海の上の高校教師と女子高生   作:あーふぁ

5 / 11
5.準備室で過去を言った日

 今日をもって黒森峰女学園は終業式を終え、7月最後の週である明日からは学園艦が熊本に寄港して夏休みに入る。

 部活動をする生徒も、教室に残ってお喋りを楽しむ生徒もいない校舎はとても静かだ。

 この準備室に聞こえる音と言ったら、それはひどく静かなものだ。でもそれは今だけなのだろう。

 戦車道大会において我が黒森峰女学院は順調に勝ち進み、もうすぐプラウダ高校との準決勝だ。

 戦車道をやっている生徒たちにとって、時間は効率的に使いたくてたまらないであろう時期。

 だというのに。

 僕の安寧たる社会科準備室には、いつもの席に無表情な西住まほが座っている。

 彼女は終業式が終わるとすぐにやってきては黙ったまま一言も発していない。もう来てから30分もたつのに。

 冷房がよく効いているというのに、まほの視線は鋭くて強く、机に向かっている僕の背中にたくさんの冷や汗が出てしまう。

 僕は何も悪いことなどしていないというのに、罪悪感があるのはなぜだろう。

 お昼が近いから食堂にでも行こうか、という逃げの言葉さえ言うのが辛い。

 最初は目を合わせていたものの、じっと見つめてくる視線に耐えられず、今では彼女に背中を向けて急ぎではない夏休み明けの授業計画について考えている。

 

「先生、そろそろ話がしたいのだが」

「……先にご飯を食べてきたほうが落ち着いて話ができると思うんだけど」

 

 背中越しにかけられた声に、一瞬びくりと体が震えてしまうもなんとか普通に返事を返す。

 話しかけてきたから、もう怒っていないのかと恐る恐る振り返ったが、まほの静かな威圧感がある目と合った瞬間にはすぐに前へと向く。

 女子高生だというのに威圧感がすごい。これは戦車道をやっているせいなのか、もしくは西住流だからかとよくわからないことを考えてしまう。

 

「私がいないと先生は不健康な食事を取るだろう? みほに聞いたが、一緒にカップラーメンを食べたそうだな?」

「食べたけど、フリーズドライの野菜が入っていたから、多少は健康的だけど」

「サラダや野菜炒めを作るといい」

「朝から弁当を準備するなんて面倒でやりたくないね。かといって学校で食べるののもダメだ。食堂は女子学生がいっぱいで居辛いし、売店はなんか恥ずかしい」

「思春期じゃあるまいし。そんなに面倒なら今度私が……。いや、私が話したいのは今はこれではない。話したいのは先日、みほとふたりきりで会ったことだ」

 

 途中で言葉をやめたまほの言葉が気になったが、怒っている原因が妹さん、みほのことだと知って少し安心する。理不尽に怒っているわけじゃなく、理由があって怒っているんだと。

 これならしっかり話をすれば怒りを収めてもらえると信じ、深呼吸をしてからまほへと体ごと振り向いた。

 するとすぐ目の前にはまほがいた。

 いつの間にか、椅子ごと移動して来ていて膝同士がくっつくほどの近さだった。

 

「みほはお昼を一緒に食べたとしか言ってくれない。あとはふたりきりの秘密だと言ったんだ。どうしても聞きたいなら先生から聞けと。いったい何の話をしたんだ?」

 

 すぐそばにいたことに僕は驚く暇もなく、頭を素早く回転させて考える。みほとの会話は、僕とまほが恋人関係になっているとか、まほの日常についてお互いに教えあったものだ。

 それを言うことはまほに恥ずかしい思いをさせてしまう。それに僕がどう言ったかじっくりと聞いてきそうだ。素直に言ってしまえば楽になるのだけど、言わないほうがこれからの僕の心の安定化につながるはずだ。

 まほに恋愛感情を持ってるとか、結婚がどうとかは言いたくない。恥ずかしい。

 だから僕は特別なことは話していないふうな態度をとる。

 

「ただ雑談をしただけなんだ」

「それが大事かそうでないかは私が判断する」

 

 言うまで準備室に居続けそうな気配に僕はため息をついて観念する。

 そうして言うことを考え、恋愛関連以外の話だけを選ぶ。

 

「じゃあ言うけど。好きな食べ物がカレーで、家でも色々なカレールーをブレンドして自分だけの好みを追い求めているとか。幼い頃は一緒に散歩している時に泥まみれになったり、実家では着物を着ることがあるけど面倒くさがって―――」

 

 まほの日常について聞いたことを喋り始めると、焦った様子で僕の口を手でふさいできた。

 その手はやわらかく、まほの手の平に軽くキスをしてしる状態だ。

 でもそのことに気づいた様子はなく、少し怒っている。

 僕だけがまほの手の感触でドキドキして、恥ずかしさやときめきが入り混じった感情がやってきている。

 

「その先は何も言うな」

 

 口をふさがれたまま小さくうなずくと、まほは大きなため息をついては僕の口から手を離した。

 

「そんなにまずいことを聞いてしまったかな」

「私の過去を私の知らないところで知ったのだからな。それにみほといつの間にか会っていたのも悪い。私が紹介する予定だったのだが、どうしてくれるんだ」

「ごめん……?」

 

 最初の問題以外にも何か怒られていることに、つい謝ってしまう。このまま怒られるよりも早く落ち着いて欲しいから。

 しかし、僕は教師で大人だというのに威厳があまりにもなさすぎる気がする。

 

「まぁ、先生の話を聞かせてくれるのなら私は許そう。昔のことを話してくれるだけでいい。あとは先生が先生になった理由も将来の参考として聞きたいな」

「一方的に聞くのは悪いから言ってもいいけど。つまらなくなったらすぐに言ってね」

 

 まほは小さく頷くと、楽しみに僕の話を待っている様子だ。

 普段の授業も生徒たちにこのくらい期待されてみたい。

 それは未来の自分に頑張ってもらうことにし、何を話そうかと考える。

 生い立ちは軽く流し、黒森峰の教師になる過程の一部を話せばいいか。飽きられないように短く、要点だけを選んで。

 

「僕は北海道生まれで、小さい頃に母親に捨てられて養護施設にいたんだ。それで里親、今の両親に引き取られたんだけど―――」

「待ってくれ、先生」

「僕が教師となる理由は聞きたくなかった?」

「いや、そうじゃない。その、話すのが嫌だったらしなくてもいい。そんな重いこととは思わなかったんだ」

 

 ついさっきまでの表情はなくなって申し訳なさそうになっているけど、僕としてはそうは思わない。

 過去は過去。今では気持ちの整理がついて、信頼できるまほになら話せる内容だ。

 

「まほだから言っているんだよ。このことは滅多に人に言ってないからね」

「そう言ってくれるのは嬉しいな。……わかった、先生の過去は決して誰にも言わないと誓おう」

「そこまで大げさでなくてもいいけど。まぁ、話に戻ると引き取られた直後から中学の途中までは荒れてたんだ。実の親に捨てられたことが心に深く残っていてね。そんなだったけど、養父たちは見捨てずに優しくしてくれたよ」

 

 あの頃は幸せだということに目を向ける余裕がなかった。自分の人生がいかにひどくて、生きていてもしょうがないと思うほどに。周りの優しさなんて気づけなかった。

 でも荒れたままではなかった。そうだったらここにはいない。

 

「そんな荒れている時期に親戚の女の子に会う機会があったんだ。その子は小学生で今まで会ったことはあったんだけど、怒りが溜まってたのか頬を叩いてきてから僕を説教してきてね。あれは背筋が凍えるような冷たい目だった」

 

 小学生にそんなことをされて逆に怒らないはずがなく、手をあげてしまいそうになったけれど、背筋が凍えそうなほどの冷たい目で見られたことで自分が何をしているか、何が悪いかを考えた瞬間だった。

 あの目を見ただけで恐怖心が生まれ、歳より大人びている精神の子に説教されるのはショックを受けたものだ。

 

「言われた言葉は『私より年上の方がみっともないです』から始まって今までの行動に文句を言われて叱られたよ。で、そこからしばらくして自分について考えたんだ。その子とまた会ったときにはすっかりおとなしくなったよ」

 

「先生は小さい頃から落ち着いていると思っていた」

「子供の頃なら変わるものさ。あの時が人生の分岐点だった。その子に兄様と呼んでもらえるほどに仲良くなって勉強を教えるようになったんだ。教えるのを褒められてから教師の道を考えた。親に迷惑をかけたという思いもあって、立派な職業につこうと考えて今の僕があるのさ」

 

 これが教師となった僕の理由。

 学生の時に教師にあこがれたとか、人に物事を教えるのが立派なことだとそんなのを思ったわけではない。

 単に褒められたいと思っただけだ。

 僕自身、本とか勉強が楽しかったからこの選択は正解だったと信じている。

 

「その子に感謝しなければいけないな。もし先生がいなかったらと考えると、私は感情を押し殺して生きていそうだ。戦車と西住流のことしか頭にないかもしれない」

「僕が教師になった理由はこんなものだけど、まほは僕がいなくても立派な人になっているに違いない。むしろ、僕がいるからダメになっている部分があるかもね」

「先生に影響されてしまっているな」

 

 まほが落ち着いた笑みを浮かべたことで僕は安心し、この話をしたことをよかったと思えた。

 自分の秘密を言い、自分の人生を肯定してもらえることは自分が生きていたことが間違いではなかったなんて思える。

 

「僕もまほがいるから黒森峰で頑張っていけるよ。うん、支えてもらっている」

「そう言われると悪くない気分だが、なんだか恥ずかしい」

「とりあえずの目標は、まほが卒業式で泣いてくれるような教師になりたいな」

「では私は先生が泣いて惜しむような生徒になるべきか」

 

 お互いに、にんまりと笑みを浮かべて居心地がいい雰囲気の今。

 僕は段々とまほという存在にはまってしまっている気がする。

 今からこんなのじゃ、卒業式の時には号泣してひどい顔になりそうだ。でもその時まで今と同じように付き合っていきたい。

 

「そうだ、話は戻るがひとつ聞いておきたかったことがあるんだが」

「なんだい?」

 

 そう言ってまほは僕から視線を外して不安そうな表情だったが、何かの決心がついたのか力強い目で僕を見つめてくる。

 

「先生を支えてくれる恋人はいなかったのか?」

「恋人? 今も昔もそんな人はいなかったね。思春期の頃は勉強とか本に夢中で、女の子にはあまり興味がなかったんだ」

 

 思えば恋愛のひとつもしていない人生は寂しいものかなと考えるけれど、恋人がいなくても自分自身の時間が充実しているならいい気がする。

 もし恋人がいたら勉強していた時間も減っていただろうし、それ以前の問題で恋人がいないことに何の問題もうらやましさもなかった。

 

「そうか。前に結婚の話をしたが、そもそも恋人がいたことがなかったのか」

 

 にんまりと嬉しそうな笑みを浮かべるまほ。その笑みを見て、からかわれる話が増えてしまったかとため息をつく。

 今までの人生で仲の良かった女の子なんて叱ってくれた子しかいない。まぁ、その子とはタイミングが悪かったりで3年も会えていないけれど。

 

「そういうまほはどうなんだ。黒森峰は女子高だから出会いなんてないだろう? 僕のことを笑えないぞ。……なんで僕をじっと見るんだ」

 

 僕はまほをからかおうとしたが、真面目な表情になって僕をじっと見つめてくる。

 

「いや、なんでもない。……思えば、先生とは普段こうして話をする私しか見せたことがなかったな」

「そうだね。授業で会うことはあっても話はしないし」

「先生の過去も教えてもらったことだし、戦車を指揮する姿を見てもらわなければな。それには決勝がいいだろう。やはり決勝は見ごたえがあるからな」

「まだ準決勝をやってないんだけど」

「準決勝も勝つさ」

 

 さも当然のように言い放つまほに、戦車道への強い自信と実力があることを実感する。

 戦車道の有名な流派である西住流を学んだまほ。僕は時々そのことが記憶から薄れていってしまう。

 

「それは楽しみだ。決勝はきちんとテレビで見ておこう」

「見に行かないのか?」

「教師は夏休みでも仕事はあるんだよ。他の先生方の雑用みたいなことでもね」

 

 仕事が効率的に片づけられず、ひとつひとつに時間がかかりすぎて、まだ教師としては未熟だと実感して悲しく言う。すると、まほは床を見つめながら口元に手をあてて何かを考え始めた。

 僕はまほの思考を邪魔しないことにし、考えが終わるまで待つことに。そのあいだは静かにその顔を見つめていた。

 まほの顔は飽きることなく見ていれそうだ。男性のようなかっこよさを持ち、女性の美しさを持っている。時折見せてくれる笑顔はかわいさがたっぷりと含まれていて、時々僕の心臓の鼓動が早くなってしまうぐらいに。

 

「先生のためになにかお土産でも手に入れてこよう。希望はあるか?」

「そうだなぁ……。戦車道らしい記念品をお願いするよ」

 

 顔をあげたまほに、僕はちょっとだけ考えてそう答える。まほがこうも言ってくれるのだから、変に遠慮しないで素直にもらおうと思った。

 

「わかった。ではそろそろ練習に行くとするか。次に会うときはお土産を持ってこよう」

「試合、応援しているよ」

 

 僕の言葉にまほはほほ笑み、部屋から出ていった。

 この夏は仕事ばかりな日だと考えていたけれど、戦車道という楽しみが出てきた。

 これを機会に、戦車道について勉強しようと考える。

 まずは仕事が終わったら、本屋に行って戦車に関する本を買おう。

 そう思い、僕は今日の仕事後の時間まで楽しみながら過ごすことができた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。