テレビ中継で見た、戦車道大会決勝戦。
黒森峰女学園と聖グロリアーナ女学院の戦いは黒森峰が勝ち、9連覇を成し遂げた。
試合は戦車といえば、チャリオットを連想する戦車道初心者な僕でも興奮するものだった。
黒森峰は故障や脱落していく戦車に構わず、機動力を持って相手からの正面圧力をかわしつつ真横から突破する勝ち方をした。
仲間を置いていくということに多少の不快感はあったものの、勝ったことは自分のことのように嬉しい。
優勝者のインタビューで誇らしげにテレビに映っているまほはとてもかっこいい女の子だと改めて思う。
大会が終わった3日後、いつものように準備室にいる僕はエアコンの効いた部屋で昼ごはんのカップラーメンを食べ終え、のんびりとドイツ戦車に関する本を読んでいたときだった。
いつもの聞き覚えがあるノック音が聞こえる。
返事をして扉が開くと、そこにはトートバッグを肩に下げて木箱を持った制服姿でのまほがいた。
喜んで迎え入れると、まほは僕の前へとやってきた。
「先生、試合は見てくれたか?」
「もちろん。まほのティーガーIが序盤でマチルダを倒したところとか」
僕の言葉を聞いたまほは嬉しそうな笑顔になり、持っていた木箱を床へと降ろした。
そのときに床から鈍くて大きな音が聞こえたことを不思議に思っていると、まほはトートバッグから写真が入った写真たてを渡してくる。
映っているのはまほと同じ戦車に乗っている子たち。後ろにはティーガーIが映っていた。どの子も誇らしげで嬉しそうな表情を浮かべていた。
「優勝おめでとう、まほ」
「ありがとう、先生」
小さくほほ笑みを浮かべながら、次に床に置いてある木箱から出してきたのは砲弾だった。
笑顔が固まる僕に、まほはその砲弾を説明してくれる。
それはまほが指揮したティーガーIから射撃した砲弾の空薬きょうに未使用の弾頭を合わせた物。底部には使用済みの雷管もつけたとのことだ。
時間経過で色がくすまないようにと、わざわざまほ自身が鉱物油を塗った物らしい。砲弾の薬きょう部分には小さく『西住まほ』とサインが書いてある。
色々と手をかけてくれたのは嬉しいけれど、88mm砲弾は長くて大きかった。
確かに僕は戦車道関連のお土産が欲しいとは言ったけれど、こうなるとは予想ができなかった。
反応に困ってしまう僕だが、使い道に困るとも言えず、写真たてを机に飾ると砲弾を受け取る。
それは物凄く重かった。
すぐに砲弾を床に置いてからじっと見つめ、部屋の飾りとすればいいかと考えて部屋をぐるりと見回す。
ちょっと考え、答えが出ると木箱へと砲弾のサインが見えるようにしまい、蓋を開けたまま箱を壁へと斜めに立てかける。転ばないように隙間には机の引き出しで眠っていた文庫本を置く。
あとでしっかりと固定するのを忘れないようにしよう。
まほはいい位置に飾られたのに満足し、いつもの定位置である椅子に座ると決勝の話をしてくれた。
それは日が落ちかけるまで続き、普段の静かな様子とは違い、たくさん話してくれる姿は新鮮だった。
まほがいなくなった後、まほのテンションが移ったのか僕は気分よく写真や砲弾を眺めてはにやにやとしていた。
教え子であり、仲の良い生徒が優勝しだから当然だろう。
黒森峰が優勝したとテレビで見ても現実感はなかったけど、今になってようやくやってきた。
嬉しさが落ち着けず、ずいぶんと久しぶりに親へと電話をして喜びを伝えるほどに。
親との会話中、妹みたいなノンナがプラウダ高校で戦車道をしていると初めて知った。今度、年末に実家へと帰ったときにノンナへと会ったら話を聞いてみようかと思う。
いまだに昔のような関係で嫌われていなかったらだけれど。
◇
時間は過ぎていき、9月も終わりとなった秋の今。
今日の学園艦はいつもより賑やかだ。
それは港に停泊して本土で遊ぶことに喜んでいるだけじゃなく、すぐ隣にプラウダの学園艦の人たちが来ているからだ。
お互いに学生や住民同士の交流をするための合流で、もちろん戦車道も関係している。
だから今日は平日の昼間から合同演習ということで、少し離れたところにある黒森峰の演習場からは聞き慣れない砲撃の音が聞こえてくる。
その音は何度か休憩を挟み、夕方までその音は続いた。
日が落ちる前に練習が終わったのか、外の音が静かになった放課後の準備室。
僕は椅子に深く腰掛け、ぬるくなったコーヒーを飲みつつ時間を無為に過ごしている。
準備室の窓からは夕焼けと大きなプラウダの学園艦が見える。その艦の上に街があり、人が動く姿や明かりが見えると不思議な気持ちになる。
なんでわざわざ海の上に住むのだろうなと。
同じく海の上に住んでいる僕がいまさら思うのも変だけれど、今のように視点を変えて見ないと気づけないこともある。
陸は飽きた、海が大好きだ、新しい自分を探したいなどと思ってやってきた人がいると思う。
多くは学園艦の学校に通いたいかとか、それに関連する仕事の人が多そうだけど。
そうやって学園艦を見ながら、頭の中で考え事をしていると扉をノックする音が聞こえてくる。
それは初めて聞くようで、なんだか懐かしさを感じるリズムの音だった。その音の主である人は、扉の擦りガラス越しに見える姿で黒髪で背の長い女性というのがわかる。
まほ以外に来るのは珍しいと思いながら「どうぞ」と返事をし、扉へと体を向ける。
扉を開けて入ったのは黒森峰の生徒や教師ではなかった。
彼女は深い緑色のジャケットと濃い紺色の短いスカートを履いている。それはプラウダ高校の戦車道用の服だ。
プラウダ高校に知り合いはいないけど、どこかで見たことある顔だなと思って記憶を探すと彼女は僕のよく知っている子だった。
妹みたいな子で、僕が教師となることになった女の子。
その子はノンナだ。
僕は嬉しさと懐かしさでいっぱいになり、つい立ち上がってしまう
3年ぶりに見る彼女は中学生のときと違い、大きく成長していた。
最後に会ったときはまだ身長が小さかったが、僕の身長の173cmと同じかちょっと下という感じの高さ。
夕日にあたって美しく輝く黒髪は、肩より少し下までのセミロング。
顔は目鼻立ちがしっかりしていて、僕を見つめてくる目は昔と変わらない冷たい目。
胸も大きく美人で魅力的になったことに少し驚いて何も言葉にできない。
3年も会わないと幼かったノンナがかなり大人っぽいんだから、成長期とは恐ろしいものだと実感する。
そうして僕はノンナを見つめていたが、ノンナは僕から目をそらさないでいた。
「お久しぶりです、兄様。教師姿は初めて見るので新鮮な気持ちになりますね」
「ああ、しばらくぶり。僕だって似合っているその姿を見るのは同じ気持ちになっているよ。それと、まだ僕のことを兄と呼んでくれるんだね」
「それは当然のことです。兄様は兄様です。血の繋がりや時間の経過などは何の障害にもなりません。なぜなら私の大好きな兄様なのですから」
ノンナの冷たさをあらわしていた表情がゆるみ、かすかに笑みを浮かべたと思った次の瞬間にはまた元に戻ってしまう。
そのかわいらしい表情をもっと見ていたかったけれど、近づいてきたノンナは僕の目の前まで近づいてくるとまた冷たい目に戻り、すぐに目を合わせて見つめてくる。
「ですが、兄様といえど3年も会えなかったのは許せません。恋人でもできましたか?」
「恋人なんて今までいたことないよ。会えなかったのはタイミングが悪くて会えなかっただけんだ。実家にもあまり戻ることもなくて、親戚の家さえも行くことがなかったし」
「タイミングが悪かっただけなのなら、いいのです」
と、小さく息をついて安心した様子のノンナ。
本当にノンナと会えなかったのは偶然で嫌っているわけではない。
会えたことは本当に嬉しい。
僕は椅子に座り、ノンナにはいつもまほが座っている椅子を指差すとすぐに座る。
お互いに落ち着いた態勢になり、部屋を見回しているノンナに、僕は昔と同じように話しかける。
「僕のことを母さんから聞いた?」
「はい。わざわざ私に近況を教えてくれまして。それで偶然、こうやって黒森峰に来る機会がありましたので時間を作ってやってきました。あぁ、ここへは職員室の先生方から聞きましたので」
「だからか。先生方も他校の人が僕に用があって来るとは思わなかっただろうね」
「そこはきちんと説明して問題にならないように配慮しましたよ。訪れた理由は兄様と深い関係だから会いに来たと説明しました。それと血が繋がっていないのに兄妹かと疑問の声がないよう、兄様とは呼ばずに名前で言ったので心配しないでください」
そうノンナは安心させるように言ってくれるも、逆にそれは問題な気がする。
他の職員たちから、僕のことを疑うような目で見てくるかもしれない。
そのときは不純異性交遊をしているとは思われたくないから、全力で説明しないといけない。
ちょっと面倒なことで僕が暗くなったのを心配したのか、ノンナは椅子ごと僕に近づいてくるとおでこに手をあててくる。
その女性らしさを感じられる手の感触は妹のような子ではなく、優しい女の子だなと思った。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。教師生活も大きな問題もなく送れているし、生徒との関係も悪くはないから心配するほどじゃないさ」
「そうですか。兄様が問題なく教師をやれていることが安心しました」
と、ノンナは僕の机の上へと視線を送っていた。
振り返って視線の先を見ると、まほが写っている写真だった。
「良い教師になれているのですね」
「だといいけれど。授業でわからないところはよく質問されるよ。それにいまいち女の子とうまく話しができないし。仲がいいのは、まほという子だけなんだよ」
「まほ……?」
僕がまほと名前を呼ぶと、ノンナの声はとても低くなる。
背中に圧迫感と冷たい視線が突き刺さり、何か変なことを言ったかと考えるがわからない。
戦車道で争う相手だからという理由ではなさそうだし。
「それはもしかして西住まほのことを言っていますか?」
「あ、あぁ。そうだよ」
「呼び捨てで呼んでいるのですね。自分の教え子である生徒と仲良くなりすぎると問題ですよ。私はそれが心配です」
「大丈夫。ふたりきりのときにだけ言っているから。普段は苗字で呼んでいるから大丈夫だって」
「ふたりきり、ですか?」
より強くなる圧迫感が息苦しくなってノンナの顔を見ると表情は怒っていないように見える。
でも雰囲気は疑うような、僕のことを責めているような。
「授業の他ではこの準備室でしか会わないからね。ノンナが思うような関係じゃないと思うよ。ただ話をして、お昼を一緒にするぐらいだし。恋愛的感情はないさ」
「そのこと以外に変なことをして、私を心配させないでくださいね。私が安心するよう、生活力があって包容力のある同い年か年上の恋人ができて欲しいものです」
「僕1人でも生活はやっていけているよ」
「健康的な食事はできていますか?」
その言葉に僕はすぐに顔をそむけると、ノンナは小さくため息をついた。
ノンナは昔から僕のことを心配する子だった。特に僕が大学へと通うために1人暮らしをすると決まったら、掃除や料理について強引に教えてきたものだ。
残念ながら、その技術はもうほとんど忘れてしまったけれど。
「もし恋人ができたら言ってくださいね」
「それは恥ずかしいんだけど」
「安心してください。その人が兄様にふさわしいかどうかを審査するだけですので」
こうも僕のことを心配してくれるのはありがたいけれど、そこまで僕はダメに思われているだろうか。
そこで自分に恋人ができたことを考えると、料理も掃除もその人に依存してしまう未来が容易に想像できてしまう。朝に起こされるのも服にアイロンをかけてもらうことも。
自分自身の弱さにショックを受けていると、言いたいことを終えたらしいノンナは椅子から立ち上がり、扉へと近づいて帰ろうとする。
「帰るのか?」
「ええ。カチューシャ……私の親友が心配していると思いますので」
「きっといい親友なんだろうね」
そう言うとノンナは、ちょっとだけ恥ずかしそうに微笑んでは「はい」とはっきり言った。
その様子を見て、いいなぁと思う。
僕が今まで知り合った女性ではまほと一緒にいるのが最も安心できる。
まほとなら、僕もこういう微笑みができるような親友関係になれるのだろうか。
「私は帰りますけど、食事に気をつけてくださいね。それと兄様は次にいつ実家へと帰りますか?」
「年末には帰るよ。そのときにまた会おう」
「忘れないでくださいね」
念を押すように言うノンナに僕は何度か頷き、手を振って別れを告げる。
ノンナも胸元にまで手をあげると、小さく手を振って僕へと返事を返してくれた。
静かになった部屋に、さっきまでのノンナのことを思い出す。
相変わらず、昔から表情が表に出ない子だ。でもその分、行動や言葉は表情以上に感情で満ち溢れている。それに兄様と変わらず慕ってくれる。
以前よりもちょっとだけ僕に対する兄心が強くなった気がしないでもないけれど。
そして忘れないうちに帰ることをメモすることにし、机の引き出しから付箋紙を取り出して書くと、机の引き出しの正面へと張り付ける。
書いた文章は『年末にノンナと会う』と。
これで忘れることはないだろう。
僕は今から何のお土産を親やノンナに買っていこうかと考えながら、今日の仕事時間が終わっていった。