてくる。

 

「それは卒業まで我慢する」

 

 まほの目が閉じられ、キスを待つ姿になる。

 唇から目が離せず、このまま雰囲気にしたがってキスしてもいいかと考えてしまう、

 だけど教師として、高校生であるまほとキスというのはよくない気がする。そもそも恋人になるだけでも問題だけれど。

 それでも僕は気持ちを抑えられない。

 僕はまほに握られた手を1度離し、手首を握って手のひらを出させる。

 そして、そこへと軽いキスをした。その瞬間に幸せという気持ちでいっぱいになる。

 手のひらへのキスは自分だけの女性になって欲しいという意味がある。

 このことをまほが知っているかはわからないけれど、僕自身は強いメッセージを伝えたつもりだ。

 キスをしたあと、そっとまほを見る。

 まほは目を見開いていて、何かを喋ろうとするけれど驚きでいっぱいらしく言葉が出てこない。

 動きがちょっとのあいだ硬直したあと、まほは自分の手のひらを見ながら、嬉しそうに手のひらを自分の口元へとあてた。

 

「……唇じゃないのか」

「そこは卒業してから」

 

 不満と嬉しさが入り混じった表情を浮かべると、椅子から立ち上がり自分の体を力いっぱい抱きしめ始めた。

 いったい何をしているのかがわからず、僕はただ見ていることしかできない。

 

「先生が私を大好きなのはわかったが……ダメだ、抑えきれそうにない。このままだと先生を襲ってしまいそうだ」

「襲うって僕を?」

「ああ。こう見えて私は鍛えているからな。先生ぐらいなら抑え込めるかもしれない」

 

 にやりと笑みを浮かべるまほを見て、このままだと本当に襲われてしまいそうだと思う。

 取り返しがつかなくなる前にまほの手を掴んで、急いで一緒に部屋を出る。

 

「どうした、突然。校内デートでもするのか?」

「しない。今日はもう戻ったほうがいいよ。まだ練習中だよね?」

 

 まほは不満な表情を全力で浮かべ、僕のスーツのそでを握ってくる。

 上目遣いでじっと見つめてくるが、もうたまらなくてかわいいので僕は目をそらす。そうしないと愛の言葉をささやき、抱きしめてしまいそうだ。準備室の外だというのに抑えが効かない。

 

「……わかった。ではまた明日」

 

 僕のそでから手を離し、名残惜しそうに何度も振り返りながら歩いていくまほ。

 まほがいなくなったのを見届けたあと、準備室に戻った僕は机へと思い切り突っ伏した。

 やってしまった。

 ついに教え子であるまほと恋人になってしまった。

 8歳も年齢差があるのは犯罪的とでも言われそうだ。

 でも以前みほが言っていた。愛に年齢差なんて関係ないって。それは好きになってしまったら、ささいなことなのだろうと思う。

 けれど、僕たちは気をつけないといけない。これは普通の恋人同士ではなく、教師と教え子の関係でもあるということを。

 世間一般で当たり前のことを僕たちはできず、健全で清いお付き合いをする必要がある。そして人に知られないように。

 もし学校にばれたら、僕とまほの関係は問題になるかもしれない。

 明日になれば精神も落ち着くだろうから、問題が起きないように計画を考える必要がある。最初はまほの両親に伝えることだろうか。

 それを考えるとちょっとだけ気が重くなるが、付き合うということは良いことも悪いことも受け入れてこその恋人関係だ。

 一方的なものは恋人と呼べないと僕は思っている。

 難しいことはここまでにして、今はまほと付き合えることになった喜びを味わおう。

 それは今、この瞬間しかできないのだから。 




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