海の上の高校教師と女子高生   作:あーふぁ

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11.これからもずっと続いていく僕たちの関係

 2月のバレンタインデーの日から、僕はまほと恋人になった。

 あの日から僕とまほの日常はちょっとだけ変わった。

 人目がある学校の中や街では普段通りだけど、準備室にいる時や夜の電話では親密になった。

 普段はクールでかっこいいまほだけど、僕の前では甘えたがりのかわいい女の子。

 お互いに相手を求め、癒される日々。

 学校の卒業式の時だって僕は癒された。3年生たちがいなくなって泣く僕に対して、まほは優しく慰めてくれる。

 そういう寂しくもあり、幸せでもある時間を過ごしていき、学園艦が熊本に寄港して終業式を迎えた。

 明日からは春休みで、2日後にノンナが冬休みの時と同じようにここへと遊びに来る予定だ。

 それを聞いたまほは秘密の関係をみほだけに教えたいと言う。先生も妹のようなノンナに隠し事はあまりしたくないから、お互いに言うことでそれに同意した。

 そして今。

 春休み2日目のお昼前を迎え、暖房をつけた暖かい準備室には制服を着たまほ、みほ、ノンナの3人と僕がいる。

 ちょうどいい感じに皆の日程が合っていた。

 まほとみほは、みほの高校入学準備のためにまだ実家には帰っていなかった。

 ノンナは僕のところへ遊びに来たついでにアパートで掃除や料理などの世話をしてくれている。

 僕とまほは4人で会うために連絡を取り合い、今こうして狭い準備室で初めて4人がそろった。

 僕はいつもの椅子へと座り、膝の上にはノンナ。その隣にはまほがいる。みほはいつもまほが座っている椅子だ。

 すぐには僕たちが付き合っていることを言わず、黒森峰とプラウダでの授業の違いや戦車道の不満を言い合っている。

 そんなときにふと、まほが話を止めた。

 

「みほとノンナに言っておきたいことがあるんだ」

 

 まほが一言そう言うと、賑やかだった雰囲気がすぐに静かになり、みほとノンナは不思議そうにまほを見た。

 ふたりと違って僕は緊張している。それと怖がってもいる。

 ノンナから『教師なのに教え子に手を出して』と言われるかもしれない。

 みほからは『卒業してからのほうがいいんじゃないかな』というやんわりとした言葉を投げかけられると思ってしまう。

 僕は深呼吸して心を落ち着け、まほへと目で合図をする。

 僕に向かって頷いたまほはふたりへと喋り始める。

 

「先生と私は恋人として付き合っているんだ」

 

 静かに僕とまほだけだった秘密を言うと、少しだけ驚いたようなノンナとみほは顔を1度合わせたあとに、どこか安心した様子でまほと僕の顔を見てくる。

 

「ああ、やっぱりですか。先月のバレンタインデーの時に、夜になって電話をしましたら、まほさんの話を嬉しそうにしていたので気づけました」

「私もそうかなって思っていたよ? お姉ちゃん、私と電話をした時も直接会った時も幸せな様子だったもん」

 

 ふたりとはお互いの顔を見ては、これからもよろしくお願いしますと挨拶をしていた。戦車道を除くと、今日が初対面なのにとても仲良しに見えてしまう。

 僕とまほは、それぞれの妹が何の衝撃も受けずに当然のように知っていたのは驚きだった。そして妹同士の交流を始めるだなんて。

 

「僕たちはバレンタインデーの日から付き合い始めたけど……そんなに分かりやすかったのか」

 

 これからどうしようかと考えていると、まほから視線を感じて振り向く。

 まほは困った様子だったが何かを思いついたのか、すぐに僕の膝の上にいるノンナを押し出そうと体を押す。

 ノンナはまるで妹のわがままを許すような笑みを浮かべてみほの横へ移動する。

 譲られる形で膝の上へと来たまほはさっきまで隣にいた時と違って、満足した様子がかわいい。

 僕は左手でまほが膝から落ちてしまわないように、お腹へと手をまわして右手では自然と頭を撫でる。

 さっきまでと違って甘えてくるのは、もう恋人だと知られているからなんだろう。

 だから遠慮せずにいつものように甘えている姿がたまらない。

 そう思いながら頭を撫でていると、僕の背中へと体重を預けてきたときなんて、嬉しさでいっぱいになる。

 ノンナと同じことをしていても、やっぱり妹と恋人では喜びが違うんだなと強く実感する。

 

「あんなふうに甘えているお姉ちゃん、初めて見たかも……」

「私の兄さまですから、ああなってしまうのは当然のことです」

 

 みほは姉であるまほの姿に呆然としながらも驚き、ノンナはもう僕のことを自慢げに話している。

 ふたりの目をちょっとだけ気にしながらも、僕はまほの髪の匂いを嗅ぎ、やわらかですべすべとした髪の感触を手でさわって楽しんでいる。

 そうやってふたりだけの空間を作っていると、視界の端っこでノンナとみほが互いの電話番号を教えあっているのが見えた。それと僕やまほについて何か雑談をしていて、その内容が気になる。

 

「……手が止まったぞ」

 

 ふたりが気になったあまりにまほの頭を撫でる手は止まっていた。

 不満そうに言ったまほは、僕の膝の上に乗ったまま体を動かして横向きに座りなおした。

 

「ノンナとみほが気になってね」

「浮気か?」

「違う、違うって。妹のことなら、まほだって気になるだろう?」

 

 ジト目で僕を見てくるまほは軽く僕の足を何度か叩いてくる。

 すねたまほもかわいいなぁと感じながら、これ以上不機嫌にならないように頭を撫でるのを再開する。

 そうすると、まほはすぐに目を閉じては気持ちよさそうにしてくれる。このふれあう時間がとてつもなく幸せだ。

 そんな時に強い視線を感じて、そっちを向くとみほが近くに来ていて落ち着かない様子で僕を見つめていた。

 

「あの、お兄ちゃんって呼んでいいですか?」

 

 その言葉を聞いたときに、僕の撫でる手はすぐに止まった。

 今はみほしか見えず、みほの声しか聞こえない。

 あまりの衝撃だった。そう、この瞬間だけはときめいていた。お兄ちゃんだなんて言葉は心に響く。

 ノンナとは違い、本当の妹キャラであるみほが僕のことをそう呼んでくれるのは破壊力が強い。

 

「妹なら敬語はなくてもいいよ」

「わかりました。あ、えっと、わかったよ。お兄ちゃんがそう言うなら」

 

 お兄ちゃん。

 そう恥ずかし気に呼ぶ姿は素敵だ。

 今ならどんなお願いごとでも聞いてしまいそうになる。

 みほはお兄ちゃんと呼んでから言葉が続かず、僕とみほはお互いにじっと見つめることしかできない。

 僕とみほの間には言葉がなくても、不思議と通じ合っている気がする。

 みほの頭を撫でたい衝動が来て、それに逆らえずに立ち上がろうとしたが、膝の上にいるまほが僕の腹へとちょっと強めに肘を入れてくる。

 その痛みで我に返ったがもう遅く、まほが今まで見たことのないぐらい怒りの表情でにらんできている。

 今のは僕が悪い。だから全部僕だけが悪いことにしてみほが無事ならいいかな、と思っていると視界の端でノンナがみほの肩を力強く掴んでいて、部屋の外へ連れていく光景が見えた。

 そこからしばらくの間、準備室の内と外で説教が始まった。

 20分もするとまほは落ち着いて膝の上に乗ったまま僕の胸に顔をうずめて、ぎゅぅっと抱きしめてくる。

 僕にまほが抱き着いてきた時にはノンナとまほも準備室に戻っていて、お互い何かに納得したように見えた。

 

「なんだか不思議ですね」

「なにがだい?」

 

 ふとノンナが言い出した言葉に僕は疑問を浮かべる。

 不思議に思えるようなことなんて何もない。準備室に僕とまほ、ノンナにみほがいるだけだ。変わったものを持ち込んでもいないし、変な話もしていない。

 

「いえ、こうして私たち4人がいることです。プラウダにいる私が、戦車道以外の場所で西住姉妹と出会い、仲良く会話するなんて想像さえもしませんでした」

「それはノンナのおかげだよ。ノンナのおかげで僕は教師になり、まほと出会った。そしてみほとも出会い、『愛に年齢差なんてない』ってことを言ってくれたから、今こうしていれるんだ」

 

 僕の胸の中にいるまほは僕を見上げていて、ノンナとまほも静かに僕の言葉を聞いていた。

 それからまほ、ノンナ、みほの順に顔を見ていく。そうして思うことは3人のおかげで素敵なめぐり逢いができたということだ。

 

「僕にとって3人がいたから今の自分があるんだ。

 冬のような冷たさと静けさで、広大で美しい雪山みたいに僕の心を研ぎ澄ましてくれるノンナ。

 春の光みたく暖かな柔らかさがあって落ち着くみほの存在。

 夏を連想するかのような情熱があって僕自身、教師をやっていくうえで元気をくれたまほ。

 僕はこれからも頑張ってやっていけそうだよ」

 

 素直に心からの気持ちを伝える。今日感じたことはこういうことだと思っている。

 多くの素敵な出会いがあり、こうして今の僕たちがいる。それはとっても素晴らしいことだ。

 

「兄さま、恥ずかしいセリフはダメです。私まで恥ずかしく……いえ、そういうのは北海道に帰って私とふたりきりの時に耳元で優しくささやいてください」

「ノンナ、先生は私の恋人だからな?」

「まほさん、妹だからこその特権というものが世の中には存在するのですよ?」

 

 ふたりの間に静かににらみ合いが始まると、みほは慌ててながら手を合わせて音を打ち鳴らす。

 

「そうだ、お母さんが先生に会いたいって言ってたよ! 春休みの間なら時間が取れるから来て欲しいんだって。それとお母さんはお姉ちゃんと先生が恋人関係だって知ってるよ? お姉ちゃんや私との会話から察したみたい!」

 

 みほにそう言われ、緊張がやってくる。隠していたのに恋人というのがばれたことが。

 ノンナとみほにならまだいいけれど、まほの母親はまずい。

 教師をやめろとか、まほにふさわしくないとかそういうことを言われるかもしれない。

 

「大丈夫だ。先生が思っているようなことはない。以前、お母さまから好きな人ができたら後悔しないようにしていけと言われた。だからきっと大丈夫だろう。だから、どうか私をを信じて安心して欲しい」

 

 僕は撫でるのをやめ、まほの背中に手を回して抱きしめる。

 まほがそういうのなら、そうなのだろう。もし違っていたとしても、それは教師である僕が悪いだけだから。

 

「これで兄さまが西住の家元に認められたら、苗字が変わってしまうのは少し寂しい気もします」

 

 ノンナがちょっと寂しげに微笑むのを見て僕は不思議に思う。

 

「なんでそうなるの?」

「伝統ある西住家の恋人だと認められたら結婚も同じだと思います。兄さまだっていつかは結婚という気持ちがあるのでしょう?」

「それはあるけれど」

 

 あぁ、そうか。結婚するなら、僕が西住家の婿となるのか。

 戦車道で有名な西住流の、西住だというのを忘れていた。

 後継ぎであるまほを嫁として、外へ出すことはしないということを忘れていた。

 まほではなく、みほに後継ぎになってもらうこともできるけど、きっとまほはそんなことはしないだろう。

 

「そうだな。先生は私の婿になり、お父様みたいに西住流のために働くことになるだろうな」

 

 西住流のため。

 それを聞いて、嫌な予感がする。

 僕がまほと結婚して婿に言ったら、西住の家で暮らすのはわかる。でもそうしたら仕事はどうなるのだろう。

 

「……ねぇ、まほ。聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ。先生が聞きたいことはなんでも答えてやるぞ」

「僕は教師を続けられるのかな」

 

 そう言った途端、まほは素早く目をそらす。次にみほへ顔を向けると同じようにそらされた。

 その行動が意味するところは、僕は教師をやめる必要があるらしい。

 近頃は教師として自信を持ち、成長も実感してきたというのに。

 だったら結婚を遅らせればいいと考えがひらめいたものの、恋人がいるのに結婚しないなんてのは西住流として家の恥になってしまうかもしれない。 

 結婚自体は嫌じゃないけど、仕事ができないのは嫌だ。

 

「言いづらいのだが、お母さまは中途半端なのが嫌いでな。西住の家の者として働いてもらうために教師は……」

 

 まほの言葉が決定的になり、僕は頭の中が真っ白になる。

 そんな僕が心配なのか、まほは僕から降りると距離を取って静かに考える時間をくれた。

 僕は脳を思い切り動かして、いかに教師をしていられるかを考える。

 そうしてひとつの答えが出た。

 僕はまほを降ろして立ち上がるとまほの前へと行き、両肩をしっかりと掴んで力強く目を見つめる。

 

「駆け落ちしよう、まほ」

「断る」

 

 僕の出した答えが即答されたことに落ち込むけど、まほは困りながら僕に掴まれた手を肩から降ろす。

 

「私にはそうする理由がない。それに私はみんなに祝福される生活を送りたいんだ」

 

 わがままを聞いてくれたまほは困っていたけど、僕の手を優しく包む混んでくれた。

 でも僕は力なく崩れ落ち、床に膝と手をついて落ち込む。

 今の教師生活がなくなるだなんて。

 まほと結婚したら、熊本にある西住の家で戦車道に関する仕事をしなきゃいけない。

 そうなったら……このまま黒森峰で教師を続けるよりも、ずっとまほのそばに入れる?

 途中まで絶望していたけど、考えてみれば離れ離れな生活ではなくなるかもしれない。

 高校卒業後にまほは大学に行くだろうけれど、西住家にいれば会う都合が教師よりも合わせやすいと思う。

 でも教師は僕のため、いや両親を心配させないために始めた仕事だ。

 それが教師をやめたとなれば……。でもやめる理由が結婚なのだから、祝福してくれるかもしれない。僕をダメな息子だと思わないかもしれない。

 いや、気があまりにも早すぎる。そういうのは時間をかけて考えていくことだし、まほのお母さんがダメだって言うこともある。または、まほが僕に愛想を尽かすことだって。

 そもそも今ここで色々悩むよりも、まほのお母さんに会ってから、すべてを考えよう。

 もう考えることがありすぎて頭が痛い。

 あまりにも考えることがあって、動かなくなった僕にノンナは近づいて優しく肩に手を置いてくる。

 顔をあげると、ノンナは僕を立たせると柔らかい笑みを浮かべる。

 

「兄さま、そういうときはお腹をいっぱいにすれば少しは楽になるものです。そう、つまりは私のお腹が減りました」

 

 言われて腕時計を見ると、もうお昼を少し過ぎた時間だ。

 今まで慌ただしくてわからなかったけど、結構お腹が空いているのを感じてくる。

 と、なるとお昼ご飯を食べる必要がある。

 幸いにもカップラーメンは4人分以上あるから大丈夫だ。しかも300円もする高級なのがある。

 僕の自信たっぷりな笑みに対し、まほとノンナは少し不満そうな顔をしてくる。

 

「……先生は体に悪いものをみほに食べさせるわけではないよな?」

「まほさん、兄さまを見くびらないでください。いつもはそうでも今日という時ぐらいはそんなことはしないはずです。ですよね、兄さま?」

「えっと、私は先生が食べたいものを食べればいいと思うの」

 

 簡単にすませようと思うと2人からおいしいものを食べたいという圧力を感じる。

 みほだけが僕に味方してくれるけど、そう言ってくれる子だけ特別扱いをしたくなる。

 

「よし、そうまで言うなら大人の力を見せようじゃないか。1人1000円までおごろう!」

「先生が私の夫になったら、お小遣いはきちんとあげることにしなければな」

「もう一声欲しいところですね」

 

 僕のお財布具合を考えて、精いっぱいの予算を作ったというのに2人からはなんとも微妙な反応だ。

 もし逆の立場だったら同じことを思うけど、新任教師である僕の給料は苦しいんだ。

 今日ぐらいはお金をたくさんかけたいと思うけれど、春休み中に西住家へ行くからお土産代を貯めて置きたいために我慢してもらうしかない。

 かといって、正直にそう言うと負担をかけてしまっているとまほが思うからそうは言えない。

 

「みほ、ふたりで食べに行こうか。せっかくだしお寿司にしよう」

「その、お兄ちゃんのお財布は大丈夫……?」

「みほのためなら何も問題はないさ」

 

 僕を気にかけるみほへと微笑みかける。そうして先に準備室の外へと出させる。

 みほが出て行ったあとには、思い切り不満な表情を浮かべる恋人と妹のようなふたり。

 

「私はこう見えて旦那を大事にする嫁になるつもりだからな。みほに優しくしても浮気とは思わない。それにノンナと違ってお金に文句は言わないさ」

「なんですか、それ。私だけ悪者じゃないですか。兄さま、さっきのは冗談です。すみませんでした」

「わかってるよ。ほら、食べに行くんだろう? 外に出てくれ。僕は最後に出る必要があるからね」

 

 ふたりを外へ出し、僕は暖房の電源を消して部屋を出て鍵を閉める。

 そうしてこの準備室に感慨深いものを感じる。

 この社会科準備室が多くの始まりだった。

 職員室から平穏の場所を求めて来た僕。

 そこにまほが来て仲良くなり、みほとも仲良くなった。ノンナも他校の生徒なのに堂々と来て楽しい時間を過ごした。

 振り返ると、僕の前にいる仲の良い3人の子たち。

 これからもみんなで仲良くしていけたらなとそんなことを思う。

 学園艦という海の上にある場所。

 そこの高校教師である僕と女子高生のまほと恋人として付き合い、妹のようなノンナとみほ達との充実して楽しい生活を。




おしまい。
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