海の上の高校教師と女子高生   作:あーふぁ

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2.準備室で手作りビスケットを食べた日

 前に会った日の2日後。

 しとしとと静かな雨が降っている昼休み。

 授業を終えた僕は、自分の居場所である社会科準備室にやってきた。

 部屋の中へ入り、自分の机の前に教材を置いて椅子へと腰かけて大きなため息をつくと同時にすぐにノック音が聞こえてきた。

 振り返り、扉から見える()りガラスの窓越しには西住まほの姿が見える。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 僕がそう言うとすぐに返事をして扉を開けて入ってきたまほ。

 普段は安心した顔なのだが、どうも今日はそうではない。少しこわばった顔だ。そんなまほの手には、いつも持って来ている弁同箱が入った袋の代わりに、ビニール袋に入った十数枚ほどのビスケットがあった。

 まほは部屋をぐるりと見渡すと流れるように僕のそばにあるもうひとつの机の前へとやってきた。その上に持っていたものを置くと椅子に座り、僕へと体を向けてくる。

 

「先生、コーヒーが飲みたいと思わないか」

「僕は食後に飲む人なんだけど」

「それならよかった。調理実習でビスケットを作ったから、お世話になっている先生にもあげようと思って」

 

 こうやって昼間の時にしか会話をしていないのに、義理堅い子だなと感心して顔を見つめると、不安げに瞳を揺らして目をそらしてくる。

 そんな様子になる理由はわからなかったが、立ち上がってコーヒーを淹れることにする。

 

「まほも飲むかい?」

「手間でなければ」

「僕の話相手になってもらっているんだ。コーヒーを淹れるくらい簡単なことだよ」

 

 棚からマグカップと紙コップを取り出し、それぞれにドリップコーヒーのパックを乗せてまほがいる机の上に置いてあるポットからお湯を入れていく。

 そのあいだ、僕とまほの間に会話は何もなく、お湯を入れる音とコーヒーの匂いだけしか感じられない。

 なんだか緊張してきてしまう。まほのような美しい子が不機嫌というだけで物凄く怖く見えるからかもしれない。

 緊張した精神を落ち着かせるために深呼吸し大きなため息をつくと、まほがこっちを見てくる視線を感じるが気づいていないふりをしてコーヒーを淹れ終わる。

 

「どうぞ」

「ありがとう、先生」

 

 まほはコーヒーが入った紙コップを両手で受け取り、僕はマグカップを片手に持って自分の椅子へと腰かけた。

 そうしてお互いにコーヒーを飲んでいくが、ある程度飲んでいった時にまほは机の上に置いてあったビスケットの袋を手に取ると、椅子ごと僕へと近づいてきて無言で胸へと押し付けてくる。

 

「食べてくれ」

「いいのかい?」

「ああ。調理実習で作ったんだが、周りからの注目が強くて適当な相手に渡すわけにはいかなかったんだ」

 

 僕が袋を手に取ると微笑んだまほは僕と向かい合ったまま、コーヒーをおいしそうに飲んでいく。

 たかがビスケット。でも他の人は西住流というものに囚われすぎて、まほ自身を見ない人がそれなりにいる。

 生徒も教師も。

 生徒には戦車道で有名な人が何をするかが気になるのはわかるが、教師はまほの行動にいちいち怯えたり、機嫌を損ねないように気を付けたりしている。いくら有名な戦車道流派の娘だからって気にしすぎだ。まほという個人を見ていない。西住流が学園に影響をもっているために、まほの後ろにある権力しか見えていない。

 僕は西住流の前に1人の女子高生だと思っている。そうでなければ、こうして1対1で会うなんて危険だ。まほのご両親や他の教師陣に知られたら、脅迫でもされそうだ。不順異性交遊とか戦車道に集中させないようにしているとか言われて。

 でも僕は良い教師でいたい。生徒を平等に扱い、助けになりたい。

 

「……食べないのか?」

「食べるよ」

 

 まほの不安げな目に見つめられながら僕は袋を開ける。袋の中にあるビスケットは所々焦げているところがあり、形が不格好だ。でも努力したという感じがして微笑ましく思える。それに手作りのお菓子というのは男にとって心ときめくものがちょっとばかりある。

 そんなビスケットを口に入れ、ゆっくりと食べていく。味はそれほど良いと言えるものではなかったけれど、作った人の優しさや愛情を感じた。

 

「その、味はどうだ?」

「まほの優しい味がする」

「そうか、安心した」

 

 まほは安心した大きなため息を出し、いつものような落ち着いた雰囲気になった。

 さっきまでの強張った顔はこのビスケットのためだったらしい。いつもの大人っぽいまほが、ビスケットの味に緊張しただなんて思うとかわいく思えて頬がゆるんでしまう。

 

「これなら妹に渡せるな」

 

 僕の表情を見て恥ずかくなったらしく、早口でそう言うと僕から袋を奪っては自分でも1枚口に入れ、食べ進めていくうちになんとも言えない表情になっていく。

 妹とまほは言ったが、きっといい子なのだろう。一見するとまほは厳しいが、心の内では相手を思いやることができる優しい子だ。姉妹仲がとてもいいに違いない。

 それにまほの妹ならきっと同じようにかっこいいとか大人な雰囲気なんだろうなと思う。いや、もしかしたらお姉ちゃんにベタ惚れしているかもしれない。そうなれば優しい性格かな?

 

「姉妹仲が良さそうでいいね。僕には兄弟なんていないから憧れるよ」

「……自慢かもしれないが、妹のみほはとても良い子だ。性格はいいし、戦車道もなかなかに上手にやっている。……少々優しすぎるのが欠点だが。でもそこが魅力であり、多くの人から信頼されている」

 

 静かに、でもひどく嬉しそうに言うまほの姿は今まで見た中で最も感情を表現しているように見える。学校での自分自身を抑えがちなものではなく、心の底から思っているような。

 普段からの周囲の圧力から解放されている今。それがこの場所、僕の目の前でしているということは信頼してもらえるようで嬉しい。

 姉妹と聞いて、さっきから頭に浮かんでいることがある。

 

「歴史的に見ると姉妹というものは仲が良いか悪いという極端なことが多い。それは姉妹を利用しようとする人たちによって、自分たちの都合のいいように変えるから」

 

 そう言い終え、次に『まほは西住流とか大人に振り回されず、大事なものを見失わないように』と言おうとしたが、賢いまほのことだ。そんなことを言ったら余計なお世話と言われてしまいそうだ。

 でもそこで言葉を止めてしまったのがまずかった。無表情なまほが紙コップを力強く置くと、ビスケットを片手にたくさん持って僕のすぐ目の前まで迫ってきて、言葉を続けようとしていた僕の口にそれを突っ込んできたからだ。

 慌てて詰められたビスケットを口から取り出そうとするが、まほの手によって動きを止められた。

 

「私が妹を想う心は強い。外から見ると大事にしてないと思う人たちはいるが、それは見えていないだけだ。先生も私を同じように見るのか?」

 

 僕は首を強く横に振り、懸命にクッキーを食べ進めていき、途中から思い切り飲み込んだ。

 それは苦しかったが、すぐにでも誤解を解きたいという気持ちが強い。

 

「違うよ。さっきの言葉と表情だけで妹のことがすごく大事なのはわかっている。そのあとに続く言葉があるんだ」

「その続きとは?」

「歴史に翻弄されたことで有名な浅井三姉妹。彼女たちは男たちに振り回されて大変な目にあっていたけど、その姉妹は仲がよかったはずだと思う」

 

 言いたかったこととは別のことを言う。思っていたことを遠まわしにして。仲良くしていたいという意思があれば、ずっと仲良くしていられるという思いを込めて。

 まほは僕を見つめたまま考え事をしているのか、視線を少しもずらすことはなかった。

 僕はというと、心臓がドキドキしっぱなしだ。まだ子供で大人の色気が足りないとはいえ、美人な人に見つめられているんだから。

 

「……すまなかった、先生。私は妹のことになると、すぐ頭がいっぱいになってしまうんだ」

 

 申し訳なさそうな表情でまほは僕から離れ、元の椅子へと座って僕と視線を合わせないようにしてクッキーを食べ始めた。

 まほと仲悪くなることを避けられた僕はそのことに安心し、お昼ご飯を食べるために机の引き出しからカップラーメンを取り出してポットの前へと行く。

 カップラーメンの包装を開けようとしたところ、まほの力強い手によって手を掴まれた。

 

「またカップラーメンか?」

「今回はふつうのとは違う。300円もする高いものなんだ。フリーズドライの野菜も入っているから健康的だろう?」

 

 まほに言われ、健康に気を遣うようになった僕は以前のカップ麺を封印して少々高いものをまとめて買った。値段が高いということは材料の質も高品質。これなら安心するに違いない。

 自信満々にまほへとカップラーメンを渡すと、立ち上がってはすぐに元の引き出しへとしまってしまう。

 その突然の素早い行動に呆然としていると、まほは僕の前に立って鋭い目つきで見上げてくる。

 

「先生、学食に行こう」

「僕は今からお昼を食べようとしていたんだけど」

「学食で健康的な食事をしよう」

「今日は学食に使うお金はなくて」

「それなら私がおごる。さぁ、行くぞ」

 

 そう言うと僕の嫌がる言葉を気にもせずに手首を掴んでくると部屋の外へと連れて行こうとする。

 僕はそれに力いっぱい抵抗するが、普段から戦車道で鍛えているまほの力はなかなかに強い。

 

「財布、財布を持たせてくれ!」

「手を離したら逃げないか?」

「逃げない。きちんと学食に行くから」

 

 あまりにも僕を信用していない目つきで手を放してくれ、僕は机の引き出しに入れていた財布を取り出してズボンのポケットに入れると、また手首を掴まれた。

 ……どうやら教師としての信頼や威厳はないらしい。

 

「僕が不健康でも、まほには迷惑をかけないと思うよ?」

「迷惑だ。来年にみほが入学したら姉として恥ずかしくない学校生活を送っていると思ってもらいたいからな」

 

 真面目な顔で当然のことのように言うまほ。

 僕が、この姉バカめ! と心の中で大きく叫ぶのは当然なはずだ。

 健康を心配してくれるのは嬉しく思うけど、ジャンクフードはおいしいだ。体に悪いほど、おいしいと言っても過言ではない。

 僕は盛大に大きなため息をつくと、素直にまほについていくことにした。

 ただ、掴んでいた手首は離してもらったけど。この部屋の外で教師や生徒たちに、西住まほと仲がいいだなんて噂されたら大変なことが起きそうだから。まだ新人教師な僕としては平穏に過ごしていきたいものだ。

 でもこうして僕と仲良くしてくれるのは嬉しい。大人相手と違い、気楽に喋れるから。まぁ、教師としての節度は守る必要があるけど。

 部屋を出た僕たちは横に並び、一緒に食堂で食事をした。

 まほが一緒のテーブルで食事がしたい、と言ってきたのをなんとか断って別々のテーブルで食べれたことはよかった。

 その時にまほの恨みがこもった強い視線は気にしないように努力した。

 ……まだ高校1年生だというのに大人以上のプレッシャーを与えてくるのはさすが西住まほだと変なところで感心してしまった。

 

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